閑話 極夜にて
闇が訪れ、空が赤く燃え上がった。
稜線は黒く、白い霧が広がる。
岩窟からも灰色の靄が流れ出し、海の彼方から白い霧が明滅しながら広がっていく。
耳の奥底でジリジリと奇妙な音がした。
頭蓋の内側にむず痒いような感覚。
皮膚がひりつき、目が勝手に霞んで焦点がぶれていく。
浅い呼吸を繰り返していく内に、それが恐怖に似た何かだと気がつく。
恐怖に混じった興奮だ。
ヨジョミルの屍が動き出す。
獰猛なフィグ・ダウラの醜い姿が地響きをもって向かってきた。
吹き散れる屍、巨人に突き立つ武器。
小島を巡る最初の塹壕手前にて、轟音が響き渡る。
エレッケンの城から、太鼓の音が続く。
それにあわせて矢が振り、本性をあらわしたイオレアが、崩れた橋に群がる。
こちらは無駄玉消費するのはやめて、打ち漏らしだけに集中をする。
消耗を避けるために、時間をはかって人を入れ替えた。
赤い空に赤い光。
奇妙な感覚が更に濃くなっていく。
息をつくたびに、力が増すのに、頭の中身が空っぽになる。
嫌な感じに身震いをするが、下がりながらの戦いに、時間を稼ぐことだけに注力をする。
我慢比べと言われていた。
我慢して、長い夜をやり過ごす。
すると必ず神への道が開き、目的が果たせると。
それかこの目の前の怪物共を殺し尽くせば、帰ってくると。
ならば、ミ・アーハ・バザムは戦うだけである。
この汚らしい奴らがいなくなれば、娘が帰ってくるのだ。
忌々しい奴らめ。
深く息を吸い込むと、力をためる。
こいつらのせいで、故郷が焼かれた。
こいつらのせいで、家族が傷ついた。
こいつらのせいで、仲間が悲しんでいる。
こいつらのせいで、こんな暮らしになった。
喉奥を鳴らすと擬態を解く。
奥で戦う上の者も、既に体を変えていた。
消耗するのをさけて、ぎりぎりまで耐えていた。
だが、ヨジョミルが砕けて、全力を出すことにする。
正面で団長が剣を振るう。
視界に入った限りで、結構、体が食われて欠けているのが見えた。
周りの仲間に、守るようにと指示をだし、その分を殺してやると前に出る。
前にでて、噛みつき、引き千切り、踏み潰す。
追い回している内に、色んな事が抜け落ちた。
自分を形作る全てが、無くなっていく。
それでもいいやと、何処かで思う。
彼女には、もう、故郷で待つ娘はいないのだ。
疫病で死んでしまった自分の娘。
せめて可愛いお姫様だけでも、幸せにと思った。
誰にも言っていないけれど、娘を一人引き取って育てていた。
仕事が終わって、家に帰ると待っている。
寂しくないか、困ってないか。
そんな事を聞くと、恥ずかしがりながらも、大丈夫とくっついてくる。
馬鹿な男は裏切るけれど、子供は注いだ愛情をきちんと受け取ってくれる。それでも、今に大きくなったら反抗してくるんだろうな。などと思いながら、毎日せっせと働いて、子供の金をためていた。
人生は何があるかわからない。
自分こそ先に死ぬと思っていた。だから、金を貯めていた。
小さな墓を作るために貯めていたんじゃない。
人族めと憎む。
だが、人族でも貴族かと憎む。
そしてコイツラだ。
コイツラが私から奪った。
奪えるのが命だけなら、全部、奪ってやるのだ。
牙が折れようと、腕が千切れようと、全部殺してやる。
あの女が崩れて、化け物になった。
あれにスキをつくらせるんだ。
吠えながら背後に飛びついた。
思い切り残った腕を内臓に向かって突き立てる。
骨と蛭の隙間に、確かに内臓らしきものを掴んで潰す。
すると団長の剣が化け物を割いた。
帰ってくるのだ。
力が抜けて、ぺたりと地面に落ちた。
軽い落ち葉のように落ちた。
後は、闇の中だった。
目が覚めて、空が青いと思った。
乾いた草の上で目覚めると、奇妙な奴らが水を飲ませてくれた。
片手がくっついているのは、驚きで。
千切れそうになっているのをくっつけてみたようだ。
腐らないのが不思議である。指が動くし。
他は抉られた腹の傷も手当がなされていた。
薬草なのかドロドロの何かで全身が臭い。
それでも世話になっているのだから、文句はなかった。
仲間を探す。
団長は島だ。
団長の直属は皆寝ている。
寝たまま死ぬやつもいた。
いない奴も多いから、けっこう死んだ。
それに何も感情が無い。
終わってみれば、戦わねば、あんなのが広がったら終わりだと思う。
