Act50 街道へ
ACT50
とても気持ちの良い目覚めだった。
寂しく美しい夢の後のようだ。
私は、地下に囚われていた村人の話をした。そして、私が何者かも問うた。
爺達の答えは、意味が無かった。
私は、森から来た子供であり、彼らは戦に行き死んだのであり、領主は戻らないのだ。
答えは、同じであり、知りたいことなどかけらも混じらない。
それが正しいのか真実なのか、生きていくのには関係がない。
それは、何の不思議でもなく、昔からこの地で繰り返されて来たことなのだ。
村から出て行ってくれ。
爺達は、そんな言葉の後に、泣きながら詫びた。
詫びる理由がわからない。
何もかもがわからない。
わからないのに、何故か、そういうものだと理解していた。
絶望は無かった。
落胆も無い。
あるのは、奇妙な好奇心だ。
私は何処へ流れていくのか。
供物の役目とは何なのか。
不思議と、悲しい寂しい気持ちと一緒に力がわいた。
すまないと詫びて、爺達は私の旅の支度をする。
気になるのは、家に残してきた弓だ。
こだわるのもおかしいが、唯一気がかりが弓だけとは。
弓は爺の孫にやろう。
私が、そう言うと、爺は勿体ないと返した。
孫の腕では、あの弓が可哀想だとブツブツ言っている。
じゃぁ爺にやると、言うと、こんな年寄りには勿体ない。
お前の弓は、お前の物だ。
爺は私の家に荷物を纏めに向かった。
本当は、雪が止んだらすぐにでも、私は出て行かなくてはならない。
考えるに、私は、汚れなのだ。
だから、村には入れない。
そして、早くこの土地と人から離れないと危険だ。
危険
私の頭が狂っているだけならいいのだが。
私の中の何かが、告げている。
逃げねば終わりだと。
簡単に死んではいけない。
私は、私の中にいる何かが蠢くのを感じる。
それは、醜くおぞましい物だが、とても私に近しいものらしい。
喜び勇んで、その危険を告げてくる。
私が死ぬ時、これが生まれるのだ。
これはよくないものだ。
供物の中に巣を作る何かの種だ。
よくないもの、と、同時にそれは力を帯びている。
私はゆっくりと瞬きをした。
急に、世界の彩りが深くなる。
小屋の梁の節目まで、鮮やかに見える。
これならば、新月の夜も真昼のよ
うに明るいのではないか。
くすくすと、私の中で何かが笑う。
私は、もう一度瞬きをする。
すると、疲れて眠る男の姿がうつる。
誰だったろう?
名前が思い出せない。
大きな男、珍しい瞳、人殺し
寝床から起きあがる。
あれから何日たった?
曖昧だが、十日は過ぎていないはずだ。
小屋の中には、男だけが寝ていた。
外から聞こえる声を辿ると、どうやら、彼らも帰還の準備が整ったようだ。
私は寝過ごしていたようだ。
弱った体を興し、布団を片づける。
その間に、ウルリヒ・カーンは目を覚ました。
大きな欠伸をし体を伸ばした。
まるで大きな動物がのびをしているようだ。
「おう、調子はどうだ。それを喰ったら出発だ」
顎をしゃくって示した先に、簡単な食事が置かれていた。
「もう、行かれるのですか?」
食事に手をつけながら問う。
彼らが出かけたら、私も出発だ。
この時期、北に向かうべきではない。が、目的地も無い。
何処に向かうべきか悩むところだ。
お湯で薄めた葡萄酒を飲みながら、私は思案した。
生まれてこのかた、外に出たことがない。
「旅のご無事をお祈りいたします」
よくある別れの挨拶である。
すると、男は片方の眉を上げた。
器用だ。
「何言ってんだお前、お前が道案内だろうが」
私は、両方の眉を上げた。
私が旧街道の道案内もかねて同行するらしい。
村から出たこともないのに、道案内も無い。まして、街に知り合いも親戚もない。
確かに、彼らに同行すれば安全に移動できるだろうが。
釈然としないながらも、食事を終え荷物を背負う。
外には物々しい一団と、私の荷物が括り付けられた村の馬がぽつんと立っていた。
爺達は、私の持ち物をできる限り纏めたようだ。馬も若い。
爺は手形と金銭をよこした。
