Act85 真実という名の欺瞞 上
ACT85
「何がおこるんだ?」
私の問いかけに、腐れた男達は答えない。
エリは、抱えた玉を撫でている。
私は、膨れ上がる疑問に答えを求めた。
関わりがないと、先ほどまでなら逃げただろう。
だが、あの老婆は言った。
御同輩
なるほどと、思う私。
以前の私なら、死者の群に囲まれて、こんな風に落ち着いていられたろうか?
彼らを前に、私の中の、何かが嬉しそうに身動ぎをする。
恐れよ、恐れよ、人の道から外れてはならない。
眼に力を込める。
「何がおこるんだ?」
もう一度、問うと 青い男 が答えた。
俺達は、禁忌を犯した。
だから、呪いを受けた。
呪いは、単純だ。
ソレを持ち出した人間の死だ。
婆様は、村人を殺した者も呪った。
そして、原因となった者も呪った。
ただ、それだけだ。
腐れた姿に、普通の男の姿が重なった。
「なぜだ?」
俺は、グーレゴーアが苦しんでいるのを知っていた。
そして、イエレミアスもだ。
だから、助けたかった。
こんな事になるとは思わなかった。
あの女が、薬を変えた。
元々、あの女は、婆様の弟子だった。
自分から教えを乞うておいて、村の全てを蔑んでいた。
自分は捨て子で、高貴な血が流れていると子供の妄想を頼りにしていた。
閉じられた世界を厭い、外は素晴らしいと信じていた。
確かに、素晴らしい物もあるだろう。だが、親兄弟の暮らす地を蔑む必要はないじゃないか。
あの女は、自分の姿形に拘った。
価値をそこに見ていた。
亜人と呼ばれる俺たちを、心底嫌っていた。
自分が同じだと認めると、村から永遠に出られないとでも思っていたのか。
だが、あの女は、外見がどんなにアイツ等と同じでも、産んだ子供は嘘がつけない。
だから、あの女は謀った。
イエレミアスを殺したのは、あの女だ。
たとえ、グーレゴーアが手を下したとしても、彼を殺したのは女の欲だ。
その欲でトゥーラアモンも死の街なるだろう。
「どうして?」
候が、子供を受け入れていれば
候が、グーレゴーアを受け入れていれば
候が、イエレミアスを受け入れていれば
誰も、死ななかった。
始まりは候の嘘だ。
「嘘とは何だ?」
短命種と長命種の混血は、すべて短命種である。
青い男は、エリを指さした。
シュランゲの秘伝は、血族の血にある。
一族は、時折、長命種の子を生む。先祖に長命種の血が混じっているのだ。
それが同族婚を繰り返すと表に出ることがある。
これを隠され子として育てる。
これは村では常識だった。
二つの種は別ではない。
混じることができるのだから、生まれないのではない。生まれずらいだけなのだ。
しかし、特殊な事であり、シュランゲでは閉鎖的な環境の血族結婚の結果である。
そして、同じく古い血故に、候の息子イエレミアスも、特殊な血を受け継いだ。外見上は長命種の特色を備えているが、医学的に調べると短命種なのだ。
そして次男のグーレゴーアも、同じく外見上は長命種であるが、医学的に調べると短命種であった。
この二人の母親は、共に別人の長命種であるのだが、候としては原因は全て奥方の方にあると考えた。
何しろ、彼は長らく生き、これぞ長命種という血の濃さだったからだ。
長男はそのままに、次男は廃嫡とした。
長男も何れ、何かの理由を付けて相続からは外すつもりだった。
トゥーラアモンの支配者は、長命種であるというのが氏族の共通認識だったためとも言える。
親子の情だけでは相続は果たせなかったのだ。
そこまでなら、グーレゴーアは心を抑えていられた。
だが、あの女が加わった。
妄想に生きる女だ。
それも、婆様の弟子だ。
女の産んだ子供は、短命種だった。
グーレゴーアは自分が短命種だとは、あの女に告げていなかった。
だが、あの女は長命種だという事にこだわっていた。
「だって彼女は短命種なんだろ、なぜ?」
女は、自分がその娘と同じだと信じていた。
子供の頃まで、その娘と同じ特質を備えていた。だが、長じるにつけ、短命種であると分かった。
だから、婆様は、自分の後を継がせるつもりだった。
だが、あの女は、自分が特別であることにこだわった。だから、グーレゴーアが候の使いで村に来た時、自分から村を出ていった。
婆様が見逃すはずはないのに、自由になったと考えて。
「候の使い?何故」
シュランゲは、候の支配地だ。
あの男が知らぬ訳が無かろう。
全て、知っているから、身動きがとれなかった。
息子の事も、孫のことも。
全部、知っていた。
馬鹿な女は、グーレゴーアから彼の血を聞き出した。
そして騙されたと、候に訴えた。
そして、実子であるグーレゴーアとその子供である自分の子供を認めろと言った。
自分達も、家族であると。
言い分は正しい。
だが、候は、取り合わなかった。
全て知っている者には、茶番だからだ。
もとより、女の願いは、古き血に繋がりを持つと言うことだから。家族の情など砂粒ほども女には無い。
候にしてみれば、それまでの人生で腐るほどいた、要求ばかりしてくる人間の一人にすぎない。
だから、グーレゴーアは書類上は血の繋がりのない甥であり、女と子供は長命種ではない。
孫を見ることもなく、顔を背けた。
たぶん、この時から、グーレゴーアも絶望したのだ。
父親の中にいる自分が、どんなに努力しようとも、認められる事が無いことを知った。
あいつは荒れた。
だが、世間ではよくある事だ。親が完璧などというのは、自分を考えればあり得ない。
だから、イエレミアスは、とうにその絶望を乗り越え、心に折り合いをつけていた。
仮初めの嫡子など、彼の自尊心は散々踏みつけられていたはずだ。
ただ、弟は、折れた。
「イエレミアスは、死んだ嫡子か?」
そうだ。グーレゴーアの腹違いの兄だ。
女は、子供を育てるのを放棄した。
グーレゴーアは、家に寄りつかなくなった。
俺は、子供をどうするかイエレミアスに相談した。
子供は、候の孫だ。そしてイエレミアスとも血のつながりはある。
子供を連れて、俺たちは、シュランゲに向かった。
「なぜ?」
女の家族は村にいるし、そのままでは、人間らしい暮らしも赤ん坊には望めない。
「違うよ。あなたは、何故、そこまで関わった」
それに青い髪の男は、少し軽薄な口元を歪めたが、何も答えなかった。
「嫡子は何故、殺された?」
グーレゴーアの本心は知らない。
ただ、今度の事を画策していた弟を止めようとイエレミアスはしていた。
殺したのはグーレゴーアだが、殺させたのはあの女だ。
「貴重な金属を持ち出す事か?」
それは欲に狩られた人間への偽りだ。
本当の目的は、嘘を真実に、真実を嘘にする事だ。