閑話 千日紅と猫の髭 ④
「結局ぅ~モテるのは変わらないのねぇ~俺はぁ気持ちが悪いぃ変態とかぁ言われるぅしぃ~」
「もう、仮面は外さない」
神殿の特注品をつけたけど、結局小蠅は撲滅できなかった。
頭が弾ける女はいなくなったよ。
けれど付け回す女は少数いるし、そりゃもう不気味。じっとり背後に潜んでるとか、これ使用人雇うときも気を付けないと。
「言われてみれば、どうすればいいんだ」
まぁ俺の今の傷心具合だと、笑っちゃうけど。
「その呪具の形がねぇ」
「俺だって嫌だ」
似合ってるんだけど、基本は女性の為に作られた宝飾品なんだよね。そりゃ、被害者が九割女性だから、神殿も女性がつけて不自然な具合に見えない形にしたわけ。
枯れた神殿長にしては、中々お洒落さんな道具だ。まぁあの人貴族だしね、女性の装身具とか考えたら、そりゃこんな風になるんだろうね。
どんな形かっていうと、一見、女性の額飾りに見えるんだな。ほら、髪の毛にとりつけて、額に宝石がキラキラするやつ。
額と目の辺りの力を押さえる物で、顔を隠さずにできる形で作ったんだろうね。
仮面とか面紗も生活が制限されちゃうしね。
で、神殿長やら偉い神官様達で宝石に何か仕掛けして、職人が急いで作ったらしい。
お安い宝石で、誰にでも行き渡るようにね。
そして出来上がったのが、花嫁の額に輝くようなお洒落装備だった。
ノクサス氏が似合わない方が良かったのかもしれない。
けど、似合っちゃったから、食堂のオバチャンから近所の幼児まで大絶賛。
可愛いねぇ飴ちゃん食べるかい?なら、まだいいのよ。
さぁ、養ってあげるから、ほらほらお金も砂の海ように盛っていくわよ。ってな具合に。
「鉄仮面を探す、早急に鉄仮面が欲しい」
「神殿に男性用を注文した方がいいっすよ。伯父さんの子供達にドン引かれますよ」
「髪も坊主にする」
「変わらない気がするなぁ、たぶん、切った髪の毛で血を見る争いが」
「シニタイ」
「あっやべぇ」
最近追い詰めると、ションモリを突き抜けちゃうから気をつけている。
「ほら、伯父さん家族も頑張ってるんだから、あの人達の生活を向上させて、伯父さんの子供達にも肉とか食えるようにしてあげないと」
「そうだった」
質素を突き抜けていた伯父さんの生活も、今は向上している。だが、長年の食生活の影響で、一家全員、ノクサス氏とは別の線の細い体つきなのだ。特に成長期の子供が成長できていない事を知り、ノクサス氏も衝撃を受けていた。
まぁ一応長命種だから、食事の回数を減らしても死にはしないという生活様式はヤバイ。短命種よりの長命種ってのは特に躯は丈夫なんだけどね。
まぁ元気モリモリで成長してたら、死んだ祖父母が売り払っていたかもしれないという糞な事情もあるんだけどね。
そんでノクサス氏が菓子を送ったんだけど、子供達からお礼状が来て、なんというか彼も自分がある意味、そんなに不幸ではなかったのではないか?と、気がつき始めていた。
ノクサス兄上、お菓子ありがとう。こんなに美味しいお菓子は生まれてはじめて食べました。妹も美味しいと喜んでいます。誕生日までとっておきたいねと、妹と言っていましたが、母上がそれまでとっておいたら食べられなくなると笑っていました。母上の笑顔は久しぶりで嬉しかったです。母上はお茶会も久しくしていなかったのもありますが、やっと僕たちも外にでて自由に歩ける事も笑顔の理由だと思います。それもノクサス兄上がベルキナ家の当主になってくれたからです。
ってな手紙を見せてもらった。俺もモテるとかモテないとかは騒いでいる自分が恥ずかしくなっちゃう内容。
で、そこから先は処刑された奴等のやり口がうっすらとわかる報告だった。
兵糧攻めに領地の民への暴虐、父親への無体に、母親や自分達への虐待。
可愛らしいお手紙のお礼状は、いわゆる、しっかりしろよベルキナ家当主ってな内容だね。
この従弟君は伯父さんに似て中々やりおる。ちょっとづつノクサス氏に今までの祖父母とベルキナ家の非道を知らせているのだ。こんなクズとは違うよね、まさかこんな馬鹿じゃないよね。と、実に将来が楽しみな感じ。そしてこの調子なら、新しい家臣とか裏で操れそうだ。貴族の子供ってすごぉい。
