閑話~王と領主と竜と姫と
オーシュ王国が中心部、王都アスレイの目と鼻の先に規格外の怪物が現れ、それがあっさりと敗れた後。
一人の若者と竜が運ばれ、引きこもっていた姫が表に出た日。この3人にまつわる様々なことが若者の知らない場所で動いていた。
その引き金となったのは、大柄な王とその娘との10年越しの会話であった。
王城の最上階、オーシュ王国国王オズワルド・アシュト・オーシュの執務室。
そこには二人の人物がいた。一人はいわずもがな、その部屋、いや、城の主たるオズワルド。そして、もう一人は彼と同じ銀色の髪をした、野暮ったいローブを被ったままの娘、シルヴィア・アシュト・オーシュであった。
オズワルドは普段自分が使っている、大吞巨蛇の皮を施した椅子にどっかりと腰掛け、シルヴィアも白雪大鴨の羽毛を詰めたクッションをのせた椅子に座っていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人の間に、会話はない。
オズワルドはじっとシルヴィアを見つめているが、シルヴィアは下を向いたまま反応しない。どうやら何か考え込んでいるようである。
そして、そのまま五分ほど経ったころだろうか。とうとうオズワルドはシルヴィアに語り掛けた。
「・・・・シルヴィア、私がお前をここに呼んだ理由だが・・・・」
「なぜ、城から出なかった私がデュオさんを知っているのか、デュオさんは何者なのか、そして・・・・私のチカラがどんなモノか知りたい、ですか?」
「・・・その通りだ」
下を向いていたシルヴィアは、そこでスッと頭を上げた。そして、オズワルドの質問を先読みしたかのように言ってのける。その口調はどこまでも平坦で、その緑色の眼には冷たい光が宿っていた。
「私のチカラのことを知ってたんですね。まあ、勝手に引きこもっていたのは私だし、そこは今はあんまり関心はないですけど」
「・・・・お前がまだ小さなころ、お前は私が考えていることを寸分たがわず当てて来た。他にも、お前に内心を言い当てられた者たちがいた・・・・あのときはにわかには信じられなかったが、お前が部屋から出てこなくなってから・・・・・」
「興味ないです」
どこかバツの悪そうな顔をしたオズワルドの言葉を、シルヴィアはバッサリと斬り捨てた。
・・・実のところ、オズワルドがシルヴィアの能力に気づいたのはシルヴィアの部屋に護衛として腕利きの隠密騎士団の者を派遣してからだ。気配を消す達人の彼らに、幼いシルヴィアは気づいたような動きを見せていた。そこから、過去の言動と合わせてチカラに気づき、悪用する者からの干渉を防ぐために下手に表に出さない方が良いのではないかと考え付いたのだが・・・シルヴィアは本当に興味がなさそうである。すでにそのチカラを使って父親の心を透かしているにも関わらず。
「私が今気になるのは、デュオさんに何があったのかということ、そしてデュオさんの処遇。それだけです。 お父様は、デュオさんをどうするつもりなのですか?」
シルヴィアから、魔力が迸る。彼女は、生まれて初めてと言っていいほど真剣に、実の父親を睨みつけた。嘘偽りは許さない、いや、しても無駄だと言うように、牽制する。
「一つ目の質問の答えについては私もまだ完全に把握できてはいない。報告では屍竜と遭遇して戦闘になったらしいが、未確定情報だ・・・・そしてもう一つの質問については、お前が本当に他人の心を読むチカラを持っているというのなら、その答えは知っているだろう? 今のままでは判断材料が足りん。お前の言った、私の質問に答えてからだ」
「・・・・・・・・・・」
彼の言うような、疑念と逡巡。そしてわずかな驚愕と不安。
それがオズワルドから感じ取れた感情だった。確かに、かの若者のことをどうするかというのには、自分とどのように関わってきたのかを話さねば決められないだろう。シルヴィアも少々焦っているようである。
青年が書物に語られるような規格外の化け物と戦ったことは驚くべきことだが、今だけはそれを置いておく。
落ち着かなきゃ・・・
シルヴィアは小さく息を吸って吐いた。ここに来る途中で彼女は話すべきことをじっくりと考えていた。私がこの場ですべきことは・・・・
「初めに言っておきますが、デュオさんとちゃんと顔を合わせたのは今日が初めてです。 これまでは思念だけ、「念話」みたいなモノで話していただけで、たまに少しだけお互いの顔が見えるくらいで、それ以上のことはほとんどしていない、ですよ。 後は・・・デュオさんの本名は、デュアルディオ・フォン・シークラントというそうです」