戦わずに放置して、あんなものが増えたら。
寝て起きて、寝起きできる場所を作り、艀をつくる。
人族の長命な公爵は、自分が代わりになるという。
そうだ。
人族だから悪いわけではない。
病の原因があったとしても、それで全部を見るのは間違いだ。
憎しみは、結局、間に合わなかった自分自身にある。
何とか団長を取り戻そうと、公爵とニルダヌスが小島に通う。
それを見ながら、ぼんやりと思う。
何をすべきか。
狩りを始めた。
モルドビアンとロードザムを引き連れて、森に入った。
朝から晩まで、獲物と異形を狩る。
武器は目覚めた鍛冶がいたので、そいつらに頼んだ。
元気になった奴らから、順に狩りと住居の仕事に振り分けた。
目覚めない奴らの世話と、死んだ奴らを焼いて遺品と記録の整理だ。
団長は気持ち良さそうに寝ている。
傷も徐々に治っていっている。
不思議な世界だ。
公爵とニルダヌスは、どうやら話がついたという。儀式をして、自分と団長を入れ替えるらしい。
わからないが、何もできない私には、何も意見がない。
極夜が過ぎて、自分は変わったようだ。
抜け落ちて、抜け殻。
心が沈んでいる。
たぶん、娘を思い出したから。
可愛いものを見ていないから。
だから、目覚めたメルロス上級指揮官に言った。
ロドミナのところに行かせてくれと。
許可が降りて、そのまま山に入った。付いてくると言った奴らは全員却下して一人で向かった。
女の化け物の巣窟に、誰が男を同道するか。
ニナンの岩窟は消え、ヨジョミルの山城も廃墟だ。道は本来の山越えで、道なき道を踏破する。
けれど、体力も戻っているので、気楽な物だ。
あのイオレアも、野生動物と同じ知能になっている。
蛆に変わるのだけはいただけないが、一人でも囲まれないようにすれば何とかなる。
歩いている内に、気も軽くなる。
千切れた腕の具合も良い。
どうやってくっつけたのか、縫い合わせた様子もない。
仮説はある。
頭の良い奴らが言うには、極夜というのは魂と器の反転が行われているのではないか。という話だ。
頭の悪い私に、簡単に説明してもらった。
限定した場所だけ、神様の住む場所と同じになる。
神様の暮らす場所は、肉体という器は存在しない。
魂だけの場所だ。
だから、魂が形として動いているので、本来の体は存在していない。
でも怪我もするし、死んでいる?
魂と肉体は分離しているわけではない。
裏返しの服のようで、反転しているだけである。
魂が傷を負えば、現実の肉体も傷がつくし、魂の強度が弱ければ、些細な傷でも肉体が耐えられない。
そして魂が先に死んでしまえば、肉体もそのまま死んでいく。
つまり、目覚めずに死んでいく奴らがそれだという事だ。
千切れたと思ったのは、きっと魂の手で、本当の手はくっついていた。そういう事らしい。よくわからん。
でも、確かに魂、心は酷く痛い。
悲しみも時間と共に薄れるというが、時間がたてば経つほど、痛みが増すし、不意をつかれる。
たぶん、殴られた後みたいな感じか。
そうして原野を突っ切ると、ロドミナの街にたどり着く。
名前も忘れたが、街もやはり襲われていたのか、瓦礫が散乱していた。
しかし、女達は相変わらずで、明るく挨拶するほどだ。
柱木の太い材木を片手で持つ姿は、か細い女の形だ。やはり、男どもは連れてこないで正解だ。
そして子供らはどうだと尋ねると、地下の育児の場へと通された。
そう言えばと思い出す。子供らを世話しているのは男たちだった。
ここに馴染んだ男たちだ。
柔和でどこか頭の何かがたりない奴らだ。
じんわりと不穏な物を感じるが、まぁ、そこはそれだ。
子供が無事ならば問題なしと見ないことにした。
食事も何もかも行き届き、時々散歩といって外にも出ている。
落ち着いてた様子に、ツアガの女もいたので大丈夫かと確認をとる。
女、オーレリアと話した。
ツアガの滅び、リクス・ツアガの変化。
オーレリアはホッとしたように力を抜いた。
「終わった?」
念を押されて、頷く。
そう、終わった。
シクシクと泣き出した女に、子供らが寄ってくる。
あぁ、こんなにまだ生きているんだ。これからいくらでもやり直せる。
助けてやらないとな。
ぼんやりと思うが、力がでない。
いつもの調子が戻ってこない。
どうしちまったんだ?
