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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act7 雪

ACT7

挿絵(By みてみん)

 牡丹のような雪が落ちてくる。


 これは積もるだろう。

 外套の下の毛皮の表面が凍っていた。

 私は男を振り仰いだ。


「なんだ坊主?」


 熊男の中では私は鷹の爺の孫と同じに見えるらしい。


「御客人、酒と火石は十分か?」


 田舎者の無礼な口調に、頭目は頷いた。


「馬は雪に耐えられそうか?」


「北方の品種に北の装備をつけた。足許も雪原用だ。心配はいらねぇ」


「このまま進んで良いのか?」


 私の問いに、男は空を仰ぎ見た。


「お前、字は読めるか?」


 読めるが、用心して読めないと無学を装った。

 領主館の蔵書は粗方読み終えた等と言えば、お前は何者かと疑われる。

 もちろん、何者でもない。

 打ち捨てられた最果ての村の女だ。

 賑やかな場所から来た男には想像もつかない侘びしい小さな世界の女だ。

 もちろん、血腥い場所から来た男よりは、私の世界は充実している。たぶん。

 それに男が懐を探り歩をゆるめた。吹き殴る風を遮るために、従者が外套を翳す。

 それを合図に騎馬は止まり、小休止となった。

 男が持ち出したのは小さな紙片と奇妙な金属の板だった。

 紙片にはびっしりと文字が書かれており、誰かの手紙のようだ。

 が、読めないと言った手前、紙片から金属板へ視線を移した。


「坊主、これは何に見える?」


 素直に見たままを告げた。


「迷路図だ」


 うむ、と頷くと男は、雪を遮る従者に見せる。


「何に見える?」


「何もございません」


 再び男は頷く。

 こいつらは何を言っているんだ。

 私は意図が分からず頭目の顔を見返した。

 男の顔半分は頭巾の影になり相変わらず見えない。下から見上げているのに、あるのは真っ暗な闇だ。


「俺にもこれは、只の板っ切れにしか見えない。だから、本来なら使えないんだが。まぁ今回は道案内が子供だ。使えるもんはつかわねぇとな」


 子供ではないのだが、口は閉じていた。


「これはエライ坊さんがよこしたもんだ」


 私は不思議な迷路図を刻んでいる金属板を見た。とても、薄くて貴人の手鏡のようだ。


「見える奴にはご利益あるんだとさ」


 そういってニヤニヤと男は笑った。


「こいつをお前に渡す。こいつは貴重なもんでな、俺の首より重い。意味はわかるな」


 そんな事を言いながら、男は私の手にその金属の板を乗せた。

 ちょうど手のひらに乗るほどで、思ったとおり軽かった。


「無事に、この森から帰るまでお前が持っていろ。無くすんじゃねぇぞ。」


 嫌だ。

 と、顔が言っていたらしい。

 男はニヤッと笑った。


 「よく見てろ」


 男は私の手を金属版ごと掴んで前に翳した。

 すると、金属板の絵柄がぞわぞわと蠢いた。

 沢山の蚯蚓が這い回るように、その金属の溝が蠢く。

 金属の表面が溶けたように蠢き、やがて表面が固まった。


「これで俺にも見える。しかし、なんで奴はこんなもの寄越したんだろうなぁ」


 それに従者が何事か返していたが、私はそれどころではなかった。

 恐る恐る手元に板を引き寄せる。

 表面の紋様が変化していた。


 人面だ。


 男とも女ともつかない顔が浮かんで、消える。

 そして小さな手が苦しげに持ち上がり、雪景色を指さした。


「智者の鏡だ、すげぇだろ?」


 趣味の悪さに私は唸った。



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