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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
67/355

Act57 靴と飴

 ACT57


 既に宿場の門は閉じられていた。


 空は茜がさし、暗い雲が流れている。

 未だ北領の際である。

 寒気が吹き付ければ、外で夜を明かすのは困難であろう。


 村は、今頃、吹雪に見舞われているだろうか。


 村の地下には通路が造られている。

 領主の館にも、地下通路があり、凍り付く間はその地下道が村の生命線になる。

 人の行き来も閉ざされて、私の家も、冬の間に潰れてしまうだろう。


 もう、帰れないし会えないのだ。


 そう思うと、不意に心の支えがとれてしまい、心細く感じた。

 そんな虚ろを感じ取ったのか、握ったエリの手に力が入った。


「さて、旦那から頂いた軍資金で、エリに何を買おうかな?」


 微笑みを浮かべ見下ろすと、エリが困ったように眉を下げた。


 カーンから与えられた金は、北領の一般的な硬貨である。

 地方貨と呼ばれる硬貨は、中央の基準貨幣を辺境領地だけに流通する硬貨

 に両替した物である。

 この地方貨は貴族を除く一般市民が使用する物であるのだ。


 宿場の食べ物の価格からすると、与えられた物で十分エリの荷物を揃えられそうである。

 つまり、大金だ。

 もちろん、私があまり、お金と縁がなかっただけかも知れない。


 宿場の中は、旅人や商人達がゆっくりとくつろいでいた。

 酒を飲み、歌を歌い、料理を催促している。

 夕焼けに浮かぶ黒い塀の上には、兵士もおり、治安も中々良いようだ。

 犬も数頭巡回している。

 この辺りでは、唯一の人が集まる場所だからか。


 私は気を取り直すとエリを連れてゆっくりと店を覗いた。

 ガラの悪い人間もそれほどいないようで、女子供の客も出歩いていた。

 酔客の間を抜けると、雑貨屋を見つけた。

 あらゆる物が細々と並んでいる。

 私達は端からじっくりと眺めた。

 店の主に聞くと、宿場の店は真夜中で閉めるそうだ。

 酒場も遊興施設も全てだ。

 朝は殊の外早く開く為だ。

 余所の街は、朝も遅いが、この宿場は連泊する客は滅多に居ず、通過点に過ぎないからだ。

 ただ、北領やその近辺の道筋だと、どうしてもこの宿場で補給を必要とするらしく、何は無くとも足が止まる。

 だから、食い物は不味くとも、旅に必要な品揃えは揃っているのだ。

 私はさっさと自分の買い物を済ませると、楽しそうに眺めているエリの持ち物を増やすことに取りかかる。

 冬物の洋服に下着。洗面用具に、簡単な身の回りの小物。可愛らしい刺繍の肩掛け鞄を買うとそこに次々と品物を入れる。

 金額を気にせずに買い物ができるとは、気分が良いものだ。エリもだんだん元気になってきた。

 三組の洋服、三組の下着、防寒具を揃えて靴を見る。

 重い荷物になってはいけないので、最低限で着回せるように選ぶ。

 どれも、エリには好き嫌いの確認はしている。

 ただ品揃えが良いとは言っても、子供の物は少ないので、靴は良い物が無かった。

 大きさを合わせると、可愛らしくない。

 可愛らしい物を探すと、役に立たない。

 冬でなければ、可愛らしい物を選ぶのだが、この後、馬に揺られて寒気の中を進むのだ。北領を抜けたとは言え、冬である。

 私が悩んでいると、店主が上客には特別だといって奥から箱を持ち出してきた。

 煤けた紙の箱を開けると、革と毛皮の靴が入っていた。

 それも柔らかな革の長靴で膝下の部分に素晴らしい刺繍が施されていた。


「この刺繍は?」


「この辺りの神様の模様だ」


 鳥のようなモノが描かれている。

 羽を広げた、奇妙な生き物だ。だが、どこか素朴な感じで優しげでもある。

 エリに見せると、感心したように刺繍を撫でた。


「嬢ちゃんの足なら紐で調節して十分履ける。どうだ、値ははるが良い品だろう」


 確かに。と、私は購入する事に決めた。

 全ての支払いを済ませると、さっそくエリに靴を履かせた。

 それまでは、布を紐で結び足をくるんでいたのだ。


 あの井戸から引き上げた時、彼女は裸足だった。


 カーンが話してくれたが、女達は致命傷の傷を負わされた後、未だ、息があるうちに投げ込まれたようだ。井戸から引き上げてみれば、女ばかりで男は一人もいなかった。


 どれも、生きて苦しんだらしく、井戸の中で身を寄せ合っていたそうだ。


 井戸は浅く、底が広くなっており、底に降りると十数人の遺骸が朽ちていたそうだ。

 水の冷たさと、エリが生きていた事を考えると、それほど時間はたっていない。

 殺すにしても残酷であり、奴隷にして売るには、悪行がばれるとでも考えたのか。


 エリが痛めつけられていなかったのが不思議だとカーンは言っていた。


 他の子供は皆、手足を折られていたそうだ。

 それとも、口のきけない子供なら、助けも呼べないと思ったのだろうか?


 どちらにしろ、ぞっとする。その歪で臆病な魂がなに食わぬ顔で生きているのだ。




 エリは靴の暖かさと綺麗な刺繍に満足したらしく、うっすらと笑んでいる。

 さっそく、私の上着の替わりに真新しい外套を着せると、菓子を選ぶことにした。

 鄙びた宿場の菓子であっても、私達には高級品である。

 カーンからもらった金に余裕はあっても、エリ自身に現金を持たせておきたい。慎重に真剣に私達は値段と味を吟味した。


 買い物に満足して宿に帰ると、カーンだけが部屋に残っていた。


 頼まれていた物を渡し、戦利品を広げると興味深そうにエリに質問をしている。

 もちろん、エリは頷くか首を傾げるだけだが、生首を横に酒を飲む男にしては普通の対応にほっとした。


「菓子も買ったのか?ふーん」


 エリが男の横になる寝台に腰掛けると、一つづつ菓子を広げて見せている。

 そして、特に慎重に選んだ橙色の飴と赤い飴を二つ取り出すとカーンに渡した。


 どうやら、この男への土産らしい。


 受け取る男も驚いていたが、私も少し驚いた。




 エリは、エリ達を苛んだ人間は、たぶん、普通だったのかもしれない。

 恐ろしい風貌の男でもなく、普通の誰かで、それがある日、残酷な行為を成したのだ。

 だから、少なくとも、見知らぬ人間の方が安心できるのかもしれない。




 まぁ、これもエリが伝えてきた訳ではない。

 ただ、飴をガリガリ噛んで酒を飲む男は、見たとおり危険なので、馴染まなくていいと思う。


「お前は土産はないのか?」


 私は肩を竦めると、就寝の挨拶をした。



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