Act71 中原の魔物 下
ACT71
既にエリに話していた部分を簡単に語る。そして、トゥーラアモンの話にうつろうか。
これは何処かの昔話ではない。このトゥーラアモンの昔々だ。
ここが古の都跡と言われているのは、先住の民がおり、王国民が侵略し支配したからだ。
先住民とは、今の亜人種であり、侵略者とは長命種である。まぁ、大まかに分ければだが。
そして、現在のアイヒベルガー候がその侵略者の末裔か否か、私は知らない。
只、昔々、横車を押した領主は、先住の民を虐げた。
乱暴にかり集められた馬は、街の側の大がかりな囲いに入れられた。
そして、領主は年老いた馬や、傷を負い走れなくなった馬を処分した。
馬を先住の民という人もいる。だが、これは馬の話だ。さて..
これに領民は慄いた。
年老いた馬なら放逐し、傷つけたなら手当をすればよいものを。
だが、領主は迷信を蔑んだ。
領主は、たかが畜生の報復を恐れるとは野蛮な輩である。と、断じた。
そうして兵士は無意味に屠殺し、それを領主が見物する。
領民は、新しい領主の正気を疑い、不信の念をだいた。
そうして、その不信を裏付ける様に、領主の様子が次第におかしくなった。
青馬狩りを数度行うも、雄馬は囲いこめず、統率者の馬も手には入らなかった。そんな事が続いた後だ。
領主は、家臣に対して意味もなく怒り、苦言を受け付けず、身分下の者に暴力を振るうようになった。
馬が原因なのか、性格は真逆といっていいほどおかしくなっていった。
そして、妻子に対しては反逆を疑い牢に幽閉。己以外が敵で囲まれているかのように、家臣、友人、親族を、全て憎み始めたのだ。
同じくして領民の様子もおかしくなっていった。
女子供ばかり、衰弱して動けなくなったのだ。
病気の原因は分からないが、トゥーラアモンは活気を失い、それは領主が死ぬまで続いた。
領主の死、それは落馬だった。
正気を失っていた領主は、自分の馬から落ちてあっけなく死んだという。
呪いだと、領民は考えた。
彼らは領主が死ぬと、囲いにいた馬達を放した。
それを止める者はいない。
狂った領主が、家族や親類を手にかけていたからだ。
残った者も、病に臥していた。
そして、捕らえていた馬を放すと徐々に人々の病は癒えた。
この話から、流行病を青馬。
骨肉の争いを青馬の呪いという。
侯爵が、呪われたと自身を表するのも、この昔話の所為だ。
「ご子息の騎乗していた黒馬が噂を助長したのでしょう」
ラースが付け加えた。
だが、侯爵の息子は、血を抜かれたのであって、呪いではない。
「犯人の目星は?」
サーレルは、私達の側にある椅子を引き寄せると座った。
ずっと窓の外を見ていたが、どうやら、満足したらしい。
「証拠は何もありません。
首に血を抜いた切り傷がありましたが、切れ味の良い刃物というだけで何も残ってはいませんでした。
目撃者も今のところ無しです。
ご子息は、毎日、雨天以外は朝晩と乗馬をなされていた。供駆けは二名から三名。その日は二名付き従っていました。未だ、彼らも行方が知れません。」
「その二名は、調べられたので?」
「勿論、彼らは私と同じ侯爵直属です。調べても何も出ない。ご子息と共に殺害されたと考えています」
私はエリに、物語の最後を聞かせた。
やがて、トゥーラアモンに日常が帰ってきた。
領主は死に、再び新しい領主が来たのだ。
彼もまた、青馬を手に入れようと画策した。
だが、この時、この領地にいた兵士も領民も懲りていた。
そこで、新しい領主を連れて青馬狩りへと向かった。
何故かって?
青馬とはどんなものかを教えねば、死んだ領主の二の舞となるからだ。
馬を見せて何が変わるというのか?
実は、前の領主は王の馬を見た事がなかった。見たのは普通の青馬の雄で、巨大な群を率いる王を見たことが無かったのだ。
はじめは、獰猛な馬と遭遇しないのは幸運と皆思っていた。だが、知らぬとは恐れも畏怖も生まない。
そこで、今度の領主には最初に王の馬を見て貰った方がいいと思ったのだ。
そうして数日かけ青馬の群を追いかけた領主は、初めて見たのだ。
捕まる訳はない。否、捕まえるなど愚かしい。
群の中で先頭を行く青馬は、燐の吐息を吐き、六本の足で中空を駆けていたのだ。
それはもはや、馬ではない。
新しい領主は、古い言い伝えを受け入れた。そして、根気よく青馬の若い雄だけを追う事を認めた。
決して馬を傷つけないように。
それ以来、トゥーラアモンは、馬を大切にし、名馬の産地となった。
もしも、中原を旅するなら、野生馬の群に手を出してはいけない。王の馬が人を殺しに来るからだ。
青馬の王は、馬の姿をした神だからだ。
古い神の多くは祟るからだ。
「倒れた領民の殆どが女性と子供だったのも噂を助長しました。城下の混乱は、領兵を置くことで今は押さえています。」
「時に、レイバンテール殿の廃嫡理由はなんです?」
ラースは、視線を落とした。
「元より、御母堂は商家の方でした。レイバンデール様は、シュランゲの奥方を娶られるにあたり、現在の地に居を構えられました」
「では、廃嫡はその時に?」
無言で返す様子を見れば、廃嫡時期も理由も別にあるようだ。
実際、サーレルは何処までこの地の内情を把握しているのか。
無言の相手を眺める目つきは実に楽しげである。
「貴殿の中では、既に犯人がおわかりのようですね」
とんでもない。
と、ラースは答えると微かに笑った。
その笑顔は、自嘲が滲んでいた。