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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
336/355

閑話 千日紅と猫の髭 ③

 ひとしきり女を押し潰して気が済んだ猫が散っていく。

 で、その内の数匹が、悲嘆にくれている仮面の不審人物の周りをうろうろしていた。

 お花はお花で、不審人物を囲むようにワサワサ咲き出すし。

「原因はわかってるんだ」

 ぎゅっと猫を抱き締めて蹲るノクサス氏。

 また、その抱き込まれているのが非常にふてぶてしい雌猫で、俺を睨みながら鳴くのよね。

 雌猫にも好かれるのだろうか。

 その雌猫は俺に何かを訴えている。

 そんな鳴かれても俺は猫語はわからんのよ。

 背後では、お花から回収された女も喚いていたりする。

 そんな中、お花は優秀で

「これ捕縛するから放してもらっていいかな、食べないで欲しいんだよね」

 なんて普通に話しかけたら、ぽいってした。

 いや、警備の人よ、なんで花と会話して発狂しないの、つーか疑問に思って!

「猫と花にはかまうなとの、上からの命令ですし。神殿の方から邪悪なものを捕食するので、それだけ注意をと」

 喚く女を梱包しながら、ちょっと怖いですよねぇ~とか言っているのは中央軍からの人だ。

 皆、価値観が変わりすぎて、何が普通かわからんようになっているんだなぁ。

 まぁ俺もちょっとわからんようになりつつあるし、他人の事は言えない。

「シレイナを見捨てたからだ」

 こっちはこっちで絶賛絶望中である。

 猫が唸りだした。

「死んだ彼女さんですよね、夢枕にでもたったんですか」

「怨み言をいう女だったらいいのに..食事をしろと」

「俺、ちょっと経緯を軽く読み流しただけなんすけど、あのお肉祭り、店に押し掛けた女達が、口論の末に殺し合いに発展しての事って話ですよね」

 捕縛されて遠ざかる小蠅を見送っていると、館の方から今日の警備責任者が歩いてくるのが見えた。分派長の補佐してる人だ。名前が思い出せない、足の速い、うぅんトーレスさんだったかなぁ。足が早くて気が短い人だわ。もちろん放火魔属性。面倒くさいなぁ。

