幕間 吹雪の夜
[吹雪の夜]
保存食にしては量も質も良かった。
美食とは縁がないが、不味いより旨いものが良いのは当然だ。
頭領は娘に薬湯を含ませている。
未だ意識はなく、少しずつ含ませては寝かせている。
寝かせた後、蟀谷の入れ墨を指で撫でる。
薪の燃え朽ちる音に微かな囁き。
指で入れ墨を撫でながら、頭領は何かを呟き続けている。
方言なのか、大陸の共通語では無いらしく、さっぱり分からない。
只、涙を溜めて娘を撫でる姿から、体を癒す言葉に思える。
もしくは、詫びか。
何気なく、その姿を眺める。
他に見る物もない。
雑魚寝する仲間も、馬も、煤けた天井の梁も、眺め続ける程の物でもない。
娘の顔の入れ墨は、芸術を理解しない身にも美しかった。
花のように、蔓のように、白い小さな顔を縁取っている。
頭を打ったのか、それとも見えない傷でもあるのか、娘は目覚めない。
落ちて生き残ったのは、自分と娘だけ。
落ちて
おちて
一際、激しく吹雪が戸を打った。
粗方、仲間と今後の予定を話し合い、吹雪明けに帰路へ着こうと結論を出していた。
凍え死ぬより、確実に首を持ち帰るのが最善である。
囂々と吹雪く外とは別に、室内は暖かく静かである。
皆、疲れて眠り、頭領と自分以外は、馬達も目を閉じていた。
「一つ、お伺いをしてもよろしいか」
首級の袋を見つつ、頭領の年寄りが聞いてきた。
「御領主様方は、罪に問われますか?」
同じ言葉を娘に聞かれた覚えがある。
「早めに、領主交代の届けを出すことだ。直系の跡継ぎはいるのか?」
「はい、甥子もおりますれば、問題はないと」
「では、見聞きした事を忘れることだ、人間、余計なことは黙っているのが得策だ」
暖炉の炎だけに照らされて、対する年寄りの顔は陰になる。
何か言いたいこと、問いたいことがあるらしい。
彼らにしてみれば領主を失い、客として迎え入れた者が死んだのである。事は大きく、何がどう彼ら自身の身に降りかかるかわからない。
自分の身分は告げている。
これは国の事であり、秘事である。
村一つ、辺境伯一族を一つ、抹殺しても良いのだ。
だが、秘事に関わったからこそ、生かすこともある。
人は、後ろめたい事の一つや二つなければ、裏切る。
自分が正しいと信じている者こそ、裏切るのだ。新しい者を入れるより、今ある者を使う。多分、ではあるが、我らの主はそう判断する。
それに、一々、人の首を狩る度に何処の村を焼いていては、税を納める人間がいなくなる。
簡単に言えば、面倒であり、人の口を閉ざす程の秘事ではない。
現王族の内部分裂は今に始まったことではない。
そして、血族内での闘争は常にある。
当たり前の事を、真実を、誰がどう言おうと、強い者が生き残るだけの事なのだ。
例え蛮族を引き入れようと画策をした上に、殺戮者の狂人を信仰するような男が、王家の血族であった事実など。
死人に口なしである。
ホントウニ?