腑抜けやがって。
そう、自分をしかる。
下の子供らと適当に遊んで、滞在した。
手伝いもしたし、この近辺の情報収集もした。
それでも夜になると、ぼんやりする。
ぼんやり、上の町に置かれた雨ざらしの椅子に座って空を見る。
「お疲れのようですわね」
「まぁね」
「よく尽くされておいでだ。さすがは獣のお方。南の女は働き者と聞いていますよ」
ロドミナが微笑んでいる。
この女は長生きで、恐ろしい化け物だ。
つまり先達に、ミアは聞いてみた。
「ねぇ、やる気がおきないんだよ。
これが他人の事なら、いくらでも発破をかけるっていうのに。なさけなくてさぁ、でも、何にもやる気がおきないんだよ」
それにロドミナは小首を傾げた。
何しろ、よく働く女軍人だ。それも中央でも獣人の士官だ。出世もまだまだするだろう。
だが、まぁ、そんな話ではないとはわかる。
ロドミナは瞬時に、躊躇を消して笑った。
「あら、解決策はいくらでもありますわよ」
そうして複数の案を出されたが、ミアには到底無理な話だった。
それでも何となく、心の中を埋める事が薬だとわかった。
結果を求めるのではなく。
その過程で、傷んだ部分を埋めるのだ。
それはもう、やっているがな。
と、思うも、ロドミナ曰く、方向性が違うらしい。
今までのやりかたが通用しないのなら、別の法法を探せばいいと。
きっと心に垣根や段差を作っているのは自分だと。
心の疲れや痛みがあるのだと、誤魔化さずに手にとって見てみる。
疲れているのは、どこかで無意味だと自分で決めているからだ。
自分は駄目だと、自分で決めつけているからだ。
怒りや憎しみを向ける相手がいなくなって、目標を失ったから。
憎むこと怒りを持つことが、いつのまにか支えになっていた。
それではまるで、病気自慢や不幸自慢の軟弱者と同じだ。
そう、同じだ。
そうした考えに至ると、心の痛みと一緒に、体を重くする感情が大きくなった。
それでも、泣きはしない。
数日後、ロドミナと話し合い、入り江への物資を運ぶことにした。ついでにオーレリアも同道する。仲間の様子を実際に見ないことには話にならない。
その帰り道、妖魅の女がこぼした。
「ねぇ、ちょっと忘れているようだけれど」
「何?」
「貴女、喜んでいいのよ」
「はぁ?」
「貴女は勝ったの。負けた人みたいになってるけど」
原野を大荷物で進みながら、ミアは黙った。
勝った?
「貴女の状態は、まるで負けたって感じでしょ。
よく、考えてみて。
仲間が減って、上の人が倒れてる。
知らない土地で、体も疲れている。
けれど、貴女が手放した物は何もない。
そして、敵はいなくなって、細々とした事が片付けば、貴女は帰れるの。
貴女は、死んでいないし、今は傷も癒えてきている。
ほら、喜んでいいのよ。
貴女は勝った。
敵はもうあの動物達ぐらいよ」
そうなのか?
「今、貴女は食事をして働いて、眠る事ができる。
明日には、仲間と合流し、帰る算段もできるでしょうね。
そうしたら、貴女は帰る。
心を重くしているのは、貴女の頭の中の事だけ」
そう頭の中の考えが、苦痛を生み出している。
これはどうしようもないんだ。
「見方を変えて御覧なさいな。本当に、八方塞がり?」
そう言われると、自分のこの重い気持ちは、迷いだ。
「貴女は勝った。意味がないように思えるけれど、繰り返して自分は勝った、幸せだ、楽しいと、自分に語りかけるの」
「どうして?」
「人間は不思議な生き物でね、そうして口に出して自分に語りかける言葉が、行動や考え方を決めるのよ。
つまり、自分を縛り罵倒すれば、その通りになっていくの。
自分を、よくやった頑張ったぞ、と、慰め勇気づければ、その気になるのよ。
ねぇ、貴女。
最近、自分を褒めているかしら?
よくやってる、頑張ってる、素晴らしい、頼りになる。
色々、自分を責めていては、生きる意欲も無くなるわ。
違うかしら?」
そうだろうか?
「簡単な事よ。おはよう、私、今日も美人ねぇ。
ほら、幸せだわ、私」
「そんな単純じゃねぇよ」
「でも、言ったこと無いでしょう、フフフ。まぁ今日も可愛いわよ、私。
嫌な事を言ってくる奴がいるけど、私はよく耐えたわ。すごい、偉い素晴らしい!
