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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
42/355

Act39 遠雷

 ACT39


 私は小さな部屋にいた。

 床の一角が水面になっており、そこから這いだした形だ。

 これまでの全てが奇妙であったが、目の前の景色は更に奇妙である。

 壁は書物で埋まり、机は羊皮紙が積まれている。

 菱形模様の床は、赤と白の派手な色合いだ。

 凝った角灯が机に置かれている。

 使われている色硝子が部屋の中を緑や黄色に染めていた。

 その奇妙な部屋の中で、私と男は向かい合っていた。


 どこかで囁くような何かが聞こえる。


 言葉でもなく、歌でもない。

 耳を澄ませても意味は拾えないが、確かに、何かが流れていた。

 男は書物を開き、椅子に座っていた。

 そして、私を見つめて笑っている。

挿絵(By みてみん)

 奇妙な顔だと思った。


 今までも、奇妙な、奇っ怪な者達に遭遇してきた。

 だが、どこといって普通の男の顔に違和を感じる。

 にっこりと微笑む口元。

 細められた眼。


 私は痺れが残る体を起こした。


 出口は?


 四方は書物の棚だけだ。

 しかし、灯りがあるのだ。窒息しない為に、どこかに通気口ぐらいはあるはず…



「君は、誰だね?」



 答えてはならぬぞ



  男の顔から視線をそらす。

  怖い。

  焦点のあわぬ濁った目が洞穴に見えた。



「面白い物をもっているね」



 娘よ、恐れるな



 ナリスの言葉に体が動いた。

 様々な本の背表紙、天井は低く蔦の彫刻が施されている。床はどうだろうか。



「どうやってたどりついたんだね」



 眼を凝らすと床の模様が歪んで見えた。

 何だろう。

 男の影から何かが延びている。それは、壁の本棚に向かっていた。私は未だに少し霞んで見えにくい目を凝らした。



「お前は、誰だ?」



 不意に部屋中の色が浮き上がって見えた。

 赤、白、黒、茶色、緑

 嘔吐を覚える色の反乱に、私は片手を床に着いた。

 すると、男の気配が揺れた。

 生き物の気配ではない。

 冷たい何かの固まりだ。

 それも大きくて重い気配。



「オマエ、ダレダエ?」



 不意の女の声に、私は顔を上げた。


 青白い男の顔は笑ったままだ。

 だが、その弧を描いた唇は動いていなかった。

 長い外衣の前が開いて、中から手が見えた。


 手だ。


 手が、布をかき分けて一つ見えた。

 そして、さらに手が見えた。

 私は怖じ気に狩られた。

 男の手は本を持っている。

 男の腹から出ているのは誰の手だ?



 娘よ、穢れを恐れよ



 手はゆっくりと、私に向かってきた。

 出口は何処なんだ。



 娘よ、

 故に、虚仮脅しなど恐れることはない



 逃げる場所を求めて、私は壁の本棚に寄った。

 男の微笑みは変わらない。だが、部屋は冬の外気のように冷たくなっていた。

 白い手は、青白い血管を浮かび上がらせ震えていた。

 ぎりぎりまで本棚に張り付くと、眼だけを男に向けたまま顔を背けた。

 冷たい風に、血の臭いが混じっている。


 腐臭だ。



 チリン、と鈴が鳴った。



 チリン、リンリンと今までになく鈴が鳴り響く。

 目の前にあった手が驚いたように震えた。

 震えて、開いた指が曲がる。

 それはゆっくりと握り込まれると、拳が男に戻っていった。

 その隙に、私は背後の本棚を叩き探った。出入り口があるとしたら、本棚以外に隙間もない。

 しかし、本棚をどうこうする必要は、どこにも無かった。

 本棚と私はそのままに、部屋が消えた。

 闇の中に、角灯と、机、私と本棚。

 そして、男が立っていた。

 私は暗闇に手を差し出しながら、男から距離をとった。

 眼を凝らす。

 私が這いだした床の穴はあった。水面がてらてらと揺らいでいる。

 だが、闇に踏み出した途端、本棚も机も消えた。


 男も消えてしまえばいいのに、角灯と男はそのままだ。


 男はあたりを見回している。

 どうやら、男にとっても、この現象は不可解のように見えた。



 ナリス、出口はどこだ?



 どこからでもでられよう

 だが、どこへ通じるかは定かではない



 私は、闇に手を翳して恐る恐る踏み出す。ともかく、あの男から逃げ延びねば。

 振り返ると、男は本を開いていた。

 旋律だけの囁きが漏れ出す。

 私は慎重さを捨てて闇に走り出した。

 すると、男の周りに幾つもの紋様が見えた。

 明滅を繰り返す帯状の紋様が男を取り囲む。

 すると、生臭い風と一緒に旋律が大きくなる。

 風は男に集まり、逃げ出す私を這い蹲らせた。

 やがて、キィキィと喚く声が聞こえた。

 振り返ると、男の足下から子供ぐらいの大きさの物が這い出てくる。


 湿った肌の醜い子鬼。


 私は小刀を抜き、再び立ち上がった。

 次に、短い咆哮が聞こえた。

 獣の叫び声が背後で上がる。

 私には振り返る余裕はない。

 咆哮、悲鳴、鳴き声。

 背後の気配が増えていく。

 私は渦巻く風に蹈鞴を踏んだ。

 闇が距離をわからなくする。

 逃げられないのではないかと焦る。



 オマエハ、ダレ



 風と音が途切れた。

 振り返ると、化け物を従えた男が首を傾げていた。

 闇の中に、化け物が男を囲む。

 身を震わせ、息をつき、男の紡いだ紋様の中にいた。


 すると、遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえた。


 雪が激しくなる前に聞こえる、神の金槌だ。

 その雷鳴と共に、暗闇に青白い光がはしった。

 雷光は闇の中、男を囲むように光る。

 そして、前後左右、四カ所に光の輪を作った。

 それはあの転移の輪、紫の光に似ていた。

 ゆらゆらと揺らめき、青白い光が円筒形に立ち上がる。


 番人だ。



 四体の異形が現れた。



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