シルヴィアがやるべきことは、質問にきちんと答えつつ、デュオへの疑念を解くことだ。デュオ個人の情報については隠す意味はない。どうせ、騎士試験開始前に提出する書類を見れば簡単にわかってしまうものだからだ。
「テレパシー? お前のチカラのことか? お前は、他人と思念だけで意思疎通ができるのか?」
「会話のようなことができるのはデュオさんだけです。私のチカラについては、後はお父様の想像通りですね。どうしてデュオさんとだけ会話ができるのかは、私もわかりません。 他の人に比べると、デュオさんとだけはかなり距離が離れていても会話ができますが、ほんの少しの間だけです」
「ふむ・・・」(シークラントということは、やはり間違いなくアッシュの息子。ならば人柄は問題なかろうが・・・・何か特別な存在というわけか。 だが、理由はわからん、と。何もわからん以上手荒なことをするわけにもいかんし、現状は放置しか、いや、この思考も読まれているのか)
どこかじっとりとした目を向ける父親に、娘は興味のなさそうな顔を取り繕って答えるだけだ。だが、その内心ではデュオに危害が加わらないであろうことを知って安堵していた。
・・・もう一つ、気になったこともわかったし。
父親の心を覗いて、シルヴィアもまた、一つの疑問が解消していた。オズワルドから伝わってくる感情の中に、わずかだが、懐古のようなモノを感じたのだ。それに、件の若者のことについても、シルヴィアが関わっているだけにしては妙に気になっているようだった。恐らくは、若者の父親とオズワルドがよく知った間柄なのだろう。その先まではわからないが。だが、そのおかげで難題になると予想していたデュオへの疑念の解消が、すんなりと終わった。正直に話したうえで、手荒な真似も辞さないというのなら、弱みの一つでも探るか、即席で魔道具を作って利用価値を見せようかと思ったのだが、やらずに済みそうである。
「・・・おおよそ聞きたいことは聞けたが、最後に一つ。デュアルディオはレオルによれば高価な宝珠をいくつも持っていたそうだが・・・・その宝珠を作り、渡したのは・・・」
「私です。作り方は他ならぬお父様から教わっていましたから。 モノのやり取りができたのは・・・私の空間魔法の範囲が本当にわずかの間だけデュオさんのところに届いたので、それで素材をもらったり、宝珠を渡したりしました。 でも、理由はわからないし、今やれと言われてもできないです」
「そうか・・もう下がっていいぞ(シルヴィアが嘘をついている可能性はあるが、今は様子見する他ないか。 レオルの目から見ても質のいい魔道具を造れるというのは素直に喜ぶべきことだしな)」
シルヴィアは、幻霧のことについては伏せておいた。あの空間についてはわからないことが多すぎるし、当事者である自分たちにも信じられなかった。他に告げたことが嘘だと思われては本末転倒である。
ともかく、これでやっと重苦しい空間から出れるわけだ。
「では、失礼しました」
「・・・・・念のために言っておくが、今医務室に行っても閉まっているぞ」
・・・・最後に、足取りがズシリと重くなったのだが。
こうして、10年越しの父娘の会話は終わったのであった。
ここで、時間はまた少し進む。
娘の話を聞いて一応は納得したオズワルドであったが、彼の息子が怪我をしたということを知らせるついでに件の息子の父親と会って話をしたいと思うのは、娘を持つ親として仕方のないことだろう。
シルヴィアとの会話の後、早速手紙を書いてオズワルド謹製の空間魔法制御装置で遠いシークラントの地まで一瞬で送り届けると、1時間もしない間に若いころから見慣れた仏頂面が王の執務室にやって来たのだった。
もっとも、オズワルドからデュオとその護衛に何があったかを伝えられてすぐに王を伴って竜舎に向かうことになるのだが。
そうして、治療が終わっていたデュアルディオを見て安堵のあまり気を失ったリーゼをその主人の隣に寝かせ、翌日の昼には、王の執務室には3人の姿があった。
「さて、昨日は何やら慌てていたようだった故にできなかったが・・・・私がオーシュ王国国王、オズワルド・アシュト・オーシュだ」
「あ~、昨日はこちらも申し訳ありませんでした。デュオさ・・・デュアルディオ・フォン・シークラント様に仕えているメイドのリーゼロッテと申します。もう知っておられるでしょうが、魔竜です」
