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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
333/355

ACT296 隠者と魔女 下

注意)不愉快な表現、倫理に反する考えがあります。

 砂時計は日没にて反転する。

 砂の量は夜の長さと同じ。

 ツアガの土地は東とはいえ、最北の地。

 冬と夜は長い。

 正子にてヨジョミルは肉を完全に戻し、正午にて骨をさらす。

 日没後、ちょうど彼女は肉を戻す頃であった。

 美しい貴婦人の装いに、半死の姿は壮絶であった。

 もちろん、向こうがわざとその姿を晒したのだろう。

 深夜、美しい姿を見せて目を曇らせたくはなかったか。

 罪人は永劫の苦しみの中にあると。

「私に仕えた者達も、同じ時を選んでくれました。

 故に私が終わるとき、彼らも又、一緒にエルベ様の元へまいります」

「役目はなんだ」

「ツアガの全ては、門の守りにございます。

 あれに見えるエレッケンの城にて、ツアガの当主が結界を敷き。当主の花嫁が滅びの館にて贄となり、門の維持をいたします」

 露台に置かれた円卓の椅子にカーンとジェレマイアが座る。そしてイグナシオとヤン、いつものロードザムにモルドビアンが付いていた。

 話が拗れそうなミダスは下だ。オーレリアは子供と一緒に残していたので、余計に彼は不安定になっていた。

 そうしてヨジョミルを囲んでの話し合いとなった。

 露台からは、闇に落ちた海と灯された明かりに輝く美しい城が見えた。

 波の音、塩を含んだ空気、それに混じる腐臭。

 なかなかに壮絶な眺めだ。

「ロドメニィ殿下は生きておられるのか?」

 ジェレマイアの問いに、ヨジョミルは首を振った。

「門を維持する為の生け贄。殿下はトスラト様と同じ運命でございます」

「言葉を飾らずに簡単に言え」

「門を維持しているのは、閉じられないから扉をつけたという事。

 トスラト様は命を門に注いで、形を保っているのです。

 ですがいかな魔女でも、永遠は望めません。

 そこで花嫁の命を継ぐのです。

 殿下は門のある滅びの館に入り、そこでお暮らしになります。命を捧げているのですから、年々弱っていくのです。

 それをわかっていながら、あそこで生きているのです」

 城のすぐ側、古い建物が闇に輪郭を浮かべる。

 うっすらと灯された明かりが、実に物悲しさを漂わせていた。

「お前の役目は何だ」

「調停にございます」

 カーンは、実に嫌そうに眉を寄せた。そのわざとらしさに、ヨジョミルは微かに笑った。

 肉を戻らせつつある骸骨が、すこし震えている。

「イアドから這い出てくる物も少なく、上に暮らす者も穏やかなれば、小さな穴を知らせ異種の仲を取り持ち、こうして死者を従えて、ツアガを見張るだけにございます」

「裏切りをか」

「はい」

挿絵(By みてみん)

 ヨジョミルの執事が露台の植物に水を与えている。

 喰らって溶かしているように見えるが、どうやら真水を与え、海の塩気を吸いとっているらしい。

 その百目の登場にヤンと頭頂の花も踊り始める。それを見かねた侍女の説明だ。

 当のヤンは、相手が亡霊であろうと異形の草花であろうと、生きた長命種でなければ何も気にならないらしい。百目を追いかけ回している。捕食されたら面白いと他の男達は止めなかった。

「巨人はニナンからわくのか?擬きどもとは違うのか」

「ロドミナからお聞きでしょうか?