 まぁ面倒くさい時の対処法は逃げではなくて巻き込む感じで。

「トーレスさぁん、神の導きが必要なんだけどいいかなぁ~」

 瞬間、トーレスさんの眉間にシワが寄った。

 大体、こっちが面倒くさいと思っている時は、相手も思っていたりするのだ。


 ***


「元々、食事の好みがあうというだけで、そんな深い付き合いのつもりではなかったんだ。

 ただ、彼女が私の食生活を不安に思って、料理をもって通ってくれて。将来を誓うほどではなくとも、数年もたてば夫婦になるのだと思うようになって。

 好きか嫌いかといえば、好きだった。

 ただ、彼女はずっと私が店を経営することを非常にいやがってな。他人を雇うのも駄目だと。仕事を変えるにも、彼女は私が外に働きに行くのも嫌がるし。

 それでは生活もできないし、彼女が働くと言うが財産がなければ子供を育てる事もできない。

 どうすればいいのか話し合うが、最後の頃は話にならなくて。暫く距離をおこうといって」

 猫の合いの手が入る。

 猫も付き合いがよろしいようで、花も何だか更にワサワサしげりだした。

「祭りの時期だったから、そのまま忙しさに紛れて、あの日が来た。

 私は祭りに行かずに店にいた。

 あの出来事のすぐ後に、店を戸締まりしてシレイナの家に行こうとしだんだ。

 だが、何故か体が急激におかしくなって。

 店の戸口で倒れていた。

 気がついた時には、シレイナが店の中に運び込んでくれていた。だが、どんどん私はおかしくなっていく。

 それで彼女は私を奥で寝かせると、医者を呼びに行くと言った。

 だが、どこかでわかっていた。私が私ではなくなっていくだけで病では無いことを。

 そしてシレイナも変わっていくのが見えた。

 彼女は私を食いたいと言った。

 でも、絶対に食べたくないとも、歯を食い縛ると、それから。

 朦朧として何も言わない私を彼女は笑顔で寝かしつけた。

 そうして彼女は私を部屋に閉じ込めると、下に降りていった。

 朦朧としながら、下で何が行われているかわかっていた。

 シレイナは負けて喰われた。

 だが、上にそれらがやってくる迄に、私は目覚める事ができた。シレイナの献身のお陰でだ。

 ずっとおろそかにしていた、目を向けなかった天罰だ。

 私は誠実ではなかった。

 どこか優越をもっていた。

 子供の頃に与えられなかった物を欲しがって、なくしたのだ。

 なぜ、私はシレイナに食われてやらなかったのか。

 シレイナを探して、彼奴らを切り刻んだ。だが、見つからなかった。だから」

挿絵(By みてみん)

 俺がトーレスさんを見ると、トーレスさんは腕を組んだまま俺を見返す。

 無言の数度のやり取りは、こんな感じだ。

(この不審者はお前の知り合いか?)

(いちおうそうっす)

(館はそろそろ閉門だ。早くつまみだせ)

(そんなこと言わずに、もうちょっと人通り減らないと、さっきの狂気の人の別口が出現するんで)

(なんでそんなのを館に連れてくるんだ、分派長に報告するぞ)

(でも、いちおう猫とか花とか反応してる感じだし無下にしないでくださいよぅ)

「はぁ、あっちのボフダンの女がいた場所に長椅子がある。そこに移動しろ。どっちにしろこんな門の近くで居座るんじゃない。ほら、立て」

 ぐいっと不審者を掴みあげるトーレスさんは、長身で足がすごく長い。そして獣人にしては優男系のモテ顔。モテ人生の先輩である。

「ねぇねぇ既婚者のトーレスさんに質問なんですけど。なし崩しで付き合った女が予想外に気があって、好きだって言う前に死んじゃったみたいなんですけど、こういう時にどんな慰めをすればいいですかね」

「身も蓋もないなぁ、黙って飲みにでも付き合えや。それか新しい女を紹介しろ」

「彼女が欲しい俺にそれは無理があるんですがぁ。まぁ飲みにですか、それならいいか」

「女はもういい」

 ずるずると猫を抱えた仮面の男を引き摺るという奇妙な光景を警備の兵隊が凝視する。いや、そんな見なくていいよ。

 まぁ奇声をあげた女が追いかけてくるとか、どんな悪行をしたんだって思うよね。

「慰めにも何にもならんが、悲しみや苦しみを置く棚を心に作れ。解決をしようとするな。学ぼうとするな。

 ありのままの痛みを棚に少しづつ整理していけばいいんだ。どうしても耐えられない時は」

 長椅子に腰かけさせる。

 石の囲炉裏みたいなのもあって中々に素敵な眺めだ。野宿できるね。

「外にでて陽射しでもあびていろ」

「それは無理っすね、体質的にお日様が拝めません。全身頭巾付き長衣で仮面が標準装備になるっすね。身元確認の時だけ仮面はとる感じかなぁ」

「では、神殿に」

「神殿に行った帰りの襲撃、ちなみに、呪われている感じで女の人の頭がおかしくなります。仮面をとって身元確認するときも男でお願いしますねぇ」

「どうしろと?」

「トーレスさん他に癒しは無いっすかね。このままご飯も食べられなくなると困るんでぇ。それに今日の一件で社会復帰がちょっと見通しがたたなくなってきたって言うかぁ」

「外出できるよう何とかならんのか」

「神殿の方で呪いを押さえる何かを探してるところです」

「それまでは家にこもるしかないな」

「爵位継承して領地経営に親戚筋の方と暮らす予定なんすが、人族系の親戚筋の女性とは暮らせないかもですね。どうしようかなぁ、ノクサス氏、どうしましょうね」

「いよいよなれば、爵位ごと伯父に渡す」

「それは無理ですよぅ、貴族の家ってのは古い家臣がいるんで血筋がちょっとばかり違うだけで波風たつんですよ。ノクサス氏は一番の直流ですよ、それが放棄したら伯父さんが追い出したとか言われちゃうんですよ。」

