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婚約破棄しようとする前に  作者: はるあき
3/3

″嫉妬″とする前に

「名前は、嫉妬のシットンとジェラシーで、ジェラとシー、妬みでネタミンだ」

「また安易な名前で」

「いいんだよ、安易で」

「真似するとうっさいから、水ぶっかけだけにしとくぞー」

「タオル、準備オッケーです」

「じゃあ、撮るぞ」

「「「イエッサー」」」


「おい、クレームが来たぞ」

「えー、なんですか?」

「シーがギャフンとされていないってさー」

「確かに・・・。けど、シーは苛められていたのだから」

「ほんとに大人しく苛められてたと思うか?」

「無知の無邪気は悪にもなるぞ」

「じゃあ、舞踏会から撮り直すぞ」

「「「イエッサー」」」

 バルコニーに一組の男女がいた。どちらも人目を引く端麗な容姿をしている。

「シットン様、どうしてなのですか?」

 女性ジェラが男性シットンに詰め寄っていた。シットンはジェラと目を合わせず、ガラス戸の中を気にしている。

 こちらを不安そうに見ている女性と目が合うとシットンは安心させるように微笑んだ。その様子にジェラはギュッと奥歯を噛み締める。

「わたくしという婚約者がいながら、何故あの令嬢のエスコートをなされているのですか」

「シーには、彼女にはエスコートする者がいないのだ。君には兄君がいるだろう」

「兄にも婚約者がいます」

 まだジェラが話しているのにシットンは話は終わったとガラス戸の向こうに戻ってしまう。ジェラはキッと戻ってきたシットンに笑いかけている女性を睨み付けてしまう。ジェラの視線に気がついたシットンが女性を庇うようにその腕に抱いていた。


「まあ、あの姿をご覧になられて」

 女性たちがクスクス嗤っている。

 その視線の先には、ずぶ濡れになった大人しそうな女性シーが震えていた。

「身の程を考えずに殿方に近づかれるから」

 ジェラはパチンと扇を閉じると終わりだというようにその場を去っていく。ずぶ濡れのシーを残して。

 

 大勢の人で賑わう舞踏会でそれは起こった。

「ジェラ、君との婚約を破棄させてもらう」

 シットンは当然のようにシーの腰に手を回して静かに言い渡した。

「シットン様、何故ですの?」

 ジェラは突然言われた言葉に驚きを隠せない。

「私が知らないと思うのか?」

 シットンの声が低くなる。

「貴様がシーに何をしていたのか」

「それは…。そこの者が悪いのですわ。わたくしがシットン様の婚約者ですのに」

 ジェラが縋るようにシットンに手を伸ばすが、シットンは汚いもののように払い退ける。

「醜い。貴様のように醜悪な心の者を妻にすることはできない」

 冷たく言い放たれた言葉にジェラの体は力を失いその場に座り込んだ。

「私はこのシーを新たな…」

「兄上、お待ちください」

 シットンとまた違う容姿の整った男性が現れて、サッとジェラに手を差し出した。優しく床に座り込んでしまったジェラを立たせる。ネタミンの婚約者が支えるようにジェラに寄り添った。

「この件は、ジェラ嬢だけの責任でしょうか」

「ネタミン、何が言いたい」

 ギュッとしがみついてくるシーに大丈夫だと腰に回した腕に力を入れて、シットンは弟のネタミンを睨み付けた。

「兄上。兄上はシー嬢と出会われてから婚約者としての責務を果たしておられましたか? シー嬢と出会われる前まではジェラ嬢と理想の婚約者と比喩されるほどの仲だったと覚えておりますが」

 ネタミンの言葉にシットンは忌々しそうに眉を寄せる。

「届いた文の返事もせず、舞踏会のエスコートも贈り物も婚約者でもないシー嬢に。それを咎めても正しもしない。ジェラ嬢がお怒りになってもいたしかたないかと」

「それがどうした。そのような醜い婚約者に何もしたくなくなるだろう」

 ジェラが怯えたように肩を揺らした。

 ネタミンは嘆息し、シットンの刺すような視線からジェラを隠すように前に出る。

「今の兄上はまるで父上のようですね」

 シットンの視線がますます鋭くなる。

「どこがあの父に似ているというのだ。正妻である母上を蔑ろにしていた父に」

「婚約者を蔑ろにされていたところが。父上もこういう場に正妻の母上でなくあの女を連れ歩いてました」

 すぐに返された言葉にシットンの目が驚愕で見開かれる。

「私は蔑ろになど…」

「していないなどと、どの口が言われるのですか? 今だってそうでしょう? 兄上が守っているは不義のお相手シー嬢で、正当な婚約者であるジェラ嬢を蔑んでいる」

「不義だと、シーを侮辱するのか!」

 シットンの眦がますます上がる。

「シー嬢を侮辱させているのも兄上、あなたの責任でしょう。婚約者がいる身で有りながら堂々と不義理を周囲に見せつけ、シー嬢は婚約者がいる男性に言い寄る淫らな女と周りに思わせている」

