第50話
その日、王都アスレイの王城は、朝から忙しない下働きたちの声で満ちていた。王都でも腕の立つ料理人たちは昨日のうちに仕込んでいた食材を熱々のフライパンに放り込み、熟練メイドはここしばらくの間行っていた掃除の最終チェックを鷹のような目で見直している。執事たちは設営が終わった広間の見回りの後、王都から呼び込む貴族や富豪の目録に目を通す。下働き、それも平民で構成される下級メイドや下男であっても、王城に雇われるような者たちは皆が皆優秀だ。そんな彼らが騎士の卵たちがダンジョンでしのぎを削っている時から作業に取り組んでいるにもかかわらず、事ここに至るまで仕事はまだまだ残っているようだ。その顔には一切のゆるみはなく粛々と己の仕事に取り組む。その中には貴族の子弟から選ばれる上級メイドたちも含まれており、緊張に満ちた顔つきで王城の最上階へと向かっていく。彼らの向かう場所は王城の中でも最も神聖視される場所であり、単なる掃除とはいえ粗相をしでかせば文字通り首が飛びかねない。手にモップやら箒やらを家宝の剣のように握りしめているのが印象的だ。
「今年はいやに気合が入っていますね」
そんな喧噪の中、城内巡回の任についていた騎士の一人が傍らの年配の騎士に声をかけた。
声をかけた騎士は数年前の騎士試験に合格した男で、それからずっと王都の警邏に従事していたが、今日は久々に王城に配属されていた。年に何度か王城の巡回は行うといった程度にしか王城に入ることはないが、今自分が目にしている催しは一味違うことはわかったようだ。
「ああ、なんでも今年は魔装騎士になったヤツが二人も出たらしい」
年配の騎士は私語を喋る部下にたしなめるような視線を送りつつも小声で相槌を打つ。この男はもう20年も騎士として働いているベテランだが、今日は特別に城内の警邏に回されていた。王国で今最も盛り上がるイベントで栄えある王城を任されるというのはそれなりに光栄なことではあるのだが、地味な任務に退屈していたのだろう。年月とともに得た人脈で仕入れたネタを部下に披露するのはこの男のささやかな趣味であった。
「魔装騎士!? それも二人も!?」
「声が大きいぞ。 もう少し静かにしろ」
「す、すいません」
若い騎士は上司のお叱りに身を縮こまらせるが、驚くのも無理はない話であった。騎士試験は文字通り騎士の位を得るために行う試験であり、騎士学校も出ていないただの一般人がこの国の精鋭たる魔装騎士になるというのはほとんどあり得ないことだからだ。
「しかし、本当に魔装騎士が・・?」
「疑うのも無理はねぇがな」
縮こまりつつも、興味が抑えきれないというように若い騎士は目を輝かせて年配の騎士を見る。
その反応に気を良くしたのか、年配の騎士はさらに続けた。
「あるスジによるとな、二人の内一人は竜を連れた貴族らしいが、もう一人はスラムの出だそうだ」
「スラムの!? あんなところからですか・・・」
「ああ、俺も顔を見たことはねぇが、大したヤツだぜ」
王都の住人にとって、スラムの話題は快いものではない。スラムは華々しい王都の中にあるゴミ山であり、唯一の汚点だからだ。治安の悪化にも繋がるため改善しようとする動きはあるものの、昨今のモンスター退治に手を取られて十全な対策はできておらず、ほぼ手つかずなのが現状なのも拍車をかけている。
しかし、そのようなところの出身とはいえ魔装騎士というこの国の花形に上り詰めたのならば話は別だ。魔装騎士はこの国の男児の憧れであり、家柄や金などでは通過できない厳しい試験を乗り越えた者のみが手にできる栄光だ。故に魔装騎士となった者にはどんな出自であろうとも称賛が送られてきた。今回で魔装騎士になったという男に対してもそれは変わらない。
「しかもだ。貴族の方はわからんが、スラム出の方は鬼人の森で相当な大物を仕留めたそうだ」
「相当な大物ですか・・・?」