王の威圧感溢れる自己紹介を前にしても、魔竜の娘は特に動じた様子も見せず、やや砕けたような口調で挨拶を返した。
リーゼは、アインシュとやり取りを重ねるうちに、ある程度自分の価値というものを把握していた。
自分は魔竜であり、強大な力を身に秘める最上級のモンスターではあるが、その力をいたずらに振るうことを良しとはしない。そして、完全な人化を行い、ヒトの言葉を通じて意思疎通もなんなくこなせる上に、現時点では名目上国の貴族に仕えている身分だ。人間側にとってこれほど都合のいい魔竜との交渉の窓口はそうは現れないだろう。向こうが理性を以て偏見を捨てられるのならば、そんな理想的な交渉相手を無下にできるわけもない。そして、今目の前にいるのは知りうる限りでこの国で最も理性的な人間であるアインシュが連れて来た者だ。故に、相手がこの国の最高権力者だからといって、プライドを捨てるようにへりくだる必要はないし、やれば自分の価値を下手に落とすだけだ。かといって、この身をこの国に住む一人の青年に捧げている以上、粗暴な態度をとることは許されない。そのため、リーゼはそこそこ敬意を払うように国王に接することに決めたのである。ちなみに、リーゼが主と決めた男に気安いともいえる態度でいるのは、主がそういったふるまいを求めるような人柄ではないことを熟知しているからだ。
「うむ、昨日の変身を直に目にしたからな。それに、その碧眼・・・・あの資料は間違っていなかったのだな」
オズワルドはどこか感慨深げに口にした。
「・・・・資料っていうのは、アインシュが言っていたヤツのことですか? それは、一体?」
「知っていたのか。 資料というのは、この王城の書庫の最奥に隠された禁書庫に納められた魔竜との戦いを記した記録だ。 諸事情により、公開はしていないがな」
「・・・・ソレ、あたしに言っちゃっていいんですか?」
「貴方は主の負担になることは絶対にしないと聞いている。わざわざ波風を立てることを貴方は望むまい?」
「まあ、そうですね」
リーゼの試すような物言いに、オズワルドもまた挑発するような口調で答えた。だが、二人はお互いにその気はないのがわかっているのか、すぐに流す・・・・
「・・・・・もしデュオ様に妙な真似しやがるようだったら、王都を火の海にしてやるからな」
「・・・・・オズ、王都のためを思うのであれば、アレに手を出すのはやめておけ。 それに・・・」
「ああ、わかっている。魔竜も、それにお前も敵に回すつもりなど、私には毛頭ない。仮にも貴方の仕える主、それに貴方自身にそんな真似をしようとする者がいれば、私の全権を使ってでも止めて見せるさ」
完全には流せなかったようだが、仏頂面の領主が間に入り、王も真剣な口調で続けたことで物騒な雰囲気は霧散した。
「さて、では貴方も主の元に戻りたいであろうし、手早く済ませよう。 魔竜という存在がどういうモノか、また貴方が変わり種であるらしいということはアインシュから聞いている。そして、魔竜と人間の積極的な交流はすべきではないという主張もな。だが、せっかくこうして直接顔を見て話す機会に恵まれたのだ。 改めて問うが、魔竜との本格的な交流を取り持ってはくれないか?」
話はこうして本題に移る。アインシュがリーゼをデュオの護衛役として雇うようになった日から、たびたびアインシュはリーゼに魔竜との関わりについて話していたが、リーゼはすべて断っていた。いや、正確には先送りにしていた。
「・・・普段この国の貴族の世話になってる以上、あたしとしても応えたいのはやまやまなんですけどね・・・・やっぱり、これ以上は時期が悪いとしか。それに、確かに人間と一番交渉できるのはあたしでしょうが、逆に言うと魔竜の中ではかなり浮いてますからね、あたし」
「・・・・その時期が悪くなる理由を解決するためにこそ、協力したいのだがな・・・」
人間、この国の王たるオズワルドが魔竜との繋がりを求めるの主な理由は二つ。
一つは昨今に大発生しているモンスターを打ち払うための力を欲するがため。
もう一つはモンスターの視点から今この国に起きている事態を探るためだ。
「魔竜も人間の文化には興味があるんですけど、それ以上に人間と火種を作ることは徹底的に避けてますからね。今みたいに、たまにあたし経由で手紙のやり取りするくらいが限界みたいです」
実を言うと、リーゼもシークラントで生活してある程度経ったころ、一度竜の里に戻り、人間との交流について両親に提案してみたことがあった。だが、その結果は芳しくなく、里の有力者と定期的に情報交換を行うよう取り付けるのが関の山であった。
