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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
339/355

ACT298 流浪の女 ②

 砂と同じように、足が沈む。

 何処が固い場所か、穴になっているのかわからない。

 それでいて濡れて固い場所もあれば、泥のような場所もある。

 磯の香り、そして腐敗臭。

 風と気温の低さに助けられていたが、湾の中身、館へと至る海底は酷い有り様だ。

 先頭をナリスに任せると、カーン達は足元を見ながら進んだ。

 波の音が遠く、鳥の声も無く、そして怪異も現れず。

「十分、おかしな事になっていると思うが」

 ジェレマイアは担がれている。

 いざという時に備えてだが、この足場は見た目があてになら無い。踏み外せば深さのわからぬ場所へと落ちてしまう。

 落ちて這い上がれるだけの体力が無い。

「いや、俺だって普通の体力はある」

「まぁまぁ俺たちには、砂袋ひとつ程にもならない重さですんで、気楽にかまえてくださいよ。乱暴だったら仰ってくださいな」

 その人の良いモルドビアンの言葉に、ジェレマイアはあやまる。

「で、そこのお人を何と呼べば?」

 それにカーンは肩をすくめた。

「お前の方が付き合いが長かろう」

 困った神官に悪霊が答えた。

「お主がわらわの頃からの付き合いになろうな。元をたどれば先祖であり、主と同じく精霊種の腹から生まれた者でもある。

 だが、既に我は死したる者なれば、いつも通り呼ぶことが一番障りがなかろう。我は悪霊なれば」

「悪霊が悪霊というのか」

「こうして穢れたモノに宿れるのだからな」

「それもびっくりだ」

 気軽に答えているが、ナリスを従えて戻ったカーンを見て、彼は一度吐いた。

 悪霊に吐いたのか、その宿った肉に吐いたのか。

 まだ、ジェレマイア自身もわからない。

 どちらも腐臭が酷すぎたのだ。

「ツアガ公爵も同じなのか?」

「神官なれば、同じに見えよう。」

「イオレアというモノは滅びたのではないのか?」

 それにはカーンが答えた。

「結局、モーデンが死に本来なら基軸となるイオレアが枯れたのだから、終わる話だろう。だから、どうにかして戻されたモーデンを使い、門を守ってきたツアガのイオレアが繁殖を果たしたのだ。

 ただ、どうして使者をそれにしたのか、隠しておけばよいものを」

 カーンの言葉を受けてナリスは馬鹿にしたように続けた。

「主軸の縛りが無くなるとは、ニーカとリャドガからイオレアになったという事だ。

 シェルバンに沈んでいた欲深いモノは当然、それが知りたいだろう。

 ならば混ざりし女は何とする。

 憎悪と復讐そして一欠片の情によって、繋がるモノすべてに命じるのだよ。

 愚かを選べとな」

 ジェレマイアは頭を振ると徐々に姿を大きくする館に目を向けた。

 その側、岬の突端にあるエレッケン城は、思ったよりも館から遠い。そして館と城の間にある橋は、古く脆い。なにしろ、所々途切れており、海水があれば、あれでどうやって館に渡るのだろうかという有り様だ。

