Act78 夜が来る
ACT78
エリに手を引かれて、邸内を歩く。
使用人達に見咎められるかと思った。だが、誰一人として、彼らの関心は現世には無いようだ。
すれ違う男も女も、ニヤニヤと嗤いながら蠢くだけ。
水差しをもったまま動かない女。
台所で立ち尽くす料理人。
何かを取り出したまま、笑う下男。
血塗れの調度と一緒になり、何か滑稽な芝居のように見えた。
外は陽射しが傾き、更に気温が下がったように感じる。
湿気は壁に付着した赤黒い色を滲ませた。
こんな場所で闇に包まれたらと思うと、エリを連れて町の外へ出たかった。
サーレルと合流すべきだ。
と、分かっていた。
だが、エリは行き先が分かっているかのように進む。
と、聞こえた。
一つの扉から、話し声がする。
私達は、扉に耳を押し当てた。
「グーレゴーアは何処だ。留守のはずがない。自分と会う約束をしている」
それに奥方の笑い声が聞こえた。
「いつもいつも、貴方は遅いのよ。」
「どういう意味だ。」
「貴方の嘘が招いた結果でしょう?ライナルト様」
ライナルトとは誰だ?
「貴方は卑怯だった。だってそうでしょう?自分だけは知っていた。二人とも、いいえ、私を含めれば三人とも知らなかった。でも、貴方は、知っていた。」
「皆は何処だ?」
「知らないわ。だって、私は知らないんですもの。誰をお探しなのかしら?本当は、貴方が殺したんじゃないの?」
今となっては、貴方が最後の息子ですものね。それも唯一の長命なお方、偽物とは違う。
驚きに、私は物音をたててしまった。
扉が開かれる前に、私達は逃げ出した。
廊下の角を曲がる時、目のはしに開く扉が見えた。
ライナルトが、候の息子?
ラースと名乗る男がライナルト?
開いた扉から、男は私を認めた。
私達は、一瞬、目が合う。
彼は、追わなかった。
ただ、私を見て、それだけだ。
暗い目だけが、私の背中に刺さった。
朽ちたのは誰だ?
夜毎、訪れる者は、死んだ嫡子だ。
魂の色がそう告げる。
死者は正直だ。
再び、エリに手を引かれながら、私は惑う。
人より、死者を信じる自分に。
敵と味方を見分ける方法と同じく、私は死者を信じていた。
サーレルに聞くしかない。
たぶん、彼の方がアイヒベルガー候の家族関係を把握しているだろう。
「エリ、サーレルと合流しよう?」
それに振り返った、エリは頷いた。
ただし、私を更にせき立てるように引っ張る先は、館の奥だ。
「そっちはサーレルの部屋じゃないよ」
すると、エリが指を動かした。
今来た方向から、奥へ。
「まさか、彼が奥にいるとか」
頷くエリ。
「どうして、分かるの?」
いつもの、鼻を指さす動作を見て、私は肩を落とした。
「エリ、本当に?」
その疑問に、エリは口を動かした。
勿論、音は出ない。
ゆっくりと、言葉を発する動きを見る。
ハヤク
アオイ、オトコ、オシエル
タスケル
動かない私に焦れたのか、エリは廊下を駆けだした。
慌てて追いかけながら、私は思いだそうとした。
アオイオトコ?