「一応、これでもかなりマシになっている方なんですよ? 魔竜は昔から人間を警戒していて、里に移り住んだ時には人間とは一切かかわらないっていうのが大半だったそうですから」
魔竜は長い間、人との関わりを断って生きてきた。しかし、魔竜の寿命は人間とそう大差はない。時がたつにつれて、人間への警戒は緩み、やがて自分たちにはない娯楽を生み出す人間の世界に興味を向けるようになったのだ。今では里のほとんどの者が、人間の武力を知るという名目で一度は人間の生活を間近で見たことがある。ただし、それでも最後の一線は守るというように、実力のある者のみが里を出ることができるようにする「試験」制度や決して正体を明かしてはならないという誓いは未だに続いている。リーゼが正体を見破られたのにつれ戻されなかったのは、リーゼ本人がバラしたのではなく人間の方に知識があったために気づいたこと、また、その人間が社会的に高い地位についており、かつ正体や魔竜に関する情報を言いふらす意思がなかったと判断されたからである。他にも、里の中には人間に正体をばらした者がいて、里の大人が様子を見た上で問題ないとし、さらに魔竜の欲しがる品物を融通することを条件に認めた例がいくつかあったというのもある。ともかく、そういうわけで、細々とした取引ならばともかく、大々的な交流については難色を示されているというのが現状だ。
「・・・・魔竜の側でも、近年のモンスターの大量発生については重く見ているようではあるが?」
「そりゅあ、この島国中でモンスターが沸いてれば警戒はしますけど、あたしたちの里は簡単には来れないような場所にありますからね。それに、あたしたち魔竜にとって、そんじょそこらのモンスターが増えたところで大したことはありませんし」
魔竜にとってオークが百から千に増えようが大きな影響はない。モンスターとしての視点も持つ魔竜は、現在起きているモンスターの大量発生というよりもその原因を危険視しているのだ。原因については魔竜側でもわかってはいないようだが、増えたモンスターについてはほとんど気にしていない。そして、オズワルドやアインシュが書いた手紙からその温度差を知って、今の人間と轡を並べようとしてもうまくはいかないであろうと考えているようなのである。単純に、今の人間にとって慣れ親しんできた竜以外のモンスターと協力するというのは受け入れがたかろうという予測もそれを後押ししている。したがって、魔竜サイドとしては人間と戦力的な意味で協力するつもりは皆無なのである。
「現状維持が精一杯というわけか・・・・」
「ま、そうですね」
ため息をつきそうな王を見て、リーゼも少々疲れたように返事をした。リーゼとしても、主の青年のためにも魔竜の力を借りることができればとは思っているが、魔竜の伝統を前にすれば何もできなかった。
「オズ、言い方は悪いがリーゼロッテ殿はあくまで窓口だ。これ以上は・・・」
「ああ、元より大きな期待はしていなかったが、これ以上この場で話し合っても意味はなかろう・・・最後にもう一つ、貴方が戦ったという屍竜について聞きたいのだが・・・・」
「わかりました。とはいっても、あたしは途中まで気を失っていたので、全部は話せませんが・・・・」
王は一つため息をつくと、別の話題に移った。
結局、魔竜の娘が主の元に戻ったのは、それからしばらく経ってからになるのだった。
その前日の夜と、その日の昼間にあった話の中で、件の青年の安全が二重に保障され、青年にとっては自分の知らぬうちに己の命に係わる大事なことが決まってしまった日となった。しかし、青年に関わる事柄では、その日の夕方の出会いよりも重大で・・・・険悪な出会いはなかったであろう。
「貴方、誰ですか?」
「お前、誰だ?」
一人の青年が眠っているベッドのすぐそばで、翠色の眼をした銀色の髪の少女と碧い眼の赤髪の少女が睨み合っていた。時はまたまた巻き戻る。
「・・・・・自分の身をもっと大事にか・・・」
リーゼは主が眠っている医務室へ続く廊下を歩いていた。王城の医務室の前はちょっとした広間になっており、複数の道からたどり着くことができる。これは、王城内で現れた急患に素早く対応するためだと言われているが、リーゼが歩いているのもその内の一つである。
「確かに、デュオ様の性格を考えると下手な自己犠牲なんて逆効果でしょうけど~、あのときはああするしかなかったし~、だいたいデュオ様も大概だしなぁ~」
