Act35 銀の彫刻
ACT35
天井が高く、部屋は薄暗かった。
そして、この部屋だけは朽ちていた。
朽ちる物が置いてあるのだ。
今までの部屋は、灯り以外物がなかった。家具も小物も見あたらない。まるで引っ越した後のようだった。もしかしたら、本当に引っ越しした空き屋なのか。
だが、この部屋は、朽ちた木箱や埃をかぶった石の長櫃などが雑然と放置されていた。
長櫃の中身は、朽ちた原型を留めない物があふれている。布のよ
うな何かだが、時の洗礼により意味を失っている。
木箱は、割れた硝子瓶が詰まっている。こちらも、それが酒なのか水なのか、見分ける事もできない。
そんな意味を失った木箱や櫃が放置されて重なっている。
場所から考えるに、物置とは思えない。だが、この様子は、どうみても塵捨て場に近い。
だが、塵がなければ、ここは聖堂のように見える。
割れた窓の残りは、色硝子が美の名残を見せている。そして壁は黒ずんだ銀の彫刻があった。
彫刻は物語を刻んでいる。
入り口から右回りに、物を避けて進む。壁の絵は、多分、その順序で始まっていた。
男と女と蝶の話のようだ。
太陽と月が照らす森に、男と女がいる。
仲が良いのか手を繋いでいる。
次は、男が狩りをしている。
男は、狩人で、女は妻だろうか?
次は、争いの場面だ。
戦争なのか、人や奇妙な生き物が入り乱れて殺し合っている。
そして、次だ。
男が大地に伏し、女が祈っている。
すると、天に巨大な蝶が現れた。
女は、男の首を持って、蝶の後を追う。
蝶は、山を越え、谷を越え、そして、地の底へと向かい、地底の川の流れへと消える。
女の持つ男の首は、既に骨になっている。
女は、頭蓋骨を持ったまま川へ飛び込む。
すると、女は蝶になった。
蝶は、水の中で翼を広げている。
水底は、頭蓋骨で溢れている。
ここまで見て、疲労感と苛立ちに奥歯を噛みしめた。
ここの住人は悲観主義者か気鬱の質なのだろう。元々、私も性格的に明るくはないが、陰鬱な物語を壁に刻んで喜ぶような感覚は無い。
が、その水底の絵の次に描かれている紋様に動きが止まる。
娘よ、来るぞ。
いつも、遅い警告に舌打ちをする。
扉を開けて、それが入ってきた。
なぜ、扉を塞がなかったか?
考えてみれば、鍵や閂が見あたらないとは言え、長櫃や木箱を置いて置けば良かった。
馬鹿だな、私は。
そして、鎧を着た蜥蜴が尾を揺らしながら入って来るのを見て、再び馬鹿な事をした。
背後にある紋様に手を突いた。
すると、あの時と同じように足下が消失し、薄紫の光に包まれた。
馬鹿だな。
と、もう一度思った。