「ああ、なんでも、サイクロプスをやったっていう話だ」
「サ、サ・・・・・!!」
「おっとぉ!! 口は閉じろよ」
大きく口を開けて今にも叫びそうだった騎士の口を塞いで年配の騎士は周りを見るが、忙しない使用人たちがいた廊下はなぜか今、無人であった。お小言を言いそうな連中がいないのを確認すると、年配の騎士はとっておきのネタを得意げにぼそりと続ける。
「いいか、口を塞いでおけよ? この話にはまだ続きがあるんだ。俺の情報網によれば、貴族の方は知らんが件の男は・・・・」
その後、口を塞ぐのも忘れて大声を出した騎士の頭に大きなたんこぶができることとなった。
王城の最上階には王族たちの部屋が固まっている。故あって末っ子の第四王女だけは4階のあまり人が寄り付かない部屋に移っているが、この国の宰相たる第一王女をはじめ、王女たちの部屋も天高くそびえる王城の見晴らしの良い一角に位置していた。第一王女は朝日の臨む東の端、第二王女と第三王女は中天を仰ぐ南側だ。この国ではある事情から王族は国民たちから絶対的な支持を得ており、中でも見目美しい王女たちは熱狂的なファンがいる・・・・引きこもっている第四王女を除いては。
第一王女は宰相であり、王を補佐しつつもその智を以て国民のための政策を打ち立てている。特にモンスターの大量発生が確認されてからの活躍は目覚ましく、騎士団を効率よく派遣し、王都だけではなく各都市群にも呼びかけを行い、国一丸となってモンスターに対抗する体勢を生み出した。
第二王女と第三王女は双子である。第二王女は王族でありながら魔法騎士団の長を務めるほど魔道に長ける。王都を囲う結界や試験にも使われた符見箱などの魔道具の開発には第二王女が関わっている。片や第三王女は第二王女とは対照的に武に通じるが、魔法を扱う第二王女との仲は良く、魔法騎士団の客員騎士として剣を振るう。何物も寄せ付けぬ第三王女の武術と何物を薙ぎ払う第二王女の魔法のコンビネーションは国中に広く知られている。
そして、そんな王女たちが生活する最上階の一室に、くすんだ金髪の男はいた。礼服を着た男は用意された椅子にどっかりと座りつつ、目の前の銀髪の女に声をかけた。
「しかし、ホントにいい部屋だよなァ・・・・俺がつい最近まで寝てた場所とは大違いだぜ」
くすんだ金髪の男、サイクロプスを倒してのけたロイ・トリシュは部屋をぐるりと見回した。調度品一つとっても目の飛び出るような値打ちものであり、それだけで家が一つ建つ。そう思うとつい魔が差してしまいそうになるが、それを感じ取ったのかのように対面に座る女は目を眇めた。女は美しかった。腰まで伸びる銀髪は枝毛の一つもなく、艶やかだ。顔だちも切れ長の緑の目がやや冷たい印象を与えるが、それでも彫刻のように見る者を引き付ける・・・ロイは大して気にしていないようだったが。
女は口につけていた紅茶のカップをテーブルに置いて男を見据える。
「ここは王城よ? アンタのいた小汚いスラムと一緒にしないでくれる? あと、ここにあるモノくすねたら社会的に殺してあげるから」
女の口調はよどみなく、つい耳を傾けたくなるような美声であったが、そこに温度は籠っていない。
ロイはおおげさに肩をすくめると残念そうに息を漏らす。
「そうかい。ならしょうがねェな。折角栄えある魔装騎士様になれたんだし、派手に景気づけしときたかったんだがなァ」
「お金ならこれからたっぷり手に入るんだから、そういうのはまたの機会になさいな。ま、アンタに休みがあるかどうかは私の胸先三寸だけど」
「おいおい、それは勘弁してくれよ・・」
二人の間に交わされる言葉はドライだが、不思議と冷たさはなかった。まるで古くから付き合っている悪友のように、どこか気安さがある。
「少なくともアンタが使ったトラップの分を返し終わるまでは休みなしだから」
