Act52 屋根裏の窓
ACT52
食事を終えると一行は見張りの順番を決めて、早々に休むことにした。
私は明け方の頃にカーンと早めに起きる順番だ。
この村に何があったのかは、こちらに影響がなければ良しとする事で決まった。
一晩ぐらい過ごしたからといって、それが厄介な結果になるとは思えない。警戒を怠らずにいれば、対処できるだろう。というのが、彼らの考えだ。
むしろ、自分たちの方が、厄介ごとである。
ただ、眠れずにいる身としては、いろいろと考えてしまう。
食料を一緒にみつけた従者は、村人達は帰るつもりだった、もしくは、そんなに村を離れるつもりがなかったから、備蓄材までは持ち出さなかったのでは、と、言う。
だが、村の家々の中は、空だった。
皿一枚残っていなかったと、見て回った者は言っている。
家の傷み具合からして、それほど前ではない。
ただ、カーン達にとっては、どうでもよさそうだった。
彼らにしてみれば、廃村など、戦略地域にはゴロゴロしているらしい。
井戸水が腐れたり、敵に根こそぎ殺戮されたり、単に村単位での夜逃げであったり。
私は暖炉の炎を見ながら、毛布にくるまり考える。
考えたとして答えはないのにだ。
だが、考える。
考えてしまう。
以前と変わってしまった私の世界故にだ。
ただ、こんなちっぽけな私が考えたところで、何が変わるわけでもない。
すると、体が急にひりひりした。
体、否、皮膚だ。
瞬きして、毛布から手をゆっくりと引き出した。
手首まで蔦が絡んでいる。
群青色だ。
入れ墨なのか、生きているのか、紋様はシュルリと手首を回る。
浮遊感と共に、吐き気を伴う眠気に覆われた。
私は、誰だ?
私はオリヴィアという女だ。
辺境の村に流れ着いた子供。
親なしのオリヴィア。
頭を撫でてくれたのは誰だ?
私は、誰だ?
草むらに倒れた子供。
彼は逝き、その影から生え伸びた蔦。
痛い。
私は、誰だ?
私は
薄暗い部屋の中、一人で空を見ている。
小さな三角の窓は、屋根裏部屋の灯り取りだ。
ずっと姉様と一緒だったけど、今は一人になった。
一人は寂しい。
でも、泣いていると、青い男がくるから我慢する。
青い男は、意地が悪い。
いつも、悲しいことを言う。
父様が死んだって。
母様が裏切ったって。
姉様が逃げ出したって。
あの人の頭が狂ったって。
嫌い。
だから、アレに言うの。
私を食べてって。
今度は私を食べて、青い男をやっつけてちょうだいって。
この間は、食べないって断られた。
でも、叔父さんが、私を売るって言ってたから。もう一度お願いしようと思う。
全部は食べきれないかもしれないから、目と心臓を食べてもらおう。
そうすれば、きっとアレも勝てるはず。
そうすれば、姉様もあの人も幸せになれるんだから。
広場で、村の人が騒いでる。
原因は自分たちなのに。
あの人だけでも助けなきゃ。
姉様は無事だろうか。
私は隠れている。
アレに食べてもらう為に。
村人に見つかったら、無駄になる。
乱暴されて売られるだけ。
嘘つき、嘘つき
青い男は、私を捜してる。
早く、私を食べて
薪の弾ける音で目が覚めた。
ぼんやりとした視界に、自分の手が男の腕を掴んでいるのがわかった。
腕の持ち主は身を起こした。
「どうした」
怖い夢を見たんだ。
とは、言わずに、そのままカーンと共に起き出した。
今のは何だったんだ?
そう思いながらも、自分の手首を見れば、答えがわかるような気がした。
荷物を纏めて、村をでる。
集会所は、もう一度板で塞いだ。
火の始末も見届け、食料庫にも藁を乗せた。
家々の間を抜け、迂回路に向かう。
暗い窓が人の目のようだ。
道は村の中を抜けて、来た道から反対、東へと続く。
この道は大きく左に弧を描くようにして、本来の旧街道に繋がっている。
地図上では、あの土砂の先だろう。
隊を組み、村の外れに差し掛かる。
そこは境界の粗末な柵と白い石が点在する墓地だった。
馬の足は止まらなかったが、内心、私は墓地から目が離せなかった。
墓に穴が開いている。
殆どの墓標の前が、掘り返され穴が黒々と開いているのだ。
男達は、墓の掘り返しに納得したようだ。
病で人が死んだので、近日埋葬した遺体も焼いたのではないか。
そして、村ごと、一時的に住処を放棄し、気候が穏やかになったら戻る気なのではないか。
「病の出た村の人間を他村の者が受け入れるでしょうか?」
私の疑問に、従者の一人が答えた。
「難民は全て、一時的に首都に集まる。そして、選別が行われ、大陸中に撒かれるんだ。だから、戦争難民に混じれば、少なくとも飢えはしない」
つまり、近隣の在所に身を寄せるより、一度国の世話になる者もいる。
そして、寒村に再び振り分けられるのもよくあること、なのだ。
「領主の人別にのっている住民なら問題だが、辺境の人別にものらないような人間の去就までは国も監督しない」
「いいかげんなんですね」
「そのくらいの緩さじゃなければ、こんなに長く殺しあいが続かんだろう?」
長期の戦争により、難民の循環はあたりまえの制度になっているようだ。
年齢性別、病の有無、そして能力などを、一律に数値化し、国土全体に人間を循環させる。
それは、難民を受け入れる代わりに、国の管理下に身を置く事になる。
奉仕義務というらしい。
つまり、難民として国の保護を求める場合、国の求めに応じた就業労苦を求められる。
ただ、奴隷契約とは異なり、就業にさいしては、教育や住居の保証は得られる。そして、身分もだ。
そういった難民、管理奉仕者は、一定の奉仕義務期間を過ぎれば、適正な領民権利を得られる。つまり、強制の労働から解放される。
強制労働からの解放は、この義務期間の終了が一つ。そして、管理奉仕者の健康上の理由からの引退が一つ。そして、一定の財産の国への返還が一つである。
故に、労働期間の短縮を求める場合は、財産の供出もある。
だから、家々の家財がいっさい残っていないのも、難民申請の時に供出する為ではないか。というのだ。
理屈により、不安が少し減った。
理屈の通らない不安というものが、今の私には厳しい。
力を抜いて馬に揺られる。
墓地を抜け、村の柵を横切り、薄暗い木々に馬首を向ける。
道は石畳ではなく、草の轍がある土の道だった。轍とはいえ、それほど馬車も通らないのか、踏み固められた細い道である。
このまま立ち消えない事を祈りながら、ゆっくりと進む。
すると、木々の中に白い物が見えた。
大きな物らしく、遠目にも木と木の間からうっすらと白く滲んで見えた。