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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act34 気配

 ACT34


 闇雲に走る。


 石碑を後にし、無人の町を抜け、いつの間にか壮麗な通路に転がり込んでいた。

 忠告の碧の道は、どこにも見あたらない。


 見回す通路は大理石に幾何学模様の壁が美しかった。

 碧ではなく、赤い花を象った紋様がそこここにあるので、敢えて言うなら赤い道だ。

 つまり、上には向かっていない。

 ナリスに道案内をさせようにも、ここは魔のざわめきが大きすぎて見えないそうだ。

 肝心なところで役に立たない。


 息が切れて、膝を折った。

 馬鹿な自分、狂った場所。何もかもが嫌だ。


 村に帰りたい。


 チリンと鈴が鳴る。


 何故か、帰れないという思いがわく。

 もう、戻れない。

 そんな予感に身震いをした。

 私は辺境の村の狩人。

 だが、村の人間ではない。

 私は、捨て子だった。

 元より帰る場所は無いのか。



 娘よ、この先に何かがおるぞ



「化け物か?」


 自分がおかしくなっている事に気付く。

 いつもの感覚が失せているのだ。

 森にいる時の感覚が無い。

 五感がおかしくなっている。

 最初は感じていた生き物が纏う気配も、方向感覚も、何もかもがおかしい。



 浸食されているのだよ



「違う、この場所がおかしいんだ」



 息を整えてから、いつもの感覚を思い出そうとした。

 妙なことに、通路の壁の色が眼に眩しく感じた。

 今まで、たいした色味を持たない壁が、様々な色を主張し始めたのだ。

 七色に輝き、それぞれの色が模様のように分かれて見えた。


「なんだこれは」


 赤い流れ、緑の流れ、黒い筋、それに


「碧だ」


 渦を巻きくねりはしる。

 方向は判らないが、その碧の筋を辿る事にした。



 娘よ、ついてきているぞ



 通路を曲がる度に、誰かが後ろをついてくるのを感じた。

 ヒタヒタと足音がする。

 通路には、所々に蝋燭が灯っていた。

 誰かがここにいるのだろう。

 だが、その誰かが何者なのかは、もう、どうでもよかった。

 ともかく、外に出たい。


 空の下に戻りたい。


 碧い筋を辿り通路から小部屋に進んだ。何の家具も装飾もない小部屋が扉で続いている。

 背後の気配が気になり、次々と小部屋を通り抜ける度に、どちらを向き何処を通って来たか判らなくなった。

 ただ、小部屋にも昔は利用価値があった筈で、覚える事もできない作りはおかしい。

 それとも、こうして方向を判らなくして、小部屋ごとに罠や兵を潜ませていたのかも知れない。

 バタンと扉を閉めると、背後の部屋に何者かが入る。一つ扉を挟みついてくる。

 しかし、どうやって私が選んでいる扉が判るのだろう。

 気配?だろうか。

 小部屋は四方の全てに同じ扉がある。

 私は碧色を感じる扉を次々に引いているだけだ。

 追跡する者もそれに気がついているのか、ぎりぎりで私の背後を見ているのか。


 カーンは生きているのだろうか?


 あの男なら生きている気がした。

 人を殺す姿は知っているが、逆が思い浮かばないのも理由の一つだ。

 ふと、そんな事を思うと気が少し軽くなった。

 同じ速度で躊躇い無く扉に手をかけて開く。

 次の間は、やっと大きな部屋に出た。

 左手に三つの扉、右手には窓、奥には扉が一つ。長方形の部屋だ。

 装飾的な室内灯の残骸が天井から下がっている。

 石の町とこの建物の違いは、この灯りだ。残骸とはいえ、残った部分には蝋燭があった。

 つまり、ここには灯りを必要とする生き物がいるのだ。

 窓辺からは暗い景色が見えた。

 どうやら、石の町よりも少し高台の建物らしい。

 造りは神殿のような感じだろうか。

 そして、やはり空の代わりに岩肌が広がっている。


 夜なのだろうか。

 ここは永遠に夜なのだろう。


 この部屋には絨毯が敷かれている。そして、主通路を示すのか臙

 脂色の通路幅の物が入り口から正面の扉へと続いている。

 碧い目印は無くなっていた。

 どうしたものかと入ってきた扉の前にいると、息遣いが聞こえた。

 背後の扉を挟み誰かが息をしている。

 震え病んだような息遣いだ。

 振り返り問うべきか。

 意気地無い私は、臙脂の敷物が続く正面の扉に手をかけた。

 扉の先は細い廊下で片側は等間隔の柱が立つだけで壁が無かった。

 どうやら、建物の外壁に沿っているようで曲がる度に少しづつ上に向かっている。

 ということは、建物の最上階に向かっている訳で、角を曲がるのが頻繁になるところを見ると、行き止まりになりそうな予感がする。


 あぁ、と呻く。


 運には見放されていると常々感じていたが、予想通り、目の前には建物の最上階らしき部屋への扉があり、その部屋以外に続く道は無かった。

 つまり、行き止まりである。

 背後の気配は、曲がり角で佇んでいる。

 ちらりと眼のはしに見える影は、人間にはあり得ない尾が見えた。二足歩行であるが、人間ではない。

 そして、自然界に生きる姿に近いものは、肉食であった。

 決して浸食を受けてはいないと主張したが、化け物に対して慣れていくのは否定できなかった。



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