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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
348/355

ACT302 心の器に注ぐは、貴方の

 夏の終わりに嵐が来た。

 珍しい嵐に、都の人通りは途絶えた。

 雨の音、暖炉の炎。

 夕食の途中、不意に、手を取り合う姿が浮かぶ。

 私と誰かは手をとりあった。

 心が親しく感じられた。

 素晴らしいと今ならわかる。

 私達は、心が似ていた。

 貴方と私は、とても似ていた。

 似ていても、まったく別の魂で。

 それはとても貴重で素晴らしい事だ。


 私は夕食の途中で泣いていたようだ。

 何故、泣いたのだろう?


 泣いた次の日、コンスタンツェ殿下が言った。

 すべてうまくいきますよ。

 貴女の悲しみを皆、知っている。

 貴女の無くした物は、大きい。

 でも、親が娘の悲しみを望みましょうか?

 子を苛む親は親ではありません。

 貴女の親とは、肉親ではありません。

 貴女の神だ。

 貴女が冬の日にあった神。

 貴女は失うと同時に、神も失った。

 思い出の中に、貴女の神はいますか?

 いないでしょう。

 貴女の悲しみの分だけ、貴女から奪った神も泣いている。

 わざと痛みや悲しみを貴女に与えたいわけではない。

 貴女を試す事はもう無い。

 でも、貴女は泣くでしょう。

 そして祈る相手もわからずに、神殿で願う。

 他人の願いばかりを。

 少しだけ願ってみてはいかがか?

