Act58 目的地
ACT58
エリは寝台に買い込んだ物を広げ、検分中である。
発見後、一度泣いたきり、その顔に動揺は見えない。
感情はとても平坦で、それが逆に不安である。
では、どんな様子なら普通か?
しかし、その普通という前提がない。家族や知り合い仲間と生き埋めにされた時の普通の態度?
殺されかけ恐怖に晒された後の普通?
馬鹿らしい話だ。
窓辺の椅子に腰掛けて、私は地図を広げた。
カーン達は、この後、街道を東に上る。
旧街道で稼いだ日数は、あの村での足止めで消えたが、寒波を避ける事はできた。
彼らは、直線で首都へと向かう。
首都は、オーダロンの中央門と呼ばれる関所を越えた先になる。
オーダロンとは、自然の地形と首都を囲む三重外郭の西に位置する巨大な門である。
この門は、北部と西部地域から首都への入り口である。
そして、中央門と呼ばれるのは、首都の防衛を担う外郭の入り口の中で、一番巨大であり、軍事専用のシダルダの東門、一番小さなオルパノの南門より、王城中央近くに位置しているからだ。
そして、オーダロン、別名地獄門は、古代の技術が利用された天に聳える巨大門である。
どのような技術であるかは、民草には知ることは無いが、天を突く山のような扉は朝陽と共に開き、日暮れと共に閉じる。
その門は不思議な水晶でできており、門柱には二体の神像が刻まれている。
観光名所でもあり、いつか見てみたい物だが、私は、首都へはいかない。
オーダロンへの道のりにある街は、五つ。小さな村々を含めれば十一。
地図を辿り、私が考えているのは、五つの街のうち、草原の公道が幾つも交差する街イルバである。
人の出入りが激しく、何よりも人口が中原地帯では一番多い。
因みに、北領と南西の間に広がる草原を中原地帯と呼ぶ。
点在する村や町は、それぞれ北領か南西の辺境伯が諸侯を従える、または直轄領としている。
広さは北領が荒野を含めれば一番大きい。しかし、北方辺境伯が一領主に対して、南西領を治める西方辺境伯は、北領よりも狭い地域でありながら、数十の諸侯を従える大貴族である。
これは北が自然の防壁を管理し、北の限界領域を監視する役割を担う役目。つまり監視が主な役目である事。
そして、それと同じく南西領が中央大陸の王国の権威と力を維持するための戦略地域である事の違いである。
中央大陸は一つである。
という、認識は首都の王侯貴族の建前である。
建前の下では、中央大陸といってもオルタスは幾つにも分かれている。
東、南、西と毎日のように争い続けているのは、他でもない中央大陸内である。
そして、唯一、戦場とならないのが北なのだ。
地図を丸め、これからの事を考える。
イルバに着いたらどうするか。
まずは、そこで仕事を探すことになるだろう。
冬期の出稼ぎと偽るか、正直に流民と名乗るか。
出稼ぎと流民の違いは、金だ。
まず、イルバに入るための入税料が出稼ぎを一とすると、流民は三。
そして、同じ仕事をしたとして、出稼ぎの賃金の半分が流民の相場になる。
これだけだと出稼ぎが有利に思える。
しかし、出稼ぎは長期のイルバ内での職を得ることはできない。
もし、長期でイルバに暮らすなら、イルバの人別に移り納税をしなければならない。
だから、課税も軽く賃金も良いが、長期滞在は難しい。つまり、職もあまりない。余所者を短期間高収入で雇うという話は現実的ではない。
だから、私の村の人間も出稼ぎは滅多に行わない。それをするのなら、軍の徴兵へ応募した方が見返りは大きい。
何しろ、納税免除、家人の幼年老齢者も同じ待遇になる。
話が逸れたが、では流民の場合はどうか。
イルバに入るには、金がかかるし賃金も安い。しかし、滞在期間を切られる事はない。
技能を求められる仕事と街の住民が認めれば定住することもある。ただし、職はあるが流民の定住が認められる事はないだろう。
当面の居場所を考えれば、広大な中原の街々を渡り歩く事になる。
居を定めるのは不安だ。
濁った窓硝子には青白い顔が映っている。
いつ、化け物になるのか。
いつまで、人の側にいられるのか?
私は、供物である。
カーンは忘れてしまったけれど。
私は、化け物になったのだ。
あの、本に触れたとき。
私は。
生きるしかない。
死した後の約束では、彼らは満足しないのだ。
もっと、もっと、捧げねばならない。
そう、考えると、恐ろしいのと同じく、疲労が増した。
地図を畳むと、私も荷物を整理することにした。
山や森に暮らし、狩りをして生きる事はできないようだ。
では、何ができるのか。
防水布から取り出した弓は、美しい光沢を見せていた。