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冬の狼  作者: CANDY
欺瞞の章
61/355

Act51 廃村

 ACT51


 旧街道とは、広大な中央大陸を最初に網羅した石畳の道である。


 道を作り上げた労力は、国家といえる大国が作られる以前、混沌とした民族紛争時代の名残でもある。つまり、戦争をするために作られた道でもある。


 現在の中央大陸で一番の王国である王朝から、十数代前の話だ。

 それにしては、荒れているとはいえ道の体裁を残しているのだから、人間、戦となると命と欲を賭けて力を尽くすようだ。

 そんな事を考えながら、馬を走らせる。

 しかし、その道も今となっては本道を見誤ると迷子になる。

 枝葉の道は森に山に藪に川に潰えている。

 それも当たり前である。

 使われない道は、自然が戻る。


 たまたま残っている石を見つけては、東に進む。


 藪を突っ切っているのと大差ない。

 だが、雪にも泥にも足を取られず、簡単な田舎道よりも楽である。


 現在の公道は、首都に近ければ整備されているが、辺境地はただの開墾された土の道だ。

 雪と泥で進むのもままならない。


 そして、鷹の爺が言った通り、好天は数日だけで、気温は下がり続けている。


 この旧街道はどうやら、木々や地形によって極北の寒風から守られているらしく、比較的穏やかな道行きになっていた。


 寒くとも吹きさらしにはならなかったのだ。

 これは評価に値する。と、カーンは思っているようだ。

 人里からどんどん離れていくのを別にすればだが。



挿絵(By みてみん)

