表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
97/355

Act87 新月

 ACT87


 膝をつく私に、エリがそっと触れた。


 ダイジョウブ


 そう、口を動かした。


 ダイジョウブ、イコウ


 エリは、私の手を握ると歩き出した。


「その玉は何?」


 トモダチ


 そう口を動かし、私に玉を差し出した。

 ビクつきながら、触ってみる。

 滑らかで暖かく、そして、脈動していた。

 それはまるで卵のようだった。生まれる寸前の卵。


 エリは、少し微笑んで玉を胸に押しつけた。


「戻る道は、こっちだよ」


 エリが向かうのは、来た道とは違っていた。

 この地下水路を彷徨うのは得策ではない。


 デグチ


 と、エリは口を動かした。


「出口が分かるの?」


 エリは、玉を手にしてから、表情が戻っていた。

 今までが、少し寝ているような反応だったのに、急に元気が出たようだ。


「エリ、アレがいないか注意しないと」


 注意が聞こえないのか、ぐいぐいと私の手を引く。

 細い石の足場に、灯りのない暗闇だ。本当なら躊躇うところを、私達は小走りに通り抜ける。


 古い様式の水路は、青白い煉瓦や石でできていた。

 その表面は凝った紋様が所々にある。

 たぶん、地上からどの辺りにいるのかを、分かるようにしてあるのだろう。

 これほどの、高度な建造物を築いていた先住民ならば、あの呪が町に施されているのも納得できる。



 つまり、先住民‥亜人とよばれる人々は、ボルネフェルトと同じような力を備えていたのだ。

 侵略勢力に負けたため、呪術師などを抱える文化が野蛮とされたが、むしろ、短命種の文化の方が優れていた可能性がある。


 そして、失われた技術を王国が所持しているのは、もしかしたら、それが古代の文明ではなく、王国が建国時に略奪した、先住民の文明である可能性もある。

 つまり、素晴らしいとされる今の技術が、彼ら長命種による、太古の技術だというのが騙りであり、先住民を支配した時に民族の解体と共に取り上げたのではないだろうか。




 だとしても、それも、子供の物語になるほどの昔の事だ。


 呪は魔と近しい。


 だから、今の人間は、呪というモノの存在を否定する。

 否定せねば、理が崩れるからだ。


 既に、この城塞跡では、理が薄れている。

 このままでは、その代価が大きくなるだろう。

 呪とはそういうものだ。



「エリ、どうしたら、婆様は呪いを収めてくれるかな。関係のない人まで、連れて行くのは、駄目だと思うんだ」


 それにエリは振り返った。


 私が言っていることは、彼女にとっては甘えである。

 それでも、エリは振り返り頷いた。





 水路は終わり、私達は町を見下ろす高台に出た。

 城塞の東にある少し小高い丘で、小さな神殿のようだ。水の神を祀っていたのか、崩れた水神の像が残っていた。


 風は少し冷たく、夜空には月も星も無い。

 見下ろす町は、赤い霧が降っている。

 青白い町並みに赤黒い霧。

 それらが薄ぼんやりと闇に浮かんでいる様は、水面に浮かぶ小舟のようだ。


 たどり着く場所を見失った、小さな小舟。


 鐘はしばらく前に止んでいた。

 領兵の松明が町に入っていく。

 多分、あの町の何処かで、侯爵への反旗を翻す者がいるのだろう。

 いたところで、婆様の呪いで動く屍になっているだろうが。


 二人で丘の上から見ていると、兵は思ったよりも大人数である。

 トゥーラアモンからも後続の兵士が次々と到着している。


「サーレルは、まだ館かな。」


 それにエリは頭を振った。

 水路を指さす。

 私はぎょっとして、エリを見た。


「本当に中にいるの?」


 頷く。

 探しに行かねば。

 私が愕然とするのを見て、エリは首を傾げた。


 ドロボウ、シタ

 ナーヴェラト、オコッテル



「ナーヴェラト?」



 私の中で、囁きが告げる。



 影と共に顔を覗かせた、アレだ。



 水路への暗い通路を見返し、私は身震いした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