で、今日は呪具の性能確認で外出。
背後に小蠅を従えつつ、お菓子屋に行って一度戻って、神殿に行って眠りの館に行く。
日持ちのするお菓子を買い込んでいる。きっとノクサス氏の買った菓子は、早晩売り切れちゃうんだよ。
そんで他にも伯父さんの奥さんへのお土産とか、伯父さんへのお土産とかも注文している。こっちは実用品とか都でしか購入できないものとかだ。
ベルキナ家の金ではなく、ノクサス氏個人のお金での購入である。相続しても自由になる年間資産は、まだ計算してるところ。なんせまだまだ、処理の必要な事がある。
処刑された奴等の財産の整理だとかね。で、ノクサス氏のお財布の中身は、その殆どを商会の詫び金と神殿への協力金という名目で出している。出しているのは、猫の僕と親しい誰か。
ちなみにその誰かは、すごいお金持ちだったりする。
んで、どのくらいのお金持ちかっていうと、国の予算とか神殿とか王様を除けば、今のところ国では上位一桁台のはず。
きっと実家の人たちよりお金持ちだよ。保有する土地の殆どが水を所有しているからね。つまり都に近い水源の土地を保有してんの。神殿と同じぐらいかなぁ。
その稼ぎだけでも莫大。今までは荒野で人の住まない場所ばかり相続したりしてたんだけど。水源の保全に人を商会からもだしているんだよ。毎度ありがとうございます。
今度、建てる神殿もド派手になりそうだよね、それか猫神殿?
なんというかねぇ、結局、あの審問官の強請ネタ帳は、コンスタンツェ様が有効活用しているって事なんだよね。
そしてネタ帳の中身の調査をしているゴート商会も利用しているってこと。
俺個人としては、ノクサス氏に罪悪感を覚える。
この人を選んだのは、結局コンスタンツェ様だから、俺が引け目を感じる必要は無いんだけどね。
「グエンドリンか」
すっと耳に入って来た言葉にノクサス氏が反応した。
白夜街の土産物屋の店先でだ。
振り返ると壮年、いや老年の頑健そうな男が立っていた。ちょうど何処かへ行く途中という感じで立ち止まっていた。
彼はノクサス氏の顔をチラリと見ると頭を振って立ち去ろうとした。
「母です」
簡潔な言葉に、その男はハッと顔を上げた。
「何だお前、グエンドリンの息子か。母ちゃんにそっくりだなぁ」
「母の知り合いですか?」
「俺は白夜街で舞台の仕事をしてる。女どもに踊りを教えてるんだ。グエンドリンに子供がいるとはなぁ」
それから男は目を細めるとノクサス氏をしみじみと見た。
「息子かぁ今日は遊びかい?」
あえて男は彼女の事を聞かなかった。
もちろん事情は知らないだろうが、ノクサス氏の母親じゃなくても白夜街の女は、自分から言わない限りはあまり良い人生は送っていない。
ノクサス氏の母親も、事故を装って殺害されており既に鬼籍に入っていた。
「いえ、まぁ、あの」
「すまねぇな、あんまりそっくりでよ。つい声をかけちまった」
「いえ、母と親しいかたと初めてお会いしたもので」
「ん?あのグエンドリンだろ。友達なんてゴロゴロいるし、俺は踊りを教えていたぐらいだ」
「ゴロゴロ、社交的な方だったんですか?」
そういやぁノクサス氏のママの話って報告書だけだったね。
これは美人ママに決まっている。
父親の親族の方は、溶けたり処刑されたりだから、見る気もしないけど。
「お時間あるようならぁ、どうです。あそこの店で昼にしません?」
で、自己紹介をかねて昼にすることにした。
白夜街ってご飯も美味しいんだよね。
ノクサス氏は白夜街育ちだが、母親の女優時代は知らず華やかな場所には出入りしたことがない。ドノヴァンさんとは行動範囲が被っていなかったみたい。
「へぇ貴族になったのかぁ、今は厳しい世の中だ、命だけは大事にして、いよいよになったら尻をまくって逃げるんだぞ。無責任だ何だって言われてもよ、生きてこそだ」
と、ドノヴァンさんが言う。
「ところで、あんた、何でグエンドリンの息子といるんだい?審判官の殿下と一緒じゃないのかい?」
「ほん?」
美味しい麺を食べていたらの言葉に、ドノヴァンさんをしみじみと見る。誰だっけ?
