Act65 瞳の中に
ACT65
確かめるといっても、死体の照会は難しい。
シュランゲが壊滅したという事、火葬された女と子供の数が書類に記されるに留まる。
そしてカーン達が残した記録もそこに加わり、小さな村の名が消える。
いずれまた、新しい人間が村に入るのだろう。
しかし、問題は残る。
シュランゲの虐殺、女子供以外の住人の行方と犯人。
事件その物の経緯である。
小村とはいえ、トゥーラアモンの領地内である。
事の次第を明らかにする事。犯人の捕縛、及び損害の回復などだ。
一小村で事がすむのならばよし、これが盗賊など犯罪行為のはしりとなれば、領兵の常駐しない小さな村々には大問題である。
そして、小さな村を抱える地主にも警告を出さねばならない。
それは、この目の前の侯爵の兵士の仕事であるが。
そして、生き残りであるエリは、犯人への道でもあり、犯人にとっての邪魔者でもある。
そこで保護をする事と、事情の聞き取りが必要になる。
問題は、エリが何者であるかだ。
そう、シュランゲの人別には、エリに該当する子供がいないのだ。
人別は、姓名(隠し名ではない通称である)と、その氏族。外見的特徴が記される。
生誕日と髪と目と肌の色、そして人種が記されているのだ。
だから見た目で大凡の、あたりをつけることができる。
ところが、エリのような外見の子供は人別には一人としていない。
まず、砂色と白髪の混じった髪色の子供がいない。
そこで、灰色又は白、もしくは銀髪の薄い色合いの子供を捜す。
ところが、村の子供の多くが茶色、もしくは黒髪の子供であった。
よしんば、病気などで脱色した事にして、瞳の色で探す。
エリの瞳は美しい藍色である。
それも夜明けの夜空のような群青を含んでいた。
そしてよくのぞき込むと、夜空の星のように銀色がはしっている。成長したら、さぞや美しい娘になるだろう。
だが、藍色の瞳という者が、そもそも村にはいなかった。
シュランゲは、亜人と呼ばれる人々の集落で、エリのような長命種の特徴を備えた人族は少数だった。
亜人と一口に言うが、外見は人族に近い。
ただし、決定的な違いがある。
彼らは手の指が長命種より少ない。しかし、指が少なくとも、長命種よりも遙かに器用で、職人になる者が多い。
そして、身長は人族より低い。
エリの指の数は長命種と同じであり、体の大きさも子供としては長身になる。
私が自身を亜人と長らく思っていたのは、このせいである。
そして、亜人との混血種だとしても、彼女のような瞳の色の子供はできない。
亜人は、どの種族と交わっても亜人種の子供しか産まれない。
そして、亜人の子供は、薄い瞳の色をしている。
「お嬢さん、君は誰なんだい?」
トゥーラアモンの騎士は、エリの頭を撫でながら問いかける。
子供の扱いが上手らしく、エリは黙って撫でられていた。
「しばらく、我々の所で預かる事になるでしょう」
「それは構いませんが、この子と同じ村の者がいるそうですね」
サーレルの問いに、男はエリを見つめながら答えた。
「この街から、更に北東に昔の城塞跡があります。今現在は、町になっているのですが。」
彼は、言葉を選ぶように、いったん口を閉じた。
「レイバンテール殿という侯爵様の甥が、その町を治めております。その方の奥方がシュランゲの出身です」
「では、その奥方に、この子を見せれば直ぐに身元も割れましょう」
サーレルの言葉に、騎士は顎を掻いた。
「そうしたいのは山々なのですが。」
「おや、何があるのですか?」
もちろん、粛正者に自領の話を漏らしたくないのだろう。
微笑みながら二人はにらみ合う。
その時、水を差したのは、城からの使いだった。
レイバンテールの奥方にお会いするのは、まだまだ先になりそうだった。