 貴女の忘れてしまった神に。

 お願いするのです。

 そのくらい、頑張った貴女は受け取っても良いと思うのです。

 願うのが難しいのなら、伝えるのです。

 悲しいと。


 次の日から、神殿で祈る最後に、自分の気持ちを言う事にした。

 今日は祈った後、寂しいと言ってみた。

 少し、泣いた。


 秋になった。

 今年の秋は盛大に祝うらしい。

 近頃落ち込んでいた穀物の生産量が上がり、王都の物価も落ち着いたからだ。

 景気の良い話に、街中がわいていた。

 殿下に言われた通り、神殿で祈る時に、気持ちを伝えるようにしたら、人前で泣かなくなった。

 よかった。

 不意に悲しくなっても、勝手に涙が流れる事がなくなってホッとした。

 ただ、時々、秋の雲を見上げて、新しい服を来た街の女の子を見ると、寂しいと思ってしまう。

 どんな繋がりがあるのか、見えない心の構造が知りたい。


 秋のお祭りで踊りを商業区の広場でやるそうだ。

 リアンが可愛い服を作っている。

 リアン、すごい。

 私は踊らないし、見ているだけのつもり。

 服はいらないと言ったのに、何故か、何枚も届いた。

 相変わらずわからない成長具合なので、今までの服で十分である。

 殿下に注意したけど、まだ、増やすつもりらしい。

 収納できないと言ったら、収納する家を作ると言って、オロフさんに注意されていた。

 もっと注意してほしい。

 そういえば、殿下の叔父さんがお祭りを主催するらしい。

 屋台が楽しみ。


 着飾ったリアンとエウロラ、ビミンにアン、それに私は、オロフさんのお母さんに連れられて、お祭りに参加した。

 オロフさんのお母さんは美人だ。

 そしてお母さんがいると、混雑するお祭りで楽に通行できるし、何故か順番待ちしないで色々楽しめた。不思議だ。


 広場から陽気な音楽が聞こえ、男女が楽しく踊っていた。

 リアン達も女同士で踊って騒いだ。

 私はフローラお母さんと一緒に見ていた。

 お母さんは踊れと言わなかった。

 踊らなくてもいいのさ、楽しければ。そう言っていつの間にか運ばれてくる料理を食べていた。

 いつもあっちこっちから、走ってくる男の人達は誰なんだろう。知り合いだろうと挨拶する前に消えていく。素早い。


 鈴の音がした。


 振り返ると鈴を鳴らす恋人達がいた。

 花形の鈴の屋台だ。

 魔除けになるし野生動物にもおすすめなんだけど、本来は縁結びの鈴だ。

 二人は楽しそうにお互いの色を探しては音を鳴らしていた。

 ぼんやりとそれを眺める。

 あぁ、楽しそうだな。

 仲良さそうで、いいなぁ。

 ぼんやりと見ていた。

 そうしたらフローラお母さんに抱き上げられた。

 お母さんは大きな人で、ひょいっと抱えると笑った。

 もっとご飯を食べて大きくならないとって。


 寝る前に神様に、寂しいし不安だと言った。

 それからご飯は食べてるけど大きくならないのはどうしてだと余計な事も伝えた。神様ごめんなさい。


 再びの冬。

 最近の護衛はシュナイさんだ。

 弟が神殿に隠っているので、リハビリ中の彼が私の付添になった。

 オルパノ門の詰め所に据え置かれた私の椅子を見て、シュナイさんは驚いたようだ。

 どうしてと問われても、答えようがない。

 ただ、門の外を見ていたいからというしかない。

 どうしてと私も思っている。


 うまく説明できない気持ちを祈った後に、伝えた。

 どうしたらいいのかわからない気持ち。

 神殿で働く時間を長くしたほうがいいのか。

 最近、皆、忙しそうだ。

 そして東マレイラは現バンダビア・コルテス公爵によって落ち着きを取り戻したと宣言が出された。

 これで東の海路の安全性が格段にあがり、今まで北からの船のみがたどり着いていた航路に、マレイラからの船が出せるようになった。

 北に取り残された人が戻ってこれる。


 ***


 冬が開ける頃、北へと向かっていた調査船が戻った。

 ツアガ公領地は、統治に失敗し飢饉の中、内乱状態となっていたようだ。

 公王陛下の妹が戻されたが、当のツアガ公は死んでおり、逆賊によって城は破壊の限りを尽くされた。

 船には数名の兵士と殿下のみ。残りは骨か一握の灰が積まれていたそうだ。


 水源調査の隊で取り残された人はもういない。


 大公爵とビミンのお祖父さん、それからエウロラのお父さんの名前が無い。

 死者、行方不明者の名前の方にもだ。

 生存者の名前に、彼らは無い。

 記載漏れか、判別不能だったら諦めるしかない。

 色々、考えている内に時間だけが過ぎていく。

 名前の紙、全員分なのか弟に聞いた。

 違うって弟は言った。

 もともと、密かに行った行動で、公にできない人員はもっといる。

 そして弟が見せてくれた方、民に回覧されていない神殿の名簿。

 そこにはもっと詳しくいっぱい名前があった。

 私の知り合いの名前を聞いた。

 弟は答えなかった。

 紙の半分は行方不明。

 もう半分の半分は、死んだ人。

 生き残った人は、弟の名前を含めてほんの一握。

 もう一度聞いた。


 私の待っている人は、ここに書かれている?


 死んだ人の所に指を置く。

 弟はいない。

 と、答えた。

 聞いても、不安は消えなかった。


 弟は言った。

 姉さんは、いつか言い出すと思うから言うよ。

 会いに行こうと考える。

 きっと名も忘れた誰かを探しに行くと言い出すだろうね。

 もし、ずっと会えなくても、生きている限り探すだろうね。

 じゃぁ死んでいたら?

 会えたとしてもわからなかったら?


 死んでいたら?

 そう考えたら、私は息が吸えなくなった。

 会えても、わからなかったら?

 そう考えたら、苦しくて涙が出た。


 泣くことしかできなかった。

 その誰かが死んで会えないなら、どうするんだ?

 こうして寂しくて泣くだけなのか?

 助ける事はできなかったのか?

 私は助ける事ができなかった。


 泣き続けた。


 ずっと弟は側にいて。

 最後は、巫女頭様が怒った。

 弟は言った。

 泣くぐらいいいじゃないか。

 存分に泣くぐらい。

 今まで、ずっと泣けなかったんだ。

 神は、俺達に、伝える事を禁じた。

 これは罰だ。

 でも、姉さんは、罰を受ける必要があるのか?


 私が無くしてしまったものは、皆、知っているんだ。

 けれど、それを教えては、駄目、なんだって。

 自分で探して、自分で気が付かないと、駄目、なんだって。

 気がついて、探して、そして、それがもう。

 思い出せないのに、私は、怖い。

 私は、なんて、意気地なしなんだ。

 私、私は、誰?

 私は、何処から来て、ここにいるの?

 私の家族、私の友達、私を守ってくれる人達。

 私は、皆に返せている?


