16_エピローグ
クレアが王太后の応接間を出てしばらく行った廊下の先、そこには見慣れた姿があった。
「ディル?」
クレアは早足になる。
ディルは、クレアに気づくと目を細めて、極上の笑みを浮かべる。
そのまぶしさに、思わずクレアの足が止まる。
とっさに両手で顔を覆う。
すかさずディルが駆け寄り、
「クレア? どうした?」
首を傾げて彼女の顔を覗き込む。
クレアは呼吸を整えたあとで、両手を解き、
「──何でもないわ」
素知らぬふりをする。
しかしクレアの頬や耳が赤くなっているのを、そっと確認したディルはにんまり笑う。
「ルカスが先に来なかったか? クレアが陛下の離宮に行ったとサリーから聞いたけど、ルカスのやつ、自分が呼びに行ってくるから、僕には溜まった書類仕事を先に済ませて大人しく待ってろだなんて言って出ていったんだ。それなのに、なかなか戻ってこないから、待ちきれなくて迎えにきた」
そう言いながらディルは、自然な動作でクレアの手をとる。
クレアはびくりと肩を震わせたが、ぎこちなくもその手を握り返す。
それだけでディルの胸は幸福で満たされる。
「ルカスは見てないわ、入れ違いになったのかしら?」
心臓はドキドキと鳴り続けているが、クレアは努めて平静を装う。
「そうか、なら先に帰ろう。ふたりでお茶するのもいいな」
ディルはクレアの手を引き、歩きはじめる。
クレアの気持ちを確信できたディルは、以前に比べてずいぶん強気に感じるが、いやではない。
クレアはふと、背後を振り返る。
そういえば、と思う。
あとひとつだけ王太后に訊き忘れていたことがあったのだ。
(王城に滞在してすぐに図書館で見つけたあの謎の紙片のこと、その扉の向こうにあるもののこと、訊きそびれてしまったわ……)
あれは王族が有事の際に王城から脱出するための秘密の逃げ道『モウル』ではないか──、クレアはそう予想していた。
秘密の通路だけに、王族でもないクレアが知ることは禁忌だ。
でも、とクレアは決意するように頷く。
いずれ自分もそれを共有するときがくる、それまでは自分の胸に秘めておこうと思った。
そのあと、クレアとディルは手をつないだまま、王太后の離宮を離れ、庭園を歩いていた。
ふいにクレアは足を止めた。
(そういえば、これも確認しておかなきゃ)
王太后だけでなく、ディルにも確認したいことがあったのだ。
「クレア?」
ディルが振り向いて、クレアを見つめる。
クレアは息を吸い込んで、
「確認しておきたいのだけれど、ディルは、わたしとの婚約継続を望んでいるのよね?」
いまさらその気はなかったと言われても、もう素直に受け入れられないけれど。
「当たり前じゃないか!」
あれだけの告白をしたあとで、なぜそんなことを訊くのかと、ディルは慌てたように言った。
クレアはほっと胸をなで下ろしながら、
「じゃあ、婚約破棄したいと言ったのは、嘘だったのよね?」
「そ、そうだ……」
ディルはバツが悪そうに答える。
「じゃあ、わたしとの婚約を破棄して、リリアンさまと婚約するなんてことはないわよね? リリアンさまだけじゃなく、ほかの女性とも婚約なんてないわよね?」
「まさか!」
ぎょっとするようにディルは大きく目を見開く。
「そう、ならよかった」
クレアは、ディルとつないでいないほうの手を胸に当てて、ほっと息をつく。
すると、ディルがずいっと顔を寄せてくる。
クレアは驚いてややのけぞる。
「……クレア、もしかして」
ディルが恐る恐るといった様子で口を開く。
クレアは、何事かと思い、次の言葉を待つ。
ディルは意を決したように、
「僕がもしほかの人と婚約することになったら、いや?」
「そ、それは……」
クレアは口ごもる。
恥ずかしさのあまり散々迷ったあげく、
「…………いやよ」
うつむきがちに、ぽつりと答える。
その瞬間、ディルは大きく手を広げ、クレアを力いっぱい抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、ディル、やめ──ッ」
あまりの力強さにクレアは声を上げようとしたが、最後まで発することができなかった。
目の前には、ふせられたディルの金色の長いまつ毛が見え、クレアの唇には、ディルの柔らかく、じんわりとあたたかい唇の感触が触れている。
突然の出来事にクレアは目をつむることもできなかった。
重ねられた唇が離れたあとも、クレアは放心状態だった。
唇が離れる間際、まぶたを上げたディルの深緑色の瞳がやけに色気を帯びて見えた。
しばらくすると正気に戻ったクレアは、ふるふると震え、首筋まで真っ赤に染める。
「は、はじめてだったのに──」
「そうか? 僕もだ」
ようやく発したクレアの言葉に、ディルはにやりと笑う。
そして再び、まだ動揺しているクレアに自分の顔を近づけ、今度はより一層強く唇を押し当てたのだった──。
\完結しました/
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