ACT294 黒檀の棺に芥子の花 下
「公王から送られる花嫁は、目眩ましか」
カーンの言葉に、ロドミナは頷いた。
供された飲み物に口をつける。
ある程度の信用を示すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
毒蜘蛛の微笑みなど信じてはいないが、毒味をした毒物好きを信用して、カーンだけは口をつけている。
本当は、カーン自身だけは口をつけるべきではないだろう。けれど、ロドミナの方こそ信用を欲しがっている。与えることで得られる物が多いと考えた。
「花嫁方は奥方と呼ばれ、このツアガ公領に置かれるのです。これは奥方への目眩ましではありません。
溶けてしまったセネスへの目眩まし。そしてその血が流れる者全てへの目眩ましなのです。
いくら、分かれた存在でも、魂の株は一つ。その血を受け継ぐ者、直接の子供でなくとも、イオレアの流れにある者は危険です」
その言葉に、ジェレマイアは目を閉じた。
「神のお方は大丈夫ですよ、大神様の庇護のうちですもの。あちらの美味しそうな方も大丈夫、そうそう彼方の呪われている方なぞ特に。行き先がお決まりの方々はご安心くださいな」
その答えに、ジェレマイアは落胆する。救われない話に視線を手元の白湯に落とした。
ジェレマイアに渡される物はすべて、隊の物である。
その白湯に浮かんだ薬草に、彼は息を吹き掛けた。
「俺の聞いた話とは大分違うな」
それにロドミナは唇を引き上げた。
「逃げ出したのですから、問題はそのまま。
でも、本当の理由なんて言えるかしら?
愛のお話にして砂糖をかけて差し出す。
浮気男の常套手段ですわね。あぁ嫌だ嫌だ。
でも、腐った臭いは隠せないのに、お馬鹿さんですわよねぇ」
「で、実際のツアガ公領の状況は?」
ロドミナは食事を運ばせると、頬杖をついて眉を寄せた。
「閉鎖環境が続きすぎて人口が減った事が原因だといったら、わかるかしら?」
昔語りの謂わば噂話から、急に現実的な領地経営にかわったかのような言葉に、カーンは暫し考えた。
考えを吟味して、なるほどとなる。
これはどこにもでも起こりうる事だ。
「新規の入植者を呼ぼうにも、ここは色々ありすぎるか」
「セネスが外で国を作ったのは、ある意味成功しているといっていいのよ。」
「相対的な人間の量で、ここは負けているのだな」
「どういう事だ?」
ジェレマイアの問いに、カーンが答えた。
「中央は、わざと人種混合の国にした。これを長命種のみにしては出生率の関係上、どうしても人間は増えない。
しかし、この女を見ろ。人間の男が一人いればいいし、生まれるのは人間ではない。人間以外の繁殖率はこれだけでも非常に高いのがわかる」
「嫌ねぇ人間ですわよ」
「それが?」
「新しい命、つまり今の時代にあるべき種族の量は、中央王国では勝っている。
だが、ツアガ公領地では、人間の数が減って、人間以外の占める割合が大きくなっている。
国民の比率だ。
よく考えてみろ宗教だけでも、神聖教は人間のものだ。その価値観を共有できる者が減り、逆の価値観の者が増える。するとどうなる?」
代官の街や大きな拠点に神聖教が無いのは、改宗もできない異種が増えているのだ。
「管理できない状況になっている?」
「異種だけではなく、過去の良い部分だけを取り上げて、現実を見ない人間が増えたの。これだけは言っておきますわ。
混乱と破壊を選んでいるのは、人間ですのよ。
古い人々を唆しているのも、混沌なる者に従っているのも人間ですわ。」
「ニナンはどんな具合だ」
「解放と自治を望んで籠城をしている。というのは建前ですわね。レワルドは元々新しい血筋です。
奥方を迎え入れるべくニーカとリャドガを上に出していますが、その罪を知らないのです」
「人喰いの魔物を自分の街にか」
「神のお方、誰だって、お前は死ぬべき塵だと言われても信じませんわ。
大神の巫覡である奥方が帰ってきた。