独り言をぶつぶつと呟いているが、これは屍竜との顛末を語り終えて王の執務室を出る前に、鉄面皮の領主に言われたことに由来する。曰く、「アレの盾になろうとすれば、アレ本人が貴方を押しのけて盾になりかねなかった。愚息のことを想うのならば、貴方自身のことをもう少し大事にすることだ」とのことだった。
それは確かにその通りであるのだが、護衛としてそれでいいのかと思う今日この頃である。もう二度と、あの屍竜との戦いのような無様をさらすわけにはいかない。アインシュに打診はしてきたが、魔竜の力が十全に使えていれば、倒すことは不可能でも逃げることはできたはずだ。アインシュの言うこともわからないではないが、やはり魔竜としてはそもそもそんな事態にならないように強くなるのが先決だろうと思ってしまう。まあ、本当にアインシュの言うシチュエーションが起こってもおかしくはなかったというのはわかるのだけれども。
「う~ん、どうしよっかな」
悩みはそれだけではない。それに加えて、「陛下と顔をつないでおくという理由もあるが、デュアルディオに正体がバレてしまった以上人間の姿を隠す必要はない、というか、耐えられなかろう? 人間の常識も充分に学んだ貴方なら、下らんヘマはすまい」と領主から言われたこともあり、これからの自分の在り方を考えなければならないとも思っていた。
「あたしも、いろいろ変わんなきゃないけないな・・・・」
思い出すのは、自分の正体が青年にバレた時、いっそ殺してほしいと言いそうになった時だ。かつて、アインシュに会った頃には、自分の存在が益になるなら嫌われようが傍にい続けようと思っていたのに、いざ主に冷たい軽蔑のまなざしを向けられると思った際には、舌を嚙み切ってやろうかと思ってしまったのだ。今にして思えば、あの優しい人格者たる主がそのようなことをするはずもないのだが、あのときは心から死んでしまいたいと願ってしまった。そんな真似を本当にやったら、主がどんな心境に至るかは予想が付く。
「うん、そうだ・・・」
アインシュに言われたこともあるが、自分のこれからの行動について、きちんと指針を決め直さなければならない。主を大事に思うのならば、本来の力を取り戻して強くなるとともに、勿体なくも主が少しでも頼りにしているこの身を大切にしよう。そして、そもそも主に嫌われるかもという状況そのものを回避するように努めよう。いや、でもデュオ様が変な道に進みそうだったらちゃんと止めなきゃいけないし、そしたら嫌われちゃうかもしれないしなぁ・・・それに、デュオ様に妙な女がすり寄ってきて、ピュアなデュオ様が誑かされそうになったら・・・たとえ恨まれることになっても・・・・・
「八つ裂き、火炙り、釜茹で・・・・・・はっ!?」
虚ろな目になって物騒な言葉を呟いていたリーゼだが、どうやらいつの間にか若者がいる特別区に着いていたようだった。ここに来るまでにはオズワルド王にもらった許可証を提示しなければならないのだが、いつ見せたのだろうか? 朧げにだが、こちらを化け物でも見るような目をして見ていた衛兵がいたような気がしたのだが。
「まあいいや。 デュオ様~! あなたのリーゼが帰ってきましたよ~!!」
そして、リーゼは主の部屋の扉を開けた。
「デュオさん、勝手にですけど、ちゃんと直しておきましたよ・・・・・その、いろいろくっつけちゃいましたけど、性能には自信があります!!」
シルヴィアは、デュオのベッドのすぐ近くに置いた椅子に座っていた。足元には奇妙な光沢を持った盾が床に敷いた布の上に丁寧に置かれている。時刻は昼過ぎ。昨日の父親との話し合いの後、青年に会うことはできずとも、何かできることはないかと考えたシルヴィアがたどり着いたのは、激しい戦いがあったと思われる青年の装備を診ることだった。自分の技量について興味があったらしい父の許可を得て、青年が使っていた装備を取り寄せて、王の目の前で点検と修理を行ったのだ。
そう、初めは「修理」のはずだった。実際に手を下したのはシルヴィアなのだが、唆した男たちと盾そのものが秘めていた性質により、青年の盾は混沌とした道を歩むこととなったのだ。
「デュオさんの盾、いつの間にか魔鋼になっていたみたいなんですって」
シルヴィアは若干疲れたような顔で昨日の夜のことを眠る青年に語る。
