Act45 さようなら
ACT45
碧い色の道を選ぶ。
すると、化け物にも人にも遭遇しない。
奇妙な色は中空で踊りながら、私に道を示す。
よくよく眼を凝らすと、小さな人型が踊っている。
この宮には、沢山の色が踊っている。
浸食が進んでいるのか、私の視界には沢山の色が飛び回っている。
寂しい場所のはずなのに、とても賑やかだ。
もしかしたら、ここの住人は何時もこんな色の中に暮らしていたのかも知れい。だから、陽の光りもいらないし、石の都で十分だったのかも知れない。
あれから、カーンは静かに私の後ろを付いてくる。
周りを警戒しながら、努めて気楽にしている。
たぶん、私を疑っている。
そして、彼も宮の呪いにかかり始めている。
他の人間は、恐怖故か疑心に取り付かれたようだ。カーンもおかしくなるのだろうか。この男の戦闘能力を思えば、私は一瞬で骸だ。
だが、骸になる事ができるのか、供物の私がどうなるのか、今は分からない。
私自身が呪われ浸食を受けたら、もう、何も分からない。分からなくなりたい。
だから、早く、この男を宮から出さねばならない。
その結果が正しいかは別にして。
果てのない迷路に見えたが、碧の道を選ぶと終わりが見えた。
壁が見える。
どうやら人の眼を欺く何かが、ここには満ちているようだ。
色で言うなら、黄色と赤色が遊んでいる。
そういえば、死霊術師の円環の陣も赤かった。
そう考えると、この色には力が流れているのかも知れない。文字ではなく人型だが。
通路の道幅も終わりにあわせたのか広くなり、先が見通せた。
壁に大きな石の門があり、手前が広場になっている。
整えられた石畳を下に、精緻な紋様が刻まれた巨大な門だ。
二枚扉も石なのか、表面の彫刻は磨き立てられている。
私は足を止めた。
確かに色は碧だ。
だが、もう一つ門に色がかぶっている。
紫だ。
転移する陣の色と同じである。
厭な感じだ。
「どうした、坊主」
問われても、分からない。
私は、その広場に眼を凝らした。
敷石の一つ一つに色が付いていた。
だが、どれも碧を含んでいて間違いには見えない。
「御客人、まずは、私が先に行きますので」
「何言ってんだ、化け物が出てきたら、お前は喰われるだろうが。それにあれが出口なんだろう?」
分からない。
あれが罠だったら、一つの答えがある。
この男が望む場所に繋がっているのだ。
言えば、この男は逃げ道など見向きもしないで、獲物のところへ走り出す。
そうなると、この男が助からないだけでなく、爺達も助からない。
私は素早く考えを巡らせる。
たぶん、私が先に逃げ出すのを、何かするのをこの男は警戒しているのだ。
その時、なんとかこの男を言いくるめようとしていた。
だが、何を言っても伝わらないのだとも分かっていた。だから、同じ思いだろう誰かと同じ事をした。
私は睨んでくる男に、微笑んだ。
それは多分、ぎこちなくひきつっていたことだろう。
私はそれを首から外すと、男の握り込まれた手にねじ込んだ。
「どうか、私の家族にお慈悲をお願いいたします。血塗れの騎士よ。」
鉄手袋の指が開く。乗せられた小さな鈴がリンと鳴った。
「魔除けです。ナリスは私が、それを貴方が持っていてください。無事に帰れますよ」
カーンが口を開く。
だが、子供の事と油断があったのか、手をのばす事はなかった。 だから、言葉を交わすのを避け、逃げた。
広場へ門へ駆け出した。
逃げ足は早いのだ。
背後で男が何かを言ったが聞こえない。
石畳を踏む度に、様々な色が踊り出す。予想通り、ただの終着点ではなさそうだ。
一踏みするごとに何かがわき上がる。
私の周りを色が渦を巻いた。
すると、見上げる石の門が輝きだした。
生き生きとした輝きだ。
天にも通じるような輝きだ。
そして、無数の亡霊がその門の内で泣き叫んでいる。
私は、扉に手をかけた。
私の力では開かないだろう巨大な石は、音もたてずに隙間を開けた。
光りを放つ門の中は、思った通り闇だった。
私が向かう、闇だ。
静かな闇に異形がいた。
私を見ると、仮面の異形が頷いた。
どうやら、正解だったらしい。
私が戻れば一人助かる。
私が一人を助ければ、爺達が助かる。
振り返ると、広場に吹き荒れる色の嵐にカーンが体を動かせずにいた。
私を凝視している。
逃げ出すように見えるのだろうか。
私は片手を上げると、振った。
さようなら。
鈴を渡した時に彼も、あの死霊術師も思ったのかも知れない。
さようなら、私のかわりに生きてあがけと。
「供物になるよ。だから、あの男は帰る」
すると、異形達が私を囲んだ。
こわくない。
寂しいだけだ。