「初任給まで休みなしとか天下の宮仕えがそんなブラックでいいのかよ」
「私が白と言い張れば、黒いモノも白になるのよ」
「暴君かよお前は・・・お前のイメージぶっ壊れんぞ」
「アンタ以外に地を出すようなヘマ、この私がすると思う?」
「・・・・・ねェな」
ロイの休暇がどうなるのか、新人だがやる気に満ち溢れているので「自主的」に魔鋼を持ってるような大物を狩りに行ったなどという報告がどこからか作られるか否かはわからない。
「んで、今日このタイミングでオレを呼びつけた理由は何だよ? 借りてた道具とかは全部返したぞ?」
「今なら私とアンタが会っても不思議じゃないからよ。これからはともかく、これまではあまり話せる機会もなかったでしょ」
「まあな」
「それで?」と言うように先を促すロイに、女はもう一度カップに口を付けて唇を湿らせてから口火を切った。
「アンタ、試験前に邪魔になりそうなヤツは潰すって言ってたはずよね? 今回の試験では、アンタ以外にももう一人魔装騎士になった男がいるんだけど・・」
「デュオのことか」
「知り合いなの?」
「アイツ曰く、オレは恩人らしいぞ」
「・・・・・まあ、その辺は後で聞くわ。私がまず聞きたいのは、率直に言って、そのデュオっていう男がどんなヤツかってこと。スラム出身のアンタはそういうの鼻が利くでしょ。どうなのよ?」
「・・・・ずいぶん警戒してるみてェだが、オレが見た感じじゃ悪いヤツじゃねェ、っていうかイイヤツだと思うぞ」
「そう・・・・」
銀髪の女は何事かを思案するかのように目を伏せた。
「・・・アンタは、楔よ。この不確かな時代で「私たち」の場を固めるための・・そして、面倒な奴らへの牽制がアンタの役目」
「・・・・オレが試験の前に掃除しようとしたときは、二大公爵は今回は動かねェと思ったんだが・・・」
「秋には来るでしょうね」
この国はとある事情から王家の権威は非常に強い。外の国では領地を持った貴族の中で最も勢力のあるモノが王となり、そのパワーバランスは不安定なのに対し、この国では現王家こそが絶対であり、この国のナンバー2を争う二つの公爵家との力の差は大きく開いている。しかし、モンスターによって混乱する昨今、その流れに乗って王家へ迫ろうとしているという情報を女は不愛想な店主から買い取っていた。
公爵家が強い力を得るために考えているのが、王家との婚姻であるそうだ。モンスターに対抗するために力あるモノどうしが一塊となるべしというお題目と共に王家に取り入り、そこから徐々に自分たちが頭にすげ変わろうという腹だというのが女の見立てであった。モンスターという脅威を乗り越えた後の人の時代を見据えてそんなことを画策しているのであろうが、国の状況を知る女からすれば能天気な連中としか見れない。そんな連中がいるからこそ、女は邪魔者は潰せという命を下し、また、信頼できる腹心の部下としてロイに上級モンスター討伐という余人には真似できない箔をつけて王城に迎えたのだ。この国では魔装騎士が半端な貴族を超える名声を得ているが、それ故王家との婚姻もそういった方向の功績が求められる。手始めにサイクロプス討伐かそれに並ぶくらいのことをして見せろというわけだ。
そして、話は件の青年に戻る。
「つまり、デュオが王族にちょっかいかけるかどうかってことか? 多分ねーぞ。 アイツ、故郷にずいぶんと熱を入れてる感じだったしなァ」
ロイからすれば、女の不安も理解はできるがそこまで気にするようなことでもないと思っている。モーレイ鉱山で会った折には、あの男は王都に留まるつもりは欠片もないようであったからだ。
しかし、そんなロイに、女は神妙な顔で続けた。
「本人がそうでなくとも、周りが厄介ってことも考えられるのよ。シークラント伯はなぜか陛下と仲がいいみたいだけど、何を考えてるのかよくわからないし・・・・・・なにより、その陛下とあのごく潰しが妙に乗り気なの」
