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14_最後の試練(1)

 クレアの隣には、急遽呼び寄せられたディルが座っている。


 先ほど応接間に駆けつけてきたときのディルは、クレアの姿に目を留め、戸惑いの色を浮かべていた。


 しかし王太后の前では、クレアもディルも許しもなく会話するのははばかられ、いまはお互い口をつぐむしかなかった。


 ディルが着席すると、王太后はおもむろに口を開いた。


「クレアには先ほど伝えましたけれどね、最後の試練をおこないます」


 ガタッと、ディルは大きな音を立てて立ち上がる。

 王太后は目線だけで、座れと命じる。


「……失礼いたしました」

 ディルは静かに従う。


 しかし隣に座るクレアにも伝わるほど、ディルは動揺していた。

 それでも彼は呼吸を整えると、


「それでは、これまでいくつクレアが試練を受けたのかはわかりませんが、いずれもクリアしている、ということでしょうか」


 と王太后に尋ねる。


 クレアもはっとして、王太后へ視線を向ける。


 試練と気づかず受けていたとしても、そもそもクリアしていなければ、いまこの場で『最後の試練』などとは言わないはずだ。


 ふたりの視線を受けた王太后は、唇の端をわずかに上げ、

「ええ」

 と端的に答えた。


 クレアはそっと胸をなで下ろす。隣のディルをちらりと横目で見る。


 ディルは身じろぎせず、正面の王太后に視線を向けたままだった。


 彼がなにを思っているのか、クレアにはわからなかった。

 ただ、これまですべてクリアしているということは、いい状況と言えるのではないか。婚約の白紙を望むお互いのためには……。


 クレアは無意識に、膝の上に置いている手にぎゅっと握りしめる。


 ややあって、ディルは、

「では、最後の試練を教えてください」


 その言葉を受けて、王太后は、ディル、そしてクレアをそれぞれ見やる。

 ややあって、すっと言葉を吐く。


「乗馬です」


「は……?」

 ディルが間髪入れず、間の抜けた声を出す。


 クレアも思わず訊き返しそうになった。


(……乗馬?)


 たしかに王太后は馬好きとしても知られ、自身が名付けた名馬を保有しているほどだと聞くが、疑問はぬぐえない。


 王太后は表情を変えず、

「ええ、馬で競争をしていただきます」


 そして、すっとクレアに視線を向け、


「わたくしが指名した騎手とクレア、あなたとで競っていただきます。そうですね、ご令嬢に騎手として馬で競争せよというのも無理でしょうから、城内にいる者ならば誰でも構いません、あなたの代理として騎手を指名なさい。決行は二日後です」