「伯父を悪く言う奴の家に素顔で転がり込んでやる。皆、道連れだ」

「うわぁ何だか酷いクソな思考になってる」

 暫く考え込んでいたトーレスさんは、巨体の猫みたいな何かが数匹やってきてノクサス氏にくっつくのを見るや頷いた。

「今日の調書とこの男の身元の調査書。君の方からの現状報告を出すように。間に合うものからでいいから、明日の殿下の来訪と一緒に分派長まで提出で。

 明日は夜に分派長の出だから、その時でな」

「うわっ面倒くさい」

「それはこっちの台詞だ。そして貴殿の名前と顔の確認を」

「こっちはベルキナ子爵様っす、顔はこれねん」

 こういう時の警備記録だと、たぶんこんな感じかな。

 長命種人族、推定年齢60から70の若年。身長が1.5パッスと少し(俺が2パッスちょい低め、そこから2ペデ低い。人族にしては長身)長身痩躯ながら身体能力高。

 白髪に根本が少し桃色の長髪癖毛。肌色は白、瞳は薄い桃色。(変化前は薄い金髪に薄い緑の瞳)ゴート商会の監視つき。監視者ゴート商会オロフ証言により、魔憑きと推定。

 長命種の異常行動全般を魔憑きと称するようにとの神殿からの通達が出ている。

 まさに憑き物っていう感じだし、神様の加護に弱いので、個人の業や罪としないで、悪いものが憑いたという建前にした感じだろうか。

 憑き物という感じにしても、差別は起きるが、その近しい家族が有無を言わさず排除されても困る。区別と差別、微妙な橋を渡っているよね。


 ***


「すまない、急に呼び出して」

「構わないが、どうした?」

 商会に戻ってからノクサス氏の伯父さんに連絡をした。

 ノクサス氏のションモリが増大して、母ちゃんとコンスタンツェ様から、そっちをどうにかしろと異例の命令。

 次の日、調書とか揃えて分派長に渡したら、そのままコンスタンツェ様込みで話し合いになった。

 ノクサス氏の騒ぎは、単なる痴情のもつれどろこの騒ぎではなくなっていたからだ。

 予想を越えた大きな話になっていたらしく、館で話し合ってたら母ちゃんとオラハ卿まで加わった。つまり、そういう感じ。

 当分、母ちゃん直々にコンスタンツェ様に付いて回るんだってさ、何を企んでいるのか聞きたくない。まぁあとで無茶ぶりがくるんだろうけど。

 そんなわけで、あのコンスタンツェ様が猫と花とうちの母ちゃんと相談しての命令だ。アンが嫌がったが、辺境伯の爺いをもてなす焼き肉祭りをエウロラに提案されて黙る。基本、俺が時々顔を出せば問題ないのだ。それに謎肉もでるらしい。アンがとって置くとか騒いでいるが、遠慮せずに全部食べろと言っておいた。本当にとっておくなよな!

