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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
54/355

幕間 精霊の娘

[精霊の娘]



 娘は目覚めない。



 息はあるが、一度自分が殺している。


 馬鹿な言い回しに、口元がひきつった。

 切りつけた場所を探ると、ナリスが砕けていた。

 その他は衣服にも傷はない。

 砕けたナリスは、只の破片になったようだ。


 これを寄越した男は、何と言うだろうか。


 ボルネフェルトを追うことになって、まず最初にこれを寄越した。

 あの男に娘を見せれば、何事かわかるだろうか。

 破片を革の物入れに押し込む。

 捨てると後が面倒だ。


 娘の外傷を探る。


 剣を叩き込んだ胸は何ら変わりは無い。

 手足も欠損がない。息も鼓動も正常だ。

 本来なら衣服の下も探るのだが、娘とわかってはこれ以上何もできない。

 もちろん、大けがをしているのなら、話は別だ。

 だが、様子を見た限り、殺した痕は無かった。

 言い回しに再び唇がひきつった。

 血の痕も無い。

 出血していれば匂いでわかる。



 とても、静かだ。



 娘が目覚めねば、再び出口を探して彷徨う事になる。



 この入れ墨は何だろうか。



 手で触れると、本来の入れ墨のような体温の違いは無かった。

 化粧のように、綺麗な線が描かれている。草花のような蔦のような。

 小さな顔を囲み、陶器の芸術のように見えた。

 だが、これが辺境の蛮族ならいざ知らず、若い娘の顔にあるのだ。



 ここまで考えて、己が馬鹿であることを再確認する。



 事は美醜の問題ではない。

 これが体に何をもたらすかだ。

 この奇っ怪な場所で、あの狂人、らしき者の手にあった本が元だ。

 意味が不明である上に、どう考えても、よくない話だ。




 森の民。

 森の民とは何であったか。




 叔父と遠征に行った時に、何か聞いた覚えがある。

 密林の中で泥に腰まで浸かった行軍中だったろうか。

 森の民という言葉ではなかった。

 森の子。

 案内を頼んだ、肌の黒い者をそう呼んでいた。

 ほっそりとした容姿で泥水も難なく歩く。

 真っ黒い瞳をした彼は、森の神と契約していると自慢げに話す。

 だから、森の道はすべて知っているし、獣は彼らを恐れる。



 森の子。否、森の精霊だ。



 草臥れ果てた泥の行軍に、暇つぶしの会話。

 確か、本物の精霊の見分け方を講釈していた。

 つまり、あの案内人は精霊では無い。単に、森の精霊と同じくらい腕が良いと言う話だ。

 確か、精霊は美しい髪と目の色をしていて、男女ともそれは容姿に優れている。

 お伽噺や法螺話のお約束である。

 彼らは時として、人を惑わせ、人を欺き、そして、人を救うのだとか。

 精霊に気に入られれば、幸運が訪れ、怒らせれば不運にとりつかれる。

 まして、精霊を殺せば、ありとあらゆる天罰が下る。

 さしずめ、この娘に刃を突き立てた自分は、天罰を受けて黒こげになるだろう。


 そういえば、と、思い出した事がある。


 獣人に獣面という、肉体の特徴があるように、精霊にも特徴があると、あの案内人は言っていた。

 叔父も立派な獣面で、まるで肉食獣そのものを人間の形にしたような先祖返りだ。

 だからだろう、精霊を見分ける事細かな法螺話が続いた。

 美しい容姿は様々な色相であるが、一つだけ共通の特徴がある。


 耳だ。


 獣面の獣のような耳とは違うらしい。

 そういえば、この娘は厚い外套に付いて

 いる毛皮の頭巾を被っている。

 それを脱がすと、兎の毛皮のようなふんわりとした耳当てをつけていた。

 何気なく、それを外してみる。


 耳にも入れ墨が入っていた。

 耳飾りのように左右対称に描かれている。

 綺麗な飴色の髪は長く、耳は人より長く尖っていた。




 静かに耳当てと頭巾を戻す。

 それから娘を背負うと革帯を巻き付けた。



 石の町は静かだ。



 静かすぎて、気が狂いそうだ。



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