 イアドに飼われているのが、罪人であるニーカとリャドガ。

 そして、異界の女が故郷から、界の綻びから漏れ出る彼方の生き物が擬きですね。

 ニーカとリャドガはイアドにて飼われて穴の蓋の重石になっている。

 罪人の檻であり、彼らが住むことでイアドは小領域となり穴を塞いでいるのです。擬きにより干渉が深くなれば檻が拡大し、住まう彼らも縛りが緩くなる。」

「自滅ではないのか?」

「成り代わり漏れ出すモノを増やしていますが、彼らは共生しているわけではありません。

 今の方々は、前の者を人と同じに考えていますね。

 ですがロドミナが下神というように、イオレアも下神、つまり神の系譜になります。

 故に、ニーカとリャドガという下神の一部が融合した巨人を偽神フィグ・ダウラと呼びます。

 イオレアは下神であり、草木そうもく

 異界より堕ちた亜神は、水の質をもっていました。

 その姿は彼方側と此方側で似ている部分が取り出され存在を固定します。

 癒着部分にて、存在するためでしょうか。

 実態が何であれ、私達は、相手を認識するとき虫と魚を見ます。

 イアドから直接、彼方側のモノがわくと異形の虫と魚のような何かに。

 此方にそれが馴染むと、その質が混じる。

 異なるはずが質として非常に似ており、相容れない筈が神を模す事で引き合ってしまった。

 今では、ロドミナのようにどちらの質も混じり合い、こちらの生き物となっています。

 良くはなくとも、それで維持をした。

 しかし、呪われたニーカとリャドガには救いはありません。

 何故なら、罪がまだそこに残っているからです。

 そこでフィグ・ダウラになった」

 徐々に戻るヨジョミルの顔には、白い肌が隠れるほどの呪言が刻まれており美醜も顔形の造形もわからないほどであった。

「彼らは、門を壊しツアガが滅びれば、この世界は自分達のものになると思っています。」

「意味がわからない」

 ジェレマイアの呟きに、彼女は首を傾けた。

「大神様は慈悲をおもちです。何が生き残ろうとも、この世が残れば手を下す事はありません。

 そしてフィグ・ダウラは、セネスの妄執を信じているのです。

 門を壊せば、自分達は自由になれる。

 ツアガを殺せば、自分達が自由にできる。」

「下等な神もいたものだ」

「神でありません、神にも人にもなれぬ者ですね。

 門を壊したとしても、穴を塞がねばなりません。

 繕うお方でも無理だった事です。今の怖いお方は、繕う気など欠片もなさそうですしね」

「無理を言うな、俺は仮の主だ。縫うどころか破くのが落ちだ」

「正直なお方ですね、嫌味の言い甲斐もございませんわ。まぁツアガが滅びるのは仕方がございません。ただ、門をどうするかが問題です。

 エルベ様がお力をこれ以上拡大すると、ここから極北は死の領域になるでしょう。

 どうしようもなくなれば、エルベ様がお力を使われる事に。」

「なぜ、しないのだ」

「死の領域で広大な極北を閉じれば、中央大陸は死霊で溢れましてよ。領域を保つために、穀倉地帯を中心にして北側が夜の支配下になります。

 人間は南下する以外に生き残れませんが、自然環境は今と激変し植生も変わるでしょう」

 カーンは、知りたくない話に唸った。

「穴に蓋、死霊」

 ヨジョミルは何も返さない。

 戻った唇にお茶を黙って運んだ。

「それは腐土の事なのか?」

 ヤン以外の男達は、嫌な予感に顔をしかめた。

「穴を塞ぐ事ができなければ、そこに全く異なる小領域を置くことが一番の策です。イアドのようにエルベ様が住まわねばならない事もないですし」

「そんな馬鹿な、腐土はボルネフェルトが操られて」

「操られて、穴を開けてまわったのか」

「塞ぐのに死者を呼んだ」

「馬鹿な、そんな馬鹿馬鹿しい事があってたまるか」

「セネスの血族に近しい者。エルベ様の力を人に与えると傀儡の術になるのですよ。

 傀儡の術は旅だったセネスとその一族に渡された物です。

 その末裔が辿った末路、正しい慈悲へと導くのが筋でしょう」

「敵の動きはどうなっている。領地を荒らしているようだが。それに手を打たないのか」

「ベルウルガの動きが遅いのは、封印が解かれたセネスのせいなのよ。

 同じ存在ですもの、罰も拘束も等しく与えられる。

 セネスの外側がトスラト様だから、余計に拘束力があがっているはず。

 罪を犯せば犯すほど、考える力を失っていくでしょう」

「それが門を守るツアガにも影響しているわけか」

「自滅を待つ事もできるが、それでは門が壊れるか」

「殿下ももちますまい。ヴェスの星が重なっては」

「ヴェスの星?それが何に関係があるのだ」

「五十年から六十年に一度、ヴェスの尾をひく星が見える年は、極夜が長いのです」

「極夜ってなんだ?」

「白夜街の名前の由来は知ってるだろう、あれの反対だ」

「それがどう影響するのだ」

「ツアガが滅びずにいたのは、フィグ・ダウラの襲撃が、極夜にだけ行われるからです。

 年に二回の襲撃をツアガの城にて迎え撃つのです。」

「祭りのようだな」

「祭りならよかったのですが、冬に一度ありましたが、年開けてヴェスの星が夜の空を彩りました。」

「どのくらいの間なのだ」

「普通なら二十日間前後、ヴェスの年は、三ヶ月。

 春の始めから始まるので、ヴェスの年は飢饉にもなりやすいのです。」

「なぜ極夜なんだ」

「エルベ様の力が外へと広がるからですわ。極夜は夜と死が混じり、イアドと外界の境が無くなります。エルベ様はイアドの維持に力を注ぐので階層の縛りが緩みます。するとフィグ・ダウラはツアガと門に向かうのです。」