「ごく潰しって、お前・・・いや、ってことはデュオは王族から目をかけられてるってことか? 確かにアイツはオレと同じくらいには腕が立つだろうが、そんだけのことをやってのけたってか」
「どんな功績を上げたのかは情報がいろいろこんがらがっててわからないけど、モーレイ鉱山であった異変に関わっているようね。あの灼鋼が試験中にも関わらず調べまわってるみたいだし、関係があるかわからないけど、陛下の護衛から虹天が離れたのも気になるわ」
「いろいろきな臭いってことか・・・・アイツがねェ」
それでもロイはまだいぶかしげな表情をしている。スラム育ちの彼にとって人の本質をかぎ分ける嗅覚は自身のある武器の一つであり、その鼻にあの男は引っかからなかったのだ。デュオが貴族であることは試験に合格してから女に借りていた道具を返した時に聞いているが、あの男は自分が高貴な生まれであることを隠し通すこともできていなかった。もしもそんな男が自分を欺けたとしたら、今後自分が王城でやっていけるか不安に駆られるところだ。
「まあ、アンタがそこまで言うんなら本当にいい子ちゃんなんだろうけど、私としてはあの引きこもりが急にやる気になったのが気になるの。陛下はなんだかんだでアレに甘いからわかるんだけど、腐っても王族だし、力を付けようとしてるのか、それとも別の理由か・・・それに、善人でも力を持てば変わるものだし、半端王族と結びついて王家に入り込もうと考えるのもなくはないかもね。アンタと同じように牽制になる可能性はあるけど、公爵家に加えてこれ以上不確定要素が増えるのは勘弁だし、警戒が必要だわ」
「かァ~!!上は考えることがたくさんあって大変だな、オイ・・・・しかし、お前が王族と結びつくってことまで考えるんなら、デュオのヤツ、もしかして・・・」
「ええ、そうよ。ソイツもアンタと同じでね・・・・・」
何かを察したロイに、女は予想通りの答えを告げるのであった。
「ねぇ、流石にもうよくない? これ以上弄っても変わんないと思うんだけど」
「駄目です!! 今日はデュオ様の一世一代の晴れ舞台!! 万に一つも恥じになりそうな要素は潰さなくては!!」
そこは王城のある一室。試験を通過した騎士に与えられる部屋だ。
その部屋の中で、礼服を身に着けた僕は鏡の前に座ったまま、僕の髪をすくリーゼにされるがままになっていた。一通りやって満足したのか、リーゼは僕から離れて隣の椅子の主にその魔手を伸ばす。
「くぅぅぅぅ~!!時間が!!時間が足りない!!あんなハードな試験を考えといて翌日に表彰式とか何考えてんですか、あなたのお父さんは!!」
「知りませんよ!!うう、どうして私までこんな目に・・・・」
「デュオ様の関係者として出席するなら、それ相応の恰好をしてもらいます!!っていうか、こんな長い髪を手入れしないでほっとくとか王族以前に女としてありえないでしょ、普通!! おまけにクローゼットの中の服もまともなのがないとか!! エンチャントでドレスを加工するなんて聞いたことないですよ!!」
「痛たたたた!!? 引っ張らないでください!!」
もみ合うシルフィさんとリーゼ、王女と魔竜。
厳格な王城の内装とは、なんともちぐはぐな光景であった。二人とも非常に見目麗しい装いではあるのだが、この雰囲気とリーゼによる厳しいチェックの疲れもあって、それについて言葉にする気力もない。リーゼのセリフの通り、シルフィさんのドレスが子供のころにもらったとかいう小さな礼服を即席で加工したものだというのも拍車をかけている。そして、かくいうリーゼのメイド服も式典用らしい若干装飾のついたものなのだが、それもリーゼの変身によるものだというのがダメ押しだ。女性の服装についていらんちょっかいを出して鬼が出たらたまったものではない。
だから、僕は少し現実逃避することにした。
