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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
350/355

閑話 教えて、神の人!(答え、爆破焼却)

 エレッケンを爆破した時、手応えはあったのだ。

 汚物を焼いて、忌々しい巣を瓦礫に変えてやった。

 すっきりした。

 ついでに、この殺人鬼も始末した。

 ..はずなのに、目の前でヘラヘラ笑っている。

 こいつは何で生き残っているんだ?


 城の中は腐れ落ちていた。

 民の姿は無く、治める者とて残ってはいない。

 翁、と呼ばれるモロクスは、人間の言葉が喋れない。

 だが、蛇の威嚇の音のように、吐く息で仲間に何かを伝える。

 人肉を食するまでに成り下がった姿とは交流する気はない。だが、このモロクスと従姉妹のイギニアは、まだ、人の知性は残っていた。

 彼らは翁と孫のように見えるが、実はそれほど歳がかわらないらしい。

 あれが干からびてから、天罰がくだり、それぞれに相応しい姿になったのだという。

 それはそうだろう。

 他人の腹から飛び出した生き物を食うなんぞ、頭がおかしい。

 まぁおかしいからこそ、蚯蚓のような姿で人を溶かして食うわけだ。

 彼らは口内の毒牙で獲物を溶かして食うのだ。

 ここまでくると、人間として扱うのもばからしい。

 これはこういった生き物であると思えば、害獣を排するのは当然。

 ヤンがいそいそと殺してあるこうが、良心の呵責がなくていい。


「でさぁ、俺って実際、お姫様とも会ってないしぃ。娘からの又聞きでさぁ」


 人だった何かの首を掻き切りながら、ヤンがヘラヘラと喋りだす。

 人族長命種も霊素に毒されると、身が変わるのか、それらしい化け物になっていた。

 肌は青黒く、その肌の表面にびっしりと金色の模様が浮き出ている。

 そしてその頭部には見るからに硬そうな角だ。

 捻れて巻かれた角がある。

 一見すると獣人と同じに見えるが、その手の角を持つ獣人は少ない。

 人形をとる時には、自分で落としているのもある。

 生活に不自由もあるし、自分の獣の形を知られたくない者が多いのだ。

 そしてこの手の実に雄々しい角を持つ男は、繁殖期以外は角を落としている。

 つまり、やたらと角をひけらかすのは、繁殖期だ。

 それを知らないで角を生やしている獣人はいない。

 そしてこの馬鹿は、獣人ではない。

 証明終わり。


「全部が謎なんだよねぇ」


 スヴェンやオービス、それにモルダレオにエンリケ、彼らの姿が島に見えた。

 サーレルは東に向かって大分経つ。

 後は、三度目が来るまでに運び出す。

 こいつはここで始末できるはずだったのだが。


「あっ、そろそろ来そうだね」


 空の赤味が濃くなっている。

 これの感覚の鋭さは侮れない。


「裏に回って運び出す。殿下と祭司長、おつきはシュナイだ。殺すんじゃないぞ」

「ふぇい〜」


 このエレッケン城からは、実はあの橋だけが小島に続いているわけではない。

 モロクス曰く、あの橋の下、海の下に通路があり、それこそが本当の儀式用の道だった。

 だが、セネス・イオレア・モーデンの軸となる男が死んで、誰も通れなくなった。

 純粋な、イオレア以外は、通れない。

 と、いうのは建前である。

 神罰の下った者が通れないだけだ。

 つまり、イオレアは誰も通れない。

 通れるのは、イオレア以外だ。

 あの薄気味悪い地下の水辺。

 あの水辺と島は繋がっていた。だが、今はあの水辺は水の花に覆われて、通り抜ける事はできない。

 ただし、この地下の水辺の側にある小さな祭壇から、もう一つ穴が開いており、そこが小島への通路になっている。

 では、イオレアの血を僅かばかり引いているヤンは、この花が始末してくれるのではないか?

