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02_婚約破棄までのカウントダウン

 部屋に残されたディルは、呆然とクレアが出ていった扉を見つめる。

 颯爽と出ていくクレアを引き止めようと、とっさに上げた手だけが、所在なさげに宙に浮いたままだ。


「……まさかここまでとは、さすがクレアさま、斜め上をいきますね」

 驚きと笑いを堪えながら、ディルの背後に控えていた黒髪の男性が声を上げる。


 我に返ったディルは、キッとにらみつけ、

「おい! ここまでよろこぶなんていくらなんでも予想外だぞ⁉︎」


「それはそれは、心中お察しいたします」

 黒髪の男性は、まったくもって察してなさそうな表情で、わざとらしく肩をすくめる。


「ルカス‼︎」

 ディルは苛立ちをあらわにして、黒髪の男性の名を呼ぶ。

「いますぐだ! いますぐクレアのオルディス侯爵家へあの手紙を届けさせろ!」

 人差し指を宙に向かって突き出して叫んだ。

 オルディス侯爵家は、領地のほかに、王都に滞在する際に使う邸宅(タウンハウス)を王城の近くに所有しており、クレアもそこで過ごしている。


「ええ、わかっております。すでにクレアさまの馬車のあとをつけさせています。クレアさまが侯爵家に到着するのと同時に、ディルさまからの手紙を渡す手はずになっています」

 抜かりはない様子で、ルカスと呼ばれた黒髪の男性は答える。


 ディルよりも六つ年上のルカスは、ディルの乳母の息子だ。そのためディルが生まれたときからそばにいて、いまはディルの侍従として仕えている。肩まで伸びた黒髪は後ろでひとつに束ねていて、長身だが、細身なためか威圧感はない。やや細い瞳で静かに微笑むさまは、どこかつかみどころのない雰囲気がある。


 普段なら有能なルカスの言葉に不安を(いだ)くことはないディルだが、いまだけは安心できない様子で、深く眉間にしわを寄せたまま、部屋の中を行ったり来たりしはじめる。


 先ほど目にしたばかりのクレアの表情がディルの頭から離れない。


(まさかあそこまでよろこぶなんて……。そんなに僕との婚約がいやだったのか……?)


 婚約破棄を申し出た側にもかかわらず、ディルは深く息を吐き出す。


 その様子を目で追うルカスは、

「一度、お座りになっては」


 ディルは、鋭い視線をルカスに投げ、乱暴に頭を掻きむしったあとで、どさっと体ごと絹張りの豪華なソファーに座り込んだ。


 組み合わせた両手を胸の上に置き、精緻(せいち)な刺繍が施されたジャケットがしわになるのもお構いなしに、ずるずるとソファーから崩れ落ちる。


 まだ幼さの残る彼がそうしていると、より一層子どもっぽく見える。だがルカスは、いまはあえて指摘するのを控えた。


 ディルは同年代の少年よりもやや身長が低いことを気にしているため、幼く見えると指摘されるのがきらいだ。その上、五歳離れている年上のクレアとは身長差がまだわずかに埋まらない。ルカスとしては、あえてそこを刺激することもたまにはあるが、いまのディルは傷心すぎるほど傷心しているため、追い打ちをかけるほど、ルカスは無神経ではない。


「クレアさまが手紙を読まれるのを待ちましょう。きっとご連絡があるはずですから」

 あるじであるディルを落ち着かせるように、ルカスは言った。


 ディルは無言のまま、同じ年頃の令嬢ならその瞳で見つめられたいと熱望する深緑色の瞳を高い天井へ向ける。


(クレアへの手紙には、読んだあと返事をくれるよう書き添えてある。クレアのことだから、きっと返事はくれるはず……)


 そう思うものの、ディルの心はまったく落ち着かない。これから待ち構えていることと、先ほど予想以上によろこぶクレアの態度を思えば、もしかして自分の選択は間違っていたのではないかと大きな不安に(さいな)まれる。


(やっぱりクレアにとって、いまだに僕は弟みたいな存在だということか……)


 認めたくない現実を、これでもかというほど目の前に突きつけられたディルは、再び重苦しいため息を吐き出した。



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