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第14話

 シークラント地方

 島国オーシュ国中央に位置する王都から見て遥か西の地方だ。北南東を山に囲まれ、西はよく荒れる海に面しているために道の便が極めて悪く、オーシュ国有数の辺境である。竜骨霊道からやや外れた場所でもあるため魔鉱の採掘も他地方よりも少ないが、モンスターの発生も少なかった。

 気候が穏やかなため、農業と漁業が盛んで、品質はトップクラス。また、ポーションの原材料となる薬草類もモンスターがいないため育ちやすく、ポーションの原材料産地としてもそれなりに有名だ。特に、魔力の少ない場所で育ち、強い魔力を込めると液状化するリキド草は国の中でもシークラント地方でしか採れない特産品である。

 ともかく、穏やかな気候の中、モンスターにおびえることなく農業やポーション製造に励むことができるのどかな田舎である。


「デュオ、お小遣いあげるからお肉買ってきてくれないかしら?」


 そう言ったのは黒髪で黒い瞳の女性だった。長めの髪を後ろで一つに束ねている。年はおそらく30~40代といったところ。若干垢ぬけていないが、若いころは中々可愛らしかったらしい。ちなみにそう言ったのは父に「どうして父上は母上と結婚したのですか」と聞いたときだ。その父上は居間のソファで王都から発行されている新聞を読んでいた。


「買い物ですか? わかりました。でも母上、別にお小遣いなんて、痛だだだだだ!!」

「まだ成人もしてない子が家の中で親に敬語なんて使うんじゃありません。母上じゃなくて母さんと呼びなさい」


いきなり頬をつねられた。父上からは「常に気を緩めるな。お前とて、貴族の端くれなのだからな」と言われたのに。


「でも、父上が、お前も貴族なんだからって・・」

「なんですってぇ? あなた、どういうことかしら」


 母の視線がソファの上の父上に向かう。その父上の顔は新聞に隠れて見えないが、気のせいか手に持った新聞の角度が垂直になった気がする。


「・・私、そしてシークラント家は伯爵の地位にある貴族だ。その貴族の息子であるデュアルディオにもしかるべき態度を・・ムゥッ!」


 父上が顔を隠してしゃべっている間に近づいてきた母上が新聞を取り上げて仁王立ちをしていた。


「ねぇ、あなた。確かにシークラント家は貴族で、そういう礼儀を覚えることは大事だとは思うわよ? でも、家族しかいない場でなら、家族らしく話すことってとっても大事だと思うの。違う?」

「むぅ、違ってはいないとは思う。しかしだな、仮にも貴族の身の上ならばいかなるときも・・」

「違うの? 違わないの? はっきりなさい!!」

「・・・違わん」

「うむ、よろしい」


 母上が新聞を返すと、父上はまた新聞を読み始めた。気のせいかさっきよりも顔が隠れている気がする。


「はぁ、まったくあの人も頭が固いんだから・・いい?デュオ? 家に偉いお客さんがいるときならともかく、普通は家族に敬語なんて使わないの。それに、母さんは貴族じゃなくて平民なの。お父さんにはまたよく言っておくから、次からは敬語は使っちゃだめよ?」

「・・はい、わかりまし・・じゃなくて、分かったよ」


 敬語を使いそうになった瞬間、母さんの手が動きそうになったから慌てて言い直す。でも内心父上は父さんとは呼びにくい。なんというか雰囲気的に。その父上は母さんのセリフを聞いていたのか一瞬ビクリと震えていたが見なかったことにした。

 だが、我が家の生態的ピラミッドの頂点は母さんだ。さっきみたいに父上もなぜだか母さんには頭が上がらない。その母さんが言うのならば父上もうなずくだろう。いつだったか「どうして貴族の父上は平民の母上の言うことに逆らわないのですか?」と聞いたら遠くを見る目で「お前もいつかはわかるときが来る」とだけ言われた。「それと、私の妻である以上、お前の母も貴族だ。だから、どちらが偉いというわけではない。少なくとも我が領地ではな」とも言われた。そのときの父上はどこか複雑そうな顔をしていたが。


「よろしい、それじゃあ、3000アースあげるから、なんでもいいからお肉買ってきてちょうだい。おつりは好きにしていいから」

「なんでもいいって・・どれを?」

「? なんでもよ?」


 僕の母親、カズミ・フォン・シークラントは堅物であまり感情を表に出さない父親アインシュ・フォン・シンクレットと違い、明るく、竹を割ったような性格で、料理の腕は良いのだが、とにかく大雑把で細かいところは気にしない人だ。そのせいか、母さんが何かした後は物がすごく散らかっている。あとよく口よりも手が先に出る。けど、さっき怒られていた父上いわく「一緒にいると飽きない女」であるらしい。


