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10_お酒は控えめに(2)

「離れろ! 僕の婚約者だ!」


 ディルは猛然と駆け寄り、クレアを支えている燕尾服姿の青年からクレアの華奢な体を奪い取る。


 ディルの後ろには、彼の侍従のルカスとクレアの侍女のサリーの姿も見える。


 事態の悪化を懸念したサリーは、そっと応接間を抜け出し、ディルに助けを求めていたのだ。


 そしてサリーから事情を聞いたディルは、大急ぎで駆けつけたのだった。


「クレア? 大丈夫か?」


 呼びかけるが、クレアはすっかり眠ってしまったようで、長いまつ毛に縁取られた瞳は固く閉じられ、身動きひとつしない。


 クレアの柔らかな体がディルに寄りかかっている。


 しかも目の前のクレアは頬や首元を赤く染め、形のよい唇がわずかに開いているものだから、やけに扇状的が見えて、目のやり場に困る。


「なぜこんなに飲ませた?」


 ディルは部屋の中を見回し、おそらくクレアが飲んだであろう空になったワイングラスの数に目を留め、使用人の青年に尋ねる。


 青年は、居住まいを正すと、

「王太后陛下からの試練です。私は普段は、陛下が住まう離宮でワインなどの管理をするバトラーを務めております」


 ディルは、深いため息を漏らす。


「そうか、陛下の試練か。でも少しは自重させてくれ。クレアは酔うと抱きつく(くせ)があるんだ」


 怒気をはらんだ鋭い視線をバトラーに向ける。


(クレアに抱きつかれるなんて、陛下の試練でなければぶん殴ってやるところだ)


 しかしバトラーは意にかいさない様子で、

「ええ、ですから、陛下はオルディス侯爵令嬢がそうなる事態を承知で、私を寄越したのだと理解しております」


「どういうことだ?」

 ディルは眉根を寄せる。


「私は女です。ですから、ご安心ください。それとも殿下は同性相手でも許せませんか?」


 ディルは驚いて、バトラーを上から下まで確認する。


 男性衣装に身を包んでいるが、言われてみれば、中性的な顔立ちと男にしては華奢にも思える体つきだった。


「なるほどね……」


 同性相手にも嫉妬するのかと問われれば、狭量を責められるようで、それ以上は黙るしかない。


「え⁉︎ じょ、女性なんですか⁉︎」


 一方で、素っ頓狂な声を上げたのは、サリーだった。


「はあ、それならそうと、早く教えてくだされば、こんなに心配せずともよかったですのに……」


 男性だと思って、必死の思いでディルに助けを求めたのに、その必要はなかったというわけだ。


 安堵したのか、サリーは床にへたりと座り込む。


 しかしサリーの心配は当然とも言える。

 未婚の、しかも婚約者がいる娘が、婚約者以外の異性に抱きつくなどあってはならない。


 クレアの品位に傷がつくのは避けられないし、相手の男は不可抗力で抱きつかれた側とはいえ、王太子の婚約者に手を出したと判断されてもおかしくないわけで、相応の処罰を下さねばならない。


「ひとまずクレアさまをお部屋にお連れしましょう」

 事態を見守っていたルカスが、ディルに声をかける。


「ああ、そうだな」


 ディルはクレアを支える腕に力を込めたが、それでもまだ年上のクレアを抱え上げるのは難しかった。

 ディルは唇を噛みしめる。


(大切にしたい女性ひとり抱え上げることもまだできないのか、僕は……)


 しかしクレアを部屋に運ぶためには、誰かが彼女の体に触れることを意味する。


(そんなことぜったい許せない、でも……)


「ディルさま」

 そっと諭すように、ディルの腕にルカスが触れる。


 ディルは、クレアをぎゅっと抱きしめたあとで、堪えるように息をゆっくりと吐き出し、


「……お前が運んでやってくれ」


 憤りを含む声音とは裏腹に、やさしくクレアから手を離し、自身のジャケットを脱ぐと、彼女の肩にかける。


 クレアはパーティーでもない限り、露出の多い服を着たりしないが、それでも襟から覗く彼女の白い首の火照りを少しでも隠したかったし、ルカスがクレアに触れる感触を減らしたかった。


「くれぐれも落としたりするな、触るのも最小限にしろ」


 そしてルカスにクレアを託した。


「ええ、承知しております」

 ルカスは真剣な表情で頷き、彼女の体を横抱きにした。


 軽々とルカスに抱え上げられるクレアを見て、ディルは目を背けそうになるのを堪える。


「で、試練の結果は?」


 こちらを見守っている様子の女性バトラーに問う。


「ええ、もちろんクリアですよ。侯爵令嬢にもそのようにお伝えください」


「わかった」


 ディルは一言そう答えると、ルカスとサリーを促し、ワインの芳醇な香りが立ち込める応接間をあとにした。



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