「今までは、どうしていた」

「今までなら、ツアガの力に綻びもなく。

 優しいお方もいらした。

 偽りとはいえ、約束は守られていた。

 フィグ・ダウラは門を目指したけれど、彼らは辿り着けず海の砂へになりました。

 滅びの館のまわり、ツアガの城は海に浮かんだ島のように見えるでしょう。ですが、フィグ・ダウラの砂により足首ほどの深さでになっている。

 引き潮になれば、もっとむき出しになるでしょう。

 昔は岬から伸びる細い断崖が通り道でした。

 今は戦いに地形が崩れ、フィグ・ダウラの砂に埋められて急深の浜がなくなりました。」

 波の音と吹く風、どこにも不思議の見えない自然に見える。

「時にお伺いしたい。

 繕うお方は何をしに参られた?

 物見遊山にしては、仰々しい。

 滅ぶを自滅を祭りと思うて参られたのか

 さぞや楽しい事でしょうな。

 この祭り、今に山向こうにも伝わるでしょう。皆、誰彼もなく祭りを見ることでしょうね。

 あぁなるほど、何をしに来られた訳ではないのでしょうね、何を眺めに参ったのですか?」

 カーンは笑った。

 この問いの意味が、自分達道化の振る舞いの意味を問うていた事、それもさも被害者のごとき女の発言に対しての笑いだ。

 なぜ、眠らせておかなかったのか。

 なぜ、助けてくれないのか。

 そう言いたいのだろう。

 だが元をただせば、このヨジョミルも加害者であり、城の亡霊でさえも今を生きる者に害をもたらした者どもだ。

 ツアガが元でも、結局、災いの負債を後世に残した者に違いない。そもそもがエイジャ・バルディスも罪人だ。それ故に、あれはあれで生まれ変わるも滅ぶも選ばなかった。皆、罪人だ。だがこの土地の災いに対して、カーン自身は加害者ではない。

 本当に、珍しくも加害者ではないと言い切れた。それはオリヴィアの命や魂で購われる事でもない。

 優しい人とやらではないので、目の前の女が何を言おうと、ただの罪人の繰り言でしかない。

 所詮、エルベが利用するだけの者だ。

 その微かな苛立ちが伝わったのか、ヤンがすっとヨジョミルに近寄った。

 音もなく、滑るように近寄ると覗きこむ。

「大将、これ、殺す?殺していいのか?これなら簡単だ。妙な事になってるが、解体してきちんと焼けば、殺せると思うよ。たぶん、この場所も嫌な臭いがするからな。城ごと壊せば、生き返らねぇし、死霊?それも徹底的に粉々にすれば、消えちまうよ」