「デュアルディオ、豚肉にしろ。昨日は鳥肉だったし、今日は違うものがいいだろう」


 僕が困っていると、その父上が助け舟を出してくれた。今度は新聞を下してこっちを見ていた。ちなみに、父上の好物は豚肉のソテーだ。


「そうね、同じのだと飽きるし。うん、豚肉を私たち三人と、後、ジョージさんとヘレナさんの分も合わせて五人分買ってきてちょうだい」


 ジョージ・バークとヘレナ・バークは僕が生まれる前から家で住み込みで雇っている使用人の老夫婦だ。二人とも朗らかな性格で掃除がとても丁寧だ。ジョージさんは庭を、ヘレナさんは家の中を綺麗にしてくれる。


「わかった。五人分だね。 行ってきます」


 そして僕は家を出るのだった。





 シークラント領には一つの町と4つの村がある。僕の住んでいる場所はシークラント領中心にある町、シレスだ。領地の中心にあるこの町には町の近くの畑からはもちろん、周りの村で収穫された農作物やら海産物やらが集まってくる。まあ、品質のいいものはこの町から王都に送られるのだけど。


「いやぁ、王都とは比べものにならねぇが、ここもなかなか元気ですなぁ」

「そうなの? 僕は王都に行ったことないからわかんないけど、行ってみたいな」

「はっはっは、行くのはいいですが、それなら旦那様のお叱りから卒業しなきゃぁダメですな」

「うぅ、僕も一応頑張ってる、つもりなんだけど・・」

「坊ちゃん、つもり、じゃだめですぜ?」

「・・頑張るよ。うん」


 あれから僕は家の前を掃除していたジョージさんと一緒に町に買い物に来ていた。家から商店街までは何度も一人で行ったことはあるけど、「暇ですし、荷物持ちがいた方がいいでしょう」と言ってついてきてくれたのだ。ジョージさんは昔は騎士だったらしいが、かなり前にこの町に来てから僕の家に雇われるまでは猟師をやっていたそうだ。「俺が見たら、旨そうな肉は一目でわかりますぜ」だそうだ。


「でも、ありがとう。付いてきてくれて。僕、肉を見てもどれがいいかなんてわかんないから・・」

「気にしないでくだせぇ。俺もご相伴に預かるってんだから自分のためでもあるんで」


 そう笑いながら答えた。この人はいつも楽しそうに笑っているから一緒にいると嫌なことがあっても忘れてしまう。血はつながってないけれど、祖父とはこういうものなのだろうか。こんな明るい人を雇ったのが母さんではなくあの父上なのだから不思議なものだ。


「それにしても、ヘレナさん大丈夫かな。せっかく家の中を掃除してもらった後なのに母さん、今はりきって料理中だし。すごく汚れそうだけど」


 家を出るときにバーク夫妻と会ったのだけれど、僕が肉を買いに行くと言うと、「それじゃあ、アタシは奥様のとこに行くかね。坊ちゃん、その爺が余計なもん買わないように気を付けるんだよ」と言って家の中に入ってしまったのだ。そのときジョージさんは「うるせぇ、ババア」と元気に返していたが。


「大丈夫大丈夫。あいつもその道長いんで、もう奥様のやることには慣れっこなんで」

「なんであんなに派手に散らかす人が美味しい料理を作れるんだろう」


 あんながさつな性格のくせに料理の味は僕ら全員が満足できる仕上がりになっているのだ。そこはずっと不思議に思っている。

 

「お、ジョージの爺さんに若様じゃないの、どこに行くんだい」

「肉屋まで今晩のおかずを買いに行くんです」

「そうかい、ならデザートに果物はどうだい? 若様なら安くするよ?」

「お、マジかい。なら俺も一つ・・」

「おめぇは別だ。お前には相場通りにしか売らねえよ」


 話している間に商店街に着いていた。僕らを見た八百屋のおじさんが声をかけてきた。店の前にはいろんな野菜や果物が並べてあった。このシークラント領は父上が大枚をはたいて発注、購入した温度変化の魔道具やモンスターからとれた薄い透明な皮を使って作られた小屋で一年を通して農作物や薬草が作られている。魔道具にはお金がかかったそうだが、その損失分の利益は余裕で出しているらしい。なんでも品質もさることながら、他の場所ではモンスターの発生率の影響で、人件費やら修復代がかかりすぎて真似ができないかららしい。