 期待は外れるものらしい、ヤンに限って。

 ヤンの頭に生息している謎の生き物2つが、楽しそうに何か動いていた。

 それがおかげか、門に阻むように生えていた花の蔦が、そっと静かに退いた。

 誠に残念である。


「でも、なんでさぁ」

「黙れ」

「だってよぉ、争う前に殿下や皆を島に置いておかなきゃいいじゃん」


 もっともな話だ。


「なんかさぁ」

「黙れ」

「最初から変なんだよぉ。全部、無駄におもえてさぁ」


 確かに。


 細い通路は湿っており、海の下だと思うと気分が良いものではない。

 岩をくり抜いて作られた通路をしばらく進むと、小さな鉄の扉があった。

 手を置くと、それもひんやりと湿っている。

 閂を横に引くと、そっと扉を開けた。

 その先には明るい炎がみえる。

 暖炉だ。

 壁に腰掛けている祭司長は、疲れたのか頭を揺らして眠っていた。

 さすが、神の寵愛を受けた者だ。

 その外見には、ヤンのような変化はなく、いつもどおりの麗しい姿のままだ。

 そっと中に入り込む。

 中は本当に物音一つしない。

 あたりを見回す。

 始まる前に確認した室内と同じだ。

 ヤンも入り込むと、眠るロドメニィ殿下をしげしげと見る。

 それを睨むと、ヤンは手を上げて離れた。

 この部屋の天井はには、開いたままの窓、開放部分がある。

 そこからは何故か青空が見えた。

 なるほど、と納得する。

 ここは聖域だ。

 外の醜い事柄は入ってこないのだ。

 室内を横切り、正面扉に向かう。

 分厚い両開きの扉からは、室外の様子はわからない。

 取っ手を掴み回す。

 微かな音が鳴り、開くと覗くのは闇だ。

 本来の闇である。

 それを見ていると、闇から青い肌が浮かぶ。

 こちらの角は控えめで、前に小さく突き出ていた。

 シュナイの肌色も青く変わり、その瞳からは白目が消えていた。

 正気かどうかを疑っていると、彼は小さくため息をついた。

「時間ですか?」

 言葉はきちんと発音されて、いつもの何となく自信の無い口調である。

 中に招き入れると、ヤンを見て身を強張らせた。

 たぶん、自分も姿が変わっている事に気がついていないのだろう。

 まぁ、体が変わっていなくとも、この男には誰も会いたくはないが。


 そこからは手早く運んだ。

 殿下をとらえる、否、守っていた蔦は、案外、簡単に離れた。

 祭司長は、去り難く残りたいとごねたが、最初から決めていた。

 残すつもりなど欠片も無いのだ。

 そしてシュナイに守らせ、先導をする。

 ところだが、この男をどうするかで迷った。


「俺、ここに残るよん」


 思いもかけない言葉だった。

 始末するか下に放逐するかと考えていた。

 実際、エレッケンの人間を始末しただけで、これの役目は終わっている。

 この男が、殺したのだという事実があれば、それでいいのだ。


「しってるかい?

 大将はねぇ、ここをギリギリまで空っぽにするなってさぁ。だから、俺がのこるよん。でもさぁどうしてだろう」

 確かに。

「うん、だから聞いてたんだよぉ。だって、俺で、殿下のぉ代わりにはならないじゃぁん」


 その意味は?


「ここに長命種がいるという形だ。

 エレッケンを爆破し、多くの命を奪い、この土地が瓦解したという事実を全て、別の真実にするのと同じ工作だ。」


 祭司長の言葉に、ヤンが首をひねる。


「それに意味があるのかなぁ」


「意味など無いな。体裁だけだ。だが、それを無くすことができないのが、人の世の中でもある。あれらは我らだ。

 ヤン、この浅ましい姿を見ておいてくれ」


 それにヤンはニヤッとした。

 祭司長に言われずとも、人間は全てゴミクズだと思っている。

 祭司長は頭を振ると、地下通路へと入った。

 それに続いて振り返る。

 ヤンは棺に腰掛けると上を向いていた。

 きっと幻の青空を眺めているのだろう。

挿絵(By みてみん)