犠牲を強いるツアガを滅ぼしてくれる。
その希望にすがって全てを差し出した後。
それは嘘だ。
無駄死にだ。なんて痛い言葉を誰が受け入れましょうか?」
「それで動員されている数は?」
「ツアガの兵はエレッケン城を中心に、門を守るべく防衛戦を築いています。実数はさすがに私ではわかりません。でも、劣勢ですわね。
中立の者で残っているものは、自分達の事で手一杯。
奥方、これでは誰をさしているのかわかりませんわね。
奥方のお力はご存じ?」
「呪術師か?」
(呪術の触媒であり、生きたグリモアの一枚だ)
それまで口をつぐんでいた悪霊が、言葉をさし挟んだ。
「そしてセネスの力は、魔導なのです」
(君が手にしているバルディスの力こそが、修復できる唯一の鍵。だからこそ、失ってはならなかった。
そして力を片寄らせない為の魔導師が裏切ったからこその混沌なのだ。
男に与えた魔導の力は、女に与えた呪術の力と釣り合いをとらせる為の物だった。
神にとって、それは特別ではなかった。
雄の鳥に美しい羽を与え、雌の鳥に目立たぬ羽を与えたぐらいの事だ。
どちらも必要であり、生き残る為のちょっとした特質で、それによって同族で共食いをするとは思ってもみなかった。
これは神の罪だ。
それを利用したセネスが特別悪辣であったわけではない)
「反抗勢力はどのくらいいる」
「人間はそれほど残ってはいないわね。私達のように中立を保とうとしても難しいもの」
「シリスのようになるか」
「魔導の勢力すべてが敵という事にはならないけれど、今のところこの地域で敵対するのは彼らね。旅だったセネスを殺した者と同じと言えばいいかしら」
「体が変化し理性を失う化け物か、それとも動く死体か?」
「違うわね、ニーカとリャドガを元にした巨人ね」
「巨人?」
「知能は低いけれど、その分、動けなくなるまで襲ってくる。数は死を司る御方なら。」
エルベは死滅するまでお互いを喰わせるか。
(壊れない程度か、壊してしまうか。何を考えているかだね)
酷い話だ。
「巨人は、どの位の大きさだ?」
「あの方の倍はあるかしら?」
指し示されたのは、いまだに獣姿のイグナシオだ。サルーテの女、若い少女の姿をした女に追われて逃げている。
「止めさせろ、殺すぞ」
「ちょっと、マイア。貴女、いい加減にしなさい」
「おねぇさまぁ~この大きな狐の人、かわいいわ」
隊列に逃げ込んだイグナシオに、火の回りにいた男達が蜘蛛の子を散らすように逃げた。
ミアーハ達とは別行動の女、サルーテの女達を見張る一人が、容赦なく少女をひっぱたくとつまみ上げた。
「いたいぃ、お姉さん酷い」
「ぶっ殺すよ、このガキが。殺されたくなかったら男どもに近寄るんじゃないよ。手出ししないようにしてるんだから、おとなしくしてな」
「お尻をもう一回叩いてくださる?躾のなってない子なのよ。最近生まれたばかりなの。許してね」
それに少女の姿をしたサルーテの女をぶら下げていた女兵士がぎょっとする。
「あんた幾つ?」
それに少女は元気よく指を三本たてた。
「まさか」
「そうだよぉ」
「だんちょぉぉお」
「落ち着け、それは人間じゃないし子供じゃない」
「だから、人間ですわ。成長がちょっと違うだけですよ」
「どうだかな。で、情報はどこから持ってきている」
「私達のような中立勢力の殆どはヨジョミル様からです。奥方よりは力が弱い方ですが、巫覡の力をお持ちです。死を司るお方に呪言を刻んでいただけた唯一のお方ですね」
呪言とはなんだ?
(エイジャを見ただろう)
領域と繋がる装置か?
(影響を与える力は小さいが、感じとる事には長けている。繋がる力のみ巫覡は優れている。
異形と魔との橋渡しだ。
ヨジョミルは魔女の系譜なのであろう)
「幾度か株と表現していたが、彼らはお前達や俺達のような繁殖をするのか?」
その問いに、ロドミナは苦笑した。
「前の代の生き物は、違うとご存じでしょうに」
どう違う?