「俺はエウロラの保証人だ」
「うわぁ、気がつきませんでぇ申し訳ないっす」
「いやぁ直接関係ある訳じゃねぇから、殿下の護衛の人だなぁって思ってよ。何でグエンドリンの息子と一緒にいるのかとよ。友達かい?」
「何でしょうね」
「なんだろうね?」
仕事関係とも何とも、友達というわけでもなく、説明が難しい。金銭の関係でもないし、加害者と被害者?どっちにしろ説明ができない間柄だ。
「まぁいいか。で、夜の営業がそろそろ解禁になるから遊びの下見かい?」
「えっ、そうなんすか?」
「さすがに店屋が潰れるからなぁ、今度のお調べのお陰で閉じての営業ならありになったんだよ」
「閉じて?」
「お泊まりさ。夜になったら木戸締めして客は移動をせずに中だけで楽しむんだ。たぶん、中の守りにあんたらも大量に雇われるんじゃないかね。武装の許可もでるだろう」
「わぁ」
いろんな意味で震えそうだ。
義兄の死にそうな理由がわかってしまった。
母ちゃんの機嫌の良さの一つもだ。
「あの、その母はどんな具合でした。舞台の頃の母を知らなくて」
もそもそと食事をしながらのノクサス氏の問いに、ドノヴァンさんは明るく答えた。
「何にも聞いてないのかい?」
「母は、いつも今の事しか。昔語りはしない人で。親族の事も必要と思える事だけを伝えるような感じで」
まぁ、楽しい思い出は無いからね。教えられるのは何が危険かだけだ。
「若い頃はどんな感じだったかなぁと、すみません」
「謝るこたぁねぇよ、赤の他人の方が聞きやすい事もあらぁな」
「そうとうな美人だったんじゃないの?息子がこれだもん」
「まぁなぁ美人なぁ、まぁそうだよな」
ニヤッと笑うドノヴァンさんを不審な顔して見る。彼は顔の前で片手を振った。
「いや、まぁ気を悪くしないでくれよ。
思い出したらよ、確かに、お前の母ちゃんは霞でも食ってそうなスゲエ美人だったよ」
「上げて落とされる話っすか」
「いやいや、うぅん」
顎をさすって思い出す姿は、何故か笑いを堪えていた。
「なんとなく、わかりました」
「すまねぇ、つい、思い出してきたら、とんでもねぇ姿ばっかりでよ。
舞台がはねた後に、吐くまで飲んでた姿を思い出しちまって。
飲み比べとか、あんな形してまぁけっこう無茶な女で。
いや、悪口になっちまったか」
「いえ、何か想像がつかなくて」
「気風もいいし、色んな事を楽しんでたぜ。
それに世渡りはうまい方だった。根性が太くてな、なんというか兎の毛皮を纏った穴熊っていうかな、オヤジくさい女でなぁ。美人だけじゃぁ記憶にも残らんが、あの豪快と言うか図太さは、ちょっとみないからよぅ、覚えていたんだわ。人気はあったぞ」
「人気、あったんですか?」
「謎の人気だ。あんだけ酷い演技して、おひねりが飛んでくる女優はいなかった。一種の芸みたいなもんでな、お前の母ちゃんは必ず台詞入り役が入って、一回は劇の間に差し込まれんだわ」
「そんな人には見えなかったなぁ」
「どんな感じだったのん?」
「おとなしくって控えめで、普通の母親でした。図太いって言われれば納得です。父方の血縁から隠れている割りに古巣の近くで生活してたんですから」
「どこで働いてたんだ?」
「舞台衣装の古着屋と時々飯屋で」
「そりゃ男が寄ってきて大変だったろう」
「いえ、何故かそれはなかったです」
「じゃぁそれは妖精でもつけ回していたんだろう」
冗談なんだろう気軽な一言で、ぎょっとする俺とノクサス氏。何となく嫌な予感がする。
「あれ、事故、実家の差し金、だよな?」
「一応、もう一度、調べてみますね、考えてみたら、ちょっと色々、ヤバイ、かもかも」
ベルキナ家没落と粛清も、単なる天罰やら何やら以外の暗闘があったらどうしよう。
「何でぇどうしたよ」
「いえいえ、美人って大変だなぁって。ノクサス氏もほら、あんな感じで」
食事処の外から覗き込んでいる小蠅が数匹。
さすが夜の街に暮らす住人である。たかだか女の付け回しぐらいでは驚きもしない。それがどうしたという感じでドノヴァンさんは続けた。
「お前が女優ならいいのになぁ、いや、男優でもいいか。どうだ、あんだけ追っかけがいれば、ちょい役なんぞ直ぐにもらえるぞ」