 そんで、もうすこしで一緒に暮らせるってのの矢先だし、ノクサス氏の伯父さんを呼んだ。

 騒ぎの取り調べに警衛と中央軍の両方から人が来ちゃうしで結構な騒ぎになったのもある。まぁそりゃそうだ。

 神殿からも捕縛した女性の数が数で、これは早急にノクサス氏の魅了の分析と対策をする事になった。

 なんでそんな大事になったのか、つまり、ノクサス氏だけではなかったからだ。

 ノクサス氏の相談を受けてから、改めて神殿に持ち込まれていた相談を見てみると、エライ事がわかった。

 異常な男女間の揉め事、その中でも複数人の執着により命にかかわる争いが増えていた。そして被害者が神殿に助けを求めて逃げ込んでくる数が普通ではない。

 男は殆どいなくて、人族の女性、長命種の女性が身の危険を感じて逃げてきている。

 んで、慌てて偉い巫女の人が調べたら、彼女達も妙な力が放出されてる。それも本人もわからない謎の幻惑だ。

 幸い女性の管理は巫女の担当で、暴力被害の場合は外に出さないし女性しか周囲に置かない。僧兵も女性だったので、混乱はなかったようだ。

 神殿も神聖な力が満ちていたとかで、追いかけてくる男を排除できていた。

 だが、今日のノクサス氏のように異性と接触が不可能になる。まだ種族ごとの検証はしていないしね。

 そしてもっと恐ろしいのは、表に出ない被害だ。

 家族に監禁されているかもしれないし、殺されているかもしれない。ゾッとする話だよ。

 即座に、神官様の全戸訪問住民調査の実施が国に上げられた。それも狂乱したノクサス氏の女性を見せての申し立てで。あれを見せられたエライ人たちのドン引き姿が目に浮かぶ。

 そして男の方で狂乱したら、もっと被害が酷い。即決で神殿から僧兵を伴った神官集団による全戸調査になった。それに合わせて這い寄る者がいないかも調べるので、後詰めに軍がみっしりと詰めかけるという凄い騒ぎに。

 それを見て、益々、ノクサス氏がションモリ。

 商会で運動する以外、萎れまくっていた。

「だが、きっかけは何であれ、国の利益になったのだよ。

 特に、王都住人の人別が混乱の後にいい加減になっていたし。これを理由に、すべての人の状態を記録として残せる。

 これを地方まで行う予定にしたのも、大変国のためになっている。流民や棄民も対象にする事で、様々な良い事があるんだよ。民にも悪い話ではないし、被害を受けている者も早く見つける事ができる」

 ノクサス氏の母方の伯父さんは、末端貴族で彼の親は生活能力の無い人だった。妹は身売りするように女優から妾になって、不幸のままに死んでしまった。ベルキナ家の圧力でノクサス氏に手を差しのべる事もできずに、ここまで来てしまっていた。だから、負い目と可愛い妹に似た甥が本当に可愛くて仕方がない。

 まぁ鉄面皮で、その可愛いなぁうちの甥っ子っていう感じはまったく出ていないが、口調は非常に優しい。

 なんで、甥っ子大好き伯父さんなのを知っているのかって?

 そりゃ商会が詫びにいったら、怒る怒る。そして詫びの品と金を叩き返すという噴火火山のような状態だったのだ。

 もちろん、ぶっ殺すぅで、俺を殴ったら伯父さんの方が怪我するんで、本当に謝り倒した。

 まぁ落ち着いたら、自分の方が今まで何もできなかったとションモリした。そのションモリがノクサス氏とそっくりだった。

 だが、彼が自由に甥に手を差しのべられるようになったのは、本当につい最近だ。

 それまでは官吏として働き官舎暮らし。

 収入はあるかないかのものを実家に送っていたが、その実家の親達は寄生虫みたいな奴等。自分の娘や息子を売られないようするのと借金返済だけで彼の人生は回っていた。

 売り払った妹の不幸も、親は見てみないふりどころか、顔色を伺って援助を断つ。それを彼にも強要した。

 言い訳はしないというが、彼にも家族はいて、脅されては身動きができない。

 そしてやっと諸悪の根源どもがいなくなった。

 処刑とか手続きとかあったが、これからは自由に会えるぞ~の矢先に全身骨折の重体。そりゃ怒るよね。

「それに症状が出ないように神殿も色々考えてくださっている。外に出られるようになったら、一緒に暮らせるんだから。皆、楽しみにしているんだ。元気をだしなさい」

 ノクサス氏を慰め、自分達家族の近況。領地の事、ノクサス氏本人の家の事。色々話し合うのに二人を残す。

 商会の酒場なんだけど、ここはほぼ獣人しかいないので安心でもあるし、飲んだくれているのも商会の輩なんで、何か起きても大丈夫。外から人族の女が入り込んでくる事もない。

 で、これでも仕事はきちんとしているので、商会でする書類やらなんやらを片付けた。まぁそんな時間はかけていない。

 それなのに、酒場に戻ったらエライことになっていた。

「アタシと飲むっていってんでしょっ、このアバズレがっ」

「何よ、このクソ(自主規制っす)が、そっちこそ消えなさいよ(自主規制っす)痛いわ、叩いたわねっ!」

 狂乱はしていないが、ノクサス氏を挟んで商会の女子が罵りあっていた。

 そして止めたであろう飲兵衛どもが床に叩き伏せられている。

 今も耳が腐り落ちそうな罵り声をあげて女子が喧嘩していた。俺はあそこに割り込むのか?