(今の自然界の生き物の法則は当てはまらない。
混血となった長命種や目の前の混合した姿でも、今の代の生き物なのだ。
それから外れた、前の代のイオレアとニーカとリャドガは別だ。
長命種には三つの系統があるのは、薄くともその三種が混じっているからだ。
そして長命な輩が知っているモーデンは、本来の姿ではない。
イオレアの種は、その中で三つの命で一つの生命とする複合生命だ。
株という表現になるのは、あの大蛇と同じく、多頭の生命と考えるのが良いだろう。
元々一つだが、三つに分かれて生命活動をする。
そしてニーカとリャドガとは、この分かれた状態の事なのだ。
今の長命種が知るモーデンとはイオレアの事で、残酷な部分や欲望の部分を切り離した姿なのだ。
そして繁殖活動を行うには、統合後になる。)
「統合しなければ繁殖活動ができないはずが、どうして一人だけ裏切った」
唸るような言葉に、相手は声を出して笑った。
「多数決で奥方を愛していたから、裏切り者は他二人を殺すか奥方を殺すかを選んだ。自分が番にしたい女を手にいれたかった。相手の女が望んでいないのは考慮してない、典型的な変質者ね」
「言葉遊びが多すぎるぞ、つまり、イオレアとはイオレアという統合された王種と、イオレアが分裂したニーカとリャドガという事か」
「今の代の有性生殖や無性生殖が頭にあるとわからないわよね。」
(そう王種と呼ばれる特殊な番の個体を頂点とした、イオレアという三位一体の種族。
繁殖時期以外は、主生命のイオレアつまり主軸生命と、ニーカとリャドガという三つに分かれて活動する。
これは環境にあわせた姿だった。
前の代は、非常に環境が悪かった。
ニーカとリャドガを使役する事で、死の危険を減らしていたのだ。
もし、ニーカとリャドガが死んでも新たな別の株を移植すれば増えたからだ。
つまりそれが)
「欠ければ他の命を喰らって代用できるのが、ニーカとリャドガか。そしてニーカとリャドガから作った巨人は、やはり人喰いか?」
「氷の息を吐く人喰いの巨人よ。まぁイオレアの息子かしら?」
この女、ロドミナの種族がこちらにつく利益はなんだ。
(少しは自分で考えたら?)
現実面なら想像がつく。
(まぁね、どちらが生き残ってもいいように動いているって感じだよね。
でも、ロドミナ個人、いや妖魅から感じられる好意は、魅了してこようとする力とは別だと感じている?)
これがこの生き物の力なら、困った事だ。
(魅了されてはいないと思ってる?)
思っている事自体が、魅了されている証拠か?
(君は、これっぽっちも魅了されていないね。残念だなぁ、君がここで朽ち果てる事を望んだナリスのオジサンが舌打ちしてるよ)
悪霊の笑い声に、カーンも小さく笑った。
それを不思議そうに見るロドミナに、彼は言った。
「俺は魅了されていないそうだ」
「当たり前ですわ」
「どうしてだ?お前達の狩猟本能だろう」
それに彼女は、困ったように眉を下げた。
「何度も言っています。
ニーカとリャドガが灰になった理由は、裏切り者への報復なのです」
「それが?」
「ニーカとリャドガが全て裏切ったわけではありません。
ですが、奥方は支配の為に種族まるごと誓約をかしました。
だから一人の裏切りが全てを縛り付けたのです」
「聞きたくない」
それまで黙って聞いていたジェレマイアが唐突に言った。
「神のお方は、毎日のようにお勤めの中で祝福をなさっていますものね」
「どういうことだ」
「それは、どこまでだ?」
カーンの問いを無視すると、ジェレマイアがロドミナに問うた。
「お互いに口に出し、言葉によって相手を縛った時からですわ」
わからないカーンに、ジェレマイアが表情を落とすと言った。
「とんでもねぇぞ、おい。魔女か、本当に魔女だ」
「話が読めねぇぞ」
にこにこと笑うロドミナを見てからジェレマイアは言った。
「どういう仕掛けかわからないが。