 ***


「何で戻ってきたのぉ、外にいかないのぉ」


 三度目の霊素に吹き飛ばされて、イグナシオは体の一部が変化した。

 実に忌々しい限りだが、熱を孕んだ左手が痛む。

 そして外からは見えなくなった、この場所へともう一度下から侵入した。

 面白い事に、空間は残っていた。

 ただし、小島の外、あの天辺とは言い難い。

 なにしろ、四方の壁が崩れて、見たことも無い夜の景色が見えていた。

 暖炉の炎は燃え、床と腰掛ける物などはそのままだが。

 その四方は暗く静かな森の中だ。

 たぶん、イオレア達が殺到しても、ここには来れないのではないだろうか。


「でも、これって絵みたいなもんだよ。触れないしねぇ」


 室内のゴミを外へと投げる。

 それは元の壁があるかのように、跳ね返ってきた。

 見上げる空には、月が一つしかない。

 双子の星が無いなど、この世ではないか作りものであろう。


「で、何で戻ってきたのぉ?俺を始末しにぃ?」


 そういったくせにヤンは落ち着いたものだ。

 本気でやりあえば、どちらかが死ぬだろうし、ヤンが死ぬともイグナシオが死ぬともわからない。

 これがカーンであれば、この男は即滅できると言える。

 室内に入り込んで、暖炉の前に腰を下ろすと、イグナシオはため息をついた。

 疲れぬはずなのに、疲れを感じる。


「で、どうしたのさぁ」

「せっかくだ、お前の質問に、俺なりに答えよう」

「どうした風のふきまわし?」

「お前がどうしようもない奴でも、お前は約束を果たしているからだ」

 イグナシオの言葉に、ヤンの頭でふざけた仕草の花が踊る。

 何もかも馬鹿らしいと彼は思った。


「んじゃぁ、何から聞くかなぁ。そもそもさぁどうして、お姫様がひどい目にあうの?何で、こんな場所でゴミ掃除すると、目が覚めるの?」


 それを説明するとなると、どこから話せばいいのかと、途方に暮れる。

 イグナシオは眉間を片手で揉み、傷んだ片手を床に置いた。

 そのまま横になって寝たい気もする。

 送り届けた先の待機組が殆ど死んでいたのもある。

 サーレルが無事であるのを見届けてからとって返し、こうしてこの男の顔を見たら、力が抜けたのだ。


「親の不始末を子供が尻拭いしたんだ」

「親って誰?」

「エイジャ・バルディス」

「それって何者?」

「人間の守護をする半神だ」

「じゃぁ姫は神様?」

「精霊種だ」

「で、不始末って?」

「お前が始末してまわったイオレアを残した事」

「そもそもイオレアとかいうけど、何?」

「前の時代の人間」

「イオレアってさぁ色々名前がまじるんだけどぉ〜めんどくさっ」

「イオレア種は、三位一体、融合と分離を繰り返す。

 主軸のイオレア、ニーカとリャドガにわかれる。

 いま、お前が殺しているのは主軸のイオレアのはずだ。

 ニナンからわいているのが、ニーカとリャドガだ。外見上は同じ化け物だな」

「んじゃぁミダスはどれ?」

「ミダスは、ヨルガン・エルベという守護者の一人に力を与えられたリクス・ツアガだ。

 リクス・ツアガは主軸の血と外部の長命種の血が混じった混血だ。イオレアとは別で融合も分離もしない。本人は、イオレアと自分たちは同じだと思っているがな」

「ヨジョミルとかは?」

「あれも前の時代の人間だ。だが、イオレアではなく、属種で別だ。隠れた目が額にある。まぁ、あれもエルベの作ったなにかだろう」

「そのエルベって」

「守護者は東西南北、本来は四人、世界の要素を司っていたそうだ。

 カーンが持っている力と、エルベの力以外は、死んで戻されている」

「そもそもさぁ、何で都であんな事がおきたのさ。いまさらじゃん、あの男さぁ前の死んだやつでしょ。本当は死んでなかったとか?」

「順番はこうだ。

 ここでセネスが馬鹿をして、ヨジョミルなどの属種が死んだ。

 しかし原因のイオレアは、たいしたお咎めがなかった。

 世界が壊れるよりはと、守護者が庇った。