「うーん、どうしよう。確かちょうど果物はなかったと思ったんだけど」

「なら買っていきましょうや。奥様と婆さんが好きなもん買ってきゃ、ちょっとくらい余計なもん買っても大丈夫でしょ」

「そっか、よし、この桃とリンゴに、そこのオレンジを下さい。ジョージさんの分も僕が買うからまけてくれますよね?」

「あー、それじゃあ仕方ないね。おい爺さん、若様に感謝してさっさと選びな」

「お、太っ腹だね坊ちゃん。よーし、んじゃそこのトマトくれや」

「トマトはデザートじゃねぇだろ。まあいいや、毎度あり」

「はい、ありがとうございます」


 そんな風に話していると


「あれ、若様じゃないの、何しに来たの?」

「おい、爺。若様に変な遊び教えんじゃねぇぞ」

「二人とも、なんか買ってくー?」


 商店街の人たちが僕たちに気づいたようだった。町だの商店街だの言っても大して広くはない。何か騒いでいれば人目につくのも早いのだ。


「いや、ホント、ここの連中も元気だねぇ」

「うん。ここに来ると大体こんな感じだよね」

「はっは、乗せられて妙なもん買っちゃあダメですよ」


 ここの人たちは元気がいい。というか商魂たくましいというのか、僕に限らずいろんなお客さんに声をかけては品物を売っていく。よそでは高級品として扱われる食料品が多く並ぶここでは、外からやってくる卸売りの人もやってくるからアピールが大事なんだと魚屋の人が言っていた。


「お、あそこだったか」


 と、そうこうしているうちに肉屋の前であった。


「あ、すみません、豚肉ください」

「あいよ、ってなんだ若様だけならともかくジョージもいんのか、あんまりいいもん持ってきすぎんなよ。売れ残ったら俺が食うつもりなんだから」

「それを聞いちゃあ一番いいのを持ってきたくなるじゃねぇの。・・・おい、そこのやつ寄越せ。その氷に埋もれてるやつだ」

「チッ、ばれたか。若様だけならサービスして渡してもよかったが、爺に見つけられるのはしゃくだぜ」「はっ、狡いことしてるテメェが悪ぃんだよ。因果応報だ、因果応報」


 肉屋の前で店主とジョージさんはそんな言い合いをしていた。肉や魚は腐りやすいから氷属性の魔道具で冷やして並べるのだが、そのときにできた氷の下にいいものが埋まっていたらしい。隠す方も隠す方だが見つける方もよく見つけたもんである。


「えっと、じゃあその一番いい肉、もらっていいですか?」

「ふぅ、ま、若様がそういんじゃあ仕方ない。持っていきな」

「ありがとうございます」


 いろいろあったがこれでお使いの買い物は終わった。




「ふぅー、あいつら、こっちが買い物したばっかだってのに矢継ぎ早にいろいろと勧めてきやがって」

「えぇー、でもジョージさんもいろいろ買ってたじゃないか。煙草とかサイコロとか」

「あれは俺の自腹だからいいんですよ。そうだ、もしあれならサイコロ使った遊び、やりませんか?」

「それって賭け事だったりする? そういうのはちょっと・・」

「いやいやいや、金なんて賭けませんよ。そうだな、今日八百屋で買ったこのトマトくらいですな」

「うーん、それくらいなら、まあ」


 商店街からの帰り道、僕らはそんなことを話しながら家路についていた。


「それにしても、坊ちゃん。坊ちゃんもなんか買ってませんでした? うん?」

「べ、別にいいじゃないか! お釣りは好きにしていいって母さん言ってたし」


 商店街から帰る前、ジョージさんが露店で怪しげな物を見てるときにこっそりと本屋で買い物をしたのだ。


「何を買ったんですかねぇ? 春画ですか?」

「そ、そんなわけないでしょ!? 騎士の本だよ!騎士の!」


 あらぬ疑いをかけられてはたまらない。慌てて僕は鞄から買った本を取り出した。


「ふんふん、「今年度版魔装騎士の軌跡」ね。本当に坊ちゃんは魔装騎士が好きなんだな」

「うん、僕もグランさんみたいな騎士になりたいんだ。あんなカッコイイ人に」

「騎士、ね・・」


 ジョージさんはどこか遠くを見つめながらそう呟いた。


「坊ちゃんはどうして魔装騎士になりたいんですか?普通の騎士じゃダメなんですかい?」

「え? うーん、普通の騎士でもいいかもしれないけど・・やっぱり魔装騎士がいいなあ。魔装騎士ってとっても強いんだよね? なら、それだけ強いモンスターからいろんな人を守れるじゃない」