 泣きすぎて、苦しくて。

 私が私だと言える、その中心を見失った。

 今にも走り出して、会いにいかなきゃ。

 そんな気持ちが中心にあるのに。

 何処へ行けばいいのか。

 誰を探せばいいのか。

 わからない。

 私は、ここにいるのに。迷子だ。


 ごめんね。

 思い出せなくて、ごめんなさい。

 弟が言ったとおり、私は会いにいかなきゃと思った。

 私は腫れ上がった目を開く。

 そして弟に言った。

 会いに行く。

 死んでいてもいい。

 死んだことを知らなくちゃだめだ。

 わからないはずがない。

 ここで動かずに待っていたら、心が痛く苦しくて我慢できない。

 ごめんなさい。と謝った。

 我儘だ。

 弟は、じゃあ一緒に行こうと言った。


 もう少し暖かくなって、東マレイラの海路が落ち着いたら。

 面倒な事柄を片付けて、それまで我慢してほしい。

 そう言った。

 大丈夫、俺のたった一人の家族の願い。

 お前の忠実な下僕しもべもいる。

 俺だって、どうなったのか知りたい。

 俺は最後まで残れなかった。

 だから、結末を知りたいんだ。


 私は、旅立つ準備が整うあいだ。

 オルパノの門の外、小さな木が生えている場所にいる。

 お弁当をもって、門の詰め所から出て、そこで待っている。

 春になったばかりの弱い陽射しに、薄い色の空の下。

 今日は、ブロウさんが付添だ。

 お茶を受け取るブロウさんの片手は義手だ。

 ブロウさんの義手はまるで本物のような動きで受け取る。

 実は生やした骨を軸に、金属で補強した人工の腕らしい。

 素手で殴る時と同じ威力だと教えてくれた。

 もちろん、獣の人がおもいっきり殴った感じと一緒ってこと。

 岩が砕ける。すごい。

 最新の物なんだという雑談をしながら、過ごす。

 皆に、迷惑をかけているなぁ。

 本当は、一人で旅にでるのがいいのじゃないか?と思っていた。

 でも、一人でいなくなったら、テトもそうだけど、逆に皆に迷惑をかけると思いとどまった。

 しくしく泣いてる頃より、心が落ち着いた。

 決めて動くしか、解決できない事だった。

 そう思う。

 私は、忘れた大切な事を見つけるのだ。

 思い出せなくても、見つけて、これからを考える。

 失った事をも忘れてはいけないから。

 私は、オリヴィア。

 皆はヴィって呼ぶ。

 ある日、目が覚めて、ここにいる。

 きっと、誰かがどこかで、守ってくれたから。


 ***


 傍らのブロウさんが立ち上がった。

 オルパノ門の行列とは別、東の方から騎影が見えた。

 春の霞の中だというのに、淡い色の中でそれだけは、禍々しく黒い影だ。

 私は膝を抱えて、それをぼんやりと見ていた。

 一番大きな影に、付き従うように6つの影。

 たぶん、兵隊だ。

 騎士だろうか、とても大きい軍馬だ。

 それが徐々に近づいてくる。

 びっくりするくらい物々しくて大きい。

 先頭の馬に乗る人は、黒い兜に背中に大剣を背負っていた。

 ブロウさんは、手をかざしてそれを見る。

 彼が中に入れと言わないのなら、危険は無いのだろう。

 あんな大きな馬は初めて見た。

 それに全員が漆黒の鎧に埃よけまで真っ黒だ。裏打だけが緋色で炎のようにも見える。

 刺繍は銀色だろう、陽射しに煌めいて、まるで幻のようだった。

 私は、ぼうっとそれを見ていた。

 長々と門に並ぶ、商隊や旅の人達を避けて、彼らが真っ直ぐこちらに来るのを。

 彼らは、私の座る木から遠くで馬を止めた。

 暫く、じっととまっていると、先頭の大きな男が馬を降りた。

 大きいなぁ。

 口をぽかんとあけて私は見る。

 顎下の紐を緩めると、その人は兜を脱ぎ傍らの騎士の一人に手渡した。

 口元の埃よけを下げ、頭部と顔を守る物もおろした。

 浅黒い顔に切れ長の三白眼、尖った犬歯に意地悪そうな口元。

 短い髪は灰色に黒。

 突き出た耳は尖り、瞳は不思議な藍色だ。

 誰だろう、獣の人だ。

 不思議と怖さはなくて、どこかワクワクとした気分になった。

 それまで抱えていた、重い気持ちが消えていく。

 ブロウさんが、自分の胸を拳で叩き、頭を下げ片足を引いた。

 どうやら偉い人らしい。

 私も挨拶しなきゃかなぁ。

 この身分がややこしい。

 私は神殿籍になっていて、貴族に対しても誰に対しても、頭を下げてはいけないようだ。

 けれど、私にしてみれば、誰が保護者であっても普通の民に過ぎない。

 時々、偉い人と焼き肉をして食べていたとしてもだ。

 などとくだらない事を考えているうちに、その人が近寄ってきた。

 テトは唸るが、珍しく飛びかからない。

 それに気がついているのか、その人は猫に片眉を上げるとニヤッと笑った。

 笑窪だ。

 この人、笑うと片頬に笑窪ができる。

 変なの、怖そうな大男なのに。

「何してるんだ、こんなところで?」

 笑いを堪えたような言葉、それにブロウさんは返した。

「団長を待っていました」

 団長?を待っていた。どういう事だろう。

 それに、その獣の人は、そうかと頷いた。

 そして私を見ると、とても優しい顔をした。

 驚くくらい優しい顔で言った。

「名前は?」

「ヴィ、です」

「そうか」

 その人は、それからぐるっと辺りを見回した。

「俺は、ウルリッヒだ」

 何でもないように、その人は言った。

「北から帰ってきた」

 私は、大きなその人を見上げた。

「親しい奴は、ウルって呼ぶ」

 ウルリッヒのウル。

 この人はウル。

「オリヴィア、よろしくな」


挿絵(By みてみん)

一旦の区切りとなります。

少し編集し、何がどうしてという部分の番外裏をあげます。

長らく、おまたせしましたが、オリヴィアの明日はこれからです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はあ~、好き。何度読んでも良いです。
[良い点] 長かった…ようやく旦那とオリヴィアが再開出来ましたね。涙涙涙 これからの二人の新たな冒険と旦那が戻ってくる間の話を引き続き楽しみにしています。 連載ありがとうございます。
[良い点] 347部からやばいくらい泣いてしまいました [一言] 冬の狼の、寂しさをあらわす文章が綺麗で胸に届いて大好きです。ずっとカーンとヴィの明日が始まるのを信じていたので、すごく涙が出ました。こ…
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