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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
52/355

Act49 再現

 ACT49


 目の前に、あの広場があった。


 それだけではない。

 死霊術師がいた。

 私は中央の台座から一番右端の祭壇に横たわっていた。

 そして、他の祭壇にもそれぞれ人が横たわっている。

 私は体が動かず、状況を把握しようと目だけを動かした。

 祭壇には私を含め、三人の女が横たわっていた。

 場違いな花嫁の衣装を着ている。

 私もどうやら、花嫁の衣装を付けている。そして、薄い面紗が顔にかかっているので、何者かはわからない。


 時を巻き戻したかのようだ。


 だが、あの崩落前とは様子が違っていた。

 そう、一番は死霊術師が。

 あの男は、覚えている限り空虚な微笑みしか無かった。

 無表情より何も語らない虚ろ。

 それがどうだ。

 童のように笑っている。

 きらきらと輝く瞳は、無邪気で以前に見た物よりも数段恐ろしく見えた。

 これが還元された結果なのだろうか?




「物語の英雄には試練がつきものだよね」



楽しそうに頁を捲る。




 「それに英雄は必ず最後に死ぬんだ、仲間に裏切られてね

 それに人間なんて滅んでしまった方が、この世界は美しく保たれる。…かも知れないだろ?」


 そう言って死霊術師は笑った。

  その仕草を見て、これがグリモアに喰われた子供であることにようやく気がついた。



 子供なのだ。



 知っている?

 理は小さな天秤なんだ。

 だから、等価値の物を乗せなければならない。

 主の供物は、人間への警告なんだ。

 だから、供物を得た人間は、好む好まざるに関わらず苦行が与えられる。




 さて、首を持って帰れるかな?




「見つけたぞ、国賊が」


 カーンの言葉に、死霊術師は軽く肩を竦めた。


「国に嘘でも恭順してない野蛮人に言われたくないね」


「こっちも狂人の戯言につき合う気はない。死んで償え」


 それに死霊術師は首を傾げた。


 死んで償う。


 その首で購えるほどの軽い罪であるのか。それとも、死という事象があまりにも無駄であるためか、その表情は不可解と告げていた。


「飼い主に首を刈って来いと言われた狗は、骨を銜えて戻らないと叱られるのかい」


 剣を抜き放つ音がした。


 私の視界には、死霊術師の長衣が見えるだけだ。

 だが、男の体から沢山の囁きが聞こえた。

 紅い文字と囁き。

 呪文だ。

 だが、あの禍禍しい気配は無かった。

 紅い紋様は描かれたが、生臭い血風は生まれない。

 美しいといって差し支えない、紅い言葉の帯が術師の体を包む。


 すると、花嫁達の胸が動いた。

 深々と息を吸い込んだのだ。

 私も同じく、この場所に満ちるものを吸い込んだ。

 すると、私の頭部と首は辛うじて動くようになった。


 カーンは、剣を握っている。

 クルリと手首を返して斬撃をいつでも繰り出せるように構えていた。


 そもそも、これは何なのだろう。


 カーンは討伐対象を求めて宮に残った。

 主は、その選択を楽しむ。

 ナリスの言葉も死霊術師の言葉も、曖昧で嘘に聞こえた。


 誰が勝つ?


 誰も勝たない。

 カーンが首を手に入れても、それはボルネフェルトと呼ばれた者ではない。

 だが、カーンにすれば同じなのか?

 この死霊術師は、宮の主に命じられ試練としてここにいる。


 何の試練だ?

 カーンが殺すのが試練か?

 カーンが殺されるのが試練か?


 違う。


 違う筈だ、異形は嘘つきだ。

 考えねば、あっという間に、カーンはこの宮を彷徨く怪異になる。

 否、そもそも、私とカーンは赤の他人。

 この男を現世に戻す意味は、村の存続を願うためだ。


 カーンが異形になったらどうなる?


 この宮に沢山の人間が来るかも知れない。

 それは、ここの理を乱す。

 秤は小さいと術師は言った。

 沢山の人間がここで果てると、どうなる?