「迷ってはいないだろうが、このまま進んで、俺たちは遭難しないのか?」


 私が地図を片手に呆然としていると、カーンが笑いながら馬を寄せてきた。

 目の前には道ではなく、崖が広がっていた。


「間違いでは、なさそうですよ、カーン」


 同じく馬を寄せた男の仲間が、手を額に翳しながら言った。


「ほら、向こう側に道が続いている。地滑りかな、水と土砂が下にあるし。迂回路はあるのかな」


 手元の地図は、狩人用で細かな記号がついている。


「迂回するには手前の道を北に入ります。そうすれば、この亀裂を避けられるはずです」


「だが、少し遠いな。野営するにしても雨風をしのげる場所が欲しい」


 カーンの言葉に、馬首を寄せていた仲間が地図を指さした。


「これは、なんだね」


「たぶん、小さな集落ですね。現存するかどうかは」


「まぁ、辺鄙な場所の集落が消えているのはよくあるからねぇ」


 飢えや病、獣に盗賊と、辺境の山村が消滅する事は珍しくない。


「だが、村の跡地でもあれば休めるだろう。急ぐぞ」


 引き返しながら、私は振り返った。

 気になるのは、道の崩れが新しいことだった。


「どうした?」


 並ぶカーンに、私は頭を振った。


「巻き込まれないで良かったと」


「まぁ、そういう考えの方がいい。」


 何となく、この男の考え方と私の考え方は似ているような気がする。

 つい、先読みをしすぎてしまうというのだろうか。


「大丈夫だ、食料もある。この街道もおもったより道がしっかりしている。下を通るより距離も稼げている。厳しい寒さだが、逆に獣も少ない。だろ?」


 男にしては真っ当な慰めに、面食らう。

 私は素直に頷くと、もう一度振り返った。


 暗い景色に、何故か身震いした。



「あんまり振り返るな」



 奇妙なことに、傍らの男は私の手綱を持ち先を急がせた。


「御客人」


「大丈夫だ。前を向いてろ。それから、お客人はおかしいだろう。そうだな、ウルだ」


 何を言っているのか、という顔をしていたのだろう。頭巾の下で笑う気配がした。


「ウルリヒ・カーンだ。だから、ウルだ。家名やら何やらで、もっと長いんだがよ。お前とも中々つき合いが長くなったからな。ウルと呼んで良いぞ」


 そのように、愛称とやらを呼ぶ仲ではない。


「カーン様とお呼びします」


「お前なぁ‥まぁ良いけどよ」




 通り過ぎた間道に戻り北へと踏みいる。

 微かな上り坂が蛇行している。それも徐々に東に曲がり、落ち葉の下に少しだけ石畳が見える獣道へと変わった。

 今度も道が途絶えるかと、少し焦るが、若干の下りに道が変わると、街道の敷石に道が戻った。

 安堵のまま進む。

 時間は午後を少し過ぎたあたりだ。

 だが、暗くなる前に休める場所を準備しなければならない。

 騒々しい音をたてる一団は、馬二頭を並べて進む。

 先にカーンの仲間二人、次に私とカーン、仲間二人、荷物を運ぶ馬、従者二人の八人と十頭の道行きである。

 私は当然、従者二人の下で手伝いながら同道するのだと考えていた。

 しかし、彼らは私の手伝いを良しとせず、道案内以外を頼むことは無かった。

 さすがに煮炊きの手伝いはしたが、どちらかと言えば、子供の扱いであった。

 つまり、彼らから見ると、何かを頼むには頼りなく見えるらしい。

 だが、道案内に関しては、頼りにしてくれているようである。

 この扱いはありがたかった。

 女一人で男の集団に混じるのは流石に不安であった。

 だが、扱いが子供で、更にカーンが子供を餌食にしたり暴力を振るうような男ではなかったので、彼がいる限りは、普通の警戒だけですんだ。

 暴力的ではあるが、人殺しではあるが、その点だけは、何故か信頼している。

 私を身包みを剥いで売り飛ばす事は無いはずである。

 どれほどの悲惨な想像をしても、何故か、この男が、そんな小さな悪事を働く姿が想像できない。


 私が甘いだけかも知れないが。


 そんな無駄な事を考えているうちに、視界を埋める木々が開ける。

 道は、散在する木造の家々に続いていた。

 殊更ゆっくりと馬を進める。

 それまで、雑談をしていた男達も、剣に手を添えて無言で進む。

 うっすらと雪を被る家々は、放棄されて久しい雰囲気を出している。

 だが、廃村だとしても、廃れ方が少ない。

 つまり、不逞の輩が出入りしている可能性もある。

 遺棄されているだけならば、良いが、寝静まった後に賊に殺される末路は嫌である。


 廃村の中央、井戸がある場で馬をとめる。


 壊れた鎧戸、打ち付けられた羽目板。壊れた樽、閉まらない扉が何処かで風に煽られている。

 吹き抜ける風に、家々が軋む。


 不気味だ。


 二人一組で家々を見て回る。

 私とカーンは荷物番だ。

 荒廃してはいるが、遺棄されたのは夏頃だろうか。

 立ち枯れた鉢植えの花や、菜園ももの悲しい。

 家財は持ち出したのか、家の中は空だ。

 出入りしているのは穴熊や野生の小動物と虫だけのようだ。


 ただ、村全体で生活を遺棄するような出来事とは何だろうか?