俺が無事なのは、俺が神官でも特別に誓約をした男だから、この女は手を出さない。
最初から、この女が美味そうだと言っている男の条件は、奥方とやらが支配する種族全員に誓わせた事と同じだ。
奥方は絶対なる支配をするために、種族まるごと婚姻しているような状態にしていた」
「意味がわからねぇ」
「俺は、神聖教の本殿で、祭司の長をしている。
これでもな、女遊びしても結婚はできないんだ。
子供もな作れないんだ。
それは俺も望んでいる事だ、俺は子供を作りたくない。
俺は、神と結婚しているんだよ。
この女、失礼したな、ロドミナはな、俺とは結婚しないし、神を裏切らせる行為を自分からは絶対にしないんだ」
理解するのに、カーンはしばらく時間がかかった。
「愛情の話じゃないんだ。
支配者の統治の話だ。
だから、裏切り者は死ぬんだ。」
(補足しよう。
自分達からは裏切らせない。
だが、男が望んで裏切るならばだ)
「本神殿ではな、婚姻の誓約を執り行う事がある。古い貴族になるとそれは契約書でもある。
夫婦になる二人だけの契約じゃない。一族、商売、ありとあらゆる関係がまるごとだ。利害や種族、宗教がからんでくる。だから、神殿で誓約し公証人をたてるんだ」
反応の鈍い男に、ジェレマイアは声を小さくして続けた。
「この隊で確実に喰われないのは、既婚者だ。ただし、自分から魅了されずとも突っ込んでいく馬鹿なら、こいつらは食えるんだ。
つまり、誓約を受けている者を魅了することを、奥方が制限している。支配するのに、制限をかけているんだ。
大きく、自分の支配地域全てと自分を結んで、害悪となる行いを制限していた。
だが、自分の夫は裏切り、さらに支配していた種族もその束縛から逃れようと裏切った。」
(公王が送る生け贄は、皆、花嫁だ。
そして花嫁が送られる事に意味がある。)
「サーレルを喰わないと言ったのは、奴が呪物、それも女の化生がとりついているからだ。」
「既婚者は喰わないのか?」
「あまり広めたくはないのですが」
「どうしてだ?」
「勝手にかかってくる獲物が減ってしまいますわ」
(獲物だって、露骨だね)
「俺はグリモアの主だからか」
それにロドミナは意表をつかれたのか、目を見開いて、カーンをしみじみと見つめた。
暫く無言で見つめあっていたが、ロドミナの方が折れた。
「冗談では無さそうですわね」
それから、新しいお茶を運ばせ、焼き上がった小麦粉の料理を並べさせた。
昼を回って午後になり、足止めならば確実に成功していた。
「大丈夫ですわ。私達のお家を経由すれば、城までは半日ですもの。お話しだいでは、もっと有意義な事もお教えできましてよ」
「半日、十日以上かかる距離だぞ」
「虚言と思われても結構ですわ。それに不信と思うのも当然でしょうね。
で、何の話だったかしら、私達の捕食条件だったかしら」
「魅了を使う相手の話が、どうして支配の話になるのかだ」
「ニーカとリャドガ、そしてイオレアの役割の違いが元になっているの。
繁殖時期以外は、三つの特質をもった種族としていきているのがイオレアの民。
彼らが共食いをしないように、王種の奥方、ベルウルガのトスラトは制限をかけた。
偽証、姦淫、殺人の三つね。そして罪の重さも同じ順番。」
「殺人が一番軽いのか」
「まぁ聞いてちょうだい。
つまり、この三つを普通に行うような種だったって事。
ニーカとリャドガは、特に本能を受け持っていたから、生き残る事と繁殖する事だけが頭にあった。だから、過剰な本能を押さえる為に、奥方は制限をかけた。誓約や契約、言葉だけの約束も重要なのよ」
「それが今でも続いているのか」
「この忘れ去られた約束が、知らぬ間に罪となって破滅を呼んでいるの。」
(忘却の罪だよ)
「偽証と姦淫と殺人か、今のツアガの領地にも同じ誓約がかかっているのか」
「ニーカとリャドガ以外にも、誓約がかかっているけれど、これが逆に、混沌なる者に力を貸してしまっているのね。