 ヤンの楽しげな提案に、ヨジョミルは黙った。

「こういう女、俺、嫌いなんだよ。

 自分が一番正しくて、一番えらくて、一番かわいそうって言う奴。

 こんなに自分は素晴らしいのに、なんでコンナニ不幸ナノ、あぁ私カワイソウ。

 アンガイ、コイツ、モトカラ、ツアガの人間を始末スルキダ」

 ヤンがケラケラと笑いながらヨジョミルの半ば腐れた顔を覗きこむ。

 それに今までヨジョミルの後ろに控えていたロドミナが、そっとカーンの方へと体をずらした。

「おハナちゃん、この化け物、嫌いだってさ。俺も嫌いだなぁ。

 正当化してるけどさぁこいつぅ、領地の人間を殆ど見捨てやがったな。

 敵が戻ってきたのに、何もしてないのはこいつだぜ。

 お前も敵だな、お前、ツアガをコロシタインダロウ」

 そのヤンの挑発に、ヨジョミルは首を振った。

「女の嫌味ぐらい流しなさいな。このイオレアは下神に近づいておりますわよ。

 そちらこそ嫌な臭いですわ、近寄らないでくださいまし」

 なかなかの度胸に、カーンは笑いを深めた。

「癒すものを探している」

 目的を告げると、ヨジョミルは扇で口許を隠した。

 驚いたのだろう。

「意味はご存じですの?」

 ヤンはカーンの顔を見ると、再び執事の観察に戻った。

「どちらを指しているのか、聞きたい」

「殿下のお側にいますわ」

「フィグ・ダウラは、門を目指す。そして戻ってきたアレは、それを目指すのだな」

 薄い色の髪を侍女が結うために手を伸ばす。時間と共に姿を戻す女は、戻った眼球でカーンを見つめた。

 瞳は白く濁っていて、今だ死者のそれだった。

 だが、それは考えに沈み、よくよく見定めようとしている。

「私、エルベ様と同じく、すべてのイオレアは死ぬべきだと思っておりますの。

 そしてツアガも不幸になれば良いと思っておりますのよ。

 でも、トスラト様と殿下の献身、そして癒す者には敬意をもっておりますの。

 そこな下神の男が言うように、私ね、とても憎んでおりますし、絶対に、許したくありませんの。

 もし、繕うお方がツアガを救うと仰ったら」

「かまわない」

 カーンの遮るような言葉に、ヨジョミルは再び黙った。

 侍女は髪を結い上げて、美しい髪飾りを挿していく。

 しばらく、そうして無言でいたが、装いが出来上がると彼女はいった。

「ロドミナ、優しいお方じゃないの」

 それにロドミナは肩をすくめた。

「婚約者がいらっしゃるので、駄目ですわ」

「残念ね」

 ヨジョミルも質はロドミナと同じようだった。


 ***


 その晩は、山城への逗留となった。

 距離が稼げた事、ヨジョミルとの情報交換に時間がかかるため、一応の目的と意思をお互いに確認したところで休むことになった。

「で、どういう事?極夜ってのなぁに」

 二階の礼拝堂側に並ぶ聖職者用の寄宿部分へと案内を受けると、貴人の警護などを決める。そうして宿泊の準備をしているとカーンとサーレル達があつまる場所にヤンが現れた。

 死霊がもてなす城である。

 嘘も秘密も、陰口さえもできない。だが、カーンと仲間には見え、ヤンにも見える。ほどほどの情報のやり取りは行えた。

「極夜はな、北の国にある自然の現象で冬と春の終わりに夜ばかりが続く事だ。

 そして要約すれば、彼女は邪魔はしないが、ツアガが滅んでも良いと考えてる。

 だから、見てるだけって訳だ。

 だが、門の魔女と殿下には同情するから助力は影ながらする。

 その辺、よろしくねって感じだ」

 ジェレマイアの説明に、ヤンはウンと頷いた。

「ここ、壊す?」

「やめろい、アホか。

 ここは無防備に見えて、その巨人も魔女も、手出しをしていないんだ。つまり、それだけの場所なんだよ。

