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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
62/355

Act52 屋根裏の窓

 ACT52


 食事を終えると一行は見張りの順番を決めて、早々に休むことにした。

 私は明け方の頃にカーンと早めに起きる順番だ。

 この村に何があったのかは、こちらに影響がなければ良しとする事で決まった。

 一晩ぐらい過ごしたからといって、それが厄介な結果になるとは思えない。警戒を怠らずにいれば、対処できるだろう。というのが、彼らの考えだ。

 むしろ、自分たちの方が、厄介ごとである。

 ただ、眠れずにいる身としては、いろいろと考えてしまう。

 食料を一緒にみつけた従者は、村人達は帰るつもりだった、もしくは、そんなに村を離れるつもりがなかったから、備蓄材までは持ち出さなかったのでは、と、言う。


 だが、村の家々の中は、空だった。


 皿一枚残っていなかったと、見て回った者は言っている。

 家の傷み具合からして、それほど前ではない。

 ただ、カーン達にとっては、どうでもよさそうだった。

 彼らにしてみれば、廃村など、戦略地域にはゴロゴロしているらしい。

 井戸水が腐れたり、敵に根こそぎ殺戮されたり、単に村単位での夜逃げであったり。


 私は暖炉の炎を見ながら、毛布にくるまり考える。

 考えたとして答えはないのにだ。

 だが、考える。

 考えてしまう。

 以前と変わってしまった私の世界故にだ。

 ただ、こんなちっぽけな私が考えたところで、何が変わるわけでもない。


 すると、体が急にひりひりした。


 体、否、皮膚だ。

 瞬きして、毛布から手をゆっくりと引き出した。

 手首まで蔦が絡んでいる。

 群青色だ。

 入れ墨なのか、生きているのか、紋様はシュルリと手首を回る。

 浮遊感と共に、吐き気を伴う眠気に覆われた。







 私は、誰だ?

 私はオリヴィアという女だ。

 辺境の村に流れ着いた子供。

 親なしのオリヴィア。

 頭を撫でてくれたのは誰だ?

 私は、誰だ?

 草むらに倒れた子供。

 彼は逝き、その影から生え伸びた蔦。

 痛い。

 私は、誰だ?

 私は







 薄暗い部屋の中、一人で空を見ている。

 小さな三角の窓は、屋根裏部屋の灯り取りだ。

 ずっと姉様と一緒だったけど、今は一人になった。


 一人は寂しい。


 でも、泣いていると、青い男がくるから我慢する。

 青い男は、意地が悪い。

 いつも、悲しいことを言う。

 父様が死んだって。

 母様が裏切ったって。

 姉様が逃げ出したって。

 あの人の頭が狂ったって。


 嫌い。


 だから、アレに言うの。

 私を食べてって。

 今度は私を食べて、青い男をやっつけてちょうだいって。

 この間は、食べないって断られた。

 でも、叔父さんが、私を売るって言ってたから。もう一度お願いしようと思う。

 全部は食べきれないかもしれないから、目と心臓を食べてもらおう。

 そうすれば、きっとアレも勝てるはず。

 そうすれば、姉様もあの人も幸せになれるんだから。







 広場で、村の人が騒いでる。

 原因は自分たちなのに。

 あの人だけでも助けなきゃ。

 姉様は無事だろうか。

 私は隠れている。

 アレに食べてもらう為に。

 村人に見つかったら、無駄になる。

 乱暴されて売られるだけ。

 嘘つき、嘘つき

 青い男は、私を捜してる。

 早く、私を食べて







 薪の弾ける音で目が覚めた。


 ぼんやりとした視界に、自分の手が男の腕を掴んでいるのがわかった。

 腕の持ち主は身を起こした。


「どうした」


 怖い夢を見たんだ。

 とは、言わずに、そのままカーンと共に起き出した。


 今のは何だったんだ?


 そう思いながらも、自分の手首を見れば、答えがわかるような気がした。




 荷物を纏めて、村をでる。

 集会所は、もう一度板で塞いだ。

 火の始末も見届け、食料庫にも藁を乗せた。

 家々の間を抜け、迂回路に向かう。

 暗い窓が人の目のようだ。

 道は村の中を抜けて、来た道から反対、東へと続く。

 この道は大きく左に弧を描くようにして、本来の旧街道に繋がっている。

 地図上では、あの土砂の先だろう。

 隊を組み、村の外れに差し掛かる。

 そこは境界の粗末な柵と白い石が点在する墓地だった。

 馬の足は止まらなかったが、内心、私は墓地から目が離せなかった。


 墓に穴が開いている。


 殆どの墓標の前が、掘り返され穴が黒々と開いているのだ。

 男達は、墓の掘り返しに納得したようだ。

 病で人が死んだので、近日埋葬した遺体も焼いたのではないか。

 そして、村ごと、一時的に住処を放棄し、気候が穏やかになったら戻る気なのではないか。


「病の出た村の人間を他村の者が受け入れるでしょうか?」


 私の疑問に、従者の一人が答えた。


「難民は全て、一時的に首都に集まる。そして、選別が行われ、大陸中に撒かれるんだ。だから、戦争難民に混じれば、少なくとも飢えはしない」


 つまり、近隣の在所に身を寄せるより、一度国の世話になる者もいる。

 そして、寒村に再び振り分けられるのもよくあること、なのだ。


「領主の人別にのっている住民なら問題だが、辺境の人別にものらないような人間の去就までは国も監督しない」


「いいかげんなんですね」


「そのくらいの緩さじゃなければ、こんなに長く殺しあいが続かんだろう?」


 長期の戦争により、難民の循環はあたりまえの制度になっているようだ。

 年齢性別、病の有無、そして能力などを、一律に数値化し、国土全体に人間を循環させる。

 それは、難民を受け入れる代わりに、国の管理下に身を置く事になる。

 奉仕義務というらしい。

 つまり、難民として国の保護を求める場合、国の求めに応じた就業労苦を求められる。

 ただ、奴隷契約とは異なり、就業にさいしては、教育や住居の保証は得られる。そして、身分もだ。

 そういった難民、管理奉仕者は、一定の奉仕義務期間を過ぎれば、適正な領民権利を得られる。つまり、強制の労働から解放される。

 強制労働からの解放は、この義務期間の終了が一つ。そして、管理奉仕者の健康上の理由からの引退が一つ。そして、一定の財産の国への返還が一つである。

 故に、労働期間の短縮を求める場合は、財産の供出もある。

 だから、家々の家財がいっさい残っていないのも、難民申請の時に供出する為ではないか。というのだ。

 理屈により、不安が少し減った。

 理屈の通らない不安というものが、今の私には厳しい。


 力を抜いて馬に揺られる。

 墓地を抜け、村の柵を横切り、薄暗い木々に馬首を向ける。

 道は石畳ではなく、草の轍がある土の道だった。轍とはいえ、それほど馬車も通らないのか、踏み固められた細い道である。

 このまま立ち消えない事を祈りながら、ゆっくりと進む。

 すると、木々の中に白い物が見えた。

 大きな物らしく、遠目にも木と木の間からうっすらと白く滲んで見えた。



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