Act32 鈴
ACT32
「俺の懐に鈴がある。ジグで渡された鈴だ。取り出してくれ」
シャツのポケットから、銀の鎖を通した鈴があった。
水仙のような形に薄紫色をしている。
「それは飢えたる者を遠ざける。それを首から下げているんだ。」
「何で、男はこれを」
「何でだろうな。鳴らしてみろ」
チリンと可愛らしい音がする。
チリンチリンと鳴らすと、何故か胸が苦しくなった。
「意味は無いのかも知れないし、あるのかも知れない。ただ、それを持ってれば、喰われない。お前は、それをもって常に東を向いて歩くんだ。」
「一緒に行こう」
「こいつらを置いてか?」
「でも」
「碧い色の印を選ぶんだ」
「あぁ出口か」
「下に向かうように見えても、碧は上に向かう道だ。」
「色など気がつかなかった。なぁ、帰ろう。爺達に合流すれば、何とか」
「ならないよ、もう、無理だ。」
彼は下がるように言うと、瞼を閉じた。
青白い顔から表情が抜ける。
再び開いた眼は、人間のモノではなかった。
カーンの獣面ではない。
瞳は溶けて、澱んだ緑色の複眼になっていた。
その口元は、あの骸骨兵と同じ奇妙な舌が垂れている。
「さよなら、だよ」
私は、どうしていいか判らずに立ち尽くした。
「あえて、うれしいよ、オレたちは、かえってきたんだな」
ぽつりとこぼした姿は、見る間に奇怪な姿になっていく。
肌は鱗がたち、髪は焼けたように縮れた。そして、クタリと力が抜ける。
呼びかけても、他の四人と同じく何も答えなくなった。
チリンと鈴が鳴った。
もしかしたら、この鈴が、最後の人間らしさを引き留めていたのだろうか。
私は彼らの前から、暫く、動けなかった。