 それだけ告げると、王太后は退室を命じた。




「部屋まで送っていく」

 扉を閉めたあとで、ディルが言った。


「い、いいわ、忙しいでしょ。サリーもいるもの」


 そう言ってクレアは、廊下で待機してくれていたサリーに目配せする。

 サリーの隣には、ディルの侍従のルカスもいた。


 しかしディルは譲らない。

「それくらい平気だ」


「無理しなくていいから、わたしは大丈夫よ」


 やはりまだきちんと顔を見て話すには、心の準備が足りないことを痛感する。


 でもいやがるように聞こえてしまったのではないかと思い、不安に感じて、ディルのほうをうかがう。


 ディルは傷ついたように、悲しげに視線をふせていた。


 クレアの胸がツキンと痛む。


 ディルは体の向きを変え、歩き出すそぶりを見せてから、

「歩きながらでいい、ラースレー伯爵の件もある、少し話しをさせてくれないか」

 クレアに断る隙を与えないよう、そう付け加える。


「……わかったわ」

 クレアも足を踏み出した。



 クレアとディル、ふたりの後ろには、いつもより距離をあけて、サリーとルカスがついてくる。


 王太后の離宮を出ても、ディルは無言だった。


 クレアは何度か言葉を紡ごうとしたが、唇を薄く開いただけで声にはならなかった。


 ようやく自身が滞在している棟の敷地内まで来ると、ディルが口を開いた。


「ラースレー伯爵の件だが……」


 クレアは、隣のディルに視線を向ける。

 また少し背が高くなったのだろうか、目線の高さがわずかにずれていた。


「ええ、聞かせて」


 ディルは小さく頷くと、目線は前に向けたまま、

「ラースレー伯爵は、先月の洪水の落石に巻き込まれて、数日間、昏睡状態だったらしい」


「そんな──」

 思わぬ事態にクレアは言葉を失う。


 ディルはなだめるような視線を向け、


「伯爵の意識がないのをいいことに、その間、爵位継承を狙う甥が有無を言わさず、使用人たちを入れ替えしてしまったんだ。その後、奇跡的に目を覚ました伯爵だったが、あばらと両足を骨折していて、絶対安静の状態だった。

 その上、甥によって味方になる使用人が解雇されてしまった屋敷の中では、どうすることもできず、甥のなすがままになってしまったようだ。そんな中、今回の不正が起こったらしい」


「ひどいことを……」

 クレアは憤りで拳を握りしめる。


「どうせわかりはしないとたかを括っていたんだろう、洪水被害の支援を最大限申請し、自分がかかえていた多額の借金の返済にあてようとしていた。にせの伯爵のサインは人を雇ってやらせていたよ、その者も捕らえてある。本当は伯爵家の資産をあてにしていたんだろうが、爵位を正式に継いでいないうちは資産を勝手に動かせないからな。

 ひとまず解雇された執事をはじめ、使用人たちは全員、もとに戻した。あと王家から執務ができる人間と騎士を数名、ラースレー領へ向かわせた。しばらくは洪水被害などの復興で大変だろうが、伯爵なら領民のために力を尽くしてくれるだろう」


「そう、よかった……」

 ディルの説明を聞き終え、クレアは安堵の息を漏らす。


(わたしがあの書類を届けた日から、これだけのことをディルはひとりで対応してくれていたのね……)


 申し訳なさに胸が苦しくなった。


 クレアは、ディルにお礼を言おうと顔を上げたが、彼はぴたりと足を止めた。つられてクレアも足を止める。


 気づけば、クレアが滞在している部屋に続く廊下まで来ていた。


 詰めた息を吐くように、ディルが尋ねる。

「……二日後の試練は、どうするんだ?」


 クレアは瞬時に、いまの自分の立場を思い出す。


(そうだわ、最後の試練よ……。何がなんでもクリアしないと……)


「少し、考えるわ……」

 クレアは視線をふせる。


 馬で競争となると、一筋縄ではいきそうもなかった。訓練された優秀な馬でも、相手は生き物だ。運にも左右される。


(王太后さまは、城にいる者なら誰でも指名していいと言ってくださったけれど……)


 クレアが把握している城内の人間は限られる。その中で馬を走らせることが得意な人間となるとどれほどいるだろう。


 クレアは眉間にしわを寄せた。


 ディルは、ややためらうそぶりを見せたあとで、


「王太后陛下が指名する人間に対抗できるような、馬の扱いに長けている騎士なら数名心当たりがある。……どうする?」


 クレアは、ディルを見やる。


(どうする、と訊いてはくれているけれど、ディルとしてはそのほうがいいでしょうね……。きっと彼自身が推薦する人間なら、能力に不足はないし、その分、結果も期待できるから……)


 それでもクレアは少し迷った。でも、


「そうね、じゃあ、何人か選んでおいてくれる? その方たちの中から最終的にわたしが選ばせてもらうわ。指名も含めて、試練のうちでしょうから」


 と答える。


「わかった、選んでおく」


 それだけ言うと、ディルはきびすを返し、足早に行ってしまった。


 その場に残されたクレアは、彼の背中が見えなくなったあとも、無意識に視線を向け続けていた。


 ラースレー伯爵のお礼を言うタイミングを逃してしまったことは、もう頭から抜け落ちていた。



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