「貴族御当主なんで、それは無理っす」
「まぁそうだよな。性格ももう少し捻っていねぇと魔窟で生きてはいけねぇよな。
その点、グエンドリンなら笑って貢がせるのが目に浮かぶわ。出掛けに、後の支払いよろしくねぇって」
ノクサス氏ママの、貢がせ疑惑浮上。
「そういや白夜街の調査は終わってます?」
「まだ、終わってねぇなぁ。だが、男をタラシこんでなんぼの商売だ。何の問題もねぇわ」
***
食事を終えてドノヴァンさんとわかれると、商会経由で神殿へ。顔を出した商会には伯父さんはいなかった。彼も色々行政手続きがあるんで、忙しく出歩いている。
で、伯父さんには商会から、ノクサス氏の教育の手配をする事を伝えていた。
たぶん、ノクサス氏の教育を任せる人物を探すつもりでいるだろうと先回りした形だ。
貴族教育と領地経営とかその他、必要な手配である。そしてこの過程で、いろいろノクサス氏には悪いが仕込むつもりだ。何かをコンスタンツェ様がね。
その下準備の間、ノクサス氏と俺は一緒なわけだ。
「こんちわ~今日も来たよぉ」
「にーちゃん、いらっしゃい。今日はアトラな」
で、神殿にノクサス氏と到着。
ノクサス氏は神殿長のところへ、俺は猫の巣となっている裏の方へ。
今日はアトラと言う小さな女の子と、茶虎のデカイ雄猫だ。
「もう一人のにーちゃんの猫は、これな」
コルダーというアッシュガルトから来た少年が、足の短い太った猫を差し出した。
一匹づつお土産とばかりに持たされる。
ノクサス氏のお調べが終わるまで、猫と子供の相手をして待つ。
何で一匹づつ効率の悪いことをしているかと言えばだ。
ひとまとめに運んで、あの大きな猫っぽい狂暴なのを怒らせないためである。
「ビミンの姉ちゃんはいないからな。姉ちゃんには手斧の彼氏がいるしダメだからな。それに俺たちを世話してくれる巫女様も、姉ちゃんに遊びで近づいたら許さないって」
「オマイはどうしてペラペラと余計な事を喋るんじゃぁ。俺は女の子に無理強いはしないし、ちゃんと乙女なお付き合いをしたいのぉよぉ~」
「そういうところが気持ち悪いんだぞ、にーちゃん。小指立てて嘘泣きすんなよ」
「で、手斧の彼氏って?」
「姉ちゃんの腰から下がってるの、彼氏の贈り物。変な男が近寄ってきたら真っ二つにしろって」
「怖いわ~ここにも妖精さんがいるのね」
「妖精?」
ちっちゃなアトラちゃんが今回の猫当番らしく、ノクサス氏が来る間、彼の分の猫を捕まえている係りだ。
この猫当番、なにやら人気らしい。
「何で人気なの?」
ぽわっと笑っているアトラちゃんの代わりにコルダーが肩をすくめた。
「アッシュガルトからの引き上げてきた人間はさ、外出できないしあの街であった事は喋っちゃならない。だから、孤児院にも入れないし、神殿のこの辺りしか自由にできなくてさ。猫当番だと、にーちゃんのお喋りきけるし、あの貴族の人もお土産くれるしさ」
「あぁノクサス氏、子供見るとお菓子配りだすからね。今にお菓子の聖人になりそうな感じ」
「巫女様も神官様も、神殿の人たちには良くしてもらってるけどさ。」
「まぁ退屈だよな」
アトラちゃんと猫談義をしつつ時間を潰す。
商会もアッシュガルトの実情は、俺を含めて一握りの者しか知らない。
軍から情報統制が入っているからだ。
当然、引き上げてきた子供も大人も、神殿収容後に隔離されている。隔離というが広大な神殿の施設である。生活には不自由は無い。ただ、先の予定がたたないので不安なんだろう。
「最初、ビミンの姉ちゃんも軍に収容されそうになったんだけど、巫女様が自分の御付きにしているからってこっちにしてもらったんだ。」
生き残った数の少なさで、彼らへの事情聴取は今も続いている。状況の把握が急務なのだ。
「俺達子供はさ。ハーディンのオジサン達が地下に入れて守ってくれたからさ、何にも見ていないんだ。」
「地下って?」
「教会の地下墓地だよ。上がおかしくなる前に、礼拝堂の下にある部屋に入れてさ。モルガーナの姉ちゃんが入り口を塞いでさ。」
猫を撫でながら、コルダーは空を見上げた。
明るい様子を常に見せている少年は、口を一旦引き結んだ。