 シットンは周りを見回した。冷たい視線がシットンたちに向けられている。

「すべて、全て、私の責任だと」

 ネタミンは頷いた。

「兄上、あなたはジェラ嬢が醜いと仰った。けれど、ジェラ嬢を追い詰め醜くしたのは兄上、あなたです。シー嬢に心変わりしたのなら、ジェラ嬢を早く解放してあげなければならなかった」

「ジェラがシーを苛めたのも私のせいだと?」

 シットンは信じられないと首を振っている。

「政略結婚だからと婚約者の女性には感情がないとお思いですか? 婚約者だから無視しても傷つけてもよいのだと?」

 シットンはネタミンの後ろにいるジェラに視線を移した。青白い顔をして、今にも零れ落ちそうな涙を堪えている。こんな弱々しいジェラを見たのは初めてだった。

「ジェラ嬢がしたことは確かに許されぬかもしれません。けれど、ジェラ嬢にそれをさせてしまったのは、兄上、あなたと側にいるシー嬢です。あなたたち二人がジェラ嬢にそれをさせたのです」

「わ、私、そんなつもりでは…」

 弱々しく口を挟んだシーにネタミンは冷たい一瞥を向け、シーを頭の上から足元まで一瞥した。

「兄上からの贈り物を当然のように身につけ、隣にいるのが当たり前のように振る舞っている。婚約者でもないのに。それでよくもそのようなつもりがないと言えますね」

「それは、シットン様が・・・」

 フッとネタミンは笑った。

「ジェラ嬢は何度かあなたに婚約者のいない令息をパートナーとして紹介すると申し出たはずです。あなたは兄上がいるからと兄上の婚約者であるジェラ嬢の申し出を断った」

 シットンは知らなかったようでシーを驚いた目で見ている。

「それは…」

「兄上より下位の爵位の者を紹介したから? 男爵令嬢であるあなたには釣り合う方々でしたが?」

 シーはその言葉に驚いた表情で首を横に振っている。

「…、その方々の噂が…」

「ほう、私の友人たちにどんな悪評が?」

 シーは顔色を変えワナワナと震えた。紹介された令息がネタミンの友人だったとは思ってもいなかったようだ。

「ネタミン様」

 婚約者の呼びかけにネタミンは振り向き頷いた。

「シットン様、ジェラ様が婚約者のいる者からの贈り物は受け取らないようにシー様にご忠告されていらっしゃいました」

「シーが何回も同じドレスで舞踏会に出るわけには行かないであろう。ジェラは自分のお古をシーに押し付けようとしたと聞いているぞ」

 シットンが気を取り直して強気で言った。

「そもそも毎回新しいドレスは必要ですの? 新しいドレスでなければと思われるのなら舞踏会に出席されなければよろしいのでは?」

「やはりシーを貧乏貴族と侮辱していただけであろう」

 シットンの声が低くなる。

「では、兄上は服が無くて舞踏会に来られない全ての貴族に服を贈り、令嬢は舞踏会でエスコートされるのですか?」

「そ、それは…」

 シットンは目を泳がせた。没落寸前で舞踏会に出れない貴族もいる。その全てに手を差し伸べられるわけではない。

「それにジェラ様は仕立て直されるようにご自身のドレスをお譲りしようとされただけですわ。ドレスも高価な物ですから」

 はぁとネタミンの婚約者は息を吐いた。

「ジェラ様は婚約者のいる者からの贈り物は受け取る女性側の悪評に繋がりかねますから辞退されるようご忠告されておりました」

 それは当たり前の忠告であった。婚約者がいる者からの贈り物は浮気相手として承諾していると見られても仕方がない。

「シットン様はシー様がなんて言い返されたかご存知ですか?」

 シットンは訝しげに眉を寄せるだけだ。シーからは、ジェラから苛められたと聞いていてもシーの立場を守るような言葉を言われたとは聞いたことがない。

「シットン様が贈られた物を自慢し、ジェラ様はシットン様から何を贈られたのか聞かれたのですよ」

 シットンは目を見張った。シーにドレスを贈るようになってから、婚約者のジェラには何も贈っていない。シットンにはまだ二人分のドレスを仕立てる余裕がないからだ。

 シットンは隣にいるシーを見た。自分が新しく贈った物で身を包むシーがいる。ジェラに視線を移した。リメイクされているがジェラが身に纏っているのはまだ仲が良かったころにシットンが贈ったドレスだ。着けている髪飾りは一昨年の誕生日に贈った物だ。思い返すとジェラはいつもシットンが贈った者を何度も身に付けてくれていた。シーのように一回限りではなく。

