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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
73/355

Act63 真偽の箱

 ACT63


 外郭門には、物々しい兵士の一団がいた。


 ..いつもと違って


 その言葉に疑問をもったら負けだ。

 間諜に、間諜なのか?と、問う行為である。



 兵の一団は、中に入る者を検めて、否、どちらかというと、中から外へ出る者に厳しい検めを強いていた。

 それ故に、中に入る人間の列ができているようだ。

 私たちは馬から下りると、サーレルを先頭に列の最後尾についた。


 私は正規の手形を所持していたし、サーレルは天下御免の王国領通関手形を所持している。エリに関しては、そもそも、その身の振り方を相談するべく訪ねているわけだ、こちらも問題ない。


 因みに、王領手形とは、王国政府が発行する全国土を無料で通る事ができる手形である。

 通行税の免除は、大陸を横断する者にとっては夢のような手形だ。


 だが、夢は夢でも悪夢だが。


 この王領手形は特殊で、王国領土であれば、何処ででも武装したままで過ごせるのだ。


 その意味は大きい。


 拡大解釈をすれば、どんな身分の人間と相対しても、武装解除はせずとも無礼に当たらないという事だ。


 多くの王領手形は軍事行動に際して発行される。それ故に偽造は死罪であり、この手形が発行される時の承認は、その時の軍部の最高責任者である。

 だから、王領手形は、冗談ではなく天下御免の物であり、これを手にしている者は、死に神に等しい。

 つまり、停戦中の時期に、こんな手形を所持しているのは、粛正者だけと言える。


 粛正者が来たと婆がわかったのは、多分、誰かが王領手形をだしたからだろう。


 そして、この王領手形は、所持している人間以外が持っていても効力を発するので、もし、奪われた場合は、その本人は死罪だ。

 まぁ、殺して奪う以外無いのだし、殺されて奪われるような者にこの手形は発行されない。

 つまり、懐から出された滅金の細長い棒は、お目にかかってもありがたくない。


 もう一つ蛇足だが、サーレルの王領手形は細長い金属の巻物で、知恵の輪のように複雑な組み合わせで開く。そして、開くと一枚板の様になり、中に証明文が記されている。


 一般の、私のような村人の手形は、木彫りと領地の焼き印が押された板である。

 木彫りの手形は、申し訳程度の身分証明だ。重要なのは基本の税率で、その手形により入領税がはかられる。

 そして、当然王領手形の様な重要な手形の真偽は、特別な装置が用いられる。


 王領手形などの、金属の巻物を鑑定する真偽の箱と呼ばれる装置だ。


 王国法と呼ばれる国土法律および税率法により、領地内の関所、河川、道などの課税対象をもうける場合、この箱をそれぞれの場所に一つは置かなければならない。

 これは国への恭順と小箱の代金による、不要な関所建設の阻止が目的である。

 つまり、関をもうけるなら国に届け出て金を払えというわけだ。

 そして、この箱のおかげで、王国はいつでも死に神を各地に送り出せると言うわけだ。


 小箱は三年に一度、新しいものに買い換える必要がある。そして、関に小箱が無い場合は、もちろん、王領手形の人間は無視できる。

 手形がない場所は更に無理が通るのだ。だから、箱がないとは逆に、王国の軍事行動の庇護からも外れる。

 領主の館や貴族諸侯の館には、真偽の箱が大枚をはたいて常備されているそうだ。

 あっても恐ろしく無くても恐ろしい。

 そして、箱その物も奪われたり偽造すれば死罪である。が、箱の偽造は不可能とされている。

 大枚をはたくだけあり、三年に一度新しくされるのもそうだが、複雑な機構は大陸の最高水準らしく箱を開けることもままならないらしい。

 故に盗まれる事が警戒されている。

 いろんな意味で破滅を呼ぶのだろう。




 もちろん、そんなモノを私は実際目にしたことはない。


 今までは。


 サーレルが兵士に金属片を見せると、検問所の奥から小さな箱が恭しく持ち出された。


 その箱が来る間の、兵士達の動揺は凄まじいものであった。

 出て行こうとする人間の荷物をまき散らし、街の中へと押し戻していた兵士達は身動きを止めた。

 そう、門の中では怒号と悲鳴が渦巻いていたのだ。


 それが小さな金属によって沈黙が広がる。


 騒いでいた人々にも波及して、私たちの周りだけ咳一つ聞こえなくなった。



 それは正方形の小さな箱だった。



 面は鏡の様に辺りを映している。

 奇妙なことに、何故か既視感を覚えた。



 この箱に見覚えが?



 箱の正面に鍵穴のようなものがあった。

 その穴に、金属の棒が差し入れられる。


 すると、小箱の表面が波打った。


 堅い表面に滑らかなさざ波がおきたのだ。

 静まりかえった中で、箱は波打ち生き物のように脈動した。


 すると、手形はカタカタと勝手に震えて表面が動いた。

 勝手に動き組み上がると音を立てて軸が回る。

 しばらくすると、小箱の上部が開いた。



 兵士がのぞき込み何事かを周りに告げると、サーレルは手形を引き抜いた。

 手形を検めていた兵士達が、礼の形をとり言葉を述べた。



 古の都跡トゥーラアモンへのご来訪、歓迎いたします



 小箱は再び建物の中へと帰り、サーレルを先頭にトゥーラアモンへと足を踏み入れた。




 ナリスだ。




 既視感の正体はナリスである。

 では、あの箱は何だ?

 王国の技術?

 しかし、ナリスは..


 うっすらと、本当にうっすらと、何かがひび割れるように私に予感をもたらす。






「もう少しすれば、ここの責任者が来るでしょう。その間、我々はゆっくりと街を見物でもしましょうか」


 サーレルが再び騎乗したので、私たちも続いた。


 責任者が来る。


 当然であろう。

 外郭の門を、死に神が通過したのだ。

 何事が起きたのか、これより起こるのか、確かめない馬鹿はいない。


「しかし、何でしょうねぇ、住民が外へ逃げ出すなんて。疫病でしょうか?」


 聞き捨てなら無い予想を口にする。

 が、強ち冗談とも思えない。

 遠目に美しい城と街が見えるが、そこに向かう道は、様々な人が荷物を手に外郭門へ向かっていた。


 それも必死に、怯えて。


「聞いてみます」

「よしなさい」

 すかさず止められて、サーレルを伺う。


「私たちは見られていますよ。それに疫病なら街の中心を見てそのまま戻るだけです。」


 サーレルはいつも通り目を細めて穏やかに続けた。


「大丈夫ですよ。たいがいのことは、私でも始末できますし」


 どういった始末の付け方かは、カーンを見ていれば予想がつく。

 私は頷くと、ゆっくりと馬を進めた。



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