Act83 水底の鼠
ACT83
壊れた扉にたどり着いた。
打ち破られた扉が、蝶番を残して落ちている。
その先の闇からは、水が流れる音と風の音がした。
そして、空耳とは思えない、人の断末魔の声やうめき声が聞こえてくる。
ゆらゆらと揺れる灯りは、扉を潜り進んでいく。
通路の先には、薄暗い水路が広がっていた。明らかに、今までの上に広がる館の建築とは違う。
梁や橋のような足場など、複雑な石の構造は、過去に作られた城塞の水路だろう。
先を行く男を追いながら、慎重に歩く。
方向感覚は鋭いので、帰り道は迷わない自信がある。逃げ道を記憶するべく、油断なく辺りを見た。
今まであった赤黒い手痕が無い。
ただ、通路を流れる水は濁っていた。
赤くはない。
色は緑と黒。
大凡、飲み水とは言い難い。
その時、大きな咆哮が響き渡った。
突然、空気を振動させるような音に、腐れた男はよろけ、私とエリは棒立ちになった。
一番近いのは、熊の威嚇する鳴き声だろうか?
だが、あんなものよりも長く、尾を引いている。
そしてもう一度響いた。
「何の鳴き声だ?」
腐れた男は、振り返った。
はやく、いかねぇーとな、上に、でちまうな。
いまさらだがよー、おれはーこんなつもりじゃぁなかったんだよー
あぁ、と、私は気がついた。
腐れた男は、泣いていた。
水の流れの側を進む。
古い水路には、昔の文字が所々記されていた。
そして、あの咆哮を再び聞いたとき、通路の向こうから、誰かが走って来るのが見えた。
数人の男だ。
あちらも、私達を認めたのだろう。
ぎょっとして蹈鞴を踏む。
薄汚れた服に、赤い色。
ぎらつく眼に、手には武器が握られていた。
角灯を翳して、腐れた男が言った。
「嘘つきどもが、もうすぐ、俺と同じになるさー。
さて、グーレゴーア、ウソツキ野郎。
かーみさまぁにオジヒをねがうのかーい?」
先頭の男は、唸り声をあげた。
グーレゴーアと呼ばれた男は、朽ちた男にそっくりだった。