 ノクサス氏は、もう悟りきった顔で茶を飲んでいる。

 伯父さんと飲食している時に、油断して仮面を外していたようだ。

 で、伯父さんは飲兵衛達が避難させて、勘定台兼酒を出す長机にいた。

「はいはい、お嬢さん方。彼から離れてくれるかなぁ」

「うるさいわね、クソ(自主規制っす)が、引っ込んでな」

「それはアンタでしょっ、割り込んできて、この(自主規制っす)」

 しょうがないので、ノクサス氏を引き寄せる。

「ちょっと何すんのよ、このクズ野郎。この人と話があるのよ」

「待ちなさいよ、邪魔しないで」

 で、俺の方に掴みかかってきた。

 商会女子でも事務方なんで、これ反撃したら不味いよね。

「いいよぉ、好きに暴れても何でもぉ。でも、総長が保護しろっていってる客人なんだけどぉ。それをどうこうしようっていうんだから、総長に文句言ってよ。」

 理解するのに秒だった。

 それまで大興奮だった女子が、いっきに無口になった。

 犬だったら、尻尾が腹にクルンである。

 その総長の息子が俺なんだけど。

 まぁ俺も母ちゃんの名前出すとか、情けないけどさぁ。

 けど、残念ながら恐怖政治がまかりとおる我が商会。

 その商会の掟は、クソババァだ。

 悲しい、これがお坊っちゃまの現実。むしろ俺の姉ちゃん達の方が尊重されている。

 ノクサス氏よ、これがお坊っちゃまの実像だ。

 羨ましくなかろう、何だか泣きたい。

「はい、仮面の人になってね。神殿の人も、解決策が出来上がるっていってるから、ほらほら、意識戻してぇ」

 伯父さんの所へ、またもやションモリしているノクサス氏を運ぶ。

「いつも、ああなのか?」

「あれは普通っす。獣人女子では、まぁいつもより酷いのは確かっす。でも人族の女の子は、完全に頭が弾ける感じですよ。言葉が通じないっすね。

 これ、呪いみたいなもんですから、本人の意思は関係ないっす。腰の曲がった婆さんでも危険です。あと、今みたいなら、大丈夫なんですが」

「あれでか?」

「本当に頭がおかしくなっちまうんで、完全に神殿の方で封殺できるまで、親戚の女性は近寄らせないでください。浮気云々ではなく、頭がおかしくなるっす」

 未練がましく酒場で女二人が酒盛りしている。床に転がっていた飲兵衛どもも何とか這い上がって、彼女達におべんちゃらを言っていた。

 けっきょく女へ暴力はふるえないし、どうしたものかと見守っていたようだ。

 罵り合いながら飲み始めた女達を、何か理解できない生き物のようだと伯父さんは見ていた。俺も理解できない。

「ごめん、伯父上。俺は情けない」

「お前に非は無い。覚えておきなさい、お前に非はまったくない。ほら、頭をあげなさい。悪いのは、私ですよ。今までお前と妹の味方をできなかった、私です。」

挿絵(By みてみん)