「船は城の東側に艀があり、そこにあるのだ」

 先回りされた言葉を吟味していると、ふと、気がついた。

 館には船らしき物も艀も無い。

「地下で繋がっているのか?」

 それにナリスは足を止めると振り返った。

 暗い目元がジェレマイアを見ると笑った。

「ひとつだけ教えておこう。

 山城も岩窟も、そしてそこに見える古き城も、すべては幻に過ぎぬ。

 この館は門であり、人などおらぬのだ。

 故に、この悪霊と同じく、名など無意味であり、消え去り朝に灰となるのが定めなのだ。

 お前は、救う必要はなく、嘆く必要もなく、そして耐える事さえ必要が無いのだ。

 お前が為すべきことは、ひとつ。

 伝える事だ。

 伝えて選ばせる事。

 正しいことや戒めでさえ無い。

 学ぶのは伝える相手、今の人である。」

 そして何も言わぬカーンを馬鹿にしたように見た。

「そして阿呆は壊してまわり、ゴミを焼くだけよ。実に簡単であろう」

 そうして無駄口の間にも館に近づく。

 古い石積の建物は、廃墟のように見えた。

 所々、屋根さえも無い。

 砂地から固い地面へと上がる。

 人の気配すらなく、風が吹き抜ける音だけがした。

 皆が固い土に足を置くと、頭上で音が鳴り響く。

 流れ行く雲には何も見当たらないが、ひび割れた低い音が通りすぎた。角笛の音にも似ていたが、城の方から聞こえた訳ではなさそうだ。

 その音が響きわたると、遠く海が戻ってくる。

 ザンザンと恐ろしげな打ち寄せる音が響くが、館の回りだけは緩やかに打ち寄せて嵩が上がる。

 あっという間に辺りは潮の流れに満たされていた。

 皆、その有り様に目を奪われていたが、ナリスだけは廃墟の扉とおぼしき場所に声をかけた。

「巫覡より紹介があった者だ。ヨルグアとニガトの子らと参った。モーデンの血もあるが、繕う者も同道している」

「..なれば...へ」

「では、入るが」

 振り返り、カーンを見てからそれぞれの顔を見て、ナリスは笑った。

 実に楽しそうな顔である。

「幻であるが、死と苦痛は紛い物ではない。心しておけ」

「不吉なことを」

「悪霊らしかろう」

 そして扉を潜ると、灰色と黄色の混じった空があった。

 物の配置は同じ、エレッケンの城に、ヨジョミルの山城、ニナンの穴。

 ただし海だけが乾き、目の前には塚があった。

 段差のある石の塚だ。

 中央には階段があり、頂上には白い石柱が建っている。

 陽射しは黄色い雲間の辺りなのか、その他は薄汚れた灰色の雲が流れていた。

「草木も水も無いのか」

 エレッケン城を囲むのは赤茶けた岩山である。

「ズレを小領域で作り出し、閉鎖空間にしている。

 極夜だけ、この領域と貴様らの領域が混じるのだ。

 ここにいるのは、滅びの館の者だけだ」

「どこに館などあるのか?」

「ここだ」

 ナリスが指し示したのは、その石の塚だ。

「これは何だ?」

「当時、残ったのは、この墓だけだ。

 街も何もかもが消えた。燃え尽き壊れなくなった。上に行くぞ」

 階段を上る。

 足音が響くが、それ以外は風の音だけだ。

「一瞬で、ここを残して抉りとられた。領域が削られた後に、溢れたモノに焼かれ砕かれ、生き残った者は山城へと向かった。

 だが、あそこも火に包まれ、異形に飲まれた。

 エレッケンの元の城もほぼ崩れていたが、あれは」

 階段の中程でナリスは当時を振り返るように、指をさした。

「馬鹿がたか笑いをしていたが、妹とアレが何とかしようとな。

 我は間にあわなんだ。

挿絵(By みてみん)