失敗ばかりしちゃった、もう、誰とも話したくない。でも、私は可愛いから、いるだけでありがたいのよね。私すごぉい。
こんな感じかしら?」
「頭、悪そう」
「じゃぁそうね。
今日も一日、お仕事ご苦労さま、私。
私の家族は、私を愛しているわ。そして私も私を愛している。
今日もよく、頑張りました。
明日も、よろしくね。どう?
朝の洗顔の時でもいいわ。寝る前に鏡の前で言うのもいいし」
「恥ずかしいだろ」
「口に出すのよ、これが結構、効くんだから」
「もういいよ、何か変な詐欺みたいだわ」
詐欺じゃないのに。と、ロドミナは憤慨していたが、ミアは気が抜けて笑った。
「ロドミナは、そんな風に自分に言うのかい?」
「私?私は私が大好きだから、言わないわ。それに私の眷属達も私が大好きだしね。皆の事も大好きなのよ。言わなくてもね、相思相愛ね、フフフ」
「なるほどな、男にも何も言わないのかい」
「あら、男に大好きなんて言葉は不要よ。だって好きなんじゃなくて美味しいモノですもの」
冗談じゃなく、餌としての認識。
全くの異種族なので、ミアは答えなかった。
ミダスやオーレリアの種族は、ツアガの直流という扱いになった。
実際は、混血でもイオレアとは、すでに遠い血のつながりしか無い。東の長命種族のターク公の方が、よほど近いのだ。
そんな彼らは、勝手に三体に分裂する事はなく、安定した新しい種族固定が行われた。
それはリクス・ツアガという新しい種族、偽龍という生き物が、固定されたのと同じらしい。
だから、何がおきようとミダスやオーレリアは、長命種族としての業だけが与えられる。
ミダスはツアガの最後に衝撃を受けていたが、オーレリアはイオレアという祖に同じくならずに済んで、心底喜んでいた。
女と男の違いではなく、ミダスはツアガに教育された結果だろう。
正しさの基準が、人の姿のリクス・ツアガのままなのだ。
女にどつかれて、去っていく男を見送って、ミアは思う。
考えや行動を変えるのは難しいものだ。
そして日頃偉そうにしている自分も、凝り固まった考えに行き詰っているのだ。
もちろん、それは美徳でもある。
ただ、極夜を越えて。
腕が千切れたのではなく、魂が千切れたのだ。
今まで通りでは、怪我をした部分が戻らないのだろう。
団長が目覚める頃には、主な上級士官たちも息を戻した。
あの殺人鬼も元気に、イオレアの討伐をしている。
あれに関しては、容認の姿勢になっている。団長が許した事と、あれの娘が獣人として生きる限り、アレなりに制御ができるからだ。
そうした毎日が忙しくて、考える事は止めていた。
もちろん、真夜中に息苦しさを覚えて目覚める事はよくある。
ただ、それは自分だけではなくて、生き残った奴らの多くが、それぞれに何かを抱えていた。
普通の戦いでも、皆、それぞれ何かを抱える。それが今度の奴は、自分を中身をさらけ出す事になった。
自分で自分を見つめ直し、なんとか処理をするしかない。
時々、仲間同士で喧嘩にもなるが、それも一つの自己治療だ。
そして、ミアは崩れ焼け落ちた城の跡で、こっそりと自分に話しかけたりする。
「やぁ、ミア。今日も頑張ってるね。
お疲れ様、もうすぐ帰れるかもしれないよ。
よかったね、喜んで良いんだよ。
そうだね、向こうに戻ったら、一度、墓参りに休みを取るつもりだよ。
だから、我慢してる。よく頑張ってるよ」
何も無い空間で、こそこそと喋る。
「頑張ってる、よくやってる、本当だよ。」
いつの間にか、自分というより、娘に話しかけている気分になる。
「いつも元気でよくやってる。料理も最近上手になったじゃないか」
誰もいないから、けっこう普通に喋れた。
「今に、帰るからな。そうだな、休暇がとれたら暫く休んで」
泣きはしない。
もう、昔、腐るほど泣いた。
ただ、酷く寂しくて会いたい。
北の果に来て、こんな気分になるとは、厄介だ。
ふと、足元に何かがあった。
陶磁器の小箱だ。
半ば焼け残った塵に埋もれている。
それにしては白地に青い染料が美しい。
塵をどけて手に取ると、それは凝った飾箱だ。
きっちりと隙間のない作りなので、蓋を開けるのに時間がかかる。壊して割れてしまってはいけないから、時間をかけて優しく蓋をとった。