シルヴィアが診た時、青年の盾は大きな黒い爪痕がついて、コーティングされていた魔鋼は剥がれ落ち、土台の部分も大きく削られてかろうじて盾の形をした何かという感じだったのだが、そもそもあの屍竜の攻撃を受けて原形を保っているというのがおかしな話であった。そこで修理の前にシルヴィアが「視て」みたところ、どういうわけか、青年の盾の残骸が高純度の魔鋼と化していたのだ。魔鋼の元となる魔鉱は地中の鉱物が霊脈の影響を受けて変質したものであり、理論上は鋼鉄でできた盾も魔鋼になりうるのだが、それには10年やそこらではきかない時間がかかる。青年はその盾を8年ほど使っていたそうだが、その間に青年の「体質」の影響を受けたのか、青年が特化型だったからなのか、あるいは別の要因があるのかはわからなかったが、王女はそれが魔鋼であるならば手足を動かすように弄ることができた。シルヴィアは残骸から盾の形を推測しつつ、王が用意した大量の魔鋼と盾の残骸を合成することで盾を復元したのだ。ここまでは正しく「修理」と言ってよかっただろう。しかし、そこに新品の純魔鋼製盾を持ってきたレオルが現れ、「改造」が始まった。
「さらに強力な武具になるって言われたら、やってみたくなっちゃったんです・・・」
まるでアブナイお薬に嵌ってしまった中毒者のようなセリフが王女の口から飛び出した。
元々使っていた盾を強化補修したばかりではあったが、せっかく恩人が持ってきてくれたのだからと、シルヴィアは王とレオルに勧められるままに二つの盾を「合成」したのだ。純度の高い魔鋼どうしの合成はそこに秘められるエネルギーの高さの問題で難易度が高いのだが、シルヴィアは見事成功させた。それに気を良くしたのか、王が追加で持ってきたやたらと扱いが面倒なモンスター素材を組み込むと、これまた上手くいった。そこからは興味を惹かれた国王や面白がった近衛騎士がどんどん素材を持ってきては組み込むという流れが繰り返され、その上付与魔法まで付けたため、形こそ変わらないが、もはや完全な魔武器と化してしまったのである。シルヴィアは知らないが、デュオには到底支払えない値が付くことだろう。
「あ、他の物はいじくってませんから!!」
言いつくろうとするように、シルヴィアは返事をしない青年にまくしたてる。
剣や槍の方は闘いでは使われなかったのか、修理する必要はなかったのだが、ここでも父とレオルの両方が、強化した方がいいと言ってきた。こちらについては青年の父の贈り物ということ、また寝ている持ち主の許可がないことから二人の意見は断固として断り、手は一切加えなかった。ちなみに、皮鎧については屍竜との戦いで完全に破損してしまったらしく、回収できなかったらしい。何故か、盾を持ってきたレオルも鎧は買ってこなかった。ともかく、壊れされた盾だけが「魔改造」を施されたのである。
「・・・・・」
自分の使っていた武具はそんなことになったのに、青年は目を閉じたままだ。青年があの幻霧の中のように起きていたのであれば、恩人であり師匠が送った盾が魔改造されたことに大きなリアクションを見せたことだろう。それが怒りか喜びか驚きかはわからないけども。
「デュオさん・・・・」
さきほどから一方的に話すことの虚しさがのしかかってきたのか、目を覚ます気配のない青年にショックを受けたのか。シルヴィアは青年から目をそらし、昨晩全身全霊を注いだ盾に視線を向けた。
「この盾が、最初からデュオさんの手元にあれば・・・・」
シルヴィアは顔に陰を作りながら呟いた。
この盾ほど強い武具でなくてもいい。いや、自分が、もっと上等なエンチャントを渡した宝珠にかけてあれば、今寝ている若者はもっとずっと上手く対応できたのではないかと思ってしまう。
「もっと、頑張らなきゃ・・・・」
シルヴィアは、父との会話から確信していた。
「デュオさんは、まだまだ王都に留まることになる・・・」
どうやら危険な人物ではないということはわかってもらえたようだが、シルヴィアのチカラとの関連は未だに判明していない。そのため、王族の長として、デュオのこともよく知ろうとするハズだ。もしかしたら、知り合いであるらしい彼の父のことを考慮して帰すかもしれないが、少なくとも、定期的に王都に来させるくらいはやるだろう。そして、デュオが王都にいるのならば、幻霧を介してでも干渉は可能であり、彼の助けになることができるとシルヴィアは考えていた。だが・・・
「それは、多分デュオさんが望むことじゃない・・」
この王都に長く抑えつけられてしまうのならば、それだけデュオが故郷にいない時間も長くなり、ひいては戦力の低下につながる。そのような事態を彼が喜ぶわけはない。自分が原因となって故郷を離れなければならないとなったら、温厚な彼でも自分のことをどう思うだろうか?
