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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
70/355

Act60 中原の魔物 上

 ACT60


 私とエリは、食堂の暖炉の側にいる。

 他の客は出立の準備で慌ただしい。

 男達を待つ私達は、荷物も既に纏まっているし、暇だ。

 菓子と茶を買うと、暖炉と外が見える窓の近くに腰を落ち着けたのだ。


 エリは青馬の昔話を知らない。

 時間潰しに、先ほどの噂話の元になった昔話をすることにした。


 中原には沢山の野生馬の群がある。

 その中でも巨大かつ獰猛な、青毛馬の群が有名だ。

 どう有名かと言えば、生け捕りにしようとする人間を、踏み殺す獰猛さ。そして決して追いつけない程の足の速さを有していたからだ。


 つまり、大陸一の軍馬名馬の群だ。


 もし手に入れることができれば、どれほどの戦の役に立つことか。

 その馬を捕らえ騎乗した者が王になった。

 という、話もある。

 が、宿で噂になっているのは、その王の青馬ではない。


 中原の馬には、馬の王のような存在がいる。

 本来なら、雌数頭に牡がいる小規模な群が幾つもより合わさり、移動しているだけなのだが。

 名馬の産地として有名な南領沿いには、青馬の群が実際に移動している。

 そして、馬の王も必ずいるそうだ。


 で、昔々の話だ。


 名馬の群には王がいる。


 中原の先住民である遊牧民の口伝である。


 馬の王は、特に馬体が大きく、そして知恵がある。人で言う体力に恵まれた男が沢山の群を率いている。

 そして、そのような馬の多くが青毛つまり黒い馬であった。

 王は勇猛果敢であり人間を嫌っている。

 人間は残虐であり、狡猾であるからだ。

 だから、馬を捕らえるには、正々堂々と追いかけ捕らえねばならない。

 卑怯な振る舞いや、畜生の行いを行えば、馬の王から災いがもたらされるからだ。


 何故なら馬の王は、馬の形を真似た神だから。


 沢山の王の馬と人間の王の話がある。

 王国の昔話は英雄譚だ。

 しかし、遊牧民、王国が併合した騎馬民族の口伝は違う。



 馬の王を追い縄を掛けてはいけない。

 子馬や群の雌馬に縄がかかれば、王が人を殺しにくるからだ。


 馬の王を捕らえようと罠を仕掛けてはいけない。

 子馬や群の雌馬が罠にかかれば、王が人を殺しに来るからだ。




 気がついたかい?

 この口伝は、馬を手に入れる方法を説いている。

 つまり、雌や子馬、そして群の統率者を標的にすると青馬の群は敵意を剥き出しにする。

 では、口伝の言葉から馬を手に入れる条件を考えると。


 群の比較的若い牡馬ならば、根気よく追い回して疲れさせ、囲いにでも追い込めばいい。と、なる。


 さて、この口伝が常識だった頃の昔話だ。

 昔々、あるところに馬と暮らす人々がいた。

 農耕に適さない土地故に、馬を育てて暮らしていた。

 彼らは、青馬の群から牡馬を捕らえては、自分たちの雌馬と添わせて増やした。

 そして、大切に育てては様々な国に売った。

 彼らの馬は、姿が美しく力が強く、賢かった。大切にすれば、とても良く人間に従った。そして、とても気性が穏やかで大らかであった。

 その頃の馬は、大きければ気性が荒く、穏やかであれば足が遅くというのが一般的であった。


 名馬の産地。


 彼らの馬は名馬と言われ、年に数頭送り出される馬は買い手が殺到した。

 すると、その利に目を付けた者がいた。

 名も無き小さな集団の彼らに、定住せずに税を納めぬ不逞の輩という評価をつけたのだ。

 昔から彼らは馬と共に移動して暮らしていた。

 ある程度の移動場所は決まっており、その領地の通過料を払う。というのが今までの暮らしであり誰も咎めることも無かった。

 罪人でもなく犯罪者でもない、昔からの暮らしを続けていただけであるのだが、それが野蛮であり、罪であると言うのだ。

 そう断じたのは、大きな街の領主である。

 彼らは馬を家畜といい、定めた場所に暮らし税を納める事こそ、人間らしいと言うのだ。

 だが、そう断じた者は、街の外に出たこともなく馬を育てたことも無い。ましてや、野蛮とする彼らを見たことも無い人間だった。


 つまり、名馬の利益が欲しかったのだ。


 名馬を育てさせ、利益を吸い上げる。

 それが目的であった。

 定住しなければ、馬を飼育する事は許可しない。領内の街へ入る事を許さない。と、彼らに告げたのだ。

 馬の飼育の許可というが、許可にも金が掛かる。つまり、許可を出す出さない以前に馬を飼育するには、金を払わねばならない。馬を育てて収入にするのに、意味の分からない話である。それにそもそも許可が必要だという法律がない。許可が必要なのは軍馬の登録だけで、農耕馬や移動の馬に一々課税をしていたら下層の人間は生きていけない。

 しかし、この疑問に彼らはこう答えた。

 これは彼ら不逞の輩が領地に生える牧草を黙って馬に与えているからだと言う。その牧草代であり一頭増えれば、その度に許可の為の金を払わねばならない。

 領地の牧草と言うが、未開の土地の雑草である。ましてや街の囲いの外である。農地や放牧地でさえない荒れ地の草に許可が必要。

 そして、定住した上で、馬の繁殖と同時に、青馬の群を狩り多くの頭数を揃える事を求めてきた。

 この街の領主は、馬を王や貴族に献上したいと考えていたのだ。


 これに彼らは、一生懸命考えた。

 暮らしのこと、これからのこと、そして馬の事。

 彼らは馬が、好きだった。


 彼らは領主に対してこう告げた。

 馬を飼育するのを止めると。

 彼らは馬を草原に放すと、荷物を纏めて逃げ出した。

 元々、移動している上に、馬がいないので目印もなく、草原の彼方へ消えていった。


 彼らはどうなった?


 昔話だからね、本当はどうだかわからないが。

 高地で山羊を飼う人達が彼らだというよ。

 乳と肉と毛をとれる大きな山羊だ。

 毛が特に高級だって言う話だ。

 ともかく、彼らは動物を育てるのが旨いんだね。

 あれ、どこまで話したかな?



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