地図と手紙も一緒に握らされる。
達者でという別れの挨拶以外、言葉は無かった。
あっけない別れだった。
小屋から北の山裾の道は一つだ。
曇り空だがまずまず天気だ。皆、距離を稼ごうと黙々と進む。
道案内が必要な場所はまだまだ先なのを良いことに、最後尾に馬をつける。
それから鞍に手綱をくくると、懐の手紙を開いた。
孫へ
村は、昔から生け贄の風習がある
悪習である
迷信であるなら絶てようが
お前も知ったであろう、
あの地にはいるのだ。
生け贄が家畜であるなら、
いくらでも、我らは、家畜を差し出す
だが、家族を差し出すのは躊躇われた
だから、村では、身よりのない子供を、育てるのだ。
醜い事である
生け贄の条件は、女であることのみ
ここ何十年と生け贄は求められなかった
それが救いである
そして、お前を引き取り年月が流れて
もう、今生では、そんなおぞましい事はおきない
と、思うようになっていた。
嘘だと詰ってくれていい
私も、皆も、お前が家族であると、村の仲間であると思っているのだ
だから、ここ数年の儀式の兆しは間違いだとしてきた
だが、結果は、どうだ
謝罪は傲慢に過ぎるだろう
なぜ、生け贄の儀式があるのか
その問いには、理を守るため不浄の神を癒すためなど、いくらでも世迷い言はいえる
だが、簡単に言えば、あの場所にいる獣の餌である
餌を与えて、命乞いをしただけだ
では、その生け贄が今生に戻された場合はどうなるのか
わからない
いままで、そんな事がなかったのだ
だが、考えられる答えはある
お前も私も、森の獣をたくさん見てきた
獣が一度捕らえた獲物を放逐するのはどういった場合であるのか?
心ならずも、お前を生け贄にしてしまった
これもいいわけである
村から街へ出せばよかったのだ
村の中だけ
御領主も私も結局、お前を犠牲にしていた
だが、お前を迎え入れた時、村の風習として育てたすべてが、我々の醜い思いだけではないと、言い訳させて欲しい
恨んでくれて良い
憎んで忘れてくれて良い
ただ、どうか逃げ延びてくれ
我々も、祈り備えて暮らす
獣に捕まらぬように
どうか生きていて欲しい
身を寄せる先は誰にも教えてはいけない
同道する彼らにも痕跡を辿らせるな
夜は出歩かず、
できるだけ遠くに行くんだよ
人に紛れるのがいい
たくさんの人の中に隠れるのだ
思いつく事があまりないが、あれは陽のあたる場では弱る
夜は火を炊き雨をよけ、それでも暗い場所に赴かねばならないときは、武器を持って警戒するんだよ。
お前と狩りに出かけられないのが寂しいと今更皆で嘆いている。
お前が男だったならと、何度も思う
身勝手なことだ
最後に、婆さんが怒っていた。
案内しろといったが、冥土まで行けとは言っていない。だそうだ。
自分勝手なのは元々だが、私を殴って大泣きしている。
お前に告げるのは、どうかと思おうが。
穴での儀式で、生け贄を捧げる兆しの印がある。お前の体にでた蔓薔薇の紋様だ。
その紋様があの儀式台に燃やされた供物の灰に浮かぶのだが、ここ数年、それに近い形が幾度も浮かんだ。
私たちは、確証もえられず、無闇にお前を苛みたくなかった。いや、自分達が苦しみたくなかった故に、認めなかった。
あの場所から出た時に、我々は供物台の灰が形になっているのをみた。
受け取った印、開花したような形だ。
その灰が残る限り、生け贄を必要としない印だ。
私達は、御領主が勤めを果たされたのだと思った。お前も死んだのだと思った。
だから、お前が、あの男と現れた時、あの灰の形の意
味が恐ろしくなった。
生け贄はいらない。
もう、生け贄はいらないのだ。
喜ばしいと思えばいいのだが、その意味を考えずにはいられない。
ただ、これまで以上に慎重に振る舞わなければならない。
オリビア、何かに縋りたくなるのが人であるが、どうか、慎重に行動するんだ。
偽った私達が言うべきではないが、どうか身を大事にして欲しい。
祖父より
「おう、分かれ道だ、どっちに行けばいいんだ?」
私は手紙を懐にしまった。