「本当に、魔装騎士になれるんだなぁ・・・」
口に出してみるが、まだ実感が付いてこない。
グラン殿に一発魔技を叩きこもうとして失敗し、気絶する間際、確かに僕は試験に合格したことを聞いた。試験が終了した後、目覚めたら医務室にいたのだが、そこで正式に魔装騎士となれるという報せを受け取ったのである。しかし、そこで告げられたのは魔装騎士の資格を認める騎士叙勲式が明日だというこだった。実感がわかないのは、すぐにリーゼが張り切って準備に駆けずり回ったので、喜びをかみしめる間もなく着せ替え人形になっていたからだと思う。試験合格者の僕と王族のシルフィさんは当然だが、僕の従者という扱いで、魔竜であると内密に認知されているリーゼも式に出席することになっているようであった。今回は処置が早かったおかげか、魔力切れの影響も少なかったために早く目覚めることができたとのことだが、もしもまた数日眠っていたらと思うとぞっとする。今はどうにか騎士叙勲に赴くための準備も終わりそうだが、もう少し遅かったら他の試験合格者の叙勲に間に合わなかっただろう。
「う~ん、これで妥協するしかないですね。次はもう少しいい服を用意しておいてくださいよ」
「どうしてデュオさんの従者のあなたにそんなこと言われなきゃならないんですか!!まあ、服は用意しますけど・・・」
どこか満足気なリーゼと疲れをにじませて怒りながらも、こちらを見てくるシルフィさん。どうやら僕が呆けている間にいろいろと片付いたようである。
「ふ、二人とも似合ってるよ・・・」
「ありがとうございます!! デュオ様も凛々しくて素敵ですよ!! もう少し時間があればもっといろいろできたんですけどね・・・」
「・・・・デュオさん、頑張ってくださいね」
シルフィさんの感じている疲れは、僕にもよくわかった。その視線も、これから戦地に向かう戦友を見送るときのソレだ。いや、戦地に向かうっていうのは、ある意味では間違いじゃないのか・・・
「それじゃあ、行こうか」
「「はい!!」」
僕たちは控室を出てレッドカーペットの敷かれた廊下に出る。
もうすぐ、叙勲が始まる。
王城最上階に位置する謁見の間。
城に努めるメイドたちによっていつにもまして清められた広間には、厳粛な空気に包まれていた。広間の両端にはオーシュ王国が誇る魔装騎士たちがマントに身を包んで整列している。王国騎士団には多くの騎士団が存在するが、その中でも特に名の知られた4つの騎士団があり、整列する騎士たちは遠めに見ればおおまかに4つに分けることができる。今より行われる騎士叙勲式はオーシュ王国伝統の栄えある儀式であり、普段は城にいない4人の最高峰に数えられる騎士たちも、己が率いる騎士団の先頭に立っているためになおさら分かりやすい。広間の右手に並ぶ2列のうち、中央側の騎士団は皆、虹を背に飛ぶグリフォンを象った紋章をマントに刻んでおり、その先頭には「虹天」の異名を持つグラン・ヘイラーが決して倒れぬ大木のような威圧感を醸し出している。そして、そのすぐ横に並ぶ騎士たちは稲光を纏うペガサスのエンブレムを刻んだマントをはおり、その先頭には艶やかな黒髪を後ろで一つに結わえた凛々しい女性がいた。一方の、広間の中央を挟んだ反対側では、内側には炎のように波打つ鬣の獅子を模した紋章を身に着けた騎士が並び、先頭には騎士たちが身に着けるマントのように真っ赤な髪の騎士がいる。「灼鋼」の二つ名を持つ騎士、レオル・バーンライトは、今日は騎士士試験開始前とは違って真剣な顔つきをしていた。最後、広間の左端に並ぶ騎士たちは交差する杖とグレイブに銀の蛇が絡みついた意匠のエンブレムをつけ、その先頭には銀色の髪を右側で結んだ女性が立っている。さらに、そのすぐ後ろには銀髪を左で結わえた、先頭に立つ女性と瓜二つの顔をした女がいた。彼女たちは二人とも無表情であり、今から行われる儀式にどのような感想を持っているのかうかがい知ることはできなかった。
