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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
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Act72 食前の祈りの前に

 ACT72


「そろそろお腹がすきましたね。護衛の方もそろいましたし、食事はどこでとればよろしいか?」


 重苦しい空気を断ち切り、サーレルはラースを促した。

 二人の護衛が控えに入る。

 室内に一人を残し、ラースともう一人が、私達を食堂へと案内する事に。


 その途中、食事や飲み水がどのように作られ運ばれているのかを、私達が見学する運びになる。



 毒を含んだ物を探す。

 侯爵は、毒を持ち込んだ人を探すのではなく、そう言った。



 すでに、誰の悪意であるか理解しているのかも知れない。


 息子を殺し、侯爵を苛み命を奪おうという相手。

 何故、それを許しているのか。それとも、証拠を集めているのだろうか。


 どちらにしろ、私達には迷惑な事だ。

 こうなれば、あの赤い文字が何処から入り込んでいるのかを早々に突き止めるのが一番である。



 城の厨房は水回りのよい場所に作られていた。火も使われるし、備蓄食糧の関係で城内の北東側に位置している。

 城の堀の水は北東の河川から引かれたもので、城内の水は、井戸と堀と同じ河川から引かれた二つになる。


 念のため、その堀から地下の洗濯場など使用人の領土を見て歩く。

 様々な人々が目まぐるしく働いていた。

 そこには、毒殺されようとする領主や城下の混乱は見受けられない。内心は別かも知れなが、皆、それどころではないという雰囲気だ。

 それでも私達が持ち場に顔を出すと、一時平伏して仕事が滞る。申し訳ない限りだが、私とエリは、一々全てを説明される。

 下働きの部屋まで見るように言われ、内心辟易していた。が、簡素な食卓に置かれたモノに凍り付く。




 下働きの昼食だ。

 私達二人は、その魚肉の薄い汁の鍋を覗きこむ。

 鍋一杯に、赤い色が踊っていた。


 エリは、よほど匂うのか、私の腹に顔を押しつける。

 ラースは鍋に手をつけぬように指示を出した。




 その次は城全体の厨房に急いで向かった。

 特に、今まさに城で働く人々に提供されようと言う食事を見て回る。


 仕事をする者は、皆、不思議に、否、もしかしたらと思っているのかも知れない。


 私達は、その中をゆっくりと見て回る。

 殆どは問題なかった。

 ただし、最後にそれはあった。

 野菜屑の籠に、赤い文字が絡む。


 統一感が無かった。

 汁物であったり、野菜屑であったり。


 私達は、台所を見回した。


 何か、原因があるはずだ。

 食材を見たが、きれいだった。

 水瓶を見たが、澄んでいた。


 ぐるりと見回すと、調理台の上に赤が見える。


 薄く切り分けられた薫製肉だ。


「これを切り分けたのは?」


 ラースの問いに、料理人の一人が手を挙げた。

 その姿を見る。だが、特に何も赤くはない。


「同じ作業を少し続けて頂けますか?」


 願うと、料理人は水に漬けてあった包丁を取り出した。





 刀身は、どす黒い赤い色だった。





 そこで、厨房の調理の器具を見せて貰うことになった。

 多彩な刃物や道具が並ぶ。


 すると、やはり混じっていた。

 幾つかの調理器具が赤いのだ。


 私達はそれを指し示していく。

 調理場は料理が中断され、使用人達は不安にざわめいた。

 一山になると、木の籠にまとめる。

 使用人達に、それぞれが使っている刃物や調理器具、水瓶などを裏に出すように指示した。


 私達は、そのまま裏庭に向かった。

 調理場の裏手は、雑然と物が置かれているが、それなりの広さだった。

 洗濯場の方とつながっているので、洗濯物も干されている。




 大事になりつつあり、私は、疲労と空腹を感じ、気分が萎えていた。


「エリ、ご飯は当分食べられなさそうだね」


 そんな呟きに、サーレルは、積まれた薪に腰掛けると答えた。


「どちらにしろ、毒入りでは食べたくはありませんね。

 で、君は、何で毒だとわかるんだい?」


 萎えた気分のまま、私は投げやりに返した。どうせ、本当の事をいったところで、何の益も無い。


「蛇神様のご利益ですよ」


「蛇神?」


「侯爵様の騎士殿が教えて下さったでしょう。地母神様から、腐った魂が見えるようにしていただいたんです」


 エリが神妙に頷いた。

 私は、握ったエリの手をぶらぶら振って続けた。


「イグナシオ殿なら、そう仰るのでは?」


 それを冗談と受け取ったらしく、サーレルはそれ以上聞かなかった。

 只、ラースだけが私達をじっと見ていた。




 それぞれの持ち寄った刃物や、食事に使われる物が並んだ。


 慎重に見て回ると、大凡の特徴がわかった。


 素材は金属で、殆どが刃物。

 まれに、金属の柄杓などがあった。

 使用している者は、下働きから料理人、特定の者が使用している物も含まれる。だが、持ち主が犯人である可能性は低い。何しろ、使う本人の健康が危ぶまれる。


 より分けて、誰の物かを、簡易で使用人に記録させる。

 そして記録後、赤い品々は接収した。

 不便であろうと、毒物かも知れないのだ。


 これにより、この日の城の昼食は中止になった。

 念のため、食料庫にも立ち入り、その後、兵によって封鎖された。

 そんな具合で、晩餐を迎える頃まで、私達は食料や水回りの確認に歩かされた。食事は無しでだ。


 只、それにつき合う侯爵の私兵も、食事をとらずにいる。

 兵站の確認が終わるまで城内の飲食は禁止になった。


 まして、侯爵本人も、安全確認された水以外口にしていないと言うから、文句も言えなかった。


 あらかたの目通しが終わり、私達は再び、侯爵の部屋に通された。すっかり陽も暮れ、空腹より眠気がする。

 侯爵と一緒に食事をとるようで、小卓の食事は、候と同じ物が置かれている。

 水差しの水も、料理も、器も、赤い色はない。


「食べてもよいか?」


 侯爵の問いに、エリが頷いた。

 まるで立場が逆のようで、それがおかしくて、侯爵自身も笑っていた。



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