 目の前で、消えてしまうとはな。

 門を支え、落とされた身を探そうと。

 なぜ、先に妹へ注意を払わなかったのか。

 なぜ、我はヤツを始末できなかったのか。

 馬鹿は喉を喰われて驚いていた。

 滑稽で滑稽で、ひとつだけ訂正するぞ」

 ナリスはカーンを見ると続けた。

「あれをあの時、死なせなかったのは、何もエイジャの慈悲ばかりではない。

 今生苦しめてやりたかったのだ。」

「お前はいつ死んだ?」

「そんな些細な事は忘れた」

 やがて頂上へ至る。そこは、あの滅びの館と呼ばれていた廃墟と同じぐらい広い場所であった。

 ただ、中央には太い石の柱が天にそびえているだけである。

「なにも無いぞ」

「しばし、待て。今に来る。

 さてあの日、全ての滅びの音が聞こえていた。

 そこで門を閉じようとするも、誰も彼もが愚かだった。

 エイジャも急ぎ繕うが、絶命したと思っていた男は、閉じようと苦慮する女に襲いかかる。

 エイジャもなそれに気をとられ、我は役たたずの腑抜けよ。

 駆けつけた残りも、融合を始めた株に己が飲まれないようにと逃げる始末よ。

 あの場で知恵があったのは、異界の女だけであった。

 地獄のようなあの時を思い出すと不思議にも、笑いを誘う事ばかりだ。

 そうしてな止めを指すように、男を食らったアレは、呼んだのだ。」


 不穏な気配が頭上に見えた。


「我らも呼んでいた、神よ神よと。

 それは異界の女も同じであった。

 神よどうかお助けをとな」


 黄色と灰色の空が裂け、それは突風を巻き起こした。


「エイジャは、そこで領域の破壊を押さえる方へと意識をかえた。

 現れようとするモノに、こちらの理を意味付けを与えようとした。

 呼び出してしまった異界の女も、すでに男を喰いヨルグアの民となっていた。

 だから、それは形を持つ事ができた」


 それは巨大な鳥であった。

 白い胸羽根に翼も光り輝いていた。

 雲を纏い石の柱の天辺へと片足から下ろす。

 獰猛な嘴に金色の目が不思議そうに辺りを見回した。


「禁忌である。異界の神を一柱、こちらに落としてしまったのだ。

 さぁ我らの命運は完全に終わったと誰しもが考えた。

 神を返すには門を開く事になる。

 開けばこちらは更に消失する事になる。

 だが、仕方なしとエイジャは開こうとした。

 逃げ出そうとする混ざりし者もろとも、己が命をもって開こうとな。

 形を持たせたのも、この有り様を招いたのも自分だと思ったのだろう。

 早くせねば、我らの神が全てを滅ぼしてしまうとも考えたか。

 だが、その最期の時だ。女が、願ったのだ。」

「何と願ったのだ?」


 皆で巨大な鳥を見上げながら、ジェレマイアが問う。

 眩しそうに目を細め見る。


「エイジャとエルベは口を出せない。己が神の怒りを受けていたからだ。」

「それはそうだろうな、神を落とし神を作るとはあってはならない事だ」

「それもあるがな、魔の神が受け入れぬのは、滅びを受けてのさしで口よ。

 それにエイジャが定義したのだ、アレは元より、何ら理を乱すものではない。

 さて、門へと行こうか?」


 ナリスは鳥が留まる石の柱に手をのせた。

 すると皮が剥がれるように姿を変えた。


「あの神鳥がとまる場所が門である。今は器に神は宿らず、術の基点となっている」


 見る間に石柱は姿を変え、一本の巨木となり枝に鳥をとまらせている。


「門となったは主軸の女である。

 今となってはその身は枯れぬ木となった。

 異界に沈んだ女の一部が死に絶え、戻ろうとする肉も魂が消えつつある。

 本来は、欠けて至ることがない。

 しかし、エイジャができぬ事を成しえた女は、魔の神と異界の神により本来のイオレアの死を得た。これが定められた姿なのだ」

「これが願った事なのか?」


「これこそが願った事だ。

 犠牲となったトスラトが献身に、異界の女は願った。

 トスラトは門を維持した。

 イオレアとして死に、この世界に受け入れられて死ぬことを諦めたトスラト。

 だが、異界の、この世界に属さぬ者こそが願った。

 門により支えた者に温情をとな。

 助けてほしいと願ったのだ。」

「イオレアは、元が朽ちぬのではないか?」

 ジェレマイアの問いに、ナリスは答えた。

「長命種人族は、元の性質を消すために砂になる。

 融合の能力を消すためだ。

 あの影の者のようになるは、混ざりし者のせいだ。

 そしてイオレアの性質、主軸は朽ちぬ。

 ニーカとリャドガは朽ちて死ぬ。

 ニーカとリャドガと融合しイオレアとして三者の記憶が統合できれば、朽ちて死ぬ。

 そしてイオレアとして子供を残し、死すればこの界の一部となれる。

 神の宿り木になれるのだ。

 そしてそれは界を支え、本来の浄化を行うのだ」

「汚れた土地や水や大気から毒を抜くのだな」

 カーンの言葉に、ナリスは苦笑した。

「増やし巡らせ、明日を望むために作り出した。

 王種とよばれる者がそれだ。

 セネスの場合、今残っているのはリャドガの筈である。」

「あの女は燃えカスになったぞ」

「そもそもイオレアは、繁殖力の無い主軸を残して分裂後にニーカとリャドガをイアドに入れたのだ。イアドから迎え入れ王種になる事は無い。繁殖を許されて混血の子孫を残しているのは、リャドガのセネスだけなのだ」