近くの平らな残骸に置く。
中身は鉱石の欠片が詰まっていた。
見たところ、高価な品物は無く、何かの材料に使われた鉱石の欠片のようだ。
様々な色の輝きが、夜にキラキラと光る。
一つとして同じ形も色も見当たらず、楽しい気分が詰まっているように見えた。
これは一度、神殿に預けたら、あの子にあげよう。
きっと女の子は、こういうのが好きだ。
お姫様やまわりの女の子で、好きに加工すればいい。
あぁ良い土産ができた。
フフフっと自然に笑いがもれた。
山賊のような事をしているなぁと思いながら、他にも何かあるかと焼け跡を探す。
どうせ、塵になってしまうし、横領、簒奪、なんだ、どうでもいいや。食料や酒だってとうの昔に、あさり尽くしている。
金目のものがなかったから、単に、漁らなかっただけだ。
そう、勝った者の権利だ。ほったら、一応団長に見せるしな。
何だか、急に、気分が良くなった。
ジメジメとした気分が逃げていく。
結局、ロドミナの提示した気分を上げる方法よりも、火事場泥棒の方が効果があった。
酷い話だが、ロドミナの気分を上げる方法も大概だ。
男を食えと言われても。
文字通り食用なのか、そうじゃないのか微妙な話である。
そして中央軍では、実はそういった方向を抑制する加工が定期で行われている。だから、いかな美丈夫であろうと偉丈夫であろうと、軍の女達は食べたくないのだ。
そして逆も又然りである。
攻撃力が下がると最初の頃は言われていたが、現場の混乱や面倒な事件が格段に少なくなった。
例の縄張り闘争問題も同時に加工する事も同じ時期に決まっている。
この処置も、実働部隊の場合に限られているが、おかげさまで男女ともに、中々健全と言うか不健全に過ごせている。
だから、男女の仲になってしまう輩は、おおよそ現場では珍しく、現場から離れてからの交際というのが多い。
そして元々繁殖時期が種族ごとに違うので、よっぽど盛り上がったら、暫くは休みだ。
それをロドミナに言ったら、心底、理解できないという顔をされた。
次に見つけたのは、これもまた凝った作りの小さな家の模型だ。家具一式も近くに箱に入ったのを見つける。
そうそう、これは人形師の女の子にいいね。
だんだん、気分が上がってくる。
それぞれ瓦礫の上に置いて、汚れをさっと拭う。
もっとあるかな?
ヘラヘラと笑いながら、ミアは夜になると廃墟探索に勤しんだ。
そして男たちは、ほっとしてその山賊行為を見守った。
日頃、元気が良いミアのボケっぷりが心配だったのだ。
だから、あえて何をやっていても知らぬふりをしている。
そして、その瓦礫の探索が、近辺の探索にまで広がった頃。
小島への橋の残骸付近で、祭司長の呪われた品物詰め合わせの長櫃を発見した。
散乱せずに残っていた事を喜ぶべきだろうが、一同、ぜったいそれは自らバラバラになる事を拒否して、そこで待っていたんだろうと思った。
でも、見つけたミアは機嫌がよかった。
これで、祭司長にも土産ができたから、これまで発見した品のお祓いも頼んで、娘たちに土産にするんだと喜んでいる。
そうして、ミ・アーハ・バザムの極夜は終わった。
ロドミナやオーレリアとは、定期で連絡を取る約束をした。
子供たちの様子を知りたいのもあるが、なによりも、弱った時に外に相談できる人がありがたかったからだ。
自分は、それほと強くなかったのだと、実感したのもある。
因みに、クズ鉱石と思った物は、高価で希少な鉱石であった。
祭司長が買い上げて姉に渡すと言ったが、そのままタダで奉納した。
しかし長櫃の礼もしたいと粘られて、新しい南領の神殿に名前が刻まれる事になった。
寄付した分、その新神殿での建造に関わった者としてだ。
親族、一族、全員、その神殿に名前を置いて、死んだ後の面倒を見てくれるとか。娘の墓も共同墓地の片隅から、そこの大きな霊廟の中に入れてくれるとか言い出され。
よく頑張ってくれた、身を削り戦ってくれた。
そして、この気遣いに感謝する。
ありがとう、本当にありがとう。
そんな言葉をもらった。
欲しがったわけじゃない。
けれど、言われなかった今までを思い出して、ミアは、ちょっと笑ってしまった。
嬉しい言葉は、心の痛い場所を埋める。
ロドミナの言い聞かせは、中々、侮れないと笑った。