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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
57/355

幕間 山小屋にて

[山小屋にて]


 彼らの話は簡潔であった。

 案内し、崩落から逃れた。

 領主は、高貴な客人と共に事故で死んだ。

 年老いた狩人達は、静かに語った。


 下々には、高貴な者の考えは測りがたい。罪人が逃れる先に選ばれた場所の意味も分からない。


 そも我らのような者が推し量る事に意味があろうか?


 確かに、関係はない。

 そして、彼らは賢く、何も知ろうとはせず、黙々と冬の朝を歩く。

 娘を馬に乗せようとすると、年寄りの一人、頑健そうな男が背負うと申し出た。

 だが、いかに頑健そうでも、意識のない娘を背負うには頼りない。

 馬に乗せるというと、五対の目がじっと自分を見つめた。

 その眼差しに感情は見えない。

 只、じっと何かを見つけようとする目つきだ。


 何だ?


 と、問うと年寄り達は、頭を振った。

 はらはらと重みのある雪が降っている。

 朝焼けの空は色を付けていたが、先導する年寄りが言うには、昼前から荒れるそうだ。

 このまま沼地を含む森に入るのは難儀であると、北の山にある小屋に一時向かう事になった。

 小屋は山裾にあり、凍えて飢える事のないように備えがあるそうだ。


 二刻ほど、無言で進む。

 凍てついた大気と白と灰色の景色。

 それでも陽が上ったのか、ぼんやりと明るい。

 風も緩く、山に向かう細い道にでると、馬の歩みも軽くなった。

 振り返ると黒々とした岩の壁も遠い。

 転じた視線の先は、荒ぶる空に稲妻が走る北の山脈。

 街道に戻るには大回りだ。

 それでも、老練な狩人の読みは正確で、西から厭な色の雲が沸いている。

 山裾の小屋にたどり着くことが先決と、男達の歩みは早くなる。

 馬で駆けたいところだが、それもままならない。

 雪の下は脆い石と岩の層が連なり、底なし沼とは又別の危うい地形のようだ。

 年寄り達は、第三の目でもあるかのように、某かを避けて進む。

 白い雪で美しい化粧を施された大地は、女と同じく中身は偽りで満たされている。


 娘の顔色が悪い。体温が下がりすぎたようだ。


 毛布にくるみ馬上に乗せていたが、再び背負う事にした。

 最初のやりとりを繰り返し、最後に面倒になって自分で背負う。

 外套を赤ん坊を背負う母親のように巻き付けて、娘を革帯で括る。

 外套の上から更に毛布を被る。

 皮肉屋の従者が呆れたように、眉を上げ下げした。

 こちらも、眉を上げてみせると、仕事が一段落付いた気安さからか、部下達が小さく笑った。

 こんな姿を、部隊の仲間が見たら、さぞ、馬鹿にするだろう。

 滅多にみれない珍事だ。

 特に塵掃除を拝命する人間の集団が、村の娘を背負って雪道の行軍だ。

 街中を歩けば、女子供は隠れ破落戸は逃げ出す紅蓮の兵隊。

 それが、何の因果か子守姿で雪をかき分けている。

 だが、奇妙な事に、人に任せてはいけない気がするのだ。

 まるで、誰かに見られているかのように。


 誰かが見ている。


 そんな違和感が拭えない。

 見回したところで、白い地平に獣の群が見えるだけだが。




 山小屋に着くと、程なく猛烈な吹雪になった。

 薪と炭は十分にあった。

 火をおこし、小屋の土間に馬達を入れる。

 小屋と言うが、馬を入れる場所も広く水回りも備わっていた。

 一見すると、大きな農家の作りで、牛や馬と一緒に冬を越せるようになっていた。

 年寄り達は、備蓄されていた薪と、飼い葉を運び込む。

 彼らが火を起こす間に、馬具と装備を下ろし、自分達も装備を解いた。

 暖炉に火が入り、竈にも鍋が置かれる。

 室内の温度が上がるのをまって娘をおろした。

 山小屋は寝泊まりできる部屋が、贅沢にも三部屋あった。

 三部屋といっても暖炉を囲み、家畜も暖かくなるように仕切はなかった。

 その一つから寝具を取り出して、娘を横たえる。

 すると、年寄りの一人が、声を殺して泣き出した。

 他の年寄りも、泣きたいのだろう、娘の頭を撫でると俯いた。

 それに頭領の狩人が、食事の支度と皆が休めるようにするよう指示を出した。

 年寄り達は、それぞれに動き出した。

 娘は眠ったままだが、先ほどよりは顔色が戻っている。



「カーン、小僧の顔はどうしたんだ?」



 暖炉の前に装備を落とした部下達が、地図を広げ今後の日程を詰めていた。

 狩人達と自分の話で、おおよその経緯は伝わっている。



「知らん、元からあったんじゃないか?」



 自分の答えに、彼らは顔を見合わせた。



「俺も頭巾の下までしっかりと見たわけじゃない。このあたりの風習じゃないのか」



「目が覚めないようだが、どこか打っているのか?」



「崩落の衝撃で気を失って、担いできたが、医者じゃねぇから知らん」




 思い出せないのか?




「カーン、どうした?」


 疲れたのだろうか、意識が少しそれたようだ。



「否、なんでもねぇ」



 水の膜を通したように自分の声が遠くで聞こえる。



「よう、爺さん、この吹雪はどのくらい続くんだ?」



 食事の支度を仕切、細々と動いていた頭領が答えた。


「三日、そのぐらいでしょう」


 その視線には不快な感情が確かにあった。

 見慣れたそれに笑い返すと、更に憎々しげに此方を見返した。


「もうすぐ、粗末なものですが食事ができあがります」


 それまでお休みなされ


 その口調は穏やかだが、眠りにつけば首を掻き斬り、食事にも毒を混ぜそうな様子だ。

 奇妙なことに、そんな刺々しい雰囲気に安堵する。

 暖炉に薪と小枝を放り込むと、火花が散っては消えた。



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