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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act41 目覚めの齊

 ACT41



 ひっそりと、笑う。



 もう、私は戻れないのだ。



 これほどの、異端を見た後に、私が帰る場所など無い。

 私は闇に座り、ただ笑う。



 ボルネフェルトの陣は、竜を飲み込むと激しく軋んだ。

 それに三体の異形はそれぞれの武器を陣に叩きつける。

 それに効果が無いと見るや、死霊術師に目標を変えた。

 元々、異形には耳がない。

 どうやら、死霊の歌も効果は無いらしく異形は男に歩み寄る。

 すると、今度は陣から次々と蠢く蔦が湧き出した。

 蔦、のような物だろうか。

 動物の腸のような物だろうか。

 どちらにしろ、悪趣味極まりない物が異形に取り付いた。



「そろそろ、お遊びも終わるのである。供物の女よ、喜ぶが良いのである」



 仮面の異形は朗らかともいえる口調で言った。



「我ら狭間の者故、どちらにも組みせぬ。が、しかし、しかし」



 ぼんやりと、見上げる私に、異形は芝居がかった口調で続けた。



「お主は、先駆けとなり、我らと縁を結ぶこともできるのである」



 おおよそ、この異形からでる言葉ではない。私は思わず、あきれた表情を出してしまった。



「お主等の邪悪さ、醜さ、冷酷さは、幾たび滅びようと変わらぬ。まったく愚かしい極みである。これほどの邪悪な生き物は、この世にしかおぬ。で、あろう。あろう。」



 つまり、人間は、この異形に認められる程、邪悪であるのか。

 死霊術師は、三体の異形を解体すべく肉の蔦を伸ばしている。

 確かに、あれが人間ならば、異形とどこが変わるのか。



「さて、このまま続けるのも楽しかろうが、宮の主は飽いたと仰せである。」



 仮面の男は、斧を叩くと高らかに声を上げた。



「裁定がでたのである。宮の主より、そこな男が望む物を与えよう。」



 声が闇に消える。

 すると、すべての物が動きを止めた。

 異形も死霊術師も化け物も、すべての動きが止まる。


 斧が風を切った。


 すると、闇がザクリと割れた。

 囂々と炎が吹き上げ、沢山の悲鳴と鳴き声が響きわたる。

 瞬きする間にそこから巨大な手が伸び、男をつかみ取り消え去った。


 再びの闇。


 一瞬のうちにすべてが消え去った。



「彼の者は望み通り我が宮の客となったのである」



 誰に聞かせているのか。

 そう、死霊術師が消えた後、目の前の化け物の死肉も消え、闇だけが残っている。

 その闇の中、最初と変わらず小さな灯りが照らしていた。

 そして、その傍らは花嫁衣装を来た女が黙って立っている。

 そして三体の異形は、女を囲むように静かにしていた。



「その肉に残るは、誰であるか」



 異形の問いかけに、女は面紗を上げた。

 骸骨は虚ろな眼窩に闇を入れていた。

挿絵(By みてみん)


「なんと、思うたより低級の物である。残滓であったか」



 死霊の花嫁は、それに片手を胸にあてると礼をとった。



「無念の魂魄を編んで動かしておる。これはこれは中々に美しい」



 水が揺れる穴へ、三体の異形は花嫁を促した。



「眠るが良い、さすれば何れ宮の主の目覚めと共に蘇るのである」



 不吉な言葉と共に、花嫁は水に消えた。

 水音はせず、さらりと骨が砕けて溶けた。



「さて、客はそれぞれに満足をしていただけたのである。そうそう、兄弟よ、見るがよいのだ」



 斧が再び闇を斬った。

 虚空が揺らぎ、ざわざわと様々な色が浮かび上がる。

 やがて色は形となり、ある景色を浮かび上がらせた。



 鷹の爺達だ。



「我らは選んだのである。

 万物を生かす理を守るために

 我らは選んだ。

 しかし、しかし、理は崩れた。

 あれらは、選ばねばならぬ、

 我らと同じく選ばねばならぬ、

 始原の理に手をかけた

 心躍る血の齋がきたのだ」



 爺達は陽の光りに照らされていた。

 どうやら、外に出るところらしい。

 頻りに振り返っている。



「領主がいない」



 私の呟きに、異形は頭を振った。



「齋は始まったのである。

 何人たりとも祭りからは逃れられぬ

 この世の理は一度崩れるのである

 静かなる夜は終わり

 白々しい怠惰な昼に陽射しはかげるのである

 楽しき血の齋はこれより全ての命を秤にかえよう

 何れ目覚めるその時まで

 見るがよい

 最初の洗礼である」


 幻の爺達の姿が揺らいだ。

 陽射しの帯が闇に射し込む。

 その光りが爺達に射す。

 すると、衣服ごと爺達はサラサラと崩れた。

 痛みも恐怖も無く、一瞬の変化であった。

 私は、嘘だと思いナリスの板を掴む。



「宮の守人である者が始原の理を崩したのである。その報いは理と同じく、滅びである」



 呆然とする私に、異形は斧を再び振った。

 すると、暗い通路が再び現れ領主が膝をついている姿が見えた。

 彼は己の血で通路の全てを赤くしていた。



「以前ならば、この者の血にて境界は塞がれた。だが、しかし、しかし、血が足りぬ。客がもたらした贄は、一人の血では到底購えぬ量であった」



 仮面の奥で楽しげが笑いがこもる。



「人は人を殺し過ぎておる。だが、人がこの世を支えるのも後わずかである。故に、慈悲をかけるのもやぶさかではないのである。」



 すると、再び目の前の景色が変わった。

 砂と化した爺達が、光りの帯を抜けて歩き出すのが見えた。



「供物の女よ」



 爺達は、砂になった事などなかったように歩いている。



「宮の客は、沢山の贄を招いた。森人は約束を反故にしたのである。本来なら、我らはその罪科を問わねばならぬ。だが、しかし、しかし」



 私は仮面の二つの黒い穴を見つめた。



「宮の主は、寛大なお方である。故に、供物の女に選ぶ権利を与えるのである。」



 私は頷いた。



「うむ、うむ、素直な事である。

 一つは、我らと友誼を結び、宮の主の糧となることである。

 つまりお主は我らが眷属となるのである。

 これにより、森人は住処に戻り、この世はゆっくりと蝕まれていくであろう。

 実に楽しみである。


 一つは、森人の罪科を背負い、贄を全て主の糧になるように、お主が屠るのである。


 この場合も、森人は住処に戻れよう。だが、お主は糧となる前に蝕まれる。これにより、久方ぶりの兄弟が生まれることになる。うむ、これはこれで実に楽しみである。


 一つは、この宮の底より自力で逃れる事である。森人は住処に戻り、お主も戻る。ただし」



 仮面の口が歪んだ。



 仮面に描かれた口の絵だと思っていた場所が、ぐにゃりと歪んで歯を剥き出しにした。

 それが笑顔であると気がついた時、異形達が私を取り囲んだ。



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