 僕が遭遇したスケルトンの内一体、あの武器を使いこなしていたスケルトンはジョージさんによるとただのスケルトンではなかったらしい。普通のスケルトンは武器を扱う知性はないが、武器もちのスケルトンは生前に高い実力を持っていたり、強い怨念をもっていた死体のみから発生するらしく、スケルトンウォリアーと呼ばれ、並みの騎士では勝てるか分からないそうだ。そんな相手を魔装騎士のグランさんは簡単に倒してしまった。


「守る、ですかい・・ なあ坊ちゃん、ここは田舎だからいろいろ不便なことも多い。住んでるやつらも田舎者丸出しで、貴族の坊ちゃん相手に平気で押し売りしていきやがる」


 ジョージさんはいきなりそんなことを言い出した。と、そこで僕たちの方を見て「あ、わかさまだ~」と言っている子供たちがいたので僕らは手を振った。


「え? まあ王都からは遠いけど、僕は王都を知らないから不便だって思ったことないよ? それに、押し売りしてくるけど、みんないい人ばかりじゃないか」

「・・・坊ちゃんはホントまっすぐに育ったねぇ。旦那様は義理堅いけど不器用だし、やっぱり奥様のおかげかね。あの方はいろいろと俺らと見てる世界が違う」

「?」


 言われていることがよくわからない。確かに母さんは変わっているけど。


「坊ちゃんには信じられねぇかもしれないけど、他の領地じゃあここまで領主と俺ら平民が仲良くやってけるなんて滅多にないことなんですわ」

「そうなの? なんで?」

「さぁ、なんでかねぇ・・旦那様は厳しいけど、やり手だ。公平で取り立てる税も妥当。俺らの嘆願だってまじめに聞いてくれるし、ここのヤツで旦那様を苦手には思っても嫌ってるヤツはいないでしょう。それに上乗せしてあの奥様だ。あの二人がここのトップってのが理由かもしんねぇ」

「ふーん・・そうなんだ・・」


 それは、僕にとっては誇らしいことだ。我が家のトップである母さんは勿論、厳しいが、とても賢い父上を僕は尊敬している。僕はそんな人たちの息子なのだ。


「だが、俺が思うに一番の理由は、坊ちゃんかもなぁ」

「へ? 僕?」


思わず自分を指さしてしまう。それぐらい突拍子もないことだったのだ。


「あのお二人の教育の賜物かもしんねぇけど、坊ちゃんは俺ら相手にも礼儀正しくて、分け隔てなく接してくれるだろ? お仕事が忙しい旦那様や奥様たちよりも、あいつらにとってはよく買い物なんかに来る坊ちゃんの方が親しみやすいんだと思うんですわ。優しい貴族の子供に、公平な貴族の親ってのは俺らからすりゃ、安心できる」