この4人の騎士たちは巷で「四騎士」と称えられる実力者であり、「騎兵騎士団」、「猟人騎士団」、「重騎士団」、「魔法騎士団」の団長である。王国騎士団は大きく「討伐隊」と「守備隊」に分けられ、二つともに様々な騎士団が所属するが、王族を守護する「近衛騎士」のほとんどは彼らに率いられる騎士団でも特に有能な者から抜擢される。オーシュ王国の王国騎士団は完全な実力主義ではあるが、やはりこの国トップクラスの騎士の薫陶を受けた者たちのほうが選ばれやすい。実際、彼らの目に留まるような騎士たちは優秀な者ばかりであるがゆえに王国近衛のレベルは保たれていると言える。
しかし、四人の騎士団長がそろっているだけでも壮観ではあるのだが、この場では彼らよりも存在感を出しているものたちがいた。
「よくぞ、過酷な試験を乗り越えた・・・」
王冠を乗せた大柄な男が広間の静寂を切り裂いた。
「今ここにいる諸君らには、民を守るに足る実力が十分に備わっていることが証明された・・・」
威圧感と威厳を放つ男の隣には、穏やかな笑みを浮かべる壮年の金色の髪をした女性と、彼女よりも二回りは年下であろう銀髪の女性、そして、不安げな瞳をしつつも、広間の中央にいる茶髪の若者をチラチラ見ている少女がいた。男がしゃべり始める前には、見慣れない銀髪の少女にいぶかしげな視線を送るものもいたのだが、広間にいる全員が今、男の一挙一動に注目していた。
「だが、私は諸君らに問わねばならない・・・・・・」
男はそこで一息つくように口を止めた。
「諸君らには、いかなる脅威にも立ち向かう意思はあるか!!」
「「「はっ!!」」」
大男の出す気迫に負けじと、広間に並ぶ者たちは敬礼とともに声を上げた。
「諸君らには、民のためにすべてを投げ出す覚悟はあるか!!」
「「「はっ!!」」」
二度目の問いにも、広間を震わせるような叫びが応えた。
「誇りにかけて、この国を命に代えても守ると誓えるか!!」
「「「はぁっ!!!」」」
三度目の問いが放たれた後、稲妻のような勢いで返礼が木霊する。
「よろしい・・・・・私は、オーシュ王国国王、オズワルド・アシュト・オーシュの名において諸君らを騎士と認めよう」
こうして、オーシュ歴774年の春、オーシュ王国は新たな騎士を迎えるのだった。
(緊張するなぁ・・・)
左右を歴戦の騎士たちに挟まれる、試験合格者の列の最後尾に僕はいた。いや、僕だけではない。
「あんま堅くなんなよ。堂々としてりゃいいんだよ」
僕の隣にいる、くすんだ金髪の青年が前を見たままぼそりとつぶやいた。それは本当に小さな声で、僕以外には聞き取ることはできないだろう。声に応えるように、小さくうなずくと、隣の青年、ロイさんはわずかに口角を上げた。
(そうだ、いろいろあったけど、僕だって試験に合格したんだ)
先ほどの陛下による宣言の後、騎士叙勲式は予定通りに開始された。
最初のうちは特別に二度目の試験を受けることができた自身に後ろめたさを感じていたのだが、陛下のお言葉を聞いて、そんなものは吹っ飛んでいった。
(ウジウジするより、陛下のおっしゃるように国を守ることを考える方が建設的だよね・・)
厳しい試練を乗り越えたという言葉で、オーガロードやら屍竜、上級魔法を連発するグラン殿を思い出したというのもある。よく考えてみれば、普通に試験に合格するよりもあんな目に遭って生き延びる方が難しいのだ。今ここにいる僕はそういう意味で捨てたもんじゃないだろう。なにより、グラン殿曰く、陛下が僕に特別試験を課したのは、僕に実力を測りなおすだけの価値があったからとのことだし、僕はその試験に合格したのだ。もっと胸を張っていいだろう。多分。
(しかし、最後尾いるのが僕たち二人っていうのは・・・そういうことなのかな?)