「デュオさん・・・・」
シルヴィアは、眠る青年に手を伸ばした。
もう少しして、ここを出たら、また父の部屋に行こう。そして、この青年が故郷に帰れるように交渉するのだ。さっきもチラリと考えたが、常にここにいてもらうのではなく、たまに王都に来させるくらいになるように取り計らってもらおう。それにはかなり難航するかもしれないが、昨日の様子を見れば父はシルヴィアの魔道具作成の技量にかなりの興味があるようだったし、そこを材料にすればなんとかなるかもしれない。
「デュオさん、私、頑張ります」
父との交渉と、若者を助けるための力をつける努力の両方を。
それは、デュオの夢のために。そして、若者に嫌われることなく、これまでのように出会うチャンスを握るという、自らの醜い欲望のために。
「だから・・・・」
少しだけ、私に元気をください。
そんなことを考える自分の矮小さを嫌悪をしつつ、シルヴィアはデュオの手に目を向ける。
こんなに近くに自分の人生の中で一番素敵な人がいるのだ。控えめと言っていいシルヴィアをして、目の前の青年に触れてみたいという欲求は抑えがたいものになっていた。
「デュオさん・・・」
そして、シルヴィアはデュオの手を握ろうとして・・・・・
気が付けば、
「「え?」」
白い霧の中、「あたし」は「あたし」に見られながらデュオ様の手を握っていて。
白い霧の中、「私」はデュオさんの手を握っている「私」を見ていた。
「「!?」」
驚いた「」達はその場で動けなくなり・・・・・・
「「はっ!?」」
次の瞬間には、
医務室の中では、「私」は「赤い髪の女」に見られながらデュオさんの手を握っていて。
医務室の外から、「あたし」はデュオ様の手を握っている「銀髪の女」を見ていた。
かくして・・・・
「貴方、誰ですか?」
「お前、誰だ?」
眠る青年を慕う二人の少女は青年の前で出会うのであった。
期せずして同じ質問をしたために動きの止まってしまった二人であったが、先に硬直から立ち直ったのはシルヴィアであった。
彼女は持ち前の冷静さと忌まわしきチカラを以て、目の前の赤髪の少女が何者なのか、思考を重ねる。
(お父様と話しをつけたんだから、危害を加えようとする人は通れない。大体、ここは王城でも最も侵入の難しい場所。 何の騒ぎも起こさずに入ることができるとは思えない。ならば、この人は正式に許可をもらった人? だとしたら、この人は、デュオさんとどんな関係がある? 今、この王都にはデュオさんと深い関係のある人はいないハズ・・・・)
ここで、シルヴィアはチカラを使った。
(・・・・・の女、何・? なに、・・しくデュオ様・・・握って・・がる。・・いうか、ここは・・・・入でき・・・はず。 デュオ様に、・・で親しい・・んて、いない。・・・いや、待て、まさか・・・シルフィ。・・・・!? なんだ、この妙な・・)
まるであの青年のようにノイズ混じりで、よく聞こえないが、シルヴィアにとってはそんなことはどうでもよかった。
「なんで、その名前を知っているんですか!?」
自分が「シルフィ」という名前を名乗ったのは、デュオただ一人。そして、そのデュオもシルヴィアのことを言いふらそうとする人ではない。
「・・・・・なるほど、いろいろ納得したよ。 本当にお前、いや、貴方は心を読む能力を持っているんだね」
「・・・・質問に、答えてください」
昨日に引き続き、今日も目の前の人物に殺意ともいえるような視線を向ける。
正体の分からない者を、今の無防備な若者に近づけることなど、シルヴィアにはとても許せることではない。しかも、目の前の相手は自分が心を読まれたことに気づいているようだ。デュオと違って気の抜けない相手である以上、チカラは不用意に使えないかもしれない。
「お答えしたいところだけど、それは無理かな。 あたしのことも含めて、ごく一部の人以外には、デュオ様やお偉い方の許可がないと話せない・・・・・あと、いい加減デュオ様の手を放してもらえる? 怪我人なんだから」
リーゼは、幾分か柔らかい口調でそう言った・・・・後半には身がすくむようなプレッシャーを感じさせるようなモノだったが。
リーゼも、シルヴィアのように冷静さを取り戻していた。それには、目の前の女の正体に目星がつき、デュオに何か危害を与えることはなさそうだという結論が出たからだ。
(この女は、間違いなくデュオ様の言っていたシルフィってヤツだ。 さっきのことといい、怪しいちゃあ、怪しいけど、魔道具のこともあるし、デュオ様を傷つける意思はない、ハズ・・・・気に入らないけど・・・・・・ていうか、なんとなく髪とか魔力の感じがこの国の王様に似てる・・・もしかして親戚?)
一方のシルヴィアはリーゼのプレッシャーを感じたのか、シルヴィアはパッとデュオの手を放し、思考の海に沈む。
(・・・・デュオさんはともかく、この国の上層部が関わっているの? それにデュオ様、ということは、デュオさんに仕えている? ・・・・お父様もシークラント伯とは旧知のようだし、デュオさんの家には何かあるということ? いえ、それでだけじゃなくて、この人自身にも何か大きな秘密がある可能性が・・・・)
「・・・・・・」
シルヴィアは考える。リーゼは考えこむシルヴィアを見ているだけで特に動く様子はない。
(私のことを知っているというのは、デュオさんから聞いたから? それなら、それなら・・・・・この人はデュオさんから、ものすごく信頼されているってこと・・・・・・・でもでもっ!! デュオさんは家出してきたって言ってたし、お供の人なんて連れてないハズ!!)
