Act67 長命種
ACT67
侯爵は、お茶で喉を湿らせるとため息をついた。
そして自嘲するように笑う。
「誠、簡単な話だ。息子は落馬し死んだ。そして、我は病に臥した」
それにサーレルは頭を振った。
「随分と端折りましたね。ご子息は只お亡くなりになった訳では無いでしょうし、侯爵殿が病むなどあり得ない」
なぜなら、貴男は、人族の長命なお方だ。
サーレルの指摘に、侯爵は笑った。
「そうだ、我は特に血が濃い故、病むことは無い。そして、息子は、落馬程度では死なぬ」
恐ろしいことに、人族の、本当に古い血筋の長命種は、滅多に、否、殆どが人の間の病にかからない。そして、脆弱な肉体を持ちながら、非常に死に難い。
「だが、死に難いが、死なぬ訳ではない。」
私の考えが聞こえたように、候は続けた。
「老いれば死ぬ。そして、首を跳ねれば死ぬし、臓腑を引き裂かれれば死ぬ。」
侯爵は枕に頭を沈めた。
「我々は化け物ではない。只、少し人よりも病に、怪我に強いのだ。だから」
皆と同じく血を抜かれれば死ぬ
その言葉にサーレルは朗らかに答えた。
「では、ご子息は、血を抜かれたと?」
「そうだ。血を抜かれ、我が領地の外れに投げ捨てられておった。それが今年の初秋だ」
残酷な話に、私は思わずエリを見た。
エリは、とても真剣に侯爵の話を聞いていた。
その顔に怯えは無い。
だが、それは表面的なことかもしれない。
そっと手を肩に置くと、エリは私を見た。
その煌めきの宿る瞳は、しっかりとしている。
「本来なら、女子供に聞かせる話ではない。だが、使者殿の連れとして我が領地へと足を踏み入れた。聞いておくのが身のためだ」
私達のやりとりを認めて、侯爵は続けた。
「今、この地は醜い思惑で溢れている。残念な事に、そこの使者殿が訪れた事により、欲に駆られた鼠が溝より這いだしてこよう。」
「なるほど、子供を届けるお使いが、どうやら浅ましい者には意味ありげに見えると。」
「お陰で、死ぬ前に溝掃除が捗りそうだ」
サーレルと侯爵は、薄笑いを浮かべた。
口が挟めるものなら、怒鳴りつけたい。
嗤いあうのは勝手だが、お家騒動に巻き込まれるのなど御免だ。
「勿体なくも、使者殿には、暫くこの地への滞在を願いたい。何、もし、貴公が無理ならば子供達を残していかれても良い。」
私が目を見開くと、サーレルは笑った。
「それでも良いのですか?私はこのまま上長の元へと戻り、そのまま監督府へとありのままを伝えますが?」
それに侯爵は頭を振った。
「勿論、少し、領地を案内し使者殿を歓待したいとは思うが。」
「どれほどでしょうか?」
それに侯爵は疲れたように目を閉じた。
「医者が言うには、あと二月は保つまいという話だ」
それにサーレルは、沈思した。
暫くして、ふっと顔を上げた。
「私の上官に指示を一度仰ぎます。伝令をお借りしても?」
陽射しが急に陰るような気がした。