 税を払えないような貧しさも、家の作りや雰囲気からは伺えない。

 病が原因かもしれないと、井戸の水は使わないことにした。



 村の奥、北に開けた場所がある。

 集会所かもしくは宗教的儀式の家だろうか。

 大陸の宗教は、支配者の国教以外に土着のものも数多ある。

 もちろん、堂々と名乗ることはない。

 こうした建物は国の教義の建物とは異なり、集会所などの体裁をしている。

 ちょっと変わった彫刻や色彩の建物である。


 空を見上げる。

 薄曇りの空に、鈍色の線が見えた。


「降りそうか?」


 私の仕草に、カーンがたずねた。


「多分」




 一行は、集会場を宿にすることにした。

 馬は山を背負った裏手に繋ぐ。

 薪が積まれた炊事場が裏にあった。

 建物は吹き抜けで仕切はなく、中央に屋根を支える柱が二本突き抜けていた。

 集落を見下ろすように扉があり、奥に向かって左右に窓が並んでいる。

 数脚の椅子が壁に寄せられており、突き当たり左が裏の炊事場へ、右側に暖炉が設えられている。

 暖炉は頑丈な煉瓦と鉄で組まれており、覗いた限り、煙突は塞がれていなかった。

 窓はすべて鎧戸がおり、釘が打ち付けてある。

 もちろん扉も塞がれていたが、簡単に開いた。

 否、簡単ではない。

 破壊活動に秀でている輩が、慣れた手つきで解体、当たり前のように押し入っているだけか。

 馬の世話を手伝い馬具を下ろす。馬達は自由になって嬉しい様子だ。裏手の山から流れる沢の水に口を付け、草を探している。

 馬の餌は、従者の一人が世話をするというので、私は溜まり始めた汚れ物の始末をする事にした。

 沢の水は炊事場に引き込まれている。生水を飲むのは躊躇われるが、透明で清らかな水に汚れ物を漬けた。

 私が一行の洗濯を始めると、従者二人は夜と朝の食事を作り始めた。

 カーン以外の男達は、建物と村の様子を更に検分するべく動いている。

 煤けた洗い桶と洗濯板を見つけた。側にあった石鹸は、酷い臭いで使うのが躊躇われる。

 村の石鹸も同じように、獲物からとった油で作られていたから、同じように臭かった。

 清潔にしても臭いが酷く、良い香りにするのに乾燥香草と煮出した事もある。

 もちろん、臭く柔らかい固まりの石鹸でも、使えるだけましである。

 どうせ、馬と男達の装備の臭いで、鼻は馬鹿になっている。

 皮膚病や伝染病にかかるよりは、清潔な方がずっといい。

 そう結論付けると、柔らかい固まりを汚れ物へ投げ込んだ。

 乱雑にかき回し、足で踏み、叩き、こする。足を洗い流して、桶の水を張り直す。体が冷えるより、重労働に息が切れる。

 八つ当たり気味に暴れる。

 もちろん、それだけ、一行の下着や下履きが汚かったのもある。

 絞り上げ、裏に干す。

 裏手の木々にこれ又、最近まで使っていた縄が張られていたのだ。

 つい、最近まで、ここで生活していた者がいる。冬に備え薪を積み、石炭を貯めていた。

 集会所裏の景色は、人が住んでいないことを不自然だと教えていた。

 そう、石鹸だとてそうだ。

 ひび割れ始めているが、柔らかみの残る臭い固まりは、本当に、つい二三日前まで、ここで使われていたように思える。


 だからといって、それを不穏に思うのは早計である。


 今の私が、何を見ても不安になるのは、そういう状況だからだ。


 と、思いたい。


 冷たい風に吹きさらされて、洗濯物が凍るように水分を飛ばす。

 夜には、何かに入れて、火の側で干そう。


 煮炊きは外の竈で行われているが、中の暖炉には早速火が入れられていた。

 鉄の棒が渡されている暖炉は、中で煮炊きもできるようだ。これも建物に残されていた深鍋に水を張って火にかけれている。

 貯蔵庫らしい地面に掘られた穴の蓋を開ける。

 私と、従者の一人がのぞき込んで、思わず顔を見合わせた。


 食料だ。


 それも、大量の保存の利く根野菜や、薫製にした魚や肉だ。

 扉は、別段隠されていたわけではない。

 つまり、誰かが未だにここで暮らしている。

 または、この食料を回収する前に、何かがあった。

 それとも、この食料が罠であるか。

 罠と考えるのは微妙か。

 この村に訪れる人間がいるとは、とうてい思えない。

 もし、罠を張るとしても、我々に向けてとは考えにくい。

 この村に立ち寄るのは偶然にすぎないのだから。


 考えをこね回しても、わからないものはわからない。どちらにしろ、今夜は、この場所で過ごすだけだ。



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