 ロドミナが口利きをしたのは、敵にしたくないって意味だ。」

「昼間にここを破壊して、骨を砕けばいけるいける」

「そうしない方がいいんだよ。この大奥さまがいるだけで、巨人もニナンの馬鹿な人間も二の足を踏むんだ」

 カーンの言葉に、ヤンが首を横にした。今一つ、脅威を感じないのだろう。

「フィグ・ダウラが湧くとはな、ツアガとヨジョミルにも言える事だ。ツアガは力が増し、この山城の人々も肉を持ち、極夜の間は戦う。

 思うよりも、あれは野蛮で戦う事も殺すことも平気な奴だ。

 さすが前の生き物だ。

 上がってきた大階段の途中が兵士の宿舎や武器が並んでいただろう。極夜には死霊の兵士が並ぶんだ」

「嫌なババァだなぁ」

 直截な悪口あっこうにイグナシオが唸る。

「だってよ、あのババァ文句言ってきたけど、結局は小役人みたいな事しかしてねぇじゃん」

 それにイグナシオが、唸りながらもカーンを伺った。

「我々の目的の人物の居場所はわかった。

 ツアガへと伝令をたて、殿下への目通りを頼む。

 あとは、殿下の状態しだいだ」

「ツアガの城には行かんの?」

「ツアガの城には、殿下の状況を見て判断する」

「どういう事?」

 隣のイグナシオにヤンが聞く。だが、獣の姿のまま黙っている。

 ため息をついたモルダレオが後を続けた。

「我々は殿下から実際の状況を聞く。

 そのお言葉により、行動を決める。

 極夜が始まるのが明後日だそうだ。

 それまでにあの館に入り込まねばならない。」

 それにヤンは、あぁと頷いた。

「もしかして」

「イグナシオと共に、よくよく状況を見て動け」

「やったぁ」

「シーリィのヤン、よくよく考えて動くのだ」

「ほぉ~い」

 ヘラヘラと笑いながら奇妙な動きで離れていく。その後ろ姿を見送りながら、カーンはイグナシオに目配せをした。

「できるかぎり合わせればいい」

 イグナシオはヤンの後を追って行った。

「さて、使者には誰をたてる」

「それは私の仕事だね」

 それまで静かにしていたターク公が指をあげた。

「ニルダヌスとミダス、それに私だけでいいだろう。」

「自分もご一緒します」

 シュナイの言葉に公爵が即座に断りを示す。

「モーデンにどちらが近しい長命種か、そして捨てても良い命かを考えれば、私だけが良いでしょう。この為に、私が同行したのです。シュナイ殿は見届けるだけでよいのですよ」

「自分は」

「殿下の状況を確認するのですよ、貴方の役割を果たしなさい」

「護衛を」

「必要ありませんよ、私は戦う必要が無い。

 ニルダヌスも私も、戦わないのですからね。

 ミダス殿は帰るだけですし。

 兵士は必要な所にあるべきです。

 いいですね、シュナイ殿もちゃんと理解しなさい。

 バルドルバ卿も私の事はお気になさらず。私も楽しんできますよ」

 その言葉に、カーンはため息を返した。

 何を言えばいいのか、言葉にして現実になるのが嫌だと思う。

 それをわかっている公爵は微笑んで話を終わらせた。

「擬きが向こう側から来る異形だとして、なり代わりってのは、イオレアの分離体が入り込んだって事だよな」

 ジェレマイアの疑問に、カーンは更に憂鬱になる。

「今までの話からすれば、成り代わりとは王都に出たあれと同じだ。モーデンの血族で死を厭い、依り集まった影のモノだ。あれも死者の形を模して動いていただろう。

 イアドに囚われているニーカとリャドガとは、イオレアの分離体であり生きても死してもいないモノだ。

 神でもなく人でもなく、ことわりの外に捨てられたモノだ。

 それはトスラトの体に入り込んだセネスと同じだ。

 殺して入り込んだセネスは、影なのだ。

 この状態をヨルガン・エルベはどう思う?