一瞬、心にどす黒い何かが沸いてきたが、自分でも驚くほどすぐに反論を導き出すとそれを盾に挫けてしまいそうな自分を守る。
(・・・デュオさんは、私と話しているときに仲間がいることを話そうとはしなかった。 家族のことまで話したのに、仲間のことを話さないなんて不自然。 デュオさんが連れていたのは、竜のリーゼロッテだけ・・・・・・・・まさか)
シルヴィアはリーゼの顔をじっと見つめた。
ところどころハネている赤い髪に、碧い瞳、ソバカスが少し浮いた、愛嬌のある顔だち・・・・どう見ても人間であるようだが・・・・・
「貴方は、もしかして・・・・」
「何を言おうと、ノーコメントで。 ただ、一つだけ言えるのは、あたしはデュオ様の絶対的な味方ってことだけ。 デュオ様に危害を加えるようなヤツは、どんな手を使ってでも潰す・・・・・まあ、だからこそあたしは貴方にお礼を言わなきゃいけないんだけど」
「え?」
警戒している存在から、突然感謝するなどと言われ、虚を突かれたシルヴィアに、リーゼは深く頭を下げた。シルヴィアから見えなくなった顔には、若干の驚きが出ていたが。
(この人、こっちがまだほとんどしゃべってないのにあたしの正体に気づいた。 チカラっていうのも使った感覚がしなかったし、見かけほどトロくない、いや、鋭い。やっぱり、注意は必要か。 でも、今は・・・)
正直、この女は気に食わない。自分の主に馴れ馴れしく触れていたのは、身が攀じきれるくらい腹立たしい。しかし、今からやろうとしていることは、自分にとって筋を通すために必要なことだ。
「貴方に心からの感謝を。貴方の作った魔道具がなければ、デュオ様は、ついでにあたしも生きて帰ることはできませんでした」
「・・・・・・」
リーゼは、口に出した通り心からの礼を述べた。目の前の人物に心を開くのは危険かもしれないが、彼女のおかげで大事な主ともども命を拾ったのは確かなのだから。
シルヴィアとしては、どう反応していいものかわからない。だが、ひとつだけ聞きたいことができていた。
「私の魔道具は、ちゃんとデュオさんの役に立ったんですか?」
「はい。だから、こうして命をつなぐことができました」
「そうですか・・・・・・よかった」
確かに、自分がさらに良い魔道具を与えることができていれば、デュオは今頃もっと元気だったかもしれない。だが、渡した作品がしっかり彼のためになったというのなら、それはとても嬉しいことだ。
シルヴィアが内心で歓喜に震えていると、リーゼが口を開いた。
「・・・・それじゃあ、あたしはこれで・・・・言っておくけど、デュオ様に妙な真似しやがったらぶっ殺す」
「は、はい・・・・」
リーゼは先ほどまでの丁寧な口調を元に戻し、踵を返す。
リーゼとしては、それは銀髪の少女への精一杯の義理立てだ。命を救われた恩にしてはいささか小さすぎるかもしれないが。
(こんなのは、今日だけ。デュオ様が助かったのは事実だけど、コイツが怪しいのはまだ変わらない。それに、王族だったらデュオ様に面倒なことが来そうだし・・・・・自分でも怪しいって思ってるヤツ、それもデュオ様に気がありそうな女をデュオ様のお傍に置いておくなんて・・・・あたしらしくないなぁ)
リーゼは、自らの中に生まれた、不快感にも似た違和感を不思議に思いつつ、部屋を出た。
(あの人、いや、竜?、は何だったんだろう。 デュオさんは全然知らないみたいだったけど・・・それに、あの人がここに入ってきた時といい、私に心を読まれたことに気づいてたことといい、いろいろ引っかかる・・・・でも、なんでだろう。心が読めなかったのに、悪い人って気がしない・・・)
残されたシルヴィアもまた、先ほどの少女について考え込む。会った時は、青年と親しそうな少女ということあって、最も自分が警戒すべき相手だと思ったのに、今はそこまで危険に思う必要を感じなかった。
((そうだ・・・・))
廊下を歩くリーゼと、部屋に止まるシルヴィアは奇しくも同じ時に、同じことを考えた。
((なんとなく、初めて会った気がしない。 いや、ずっと前からよく知ってたような・・・))
こうして、二人の少女の初めての邂逅は、それぞれに奇妙なしこりを残しつつ終わったのであった。
ちなみに、治療を終えて一足先にシークラントに帰るヘレナをリーゼが見送った後、まだ部屋にいたシルヴィアと記すことも憚れるような罵り合い、もとい話し合いがあった末に、妥協案として二人ともデュオの隣で眠ることになったのはまた別の話である。
青年が眠っている内に行われたいくつもの出会いは、今後の青年の歩みに大きく関わることになる。
「・・・・・・」
だが、眠り続ける青年にとって、今はそのことを知るすべなどないのであった。




