Act82 明日は来ない
ACT82
シュランゲは、王国が支配する前からあった古い村だ。
村には、特殊な金属を加工する技術が伝わっていた。
先祖代々の伝統技術、それ故に村人の殆どが鍛冶を行う。
その作品の多くは、昔から特別な物として世に出回ってきた。
どんな時代でも、人を殺すに長けた物は重宝される。つまり、優れた武器の製造が、村の収入だったのだ。
王国の支配が始まると、村は外との関わりを制限した。
昔話の青馬の時代だ。
だが、時は流れ、外との交流を断絶して生きていくのは無理に。
そこで、表向きは普通の鍛冶仕事を請け負う村として、時々、高額の武器を外に流すという事になった。
外との交流は極端に少ないため、行商人でさえ村があると知る者は少ない。
外との接触を忌避したのは、何も王国の支配を恐れただけではない。
彼らの取り扱う物が、貴重で特殊な金属だったからだ。
盗人に眼をつけられれば、村ごと襲われる。そして何より、金属の取り扱いが難しく、一歩間違えれば村人全員が死ぬ。
「トゥーラアモンの毒の刃物は、それか?」
違う、ちーがうさぁ
アレは、バカなおんなのせいさー
じぶんがーいちばん、かしこいと
おもっている、どうけのーせいさ
にせものはぁにせものなんだよおぉ
もちろん、その製法が村の秘伝であり、村共通の財産でもあった。
その取りまとめをするのは、呪術師である。
代々、呪術師の家系は、厳しい鍛錬をして精霊と話、死者と通じると言われている。
シュランゲの呪術師は、医術や薬草の知識も兼ね備えた、この村の要であった。
そして、あの日も呪術師は、いつも通り仕事をし村人に薬を配った。
この薬を飲まなければ、取り扱う金属の毒に犯されてしまう。
しかし、この薬を飲めば、金属はなんら影響を与えず、有用な物になるのだ。
あの日も薬を飲み、仕事を始めた。
ところが、あの日の薬は、同じ味なのに、毒には効かなかった。
「どういうことだ?」
ふらつく背中に問いかける。
鼻歌をやめて、腐れた男が肩を震わせた。笑っている。
きーまってらぁ、うそつきがぁ、うその薬をつくったぁのさぁ
お陰で、村の男は皆ぶったおれたよぉ
そいでーうらぎりものはー
倒れた奴をーおとりーにぃしたのさ
「囮?」
村には当然、秘密を外に出さない仕掛けがある。
もがき苦しむ男達を、その仕掛けに殺させる間に裏切り者は逃げた。
「女達は何故、井戸に投げ込まれた?それにそもそもの原因はなんだ」
ふらふらと歩く背中は、静かに答えた。
みんなぁよくをかきすぎたーだけさぁ
俺をぉみてみろよー
地獄にもいけねぇ
ずーとずーといたいんだ
しねねぇーんだよおぉ
貴重な金属を欲しがった者と外の世界を欲しがった者が手を組んだ。
彼らは、邪魔な者を排除した。
村そのものを疎んじていたのだ。
本当は、金も何もかも後からの理由で、閉鎖的な村が嫌だったのだ。
秘密に、心が押しつぶされてしまったのだ。
たーだ、奴らはぁ、勘違いしてたんだよぉ
「勘違い?」
秘密にしていたんじゃないんだよぉ
男は笑いながら、灯りを揺らした。
今ごろ、地獄で悔いているよ
女達が井戸に投げ入れられていた理由。
それは囮にされた男達と同じだ。
女達が、井戸で息のある限り、ソレは村を離れないからだ。
そーの娘がぁ生きているうちに、逃げ出せばぁ、にげきれるーとおもったのさ。
ちゅうとはんぱなオンナは、さいごまでーどうけだ
イヒヒと笑うと男は付け加えた。
俺のーあしたはーこないいぃ
あのオンナのあしたもーこないい
みんなーばばさまのぉ
わのなかでぇおどるぅ
調子外れの音が闇に消える。
エリとしっかりと手を握りあうと私は腹に力を込めた。
通路の奥から、微かな咆哮が聞こえる。
何かの気配が渦巻いていた。