 ***


 夜になると小糠雨になった。

 たぶん、アンがあの謎肉に大興奮した結果だろう。

 シトシトと降る雨に、吸う大気がうまい。

 乾燥していると喉が軋む感じがするのだ。

 ノクサス氏と伯父さんはそのまま商会の宿舎に泊まってもらう事にした。伯父さんはノクサス氏の感情が浮上するまで付き合うつもりだ。

 領地経営の方は、商会から人を出した。

 ノクサス氏の症状を調べたいと神殿の方から頼まれたのもある。念のため、神官が女性の魔憑きを調べない方が良いという事になったからだ。

 呪術の道具に詳しい神殿長は男であるし、女性を調べるより遠慮しないですむからだ。

 もともとノクサス氏の領地は西で、伯父さんはそのノクサス氏の継承した土地の中の一貴族だ。ゴート商会から傭兵以外の人員を動かして商売の種にするのは当然で、親切心ではない。

 もちろん、彼らにも利益はある。

 荒廃して山賊ばっかりの土地だ。おまけに頭のおかしい種族の隣で、どこぞの頭のおかしい辺境伯の差配地でもある。

 もうちょい詳しく言うとだ。

 西の辺境伯の家臣にベルキナ家が入り、そのベルキナ家の分家末端の伯父さんも辺境伯の傘下でベルキナ家の家臣な訳。

 ベルキナ家は元々王都貴族派で支配地域は中央よりの穀倉地域。で、それが粛清後、爵位落ちしてノクサス氏まで来たんだけど、爵位落ちとともに一旦領地は没収されて再拝領ってなった。そして空席であった辺境貴族派の西の領地を拝領。こちらは砂漠化しつつある広大な所領で、西の辺境伯の支配地でもある。主な水の供給を受け持ち厄介な原住民と獣人の支配地に隣接していた。

 西の辺境伯の家臣にノクサス氏はなっていて、更に扮装地域近くで貴重な水源にも近い。だから現地の古参の家臣は大切にしなければならない。で、伯父さんは元々ベルキナ家の末端の氏族で、ノクサス氏と共に領地換えの上に山賊の巣みたいな場所を与えられた。