罪人ばかりを産んで赦しがないんですもの。
あら、話がずれたわね。
食べない理由は、簡単に言えば、他人のご飯はいらないの」
「なるほど」
なぜか、カーンの代わりにジェレマイアが頷いた。
隊の料理番から渡された芋の煮込みをつつきながら、彼は納得したという感じだ。
当の納得していない男は、ロドミナに渡された肉詰めの小麦粉の焼き物を口にしながら、憮然としていた。
「浮気者はご馳走だけれど、割って入るような野暮な女じゃありませんのよ。」
「とぼけるなよ、お前は姉さんの物だからって話だ」
「あら、神の方のお姉さまが奥さまですの?」
「まだ、交際は認めていない」
「まぁまぁ、では手早く用を片付けてお戻りにならないと、いけませんわねぇ」
ふざけた話に、カーンはため息をついた。
ロドミナの本意は別であろうが、昔の誓約が彼らツアガの土地に生きる全てを拘束しているのは確かだろう。
魔神の言葉の意味の概要が理解できた。
真偽を疑うべきなのだろうが、ロドミナの情報を裏付けるのは、ミアーハが巣から戻って来てからだ。
(疑うべき事が盛りだくさんだね)
だが、情報自体は有益であった。
(どうして)
彼女達がここを動けないのは、捕食対象を捕らえているからではない。
ここの巣に、子供がいるのだろう。
(どうしてそう思ったか聞いていいかい)
この土地から逃げられない事だけは確かだ。
滅んだシリスにしても住民は動けなかった。
理由はわからないし、自己申告されても真偽はわからない。
だが、ここで自分達を襲わず見逃してほしいと願う理由は限られるだろう。
生活基盤を失うと飢えるなら、一度逃げて戻ればいい。
なら、動かせないモノがここにあるということだ。
そして当初から友好的にしようとするならば、それは、隠しおおせない事である。
(なるほど、そうなると子供か老人、病人がいる。財産や動かせる資産いがいの重要なモノか)
それか、シリスのように、守らなければならない何か重要な施設がサルーテにあるか。
だが、襲撃されていないとなると、イアドの噴出穴ではないだろう。
何を笑っている?
(何も、ただね。何だか悲しくて嬉しい気持ちがしただけさ)
悪霊の答えに、カーンは鼻をフンッと鳴らした。
***
食事が終わる頃、ミアーハ達が町より戻った。
ロドミナと共に座るカーンの元に来た彼女は報告した。
無表情なまま、地下に広がる町と彼女達の巣についてだ。
「地上部分の出口は、すぐそこですが、地下は広大です。
案内された部分は、ほんの一部でした。全体を把握するには、一日では無理です」
「案内を受けた部分だけでいい」
「光源は主要通路の上部が吹き抜けになっていますが、光苔と水晶があるため、地下とは思えない明るさです。
その主要通路は、案内人の話ですと八層あり、地下は地熱と源泉を利用した耕地と居住部がありました。長くなりますが」
「続けろ」
「はい、かの方々は完全変態を行う昆虫と同じ生態のようです。
再下層部には卵、そして上層に向けて幼虫、蛹と分かれて生育されています。
ただ、昆虫とは違い、一見するとヤンの頭部にいる例のアレに似ています。人型には蛹部分から生まれてからのようでした。まだ、続けますか」
ジェレマイアが手で顔をおおっている。
「育児を担当しているのが人族や亜人の男どもでした。
拘束はされていませんでしたが、話が通じません。というか知能が退化しています」
それにロドミナがホホホと笑っている。
「自分達は望んで彼らと共にいるとしか」
睨むカーンにロドミナが慌てて返した。
「自由意思ですのよ。あとは近隣の罪人を少々。その場合使役をするのにちょっとしたオマジナイをしておりますの」
ジェレマイアが呻いている。
「食事に関しては、蛹までは殆どが水と穀物などを含む菜食、成体になると通常の人族と同じ雑食のようです。特別な栄養分は繁殖時期のみのようで、使役している男達に虐待の跡は一応ありません。