「軍のオジサン達がさ、部屋が潰れないように支えてくれるんだけどさ、どんどん天井が落ちてくるんだ。
みんな、潰されて死ぬんだって。そしてさ、俺も死ぬんだなぁって」
「大丈夫、生きてる。怖かったんだ、泣いてもいいんだぞ」
「うん、でも泣かねぇ。絶対泣かねぇ」
「えらいなぁ、俺だったら泣いてるぞ」
「そんな感じだよね、にーちゃん」
「うわぁ酷いなぁ」
「あのさぁ、浜から逃げてきた子達がさ」
「うん?」
「アッシュガルトを潰したのは、神様だって言うんだ」
他の猫が近寄ってきて、いつのまにか囲まれているアトラちゃんを見ながら、コルダーは小声で言った。
「俺も、そう思ってる。それに巫女様も神殿の人も、皆、わかってる。だから心配なんだ。」
「何が心配だ、言ってみろ」
「都は、大丈夫だよね?」
俺は、ちょっと困った。
安易に安心しろって言って良いのかってね。
恐ろしい目にあった子供には、励ましとか慰めとかが必要だけれど。
現実は、子供だからって容赦はしない。
楽しい夢ばっかり語っても、それが嘘じゃダメなのよ。
「神殿の人は何て言った?」
「大丈夫だから心配するなって」
「理由は言ったかな?」
コルダーは頭を振った。
俺は繊細じゃないからなぁ。
「一度、都で騒ぎがあったの知ってるか?よし。
その騒ぎに神様は罰を与えた。
で、罪人以外を許してくださいと、精霊のお姫様がお願いして、神様は許した。
ところが、この間、また、悪いヤツが罰当たりな事をした。
精霊のお姫様を殺して、都を焼こうとした。
これに王様は怒った。
お姫様は無事だったけど、都の人が更に傷つけられたし、神様だって見ている。
だから、悪いやつを見つけ出して、処刑した。
お姫様はさ、神様が許した人なんだ。だからお姫様が無事ならまだ、ここは大丈夫なんだ。」
アトラちゃんが抱えている猫ごと、まわりの猫に押し潰されている。まぁ喜んでるから大丈夫か。
「今度、お姫様が眠ってる場所の側まで、巫女様と行ってみるといいよ。この猫を放してるのが、そこだし」
「精霊のお姫様かぁ、美人?」
「お前も男だなぁ、可愛い女の子だよ」
「女の子って子供なの?」
「子供ではないなぁ、長い髪の人形みたいな女の子だよ。真面目で優しい子だね」
「にーちゃん、会ったことあるの?」
「まぁね、もうちょい大人になったら美人さんになる事間違いなし」
「へぇ、いちど見てみたいなぁ」
妖精さんどころか、魔王みたいな保護者と変態の奴隷とかいっぱいいるから、元気になってもお外に出られるかは、不明だけどね。
猫の籠を下げての帰り道、夕焼けの空を眺める。
「オーダロンの水晶門の再建はしないそうだ。」
「へぇそんな話になってるんすか」
「調べの途中は、ほぼ、動けないしな。神官様が気をつかってずっと話し続けてくれる」
「そりゃご苦労様なことで」
「遷都の話しも出ているそうだ」
たぶん、変化は続くんだろうし、この都は終わる。
明日終わる訳じゃないけれど、ここは何れ無くなると思う。
「ノクサス氏も落ち着いたら西でしょ、俺も何れはですが南にいきますんで、そん時はよろしくお願いしますよ」
「南だろ、俺が行くのは西の砂漠の見える方だぞ」
獣人領土の地図が、多分、出回っていないのでわからないだろうけど、人が暮らせる西は獣人からすると南なのだ。
本当の西は、砂蟲が蠢く砂漠の事である。
「まぁ、そんときはですよぅ」
コンスタンツェ様と祭司長殿の移住計画が実行に移されたら、顔を会わせるというより、もっとね。
「おっ、オロフ、誰か呼んでるぞ」
夕焼けに花が揺れている
花言葉はわからないが、ここだけは楽園のようだ。
門のところで立ち止まっていると、猫が勝手に籠から飛び出して、群れに向かっていく。
「何だ、あの子。手になんかもってるぞ」
最近ノクサス氏は、女の子が手に何かもってると必ず確認する。不憫だ。
「焼き肉の串?」
猫は無事に大きな猫、に見える何かと合流した。ご挨拶も上手くいってよかったよかった。
「何だアレは、緑と紫だぞ」
「今晩、夕飯一緒に食べるよね」
夕焼けの美しい景色を眺めるふりをして、ノクサス氏の腕を掴む俺だった。