Act42 選択
ACT42
ナリスを片手に闇を歩く。
異形は選択肢を三つ用意した。
宮の主の供物になるか。
人を殺して異形の仲間になるか。
どれも、ぞっとしない終わりだ。
供物の意味がわからない。
文字通り喰われるのか、それとも更なる悪意があるのか。
だが、この宮に迷い込んだ人間を殺す事も異形となる事も想像すらできない。
残る選択肢は、逃げる事だけだ。
逃げられたなら、見逃してくれるという。
爺達も見逃してくれる。
本当ならば、いいのに。
信じる事など無理なのに時間がない。
この宮に留まれば、主の呪いを受けて、私は化け物になるそうだ。
そして他の人間は、私を殺せば逃げ出せると吹き込んだそうだ。
手探りで闇の中を歩く。
時折、ナリスが方向を教えてくれる。
私には見えないが足下は細く、そこから踏み外すと底の見えない穴に落ちるそうだ。
暗闇の中にいると、呼吸が苦しく感じる。
どんなに目を凝らしても何もわからない。
すると、微かに誰かの話し声が聞こえた。
立ち止まり耳を澄ます。
人の声だ。
考えてみれば、一人で逃げるとは、彼らを残し緩慢な死へと向かわせることではないのか?
偽善
どれを選んでも、利己心からの選択である。
異形の言うとおり、なんと醜いものだ。
「なぁ、誰が供物だと思う?」
「さぁな、それより出口だ」
「そいつが分かれば、こんな忌々しい場所から直ぐに逃げられる」
「どうせ化け物の言うことだ、信じられるか」
「何だよ、信じてるのか?」
数人の男の声だ。
どこから聞こえるのだろう。
娘よ、どうやら、まだ救いはある。
頭の中にナリスの声が聞こえる。
供物が誰かを教えていないようだ。
それで私が喜ぶというのか。
安堵している自分とカッとなる自分がいた。
私が何を思ったのか、ナリスは理解した。
それが、慈悲なのだ。
誰に対しての慈悲なのか。
異形は供物が誰かを示さなかった。
つまり、私が名乗り出なければ、彼らは何れ殺し合う。殺し合えばあうほど、この宮で罪科が増え、彼らは化け物になる。
人間ではなくなり、生き残っても戻れない。
そして、私が名乗り出れば、少なくとも彼らは助かるのだ。
だが、それが本当ならばの話だ。
ナリスの指摘に、私は頭を振った。
名乗り出ねば、私の罪が決まるのだ。何れにせよ、この宮から逃れられても、この後は異形の支配から逃れる事はできない。
この鈴をくれた者と同じく。
そして、人を殺さずとも、私はあの地獄に招待された死霊術師と同じなのだ。
では、どちらにしろ地獄へ落ちるのなら、少なくとも、爺達ぐらいは村へ戻したい。
それも異形を信じるならばだが。