今、前に並ぶ合格者から順に、陛下が手に持つ儀礼剣で肩をたたかれ叙勲が行われている。もとより合格者の数がそこまで多くはないことと、叙勲式が始まってから結構時間が経っていたのもあり、その列もだいぶ減っているからもうすぐ僕らもあの剣で肩をたたかれることになるわけだが・・・・あの陛下の体格を見ると儀礼用の剣というのがわかっていても少々怖いと思うのは仕方ないだろう。いや、思考がそれた。
ともかく、僕は昨日グラン殿から試験に合格したという言葉を確かに聞いたし、先ほど正式に魔装騎士になれるという報せも受け取った。ロイさんはかなり腕が立ちそうだし、おそらく僕と同じく魔装騎士になるだけの実力を示したのだと思う。
(僕たちはトリってことか・・・)
国の最精鋭である魔装騎士の叙勲は最後までとっておくということなのだろう。つまりは僕らがメインディッシュというわけである。ああ、そう考えるとやっぱり緊張して・・・
「ロイ・トリシュならびにデュアルディオ・フォン・シークラント!!前へ!!」
「「はっ!!」」
名前を呼ばれて、反射的に返事が出た。いつの間にか僕らの番が来ていたらしい。
(危なかった・・・)
上ずった声にならなかったのをほめてやりたいと思いつつレッドカーペットの上をロイさんと並んで歩く。
(父上、リーゼ・・・・)
壇上への道すがら、貴族の座るスペースに父上と相棒の姿が見えた。リーゼは満面の笑みで、今にも立ち上がらんばかりに手を振っている。父上は・・・いつも通りの無表情だ。相変わらず感情が読み取れないが、どことなく表情が柔らかいような気がしなくもない。
(母さん、ジョージさん、ヘレナさん・・・)
一歩足を前に進めるたびに、家族のことが頭に浮かんだ。
みんながいたから、僕はここまで来ることができたんだと心から思う。僕が戦う技術を身に着けたのは、シークラントのみんなを守る力が欲しかったから。これまで頑張ってこれたのは、みんなが僕を支えてくれたから。そして、そんなみんなを守りたかったからだ。
(グラン殿、レオルさんも・・・)
前に進むたびに、僕の憧れの騎士と師匠が近づいてくる。
子供のころに見て以来、ずっと僕の心に色鮮やかに残る魔装騎士。彼らへの憧れが、道しるべのように常に僕の前にあった。
憧れというともしびを目指して、シークラントのみんなに支えられて、僕は今夢への道を歩いている。そして・・・・
(シルフィさん・・・)
すぐ近くに僕の、いや、僕とリーゼの恩人が立っていた。叙勲式が始まる前は不安そうにキョロキョロしていたのだが、今は安堵したような表情をしながら、僕をまっすぐに見つめている。
彼女との出会いは、僕の人生の中でも最も奇妙なものだったと思う。だが、あそこでシルフィさんのことを夢だと思っていたら、今頃僕は塵になっていただろう。感謝してもしきれない恩がある。さらに、シルフィさんはただの恩人ではなく、厄介なチカラを持って生まれた僕の同類でもあるのだ。まだまだ他人が大勢いる場所に来るのは恐ろしいだろうに、シルフィさんがこの場にいるのは、彼女が前に進もうと思っているからだろうか。だとしたら、同類の僕としては、とても嬉しいことだ。
「ロイ・トリシュ、デュアルディオ・フォン・シークラント」
その声を聞いた瞬間、僕の意識は目の前の人物一人に収束した。
僕とロイさんはその場に跪き、臣下の礼をとる。
「そなたたち二人は、試験において特に素晴らしい成果を上げた・・・・ロイ・トリシュは鬼人の森にてサイクロプスを討ち取り、その首を持ち帰った」
「はっ!!」
「おお・・」という周りのどよめきの中、ロイさんが陛下の言葉に続けて返礼する。
(ロイさん、すごいな・・・)
ロイさんが実力者だとは思っていたが、上級モンスターを倒すとは。サイクロプスは鬼人の森の中でもオーガロードに次ぐ強者であり、魔装騎士でも一対一では厳しいかもしれない相手だ。そんなモンスターを討伐できたのならば、魔装騎士に取り立てられるのは当然だろう。もしかしたら専属の資格すらとれるんじゃないだろうか。あれ?そうなるとロイさんの後に呼ばれる僕は・・・?