「思わずジェラ様がシー様が散々自慢されたドレスにワインをかけてしまったのも仕方がないかと…」

 ネタミンの婚約者は肩を揺らしたジェラを支える手に力を入れた。

「それなのにシットン様は、シー様の言い分だけお聞きになり、ジェラ様を責め立てられた」

「あの時そんなことが…」

 シットンの呟きにネタミンは呆れたように嘆息した。

「それも同情でドレスを贈るにしても婚約者であるジェラ嬢を立てるようなこともせず、強請られるままに豪華な物をシー嬢だけに贈った兄上の責任でしょう」

 シットンは黙って唇を噛んだ。シーの腰に回していた腕から力が抜ける。

「シットンさま、わ、わたしは…」

 シーが縋り付くように名を呼ぶがシットンはそれに応えることが出来ない。

 無邪気に喜ぶからシーに色々贈っていた。そのことが何も贈られなくなった婚約者であるジェラをシーが軽んじ見下していたことに繋がった。見下されたジェラがシーに対して怒るのは当然のことといえよう。

 シットンは、己の行動が今の状態を作ってしまったことにやっと気がついた。

「ジェラ」

 シットンの呼び声にジェラは大きく肩を揺らす。

「全部狂言だと仰るのでしょう。シー様を陥れる狂言だと」

 シットンと目を合わさず体を震わせて、ジェラは叫ぶように言った。

「ネタミン様に婚約者がいらっしゃらない令息様を探していただいたことも、ドレスのリメイクをしていただけるお店を紹介しようとしたことも、シー様にはシットン様がいらっしゃるから、シットン様が全てしてくださるから不要だと言われましたわ」

 ジェラの目から大粒の涙が零れ落ちる。

「なぜ、そのことを」

「いつもシー様から聞いたことでわたくしを責め立ててすぐに去られる方にどうやって? わたくしの言葉を全て嘘だと言って何一つ信じて下さらない方にどうやって信じてもらえるのですか?」

 シットンは、ジェラが何か言う度に煩わしいと聞くことをしなかった。シーからジェラに虐げられていると聞いていたから余計に。本当に虐げていたのは誰だったのか。

「婚約はジェラ嬢からの破棄とさせていただきます。婚約者としての役目を果たさず、他の女に現を抜かした愚か者にはジェラ嬢は勿体ないですから」

 ネタミンはそれだけ言うと踵を返し、婚約者とジェラを連れて会場から姿を消した。


『撮影後その一』

「はい、カット!」

「いつもといっしょで着替えをしてから料理を食べてください」

「こんなんでいいんですか?」

「嫉妬は難しいんだよ。正妻と浮気相手のやりあいなんぞ日常茶飯事だろうが」

「苛めた女も悪けりゃ、女をそこまで追い詰めた男も悪いと分かりゃいいんだよ」

「真実の愛って恐いもんなんですね」

「真実の愛? そんなんじゃねえだろ。身分違いの恋、許されない恋、悲劇のヒーローに心酔して自分自身の境遇に酔っているだけだろ。だから、こんな現実を見れない婚約破棄(ばか)が出来るんだよ」

「フラレた経験が無い、坊っちゃんだから余計己に酔うんだろ」


 少女は、二人に近づいた。婚約破棄されるテルシア役をした美少女だ。今回は舞踏会のエキストラとして参加していた。

「やはりキツかった」

 そう言っているのは、シットン役の青年。テルシアの付き添いの青年役をしていた青年だ。

「そうだろ。再現してるみたいでグサグサくるよな」

 その青年を慰めているのはネタミン役の青年。テルシアに婚約破棄を申し立てたイーグル役をしていた。

 今回は逆の役柄で二人とも共演していた。

「愚かだった」

「同感」

 少女はなんのことか分からず、コテンと首を傾げるだけだった。


『撮影後その二』

「こんなんで納得しますかねえ?」

「さあな、嫉妬の世界は奥が深いんだよ」

「あの子、大丈夫でしょうか?」

「もろ再現されちまったからなー。傷は深いかもな」

「しばらくエキストラにしといてやれ」

「「「イエッサー」」」


 シットン役の青年は真っ青な顔をして項垂れて椅子に座っていた。ネタミン役の青年はかける言葉もなく側に立っている。

 少女はそんな二人を不思議そうに見ていた。

 お芝居なのに何故そんなに傷付いた顔をしているのかとコテンと首を傾げた。

「ねえねえ、出てたのって」

「○○国の、二年前に王宮で婚約破棄した」

「今は役者してるんだー、廃嫡になって平民だった?」

「で、弟役は、侯爵の」

「やっぱり。見たことがあると思った」

「あれって、相手の男爵令嬢って」

「逃げたって聞いたよ」

「えー、あんだけ真実の愛って叫んでたのに」

「で、今は役者・・・」

「自由? な生活?」

「さあ、侯爵令息が労働者」

「あんだけ取り澄ましていたのに」

「・・・・・」

男子生徒たちは女子生徒たちの話を聞いてひたすら沈黙を貫いた。



これで終わりです。

4月24日書き足しましたm(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] やべえw 経験者語るだったw 説得力跳ね上がった。
[一言] 役者達もいわく付きだったよ……。 この手の仕事を割り振ってきたマネージャー(?)を、彼らはどう思っているのでしょうね。
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