 宮の主の言葉が思い出せない。



 リン



 朱色の円環が広場に広がる。

 そして、同じく緑や黄色が散り、明滅を繰り返した。

 その魔術の円に踏み込んだカーンの体に見えない刃が通り過ぎる。

 それを幾度も剣者の感で弾く。

 少しずつ二人の間は狭まっていく。



 リン



 足下から術師の呼びかけに答えて、奇妙な姿が現れた。

 するりと、その身をカーンの前に晒す。

 剣は、その化け物と噛み合った。

 虫の頭部に人の体。

 嘗ての都の住人だ。

 彫像と異なるのは、変わった防具と手が四本ある事だろうか。

 それぞれに、研ぎ澄まされた曲刀を構えている。

 滑らかな動きで、その刀が素早く動き始めた。

 恐ろしい組み討ちだ。

 躊躇いのない刃は、人間を粉微塵にするべく迅速に動く。

 目に見えるのは、火花と色とりどりの呪文の帯だ。

 死霊術師は、楽しそうにカーンと化け物の剣戟を見ている。


「まだ、余裕だね。じゃぁもう少し満足いただけるようにしようか」


 今度も、するりするりと足下から化け物が出てくる。

 同じく四本手の虫頭だ。

 押される。

 カーンは盾を巧みに使い、移動しながら相手をしている。

 だが、相対している数よりも攻撃の手数が多かった。




 カーンが殺されてはいけない。




 それだけは、わかる。



(グリモアの主はだれだ?)




  思い浮かんだ事に安堵する。




  何のことはない。

  闇に踏み出した時とおなじだ。



 全てを捧げよと宮の主は、言うのだ。



 ガツンっと音がして、一体をカーンは倒した。

 相変わらずの手並みで、その首を中空へ飛ばす。

 すると、きらきらと光って化け物は消えた。

 均衡が崩れるとその攻勢は逆転し、あっという間にカーンが場を制した。


「さすがだね、南領の軍団は王国一だ。鬼将軍の部下だけあるね」


 気楽な口調で言いながら、術師は頁を繰る。


「では、私の花嫁から贈り物があるそうだ」


 横たわる身から、力が吸い上げられる。

 もやもやとした白い霧がわき上がると、カーンの前に形をなす。

 白い霧は、人の形になった。

 黒い髪の美しい女だ。

 薄物を纏った女の怪異。

 美しい角と翼、尖った爪に紅い瞳。

 昔話の夜魔に見える。

 可愛らしい笑い声がこぼれる口元から真っ白な牙が見えた。

 伸ばされた剣を難なく潜り抜けると、カーンの胸に片手をついた。

 ガクリとカーンの動きが止まる。

 振り上げた腕のまま、彼の目が見開かれた。



「楽しい夢を見ながら、死ね」



 死霊術師は頁を繰る。

 身の内から、力が抜けていく。

 あの夜魔が私達から力を抜いて動いているのか。

 すると、身を縛られていたカーンが短い気合いを吐いた。

 振り上げていた剣を振り下ろす。

 夜魔は両断された。

 だが、黒い幾万の蠅の姿になり、再び同じ姿に戻ると両手で男の首を絞めた。

 これに再び身を縛られて、初めてカーンの口から苦痛の呻きが漏れた。

 白い靄が私と他の二人から流れる。

 その度に力が抜け、心からも何かが崩れるような感じがした。

 カーンは幾度も夜魔に抵抗し切りつける。すると、私達から何かを吸い上げ再び襲いかかるのだ。

 目を凝らすと、私の胸の上に小さな円が浮いている。

 色は黒より少し薄い藍色の円だ。

 それは三重になり、一番外側が右回りをし一番内側が左回りをしていた。

 その円がそれぞれに回る度に、真ん中の円が明滅する。

 明滅すると私から白い靄を吸い上げていく。

 吸い上げられると、力が抜け、全てが遠くなるような気がした。

 心が萎えていく。




 それはいけないことだ。

 何故、何がいけないのか、だんだんわからなくなったが、悲しいような気持ちがした。

 私は悲しい。



 リン



 リンリンリンリン



 鈴の音がして、

 誰かの咆哮が聞こえた。



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