「可能性はエルベが戻したか、ツアガがイアドから捕らえたか」

「どちらでも良いわ、もう奴等は砂にもなれぬ。

 界を支える姿になるには、神が理の一部と認めればの話。

 貴様もエルベも、ツアガが作り出した紛い物など生き物だと認めてはいまい。まして人だともな。

 我にしてみれば、ニナンのゴミどもの方がまだましよ。」

 ナリスは憎々しげに言うと、巨木に手を置いた。

「守りはエルベの界がひとつに、これはヨルグアとなり神を呼んだ異界の隠し、そして最後は、我が妹の力である慈悲」

 ふっ、と風がそよいだ。

 それまでの胸を押し潰すような暗い世界が揺らぐ。

「その妹は消え、生き残りの母の一族はエイジャと共に旅だった」

 ナリスが呟くと巨木を起点に景色が変わる。

 そこに小さな泉があり、陽射しがそこだけに降り注ぐ。

 輝く湖面の側には少女と猫が眠り、泉にも女が一人眠り浮かぶ。

「ほら、同じであろう?」

「殿下、なのか?」

 思いもよらぬ姿にジェレマイアは言葉をこぼし、カーンは無言でナリスを見た。

「魂の時は止まり命の炎だけが尽きていく。

 ここを守るために差し出された女は、水に沈みし癒す者を慰めるのだ」

「何だこれは?」

「神を癒す者として、異界のヨルグアの女は残った。そうして門を閉じて、自分の世界を二つ守った。

 消滅した我の妹は、巫覡の術を助ける意味で側にいたのだ。

 これは返す女の避難場所で、妹が置いた。

 それでも女と神の慈悲は、先に尽きようとしている。

 何故だかわかるか?」

 ジェレマイアは手を差しのべるが、幻のようでつかめない。

「善き事がひとつある」

 連れてこられてきた時より幼い姿。

「まだ、その娘の時は手遅れになるほど過ぎ去ってはいない。我が妹をなぞらえての術の影響もある」

「殿下は元に戻れるのか」

「それはわからぬし、ただ、まだ干からびて死ぬことは無い」

 つまり眠ったまま死ぬのだ。

 それはもう一人の運命も同じだ。

「結局、滅びは免れず。慈悲は尽きる」

「寿命か?」

「女が願ったのは門となった巫覡への慈悲だ。

 門は見ればわかろう、神へも異界の女へも答えた。

 だから、これから先は神の慈悲を取り付けるのはお前たちであり、滅びは関わりがないのだ」

「つまり理は安定した。だから、それを新たに壊そうとして滅んでも関わりがないという事か?」

「待ってくれ、よくわからない」

 混乱するジェレマイアに、カーンは肩を竦めた。

「俺達だってそうだ、イオレアだろうが何だろうが勝手に死に絶えても何ら問題はない。自分達に迷惑がかからなければな。」

 意味が浸透するとジェレマイアは、思わず罵った。

「丸投げかっ」

 ナリスは少し唇を曲げた。神官の反応が面白かったようだ。

「いかなる悲劇であろうと過去の事だ。彼らの当時の願いは叶ったのだ。

 ここが破壊されても彼らはもういないのだ」

「破壊され、再びの終わりが来てもか」

「ツアガとそれを取り巻くすべてはな。

 忘れることなく、謝罪も受け取らず、同じく痛め付けても収まらず、過去だけに目を向け続けた結果だ。

 我もだ。

 許す意味がわからずにのこった。

 どうして、我が許さねばならない?

 同じく過去と己が痛みだけに向き合ってきた。

 自分だけは正しいと思ってきた。

 だが、許さぬ者は本当に正しいのか?

