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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act36 蝶

 ACT36


 眼が回っている。

 そして、暖かい。

 仰臥しているのがわかる。

 硬いモノの上だ。

 瞼を開くと薄紫の光が消えていくのが見えた。


「これも一方にしか通れないのか?」



 娘よ、主だ



 相変わらず答えにならない答えに、身を起こす。

 胡座をかいて顔を上げれば、遠くに蝶がいた。

 薄暗い大きな洞穴だ。

 洞穴は水に沈んでいる。人工的な池だろうか?

 その池は石の床で縁取られており、私はその縁に寝ていたのだ。

 そして、その池の中央には何かが座っていた。



 ソレは背に白い蝶の羽を生やしている。

 そしてその顔は、半分を複眼に半分を美しい人の顔がしめていた。


  美しく醜かった。


 ソレは緩やかな灰色の長衣を着込み、肩肘をついている。

 良く見ると、豪奢な椅子が水から突き出ており、そこにゆったりと座しているのだ。


 背の羽がゆっくりと動いているところを見ると、起きているようだ。


 驚くよりも、開き直りが心をしめた。

 出口は見あたらない。

 この異形は会話できるだろうか。

 それとも、食いついて来るのだろうか。

 私の逡巡に、相手が先に声を出した。



「久方ぶりの、供物か」



 武器に手をかけたまま、私は足を戻した。


「供物ではない。お前は何だ」


 小声になるが、相手には届いたようだ。


「何とは、面白い事を。では、何故、お前はここに来たのだ」


 穏やかな声音に、私は逡巡した。


「迷った」


 再び、小声になった。

 男の道案内、爺達の事、あの男達、いろいろあるが、私がここにいるのは、帰り道がわからないから。に、なるのか?

 それに蝶は羽を揺らして、笑った。



「では、迷う者よ、お前の欲望を覗かせてもらおうか」




  深い緑が目の前に広がる。


 不意に目の前の水が盛り上がると、私を包み込んだ。

 暖かい水を感じそれが体を包むと、全てが遠くなった。

 遠くなった意識に、チリンと鈴が鳴った。






 私の名は、オリヴィアとつけられた。

 拾われたのは、五十年前だ。

 当初は、亜人だと思われたが、成長が著しく遅く、肉体的には獣人か、変異種ではないかと思う。

 思うだけで、私は、自分が何の種族かわからない。

 ある程度予測はつくが、それだけだ。捨てられた理由もわからない。


 いらないから、捨てられたのだ。と、認めるには時間がかかった。


 親が迎えに来るのではとの、考えを捨てるにも時間がかかった。


 村人に同化するのを諦めるのも時間がかかった。


 彼らは優しかった。だが、居場所は無かった。

 むろん、爺達は、そんな私を受け入れ、そして私自身が自分を受け入れられるように、今の暮らしを与えてくれた。

 彼らは受け入れてくれた。

 居場所が無いと感じているのは、私の問題に過ぎない。


 領主は、私を、教育した。


 ある程度、私が、何の種の血を引いているか、感づいていたのかも知れない。

 しかし、私も、知らない意味があるのかも知れない。


 この森の奥の秘密は、領主と爺の秘密は、私の秘密と同じなのかも知れない。


 それが、はっきりしたら、私は、村の人たちがつくってくれた、居場所を失うかも知れない。

 でも、元々、居場所なんて無かったから、それが当然だととも思う。

 人の優しさを受け入れ信じる度量が自分になければ、元々、居場所などもてないのだ。


 こんな私の、欲望は、愚かで小さいものだ。


 私は、私だけの家族と居場所がほしいのだ。

 私の命と同じぐらいの時を一緒に過ごしてくれる、そんな相手が欲しいのだ。

 私は、誰にも言わないが、一人が寂しかったのだ。

 親や兄弟や、肉親の情を持たない自分は、いつも羨んでいる。

 ただ、寂しいと言わないのは、自分を憐れみたくないと言う自尊心だけだ。

 だが、その自尊心のおかげで、孤独なのかも知れない。


 私は、浅ましいのだ。


 こんな私が誰かを愛したら、それは恐ろしい執着を生むのではないかと思う。

 思うだけで、私は、誰も近寄らせない。


 だって、怖いじゃないか。


 不完全な私は、優しい気持ちなんて本当は欠片も持ち合わせていないかもしれない。


 私は、情けない奴だ。



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