 エイジャがかばい、セネスというゴミを分けて、この場所を守らせた。

 一人はツアガ、一人はモーデンとして、死んだことになったもう一人は東に封印だ。

 ツアガとモーデン、最初にモーデンが死んだ。

 死んで、東の封印が弱まる。

 モーデンはツアガと融合し、封印から出た一人が前公王を唆してエイジャを殺害。そしてツアガは死んで、指導者と守護者を失った。

 幸いな事に、門を守る生贄のおかげてツアガは保っているが、それもジリ貧。

 東の守りであった守護者は死んでいたし、子孫のシェルバンは封印を抑えられず滅びに向かっている。

 このお手上げの状況で、神は斎いを執り行うことにした」

「何をするのさ?」

「死んだ守護者の娘。

 何も知らない娘を踊らせて、どこまでたどり着くのか見ることにした。

 娘が選ぶことで決めようと考えた。

 どうせ、この世界はもう終わる。

 神はきっとそう考えていた。

 つまらない最後だと思ったのかもしれない。

 本当は、娘を哀れんでいたのかもしれない。」

「それでお姫様は、踊った」

「文字通り踊った。神に人間へ慈悲をとな。その祈りのおかげで、生きながらえた。では、我々は何を彼女に返せるだろうか?」

 ヤンは静まり返った夜を見上げた。

「なるほど」

「質問は以上か?」

「でさぁ、ここを守ると、景品でお姫様は目が覚めるの?これって重要じゃぁん」

「わからん」

「だめじゃん」

「確かに」

「何でここで戦ってんのさ」

「原因を掃除してしまえば、神のご機嫌もなおるかとな」

「それで燃やすと」

「間違いを正し、新しい約束をしろという。なら、最初に燃やす。当然だ」

「そして盛大に燃えるのかぁ〜」

「他にはあるか?」

「まぁ公王ってやっぱ嫌な奴だってわかったぁ」

 確かに。

 公王も神殿も、長生きしている奴らは、まったく知らないはずがない。

 だが、わかっていて、最後に我々を犠牲にした。

 娘に何も言わずに踊らせたように。

 臆病で狡猾であるし、賢明でもある。

 ヤンもそうだが、長命種はここに来てはならないのだ。

 イオレアほどではないが、呪いを受けるのだ。

 エルベの庇護にあってさえ、ここに送られた女もそうだが、皆、だめになった。

「そろそろ外に戻る。お前ももう、出てもよかろう」

「いや、俺、たぶん、ここにいたほうがいいみたい」

「どうしてだ?」

「奴らが来るのがわかるんだ。

 上にあったはずの、重要な何かが場所をうつったのも感じた。

 門って奴だろ?ちょうど南の方向かなぁ」

 それに外の光景を思い出す。

 天から柱が降った。

 あれだ。

「けど、奴らは俺のいる方向に来てる。俺が生きてる限りはごまかせんじゃね。俺が門とやらに見えんだろうさ」

 柄にもない言葉に、イグナシオはヤンを凝視した。

「まぁ、短いようで長い付き合いだ。旦那はさっさと大将と合流して焼かなきゃ、だろ」


 イグナシオは、呆れたように頭を振った。

 そうして地下へと入った。

 入り口の閂は、外からかけなかった。

 戻ってこれるかわからないし、あんな場所に閉じ込めても結局死にそうもないからだ。なら、妙な憐憫を覚えないようにしておくのがいい。


 ***


 今回の依頼は、非常に捗った。

 殺し放題で、何だかんだと言いながら、お人好しの獣人達から助けが入る。

 おまけに報酬は娘の将来..だけでなく。

 あのモルデンからの報酬だ。

 人族どもの約束に意味は無いが、モルデンは馬鹿で成り立っている。

 つまり、男気と約束は守るってわけだ。

 まぁ報酬なんざ無くても、娘のお願いは一番だ。

 誰にも言わないし、言ったところで信じられないだろうが。

 娘が妹より可愛いのだ。

 妹はもう、過去だ。

 娘は、今だ。

 焼け焦げた中身の自分に、唯一、料理の味をわからせる存在だ。

 壊れきっている自分でも、彼女だけは特別だ。

 だから、自分や妹には与えられなかった約束をしている。