 悪を罪を、その後の者にまで背負わせるのは、時の流れを認めぬ事ではないのか。

 エイジャの娘が捧げられた時、死してさ迷う悪霊が、己が何と滑稽であるかを悟らされた」

 泉の景色が消える。

「所詮、我らは死人である。

 死人の癖にずうずうしい。

 貴様の言葉には笑わせてもらったぞ。

 そしてこの地に集うは、その死人の作り事に群がる馬鹿者だ。

 すでに一度ならず生きて暮らせるようにとエイジャが施し、エルベが整えた。

 その後、腐り落ちたのは自業自得よ。

 見よ、この阿呆がエイジャの力を得たのが証拠。

 魔の神の慈悲もこれまでよ。

 さて、これは極夜にのみ開くが、幻ならず外に置かれる館に入るぞ」


 そして大樹は消え、頭上から白い鳥を残して闇が降りてくる。

 さらりと幕がおりるように、ふっと景色が暗転すると、辺りは崩れかけた館跡に戻っていた。

 扉は壊れ朽ちており、その奥には真鍮の鳥かごが下がる彫刻がある。

 中には白い小鳥がおり、彫刻は目隠しをされた女の姿をしていた。

 その奥には祭壇があり、神の言葉を記された石板と棺が置かれていた。

 覗き込めば、そこには公王に見せられた肖像画の姫と同じ姿がある。

 気の強そうな眉と、健康そうな褐色の肌。

 そして黒髪という大公家出身としては異色の容貌をしている。

 頑健な姫は、身が不自由という建前が霞む、実に武人のような筋肉質で長身の姿である。

 ジェレマイアは制止する間もなく駆け寄ると、彼女の息を確かめた。

 凍るような冷たさで、刻む鼓動も吐息も感じられない。


「魂は眠り、命の時を吸い上げられているが、留める為に狭間にいる。

 死んでいると言えば、死んでいる。

 お主の姉よりも、エルベの術故、死に近しい。

 朽ちるは命の時が吸いつくされた時、まだ、猶予はある」

 そのナリスの言葉を無視すると彼は棺を確かめる。

 石の棺には豪華な内張りがなされていたが、外側には無数の蔦が絡み付いていた。

「殿下の命数で女を生かしているのだな」

「さて、ここまでよ。

 我が案内するのはな。

 よくよく考えて選ぶのだ」

 忌々しげに鼻を鳴らすと悪霊は、カーンに言った。

「貴様を嫌うが恨みはせぬ、存分に殺すがいい。

 所詮、死んだことにも気がつかぬ、愚かな者共故な」

 そういうと死骸は転がり、勝手に燃え付き炭になった。


 ***


「これはねぇよ」

 祭壇の段差に腰を下ろし、ジェレマイアがぼやく。

 体が冷えると良くないと、敷物やら毛布を体に巻き付けられていた。

「まんま、生け贄じゃねぇかよ。何だよ、この糞が」

 先程から神とツアガを直接罵っている。

「それにこれからどうするんだよ、お前、ターク公以外に、いねぇ奴がいるけどよ。城に送ったのか?」

 朽ちたとはいえ、館の作りは頑丈らしく、この祭壇は廃墟の中心にあった。

 回りを確認し、夜営の準備を始める。

「城には行くのか?」

「いく必要がない」

 それにジェレマイアは、はぁと息を吐いた。

 目的は、別に彼らではないし、悪霊の言う通りなのだ。

 エレッケンの者は、この館の有り様を見れば、もうダメなのだ。

 約束を守る意義も目的も、そして人としての情も無いのだ。

 如何に生け贄であろうとも、ここが入り口なのだ。

 神を祀ることも、供物をも、このように遺棄しては駄目なのだ。

「まぁいいや、サーレルがいねぇ時点で何をする気か想像はつくし」

「なら、今のうちに説明をしておく」

「なんのだ」

「癒す者はもう寿命だ。

 ここを守ろうとする意思が薄れたこと、悪霊が言うように過去は過去になり、意義を失った。

 まぁ失わせたわけだ。

 だが、幸いにも門は定着した」

「どこが幸いだよ、地獄の門が出来上がっただけだろう」

「門として、ここにあるかぎり、これはあるべきだと理のひとつにおさまったのだ。

 圧力を減らす為の穴は、いずれ消える。

 エルベのつくったイアドも必要がなくなる。

 そしてイオレアという寄生虫もいらなくなる。

 そしてな、新たな約定というが、それは門を守る為に必要な事だ。

 それには手順がある。」

「何を言っているんだよ」

「願いは無くなり、癒す者は消える。

 門は残るが、これを守ればいいだけだ。

 癒す者もなくなるのだ、生け贄はもういらないのだ。」

「だが、門は残る」

「ツアガは門を手にいれたがるだろう。

 それにツアガ以外の人間もか。

 ニーカとリャドガは門を破壊したい。

 戻ってきた混ざりし者は、どう転ぶかはわからない。

 我々は門を、この場所を我らが縄張りとし誰も手を出せぬ禁域としたい。」

「新たな約定か」

「そこで極夜が始まる前に、癒す者と話がしたいのだ」

「悪霊は?」

「沈黙しているが、神官の方がいいのだろう」

「あの場所を開けるとは思えない。あれは幻で我々は外側から見ただけだ」

「では、殿下はどうだ?」

 それにジェレマイアは眉をしかめた。

「死した訳でも、魂を神が召しあげた訳でもあるまい」

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