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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act44 百眼

 ACT44


 私は懐からナリスを出した。

 それを、目の前の男に差し出す。


「御客人、返しておきますよ。使うときに渡してください」


「嫌だね、本当はよ、持ってるのも嫌なんだ」


 仕方なく、代わりに残っていた干し肉を渡す。余程腹が減っていたのか、男は嬉しそうに口にくわえた。


 あの暗闇はない。


 私達は石壁の迷路にいた。

 カーンと他の人間は石壁が続く迷路に落とされたらしい。

 石壁と天井には隙間があり、壁をよじ登って確認したところ、終わりが見えない程の広がりがあるそうだ。

 そして、仮面の異形が人間達に告げたそうだ。

 迷路を踏破すれば地上に帰れると。

 もしくは、供物を捧げれば生き残れると。

 カーンは壁を上り進むつもりだった。だが、壁を上ると風が吹くのだそうだ。

 それも人間を両断する突風だ。

 それに幾人か始末された。

 仕方なく、迷路に足を踏み入れた。だが、それも次々と奇妙な生き物に阻まれた。

 元が騎士やそれに連なる者だが、見たこともない化け物に次々と喰われたそうだ。

 やがて、疲れた彼らは供物とは何だという疑問に行き着いたそうだ。

 すると、誰かが言い出した。


 つまり、我々の中から誰かを人柱にすれば助かるのではないかと。


 言い出したのは誰だろうか。


「それからは、もう、大変な騒ぎだ」


 渡した水筒で喉を湿らせると、カーンはグスグスと笑った。


「あぁ、日頃の奴らを知っているからな。ご立派な人間の無様な姿は、なかなかに見応えがあったんだよ」


 そのカーンは単独で迷路を抜けようと歩き続けていた。他の人間は、男が歩いた後を付けてきたようだ。

 だが、彼らは段々と蝕まれた。


 宮の呪いだ。


 カーンには言わなかったが、彼らは段々と頭の中が蝕まれたのだ。きっと、お互いが信じられなくなって、極端な思考になっていったのだ。

 そして、カーンにまで刃を向けた。

 勝てるはずもないのに。

 男に蹴散らされた残りの人間は散り散りに逃げ出した。

 そんな時、私が現れたのだ。

 カーンは驚いたようだが、剣は向けなかった。

 私がナリスを持っていたからだ。

 それで、今まで無事であったと勘違いしているのだ。


 傍らの男を見上げる。

 浸食され宮の呪いに蝕まれる。

 カーンは、他の者より後に宮に入った。だから、まだ魔の浸食は見えない。だが、人を殺した。

 傍らには、あの首の袋がある。

 宮の呪いがこの男にもかかっている。この宮で犯した罪は、男を外に出すことを拒むだろう。

 これが私が供物となる理由だ。

 私が、この男を宮に招き入れた。知らぬとは言え番人の言う理を乱したのだ。


「ここは妙な場所だよな」


 今更の言葉である。


「腹が減るから時間は流れているんだろうが、ここで百年経ったと言われても信じるぐらいに、おかしい」


 この石の迷路はナリスもお手上げなのか沈黙している。

 時々、醜い姿の化け物を見かける。だが、それに知性があるのかも定かではない。そして、どうやって生きているのかもだ。

 醜い姿。

 その中でも頻繁に遭遇する物がある。

 不定形の蛙の卵のような固まりで、人間を見つけると這い寄ってくる。

 全身目玉みたいだ。

 黄緑と血色が混じった固まりは人間を溶かして喰うのか、飛びかかってこようとする。

 それをカーンは剣を鞘に納めたまま抉る。

 中心に固まりがあり、それを潰すと溶けるのだ。

 害虫退治だ、とはカーンの言だ。

 小山のような化け物は、全身が目なだけあり素早い。全身が目でもあるし、全身が口でもある、取り付かれたら溶かされる。

 中心の固まりを潰す事を知らなければ、あっという間に飲み込まれているだろう。

 どうして中心を潰す事を思いついたのか?

 単純に、叩いていたら死んだ。だ、そうだ。


「御客人、一つ、聞いてもいいだろうか」


 未だに肉を噛みながら、カーンは眉を上げた。

 白い瞳が見下ろしてくる。


「もし、戻れたなら、我らの事をどうされる?」


「どうとは何だ?」


「このような異形の地があると御客人は中央の方々に告げるのでしょう。我々は咎められるのでしょうか」


 ゆっくりとした瞬きの後、男は肉を飲み込んだ。


「黙っていた事にか?辺境伯の領地には化け物がいると?どこの領地にも獣はいるし、犯罪者もいる。中央が心配するのは、それが武力や財力を蓄えているか、思考や宗教はどうなっているかだ。加えて言えば、上納金はちゃんと払えるのか?だけだ」


「領主の客が死にました」


「客ねぇ」


 傍らの首級に男はせせら笑った。


「問題は、俺が未だに首を一つしか持っていないことだ。辺境の村の人間の内緒話なんてのはどうでもいい」


「どうでもいいのですか」


 それにもう少し肉を寄越せと、男は手を出した。

 背嚢から少し辛い肉を引っ張り出しながら、この男もずいぶんと妙だと思った。


「領主の客は俺の獲物だ。こんな化け物だらけの場所は予定外だが、あの男が相手だ。何が出てきても驚かない」


 まだ、この男は諦めていなかったようだ。死霊術師を追うなど、今は不可能だ。

 勿論、カーンは彼の男が異界に招かれた事を知らない。

 そして、あれはどう見ても、死人しか招かれない地獄に見えた。

 だからといって、地獄から伸びた手に男が鷲掴みにされて消えた。と、言っても信じないし、私も言いたくはない。


「御客人、もう、帰りましょう」


「帰れるならな」


 どちらともとれる答えを返しながら、闇雲に前へと進む。


「御客人、右ならば帰れますよ」


 踏み出す背中に声をかければ、男が振り向いた。


「私もここは初めてですが、帰り道は分かります。帰る道ならば知っているのです」


 私が言い聞かせるように言うと、カーンは表情を消した。

 私が言う帰り道は、碧の道だ。

 どうやら、私も呪いが進んだようだ。

 何もないはずの場所に、うっすらと碧い色彩が浮かんで見える。

 私の目は、既に、異端の色彩を視る事ができるようだ。

 あの複眼になるのか?


「なら、奥に、あの男がいる場所へも行けるのか」


 それを吟味してみる。

 確かに、私は行ける。


「帰れなくてよいなら」


 男が答える前に続けた。


「死人は帰れません。死んだなら、行ける。だから、貴方は帰るんです。」


「つまり、行けるんだな?」


「死んだらね」


 馬鹿馬鹿しいと、男は言わなかった。


「あの化け物は何なんだ?」


「どの化け物ですか」


「俺達をここへ落とした奴さ」


「知りませんよ」


「何で、お前は帰れるんだ」


 男の顔を見ても何を考えているかは分からなかった。


「狩人の感ですよ、御客人。この感で、貴方を外に案内したら、お願いがあるんです」


 何かを言われる前にと急いで続ける。


「どうか、村の皆にお咎めが向かないようにお口添えをお願いします。」


 何故か、男は態度を和らげた。


「口添えな、まぁ、考えておく」



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