「そういうものなの?」

「そういうもんです」

「そっか・・」


どうしよう。すごく、すごく嬉しい。嬉しくて、自慢したくなる。これが誇りに思うってことなんだろうか。


「だから・・」


 ニヤける僕を見て目を細めながらジョージさんは続けた。さっき手を振った子供たちの声が遠くから聞こえてくる。


「だから?」

「あいつらのこと、ちゃんと守ってやって欲しいんです。あいつらはいい奴らだから、坊ちゃんが一生懸命頑張るのなら、絶対に応援して、応えてくれますから」


 それは普段の朗らかなジョージさんらしくない、真剣な様子だった。だから、僕も真剣に答える。


「うん、守るよ。あの人たちだけじゃなくて、父上も母さんも、ヘレナさんも、ジョージさんも。今はまだまだかもしれないけど、いつか絶対に」

「頼んます・・俺のことは置いとくにせよ、その気持ちは忘れちゃダメです。軟派な野郎が半端な力を手に入れてもなんもできやしねぇ」


 ジョージさんはどこか悔しそうにそう言った。


「・・・さて、湿っぽいのはこのくらいにして、さっさと帰りましょうかい。あんまり遅いと奥様にどやされちまう」

「あ、そうだった。僕、母さんに怒られるのは嫌だよ・・」


僕がそう言うと、ジョージさんはニヤリと笑った。


「ほうほう、それならここはひとつ、急いで帰るんなら競争しやせんか。サイコロ遊びの前の余興ってことで夕食を一品賭けて。・・というわけでお先にっ」

「あっ、ズルいよソレ!!」


 結局、元騎士とはいえ年をとったジョージさんと、若い僕との勝負は接戦となり、二人とも家の前で同時に力尽きたのだった。




「いつものことながら、納得いかん。なぜ掃除もろくにできんお前がこんなに美味い料理を作れるのだ?」

「何それ? 褒めてるの? けなしてるの? 場合によっては・・・」

「褒めている! もちろん褒めているとも!!」

「よろしい」

 

 父上と母さんのこのやり取りもいつものことだ。

 あれから無事に怒られることなく肉を渡した僕らは、サイコロ遊びのルールを確認しながら料理が出来上がるのを待ち、ルールを覚えて、いくらか練習試合を終えたころに料理は完成した。サイコロの賭けを見て父上は渋い顔をしていたが、そこはジョージさんがうまくとりなして、結局父上も一緒になって見ていた。


「それにしても、デュオ、気が利くのね。私、果物買ってきてって言うの忘れてたのに」

「八百屋のおじさんがまけてくれるっていうから、つい買っちゃったんだ。でも役に立ったならよかったよ」

「そう、八百屋の人が。今度お礼を言わなきゃね」

「安く売ってくるのはありがたいが、相場通りの値段をもらわんのはな・・売る側の方が損をするのならそれはまわりまわって我々に返ってくる。デュアルディオ、次に行くときは他の者と同等の金を払え」

「もう! 固く考えすぎ! それくらいの好意を受け止められない家だって思われる方がダメじゃないの!」

「しかしだな・・・」


 こんなやり取りもまた、いつものことだ。だから、僕も気にせずに箸を動かす。箸でないと、今食卓の茶碗という食器に入っているコメは食べにくい。箸も茶碗も作ろうとしたのは母さんだが、実際に作ったのはヘレナさんだ。コメをオーシュの外からたまにしか出ない交易船で取り寄せたのは父上で、取り寄せたコメを育てているのはジョージさんである。母さんは珍しい空間属性の魔法しか使えないが、自分が作りたいと言って土属性の魔道具を使った時には暴走させて家の中が泥だらけになった。それ以来、母さんが何かやろうとするときにはヘレナさんが付くようになった。

 ちなみに、コメや茶碗も我がシンクレット領の特産品である。


「ところで、デュオ。あんた、なんかあった?」

「え?」


 父上が黙々と食べていることから、口論がどっちの勝ちで終わったのかは明白だ。父上とは対照的にキラキラした母さんが声をかけてきた。


「なにかって、どうして?」

「うーん、なんだかあんたの顔がキリッとしているような気がするのよねぇ」


 そうだろうか。帰り道にジョージさんと話してたときは僕もまじめに答えていたけど、今はそんなに気を張っていない。


「はっは、ちょっと町でイイ本を買っただけで、他にはなんもありませんでしたよ」

「イイ本? あんた、まさか・・」

「・・・デュアルディオ、お前には後で話しがある」

「違う違う、誤解だって!! もう、なんでそんな風に言うのさ!!」

「・・・おい爺さん。あんたこそ坊ちゃんに隠れて妙なもん買ってないだろうね?」

「おいおい、婆さん。俺を疑うのかい? 今まで長年の付き合いだろう?」

「だから信じらんないんだけどねぇ・・」


 僕らの夕食はいつまで経っても静かにならず、騒がしく過ぎていった。

 ちなみに、サイコロによるゲームは父上の圧勝で、最下位は母さんだった。薄い笑みを浮かべながら「フッ、これが実力だ」と言いながら悔しそうな母さんから渡されたリンゴをかじる父上を僕は二度と忘れないだろう。