 勝手に、自分の中で。

 俺は娘の絶対の味方。

 娘の安全を公王が約束し、将来をモルデンが見届けるなら、何でもできる。

 代わりに、もし、娘に何事かあったなら、たとえ死んだとしても、必ず、楽しい目に合わせると決めている。

 もちろん、口にも出さないし、娘にも言わない。

 なぜだろうね。

 いつからだろうね。

 そういうのってさ、理由は無いのさ。

 あぁこれは俺の娘だなって、血が繋がってないのに思うのよ。

 こいつの子供が生まれたら、いいなぁ。とかね。

 おじいちゃん、なんて言われてみたいもんだ。

 まぁ娘の旦那はぶっ殺すけどねん。

 とか、思いながら寝転がる。

 実に面白い事が続いている。

 長命種は呪われた生き物である。

 公王は知っていた。

 神殿も知っていた。

 でも、何故か放置した。

 何故だ、何故なんだ?

 まぁよくわからん。

 だが、実は、この土地に入ると、おかしくなるとかね。

 ありそうだ。

 無事なのは、皆、獣人の血筋や混血だ。

 長命種を送るのが不安だった?

 急におかしくならずに徐々に変化する?

 それとも何か特別な法則があるのか。

 考えていると、部屋が揺れた。

 外で何かがおきているようだ。

 潰れるかな。

 ギリギリまで耐えて、それから。

 それからを考えてヤンは首をひねった。

 考えてから、ヤンは静かに起き上がった。

 ゆっくりとあたりを見回す。

 森の景色。

 そう、これは向こう側の景色だ。

 化け物の世界と思ったが、違うようだ。

 これも影響し合った結果だろうか。

 手の届かない絵画のような世界だが、生きて動いている。

 夜空に雲は流れ、下生えには生き物の影が見える。

 水音もどこからか小さく聞こえてきた。

 動いている。

 ヤンの部屋のほうが、場所を動いているのだ。

 それまでは変哲もない木々ばかりだったので気が付かなかったが、この部屋は何処かに動いていた。

 もちろん、その場所を走っているのではない。接着地点が移動している。

 向こう側はもしかしたら、こちらの景色は見えていないかもしれない。

 やがて森の向こうに灯りが見えた。

 奇妙な形の家だが、広場を囲むようにして建っている。

 その中心では炎が燃えて、何かが楽しそうに語らっていた。

 その広場の側には小さな川が流れており、それは体を水に浸している。

 炎を囲む影は、おおよそ人の形をしていないが、どれもがこちらでいう楽しい雰囲気がみてとれた。

 そして彼らが座る石の上、その端っこには藁が敷かれていた。

 そこには一人、女が座っていた。

 飴色の髪に、色白の美しい人型の女だ。

 彼女は水辺の友に何か言い、器を差し出すと笑っている。

 あぁ楽しそうなその景色。

 異形の世界だというのに、そこは穏やかで楽しげな夜であった。

 ふっとその女は、ヤンの方へと目を向けると、そっと唇に人差し指を置いた。

 内緒ですよ、という仕草。

 何処かで会った事があるのだろうか。

 女は、又、水辺の友へと顔を戻した。

 にゃぁと間抜けな猫の声。

 女の足元で猫が鳴く。

 耳元で鳴く声に、これは何だと意識を戻す。

 何だ、この茶番は。

 落ち着いた心に殺意が戻る。

 それはいつもの自分であり、正常な反応。

 あぁ、イオレアに見せたこれが幻想か。

 門へと至れば与えられるという空約束。

 そして黒煙と炎。

 イグナシオの旦那がやりやがったな。

 と、確認もせずに思う。

 部屋が轟音をたてて崩れていく。

 崩落に体を舐める炎。

 確かに、くだらない過去は、焼き潰して吹き飛ばすのが一番だ。

 面倒がなくて楽なもんだ。

 そうしてヤンは塩水に叩き込まれると意識を手放した。

挿絵(By みてみん)

お花ちゃんズも一緒です

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