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そして月日が流れ――
「アラクネ、用意は良い?」
アラクネに向かって今まで以上に穏やかな視線を向け、声を掛けるエマ。
かつては年齢に似合わぬ体格であった彼女も成長期を迎えたというかなんというかようやく女性的な体つきや風貌を漂わせるようになっている。
そしてその言葉を受けながら車椅子に座るアラクネ。
かつて脱力したかのような体勢でいることしかできなかったアラクネだが、今はしっかりと体幹を保った状態で座っていることが出来るようになっていた。
そして今日からはいよいよ立つ練習が行われる事となったのだ。
柔らかなマットが敷かれたリハビリ室で車椅子に座るアラクネの前に立ったエマはその両手を取りながら言う。
「ママがしっかり持っててあげるから安心してね」
「う、ん」
するとエマの声に反応する様に機械的な音声が聞こえて来る。
声帯がないアラクネに声を与えることは出来ない、だがそれがイコール声を発せないということには繋がらない。
アラクネには新しく、表示された文字を音声ソフトを介して発声させるという機能が備わったのだ。
これも全てあの日、アラクネが人としての心を取り戻したことによるものだ。
あの後、回復しつつあるアラクネの現状はエマとケイの報告書を通して他の保護施設にも伝わり新しい技術からの回復という事実は瞬く間に広がっていった。
一度は否定した存在であっても最終的に都合が良い方向へと進めばそれは成功となるのは世の常である。
それと同時に世間でもサイボーグの違法な技術開発の被害者に対する注目も高まり始め寄付金の額も以前とは比べ物にならないほどに増えていった。
その寄付金を活用させてもらい新しい人間らしい義体を得て人らしい生活を取り戻した子供たちの数は今となっては数えきれないほどに増えている。
かつて、エマがまだ新人と呼べるような頃にいた子供たちもアラクネを除いた全員がそれぞれの人生を歩んでいる事だろう、彼らは一体どんな道を歩んでいるのだろうか。
もちろん言うまでもないがケイに限らず全ての職員は施設を出た後の子供たちの幸せな生涯を望んでいる。
だが、全ての子供たちが幸せな結末を迎えるとは限らないのもまた現実であった。
そしてそれは決して遠くの出来事ではない。
先日、施設に一人の女性が訪ねてきた。
女性は絹糸のような長い銀髪をさらりとそよ風になびかせており、色白な肌も併せてみる者全てを魅了するような美人。
かつて右半分が機械だった子、シェリルは見違えるような美人に成長しており、皆が望んだ順調な人生を無事に歩んでいた。
もちろんケイもエマもシェリルの事はしっかりと覚えており久しぶりの再会を喜んだ。
だがそんな喜びの雰囲気の中でシェリルの口からは一つの事実を聞かされることとなる。
それはかつて同じようにこの施設から日常へと戻っていった左半分が機械だった女の子、ヘレンについて。
この施設にいた頃からシェリルとは仲が良く、ここを出た後も仲の良かった二人はお互いに連絡を取り合っていた彼女は先日――帰らぬ人となった。
身体が成長しきっていない子供時代にサイボーグとなった人間は成長に合わせて少しずつ義体の大きさを調節する必要がある為、手術を何度も繰り返す必要がある。
通常、子供のサイボーグは不運な事故などに遭い片腕を失った場合などがほとんどなため成長期が終わるころまでに二~三回ほどの手術を行う事となる。
だがシェリルもヘレンも体の半分が機械で出来ているのでその規模も回数も体への負担も相当なものとなることは容易に想像できる。
瞬く間に成長していく体に合った義体を取り換える手術を何度も行い、その度に体が引き裂かれるような激痛に耐えなくてはならない運命からは逃れられない半身機械という体。
ヘレンの体が乱雑な方法で行われていた事もあり、ヘレンはシェリルと比べ免疫機能も落ちており耐えきることが出来なかった。
結果、試験的に行われたヘレンは亡くなり、ヘレンの失敗を経て手術が行われたシェリルは生き残った。
後から言えばそう言えなくもないような事実だけが世の中には残った。
黙々と事実だけを語るシェリルの表情はどこか達観したようなものとなっており、涙一つ漏らすことはなかった。
シェリルがヘレンの死を受け入れたのか、涙も枯れるほどの悲しみにうち暮れていたのかは分からない。
それでもシェリルの口からはただ「ありがとうございました」という言葉だけが何度は繰り返された。
それはまるで育ての親に最後の言葉を伝えられなかったヘレンの言葉を代理として伝えに来たかのよう。
それを伝えたシェリルは自分自身もまた感謝の言葉を告げて施設を後にするのであった。
「さぁ、行くよ~? 出来るかな~?」