「なんというか、平和でいいところなんですね・・・」


 ところ変わって、「幻霧」の中。僕が昔あったことを語ると、シルフィさんは羨ましそうにそう返した。


「はい、田舎だけどとてもいいところですよ。 でも、今は平和ではないかもなぁ・・」

「え?」 


 そう、今は違う。たびたびの魔装騎士の派遣によって小康状態を保って入るものの、モンスターの大量発生のせいで、正直いつモンスターに攻め入られても不思議ではない。頼りの魔装騎士は危険なモンスターが出やすい王都付近に集中しており、依頼するのにも少なくない金がかかる。一応複数の領地をまたぐ前線基地もあるが、魔装騎士は少数しか配備されておらず、残りは普通の騎士である。もちろん魔装騎士でなくとも訓練を積んだ騎士は立派に戦力となるが、モンスター大量発生時に現れる群れのリーダーのグリフォンやサイクロプスのような強力な相手は荷が重い。金のある領地ならば、専属を雇うことでより安全を確保できるが、オーシュでも屈指の辺境地帯の上に魔鉱も乏しいシークラントではモンスターに攻め滅ぼされるよりも破産する方が早いだろう。


「だから、僕は、僕自身が魔装騎士になって、故郷を守りたいんです」


 僕が守るべきものは多い。人々の安全はもちろん、モンスターに脅かされる産業による利益も守らなくてはいけない。一応、僕も父上の仕事を手伝うことはあったから、我が領地の産業がどんな風になっているのかを知っている。人だけ守れても意味はない。暮らしも守らなくては生きていけない。そして、それを叶えるには強い力が必要なのだ。


「わがままなことを言っているとは思いますけどね・・・・」


・・・その強い力を持つのが僕である必要はない。家を飛び出す前に父上にも言われたことだが、領主の跡取りが領地を出て危険を伴う試験を受けるというのは領民にとって無責任だということも分かってはいる。だが、自惚れかもしれないけど、他に強い力を持ち得る者が、試験を乗り越えられるかもしれない人が僕以外にはいなかったのだ。だから、領民から軽蔑されようとも、僕自らが王都に来た。


「そんなこと・・・きっと、認めてくれますよ!! デュオさんは皆を守るために頑張ってきたんですから!!」

「シルフィさん・・・」


 なんというか・・それは、かなり熱のこもった言葉だった。言葉が、まるで心を焚き付ける炎のようだった。


「もし、誰も認めてくれなくても、私は、私だけは、応援してます!! だから・・・頑張ってください!!」

「はい・・・ありがとうございます」


 そうだ、シルフィさんの言う通り、僕は頑張らなくてはならない。僕の行動がわがままなのは確かだが、ここまで来ているのだから今更止めるわけにはいかない。悪いと思っているのならば、ちゃんと結果を出して早く帰るのだ。

 幸い、特殊な小屋、母さん曰く「ビニールハウス」なるもので育てられる野菜や薬草もあるし、モンスターの大量発生により、ポーションの需要が上がっているので、すぐに干上がることはないだろう。それに、モンスターについても領地を出る前に一応の布石は打ってある。


「ところで、その、デュオさんは、あの、やっぱり故郷に帰ってしまうんですか?」

「ええ、いつかは必ず。魔装騎士になれても、専属にならなきゃ帰れませんが、それでも」


 シルフィさんが、おずおずと寂しそうに聞いてきたが、こればかりは考えを変えるつもりはない。


「なら、ならば・・私も、シークラントに行っていいですか?」


 すると、意を決したように、シルフィさんはそう言った。


「ええ、勿論。みんないい人だから、歓迎してくれますよ。なんなら、僕が送っていきましょうか?」


 やっぱりか。昨日の反応から、なんとなくこんな返事が来るとは思ったが、僕も思ったままを返す。

 僕の目標が最優先事項だが、シルフィさんのこともできるだけなんとかしてあげたいとは思うのだ。


「いいんですか!?」

「いいですけど、その、ご家族の方の許可はとってくださいね?」


 昨日よりも嬉しそうな声が返ってきた。なんというか、シルフィさんは意外と行動力があるのだろうか?なんとなく、僕の試験が終わっていないのに、明日にも飛び出していきそうな感じがする。

 僕みたいな野郎ならともかく、シルフィさんのような若い女性が家出するのはまずいだろう。もしも許可が取れないようなら・・・諦めてもらうしかない。住所を教えてもらって、たまに僕の方から行くのが関の山だろう。


「だいじょぶです! あの人たち・・家族もきっと大喜びで送り出してくれますから!」

「そ、そうですか・・」


 なんとなく、いいところの箱入り娘のような印象だったが、案外自由な家なんだろうか。


「フフッ、楽しみにしてますね?」

「えっと、はい、頑張ります・・」


 何はともあれ、今日はシルフィさんが喜んでくれたし、よしとしよう。そして、試験頑張ろう。

僕はとりあえず、そう思うのだった。





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