 地の底の魔神はどう思うよ。」

 ジェレマイアは腕を組んで天井を見上げた。

 休める場所を与えられたが、ここも美しい細工が細部まで施されていた。実に落ち着いた組み木の模様が貼り付けられていた。

「勘違いしやすいが、不死者の王とは、死が定めであるという理の上での存在だ。

 死を冒涜しているのではない、死という終わりこそが始まりである、その理を元にして領域を保つ者なのだ。

 守護者である事に変わりはなく、死を与えて理を正しく動かしているのだ。

 不死者へも不滅ではなく永遠を与えない者なのだ。

 そして魔神はな、眠っているだけで見逃している訳ではない。

 この魔神が夢の決め事を守る者には寛容だが、眠りを妨げた者は罪人だ。これに照らし合わせたら、どうなる?」

 カーンの言葉に、ジェレマイアは目を閉じた。

 ツアガ、未だに生き残るモーデン、いやセネス・イオレアがひとつは、罪を償いきれていない。

 そしてエイジャ・バルディスは失敗し、彼を裏切った公王系譜と使徒、イオレアの流れにある長命種も罪人だ。

 慈悲を与えられ罪を償うべきイオレアの民は、偽神まで産み出した。

 そしてこの土地の人間は、原因はあれど偽神に助力をしている。

 救いようがなかった。

「殿下に会い、癒す者の状況を見極める。

 俺はな、ここの奴等を救いにきたんじゃないんだ。

 ここで終わりにし、新しい約束をするために来た。

 今の、自分の罪を償うのは当たり前だ。

 だが、今までの誰かの罪を償う気はないんだ。

 その罪によって今の我々が生かされていたとしても、その過去の為に、今を失うのは嫌なんだ。

 だから、ここで言っておく。

 これから俺がやる事は、けっして正しい事ではない。

 正しくは無いが、お前達の家族やこれから生きていこうとしてる者の足枷をとる為だ。そして..」


 ***


「大丈夫ですか?」

 傍らの男の沈黙に、ターク公は言葉をかけた。

 朝靄の中、岬を目指して馬を進めている。

 馬は生きた普通の物で、山城にて飼育されていた。

「いえ、バルドルバ卿から頂いた言葉を考えていました」

「ほぅ」

「自分は、ちゃんと家族の元へいけるそうです。あれらとは別に、いけると」

「それはよかったですね」

「はい、妹にも、それに仲間にも会えるのかと。そう思うと」

「安心しましたか?」

「はい..ですが」

 美しい朝靄と波の音。

 湿った塩を含んだ大気を分けながら、ターク公は微笑んだ。

「大丈夫ですよ、卿は約束したはずです。彼は、決断すれば迷わずに実行する人です。

 ロドミナ殿が言っていたでしょう?

 卿は、怖い人だと。

 あれはね、冗談でも力に対する恐れでもないんですよ。

 私は思うんですよ。

 結局、今の状況は、妙に正義とか思いやりを勘違いした結果じゃないかとね」

 馬首を優しく叩くとターク公は続けた。

「優しいと見える行い、正しいように聞こえる発言。

 社会で決めた法による裏付けのない、感情や流言で行われる政治は害悪です。

 これは民衆から上がる場合も、専制する君主から下される場合も同じです。

 情状の酌量も決められた法により吟味してこそです。

 ですが、感情で決められては、統治する者もされる者も困ります。

 この状況は、まさにそれです。

 慈悲や憐れみで、民が長らく苦しみ混乱している。

 余計な事を引いてみれば、それだけの話です。

 だから貴方が恨みや怒りを覚えるのは、正しいのです」

「なぜ、我々に教えてくれなかったのかと。

 何も隠す事は無いと思うのです」

「隠さねば貴方がたは、とうの昔に逃げていた。

 混血の人や入植した者は、知らずに縛りを受けていた。でも知れば逃げることはできた。本当に縛られていたのは、元の罪人だけ。

 そうつまりツアガ公お一人だけではなく、仕える方々は、イオレアの人。残され罪を償う者だ。

 そして貴方がたは、その残された人と血は繋がっているが違う。

 元は公王、王都から送り出された人々ですね。

 そうして混血をしてきた。

 いずれ許される事を願って。

 だが、イアドの囚人は変わらなかった。

 だから、シリスやニナンの人々の我慢が先にできなくなった。

 ここが間違いですよね。

 イアドに置くのが慈悲でしょうか?

 イオレアの罪人は、外の血で薄めれば許される?

 どこに慈悲があるのでしょうか?

 門とイアドの維持ならば、彼らだけで良いのです。

 外の者に犠牲を強いる必要はない。そしてイアドに落とすなら、シリスとニナンに住まわせて罪を償えば良いのです。

 では、何の為に前の代の人間を残したのか?

 私からすれば、偽善です。

 統治者としては失格ですね。

 門になった者への憐れみ、間違いをおかして全てを失った男への慈悲。巻き込まれて死に逝く民への償い?

 笑わせてくれますよ。

 おかげで、私も愛を失った。

 この世の中では、小さなできごとでしょうけれど、私にとっては全てでした。」

 ターク公は、肩をすくめた。

「だが因果を考えれば、その間違いがなければ、私は妻とも出会えない。恨み言の言葉は、生きている限り出てくるものですよ」

「お話し中失礼します。前方より小集団が接近しております」

 ニルダヌスが先頭に馬を進めると、公爵を止めた。

「徒歩で六名以上、金属音が致しますれば兵士でしょうか」

「何も見えないねぇ」

「自分が先行します。ニルダヌス殿は閣下とここに」

 霧を巻き上げ、ミダスの馬が先に進む。

 それを見送りながらターク公は笑った。

「私は、死んでも会えないね。君は会えるかな」

「自分も無理でしょうな。良く働き、せめて魔神に会いたいものです」

「おや、そうすると私と一緒だね、それは心強い」

「このようなむさ苦しい爺でよければ、お供いたしますよ」

「頼もしい限りだよ、私もよく働いて魔神にお目通りできるよう頑張るとしよう」

 やがて霧を纏わせた兵士の集団が見えた。

 古風な装飾の鎧姿だ。

「さて、エレッケンの酒は美味しいでしょうかねぇ」

挿絵(By みてみん)

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