「そして、デュアルディオ・フォン・シークラントは・・・・モーレイ鉱山の未開領域に現れたギガース・ゴーレムを打ち倒した」
「・・はっ!!」
思考にふけっていた僕は内心冷や汗をかきながら返礼した。少し間が開いたのけど、誤差レベルに収まっていると思いたい。
「二人とも上級を相手取ったのか!!」という感じで周囲がざわめいているのが少々心苦しい。僕がもう少し早くに起きていたらあらかじめこう言うと聞かされていたのだろうか。いや、控室にいるときに報せを持ってきた騎士は魔装騎士のようだったが、こんな風になるなどということは欠片も言う気配がなかった。
(まあ、そりゃあ屍竜の足止めをしたなんて言えないよなぁ・・)
おそらく、あの魔装騎士にも真実は知らされていなかったのだろう。
屍竜などという規格外の怪物が王都のすぐ近くに現れたとなったら、例えもう討伐されたとはいえ混乱が起きる可能性が高い。竜の死骸に気づかずに放置していたということも批判されるだろう。かといって、たった一人の受験者のために特別試験を行ったと正直にいうのも外聞が悪い。試験の合格者の名前など当然記録されているだろうし、正規の手順で合格していない僕をこの場に立たせるには混乱が起きない程度のイレギュラーに巻き込まれたとするのが一番だったのかもしれない。ちなみにギガース・ゴーレムは過去にもモーレイ鉱山に現れた記録のあるゴーレムの上級モンスターである。僕との相性を考えたら、難易度はグラン殿との特別試験と同等といってもいいと思うが・・・多少戦果に色がついているように感じるのは、屍竜のことを伏せる代わりか、あるいは僕の試験にシルフィさんや魔竜のリーゼ、父上が関わったからか。
(陛下にとっても、僕にとっても伏せておいた方がいいことなんだろうな・・・)
正直釈然としない気持ちもあるが、これが一番丸く収まるというのは理解できる。やはり、王族貴族というのは綺麗ごとだけでやっていけないのか。いや、そこまでたちの悪い嘘というわけではないだろうけども。
(けど・・・・)
「騎士試験の最中に上級モンスターを倒して見せた例は数少ない。それは出会うことすら難しいというのもあるが、それ以上に彼奴らを乗り越える実力を持つものが極めて稀だからだ。そして、大きな結果を出した者には、それに相応しい栄誉があって然るべきだ。」
僕はさっきまで考えていたことを思い出す。
過程はどうあれ、僕は陛下にその価値があると見込まれたうえで僕自身の実力を示したこと、シークラントみんなのこと、僕の憧れのこと・・・・
「よって、今ここで、オズワルド・アシュト・オーシュの名のもとに、ロイ・イシュトならびにデュアルディオ・フォン・シークラントの両名を・・・」
(今日ここで、僕の夢は叶うんだ!!)
夢へと続いている階段を一歩一歩登って、ここまで来た。そう、そしてここで最後の一歩を・・・
「オーシュ王国『近衛騎士』に任命する!!」
一瞬の静寂ののち、驚きの声とともに万雷の拍手が謁見の間を満たした。
「はっ!!」
隣のロイさんが勇ましく返礼する中で・・・・
「へ?」
僕の口から出てきたのは、間抜けそうな声のみであった。
・・・・シークラントのみんな、僕は夢への階段の最後の一歩をすっ飛ばしてしまったみたいです。