また、老人、病人とおぼしき個体がいません。
寿命など一通りの説明をうけておりますが、そちらはブランド上級士官補に報告でよろしいでしょうか」
「外見上の老化は無いのよ。ただし、繁殖と肉体の稼働範囲が落ちるのは人族の方と同じよ。
大神様のお力で分けられていたので、より人族の方との相似ができあがったの。だから、本当に、ニーカとリャドガのように食べたりはしないの。わかっていただけたかしら」
「ジェレマイア、一応の妥協点と背後からの強襲をできないように誓約書をつくれ。
呪術による縛りがきくなら、お前が保証すれば一応安心だ」
「安心できる要素が皆無だが」
「お前達以外の男の年寄りはどうしていない」
「体が持ちませんの。まって、そういう意味ではありませんのよ。ある程度、老いてきたら選んでいただきますの」
「勘弁してくれ」
ジェレマイアが椅子から腰を浮かせて耳を塞いでいる。
「具体的な話はこいつが耐えられない。つまり、隠居して近隣の村にいたが、奥方の帰還で殺られたんだな」
「はい。食べてませんわよ」
疑い深いジェレマイアの視線を、手で扇いでかわす。
「もちろん、お家から出たくないという方もいますけれどね。あらあら、そんな逃げなくても」
ジェレマイアが仕度する間、ロドミナはカーンの側に腰を下ろすと小声で話した。
笑顔もなく、ふざけた様子は見えない。
必死な心が見えた。
「死を司る御方は、全てを閉じてしまうでしょう。どうか、守護者様には慈悲をと願うばかりです。」
答えない男に彼女は続けた。
「もし、生き残る事ができたならば、私どもはイオレアの血族との壁になります」
「どういう意味だ」
「イオレアの民の血は、山向こうでは長命な者達に混じっておりましょう。彼らは、ニーカとリャドガほどの悪辣な本性は無いでしょう。ですが、確実にイオレアの血を受け継いでいるのです。
彼らは、これから普通の生活はできなくなっていくでしょう」
カーンは自分達が座る場所から、ジェレマイア達が離れている事を確認した。
「真実か」
「言えぬことは言いません。
彼らは夜に活動する生き物になっていきます。
イオレアの血を拒絶すると昼間でも生きていけますが、それには度重なる混血が必要です。」
「短命種人族がそれか」
「病と考えていただければ、日光にあたると皮膚が爛れてしまいます。火傷のようになるのです。
次に普通の食事ができません。消化と吸収ができないのです。
彼らは極端に昼間の活動が鈍くなり、血液などの液体の栄養を必要とします。」
「血か、夜の民と同じという事か」
「同じではありません。犬の病気と同じで、喰われると数が増えるの。」
「何だそれは」
「私たちが使役するように、彼らは相手の血肉を得ると、その相手を支配できるのです。もちろん、私達は愛で縛りますが」
イオレアの、モーデンの血が戻るとは、これか。
(混合体を王にと望んだ理由だね)
「唯一の道は、彼らを密かに減らしていくこと。私達の得意な事です。それに私達が増えるには限界がありますの。
わかっておいででしょう?
私たちは、貴殿方がいなければ生きてはいけませんの。この世の片隅で咲いていたいだけですわ」
だが、ただの花なら庭の片隅に植えても何も言わないが、この毒婦なら、勝手に庭師を骨になるまで吸い付くしそうだ。
(考慮に値する?)
判断に迷う時は、棚上げだ。
「先の助力ではなく今は何ができる」
「ヨジョミル様の元への案内と貴殿方の慰安でしょうか」
「案内だけでよい。食料はおいていかない」
「畏まりました」
頭を下げるロドミナの向こうで、マイアと呼ばれた少女がイグナシオを再び追いかけていた。
「食料はやらんと言ってるだろう」
「マイア、いい加減にしなさい」
「男は食料か..」
「準備できたか」
ジェレマイアが嫌そうに答えた。
「最初に、その食料について話をまとめようか」