Act75 コインの表
ACT75
城塞跡と言うだけあり、町は崩れかかった城壁の中にあった。
静かに行き交う人々、穏やかな雰囲気。
トゥーラアモンの緊迫した重い空気など、ここには無かった。
町の入り口には、もうしわけ程度の警備兵が立っていた。
服装から見ると、フリュデンの自警団といった具合だろうか。
職業兵士には見えない。
笑顔で領主の鑑札に目を通し、通行を許可する。
実に朗らかで、ここが町の警備の要とも思えない。門を潜る男達に続き、私も馬を進める。と、そこで腰にまわされたエリの腕に力が入った。
「どうした?」
それにエリは、鼻を指さした。
先を行く男達を伺う。
少し距離ができていて、私達のやり取りには気付いていない。
瞳を閉じる。
それから深く息を吸って、私は瞼をあげた。
レイバンテールの奥方の館は、町の中心部にあった。
上品な邸宅である。
住民の殆どが、昔の建物を再利用しているのだが、奥方の館は、貴族の館そのままである。
不意の客だというのに、使用人はにこやかに出迎えた。
主人への取り次ぎを待つ間、目だけが忙しい。
贅沢な調度、下品にならぬ程度の華美、そして、奇妙に薄暗い。
玄関の広間は、冬の為か造花が飾られている。
階上に続く階段が中央に見える。その両脇を奥への通路と、控えの間の扉が挟む。
裕福である。
そして、見かけた使用人も城の者と遜色がない。
この館だけが、寂れた町の佇まいからかけ離れている。
そうフリュデンの町は、寂れていた。
人々は一様に朗らかな様子だが、町そのものは不景気な風が吹いている。
並ぶ品物は粗悪であったし、食事処は閑散としていた。
物乞いや浮浪児の類は見かけなかったが。
そういえば、老人も子供も見かけなかった。家の中にいるのだろうか?
ともかく、この館はそんな寂しい雰囲気は無い。
ただ、少し灯りが乏しいと感じる。
そして、寒い。
外よりも、湿気った感じがした。
暫くして、使用人が戻ってきた。
主人の支度が整う間、客間に通される。
客間は南向きで外からの陽射しが差し込み、多少暖かい。
やはり、暖炉には火が入っていなかった。
薪代に事欠くような様子ではないので、歓迎されていないのだろうか。
サーレルとラースが腰掛けて、エリもその隣に座らせた。
私は、そっと窓辺による。
「君も座りなさい。私の連れなんですから」
それに私は頭を振った。
サーレルの言う連れは、道連れ、一蓮托生の意味だ。
やがて、茶が供され時間が経つ。だいぶ、待たされた頃、レイバンテールの奥方が現れた。
予想していたのは、ごく普通の田舎のご婦人だった。
だが、現れたのは、氷のように美しい女性だった。
生きているのだろうか?
最初に浮かんだのはそんな感想だった。