 相続した場所は、本当にゴミのような場所なんだけど、そこの貴族は溶けて死んだ。つまり、山賊が住民みたいなもんだから、有能な官吏の伯父さんがあてられた。

 もう、いろいろ楽しい計算が母ちゃんの頭で唸りをあげている事だろう。

 そしてその伯父さんの土地、つまりノクサス氏の支配地域に例の神殿を建造したいのだ。

 いろいろ、いろいろ、たぶん、母ちゃんは笑いがとまらないだろう。

 俺は、向こうの父ちゃんが胃を押さえている姿が目に浮かぶ。

 ノクサス氏には悪いが、そんな周りの思惑に彼は取り込まれているのだ。本当、伯父さんの言う通り、落ち込んでる暇は無いのだ。

 もちろん、彼らにも利益はあるし、理不尽でもない。

 まぁコンスタンツェ様から離れて、ノクサス氏の面倒をみているのは、全部、こうした利益を得ようとする周りの思惑からなのだ。

 もちろん、俺はそんな深い考えは無い。

 皆、楽しく気楽に暮らせればいいのにねぇってなぐらいだ。

 ただ、世の中は、日向ぼっこする猫みたいに暮らせる状況ではなさそうである。

 母ちゃんが来た原因でもある、アッシュガルト壊滅の状況報告が来ていた。

 本当の壊滅であり、敗走との報告であったが、実際の攻撃がまた来るかは不明だった。

 城塞を破壊したのが、何であるかが解析できないのだ。

 他国の軍隊でもないし、問題となっていた変異体でもない。

 地形を変化させた武器も、人が使用する物にはあたらなかった。

 商会が調べても、残るのは変化した地形と、寄生生物の死骸だけである。

 生き残りは少なく、それは軍の方で収容してしまっていた。

 変異体や寄生生物が原因ならばと、現地を捜索するが、結局、きれいさっぱり何も無い。

 無数の石の彫像が残っていたという報告だが、この石も割り砕いてもただの石で、中から何か出てくる訳でもない。

 だからといって不明にできる訳もない。

 あの第八の八が壊滅だ。その前の腐土の一件でも問題だったのだ。そして行方不明はその時の団長補佐と士官達だ。

 責任問題は統括にまで及んでいる。

 死者損害の調査隊は南領憲兵組織本部からだ。

 異端審問官より俺は怖いと思う。

 で、今日、外郭にそのアッシュガルトからの引き上げてきた人間が到着したのだ。そして全員神殿にまずは入る。

 ここで這い寄る者と魔憑きを調べる。その他にも体内に異物がないかとかも調べる。

 外郭を通過させたのは、アッシュガルトで一旦、一人一人調べてはいるからだ。

 そんで、今から神殿にいくんだが。

 そう、何故か神殿に呼ばれたのだ。いーやーなーよーかーん。

「でっかいなぁオジサン、ハーディンのオジサンぐらいかなぁ。」

「お兄さんね、俺、ブロウの兄貴よりずーっと年下ね」

「凄いねぇ、痛くないの、それ?」

「これはお洒落、耳飾りも鼻のヤツもイケテるでしょ」

「唇の痛そう、痛くないのお兄ちゃん?」

「痛くないよぉ、ほら、舌にもあるんだぁ」

「うわぁご飯どうやって食べるのぉ」

「ご飯は普通に食べれるんだよぉ」

 そんで深夜だというのに、引き上げてきた子供の集団にまみれている。

「つーか、何で呼ばれたんす?」

「あぁ、例の品物ができたので、ついでにお呼びしたんですよ。子供達はただの夜更かしですよ。孤児院には、まだ送り出せないんで、すみませんね」

 例の品物とは、とうとうノクサス氏の呪いを押さえる呪具の事か。

「ついでと言いますと?」

「実は猫がですね」

 猫?

 で、子供達といつも通されている来客用の部屋から、裏手の方へ案内された。

 この辺りは神殿の区画でも、面倒事を持ち込んでくる外部の者を案内する建物だ。ほとんど空いているので、アッシュガルトの子供達の一時預かり場所になっているようだ。

 その薄暗い石の建物の裏手、緑の木々が生い茂っている空き地に、猫だ。

 大量の猫がいた。

「まさか、これを引き取れと?」

「察しがはやいですねぇ、これを中央公園跡で飼育していただけないかと。送り出す前に病気や他の必要な処置はこちらで致しますので、あちらの頭数に影響は及ばないようにいたしますので」

「いや、こいつら何匹いるんですか」

「神殿でも引き取りましたし、商家や農家にも譲ったんですが、それでもまだまだおりまして。成猫と特に大きな個体が残りまして」

「猫か疑わしいのもいるっす」

「まぁまぁあちらの王種猫が許せばですから、少しづつ運んでいただけないかと」

 やっぱりあのデカイ猫は、王様のところのじゃん。

「あ~神殿に定期的に来る館の人間って俺かぁ」

「それもありますが、殿下から猫を運ぶのにご指名が」

「あぁ猫のしもべと仲良しの..」

 うへぇっと思っていたら、奥の寄宿棟の方から声がかかる。

「皆、寝る時間なんだから、早くこっちにきなさい。神官様に迷惑かけたらダメでしょ。」

「姉ちゃん、都の獣人って全身刺青して体に穴開ける飾り、耳とか鼻とか眉毛のとことか、いっぱいつけるんだね」

「そんなわけ無いでしょ、どこの変態よ気持ち悪い」

 ここにいるっす。

 そんで寄宿棟から来た女の子としばしみつめあう。どうやら通路の太い柱の影になって、俺が見えなかったようだ。

「にーちゃん、強く生きろ。姉ちゃんはハーディンオジサンぐらい格好良くないと罵るから」

 そりゃあっちは紳士で男気のアニキだけどぉ。

「失礼しました、子供達がご迷惑をおかけしたようですね。皆、ご挨拶してお部屋に戻るわよ」

 女の子は何事もなかったように子供を集め、神官様に頭を下げると戻っていった。

「モテない原因発覚..美人に言われると死ぬっす」

 神官様は微笑むとそっと猫を差し出してきた。

「動物は心を穏やかにしますよ、どうぞ」

 ノクサス氏の十八番、ションモリになった。


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