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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
330/355

ACT293 黒檀の棺に芥子の花 中

 モルダレオとエンリケ、そして先行の男達の人数は七人で内一人は伝令だ。

 その伝令がカーン達の元へと、今暫くサルーラに入らず、手前の村で待つようにと伝えた。

 ただし、ミダスとジェレマイアを現地民との交渉に寄越して欲しいと言う。

 ジェレマイアが行くのなら、カーンも同行する事になるが、あくまでも、ミダスとジェレマイアとの話だ。

「理由は何だ?」

 それに伝令の男はカーンにだけ耳打ちをした。

 暫しカーンは考え込んだが、結局は要望を退けるとそのままサルーテに向かう。

 返事を持ち帰る伝令の姿が消えると、ジェレマイアがカーンの側に来た。

「どうした、何があった」

「現地民と小競り合いが起きた。一応の妥協点をお互いに探ったが、信頼できる要素がない。

 そこで、お前とミダスによる仲介と保証を得たいとさ」

「変な話だ」

「まぁミダスに身元を確認させてお前に制限をかけてもらいたいのだろう。俺が恐ろしいと相手が言っているらしい」

「知っているのか?」

「俺がこんな場所に今まで来たことがあるかよ」


 ***


 集まった女達は、エンリケ達を囲むと微笑んでいる。

 美女に囲まれて楽しい思いができるなら天国だ。

 だが、実際は蟷螂の群れに囲まれた芋虫だ。

 さてこれから暴力で蹂躙解決するかと、男達が身構える。

 出迎えの女は笑顔のまま、己が切り落とされた腕を切り口に着けた。

 すっと血も滲まずに肉がおさまる。

「旅のお方、私達、何もしておりませんわよ。

 それでも私たちを殺すのかしら?」

「食われたくはないからな」

「あら、臆病ねぇ。何度も言いますけど、命を奪ってはいませんわ。ねぇ貴方達」

 それに女達はフフフと笑う。

 暫くにらみ合いになった。

 そして何時でも次の斬撃を繰り出せるように構えるモルダレオに、彼女はちょっと考えるように目を細めた。

「私たちはね、元に戻りたくないの。この世界に貴方達といたいのよ。だから、そんなに怒らないで。私たち、だからここに残ったのよ」

 それにモルダレオは、剣をそのままに返した。

「男達はどうした、殺したのか?」

「何度も言うわ、私たち、殺さないのよ。だから、あっちの怖い人に言って。私たちを追い出さないでって」

「怖い人とは」

「繕う力のお方よ、北のお山に消えた優しい人ではないわ。あちらから、群れを率いて来ているでしょう?大神さまの力も見えるし。ねぇ私達は人を殺さないし、傷つけないわ」

 指し示した方を見る目には笑はなく、取り繕う事はできないように見えた。

「繕う力の方とは誰だ」

「ベルウルガを許し、奥方を埋めた人よ。でも、今度の方は真逆のよう。私達、逆らわないから殺さないで。そうしたら私達も優しくするわ」

「化け物の言葉を信じる奴がいるか?」

「女なんて、皆、嘘つきの化け物よ」

 今度はエンリケが珍しく笑いのツボに入ったようだ。

「殺していないが、お前達の巣に何人か男がいるんだろう」

「あら、それを知っているのなら、ますます、お願いするわ。私たち殺さないし、ちゃんと選んでいるのよ。貴方なんてとても美味しそうだから、喜んでお家にご招待するのに」

 笑っていたエンリケが、ぞっとして一歩後ろに下がる。

 だんだんと、どういった存在か理解できた。

「私達はツアガ公の民であり、ベルウルガの奥方にはついていかないの。だって、私達は貴方達がいないと生きていけないもの。ねぇ、私達を追い出さないで。もう、戻れないの。もどったら死んでしまうわ」

 モルダレオはエンリケを後ろに下げると、女の顔を見つめた。

 これが女の形をした何かで、化け物であることは確かだ。

 だが、何か、奇妙な感じがした。

 化け物に騙されているのかもしれない。

「ベルウルガの奥方とは誰だ?」

「ベルウルガが裏切った最初の奥方よ。お陰で呪いが広がって、ニーカとリャドガが灰になったわ。」

「ベルウルガとは誰だ」

 それに女は不思議そうに答えた。

「ベルウルガ・イトゥーリ・ツアガ。獣の人は知らないのかしら?あぁ山の向こうの人たちは違う呼び名だったわね。ベルウルガ(芥子の花)はセネス・イオレアの事よ」

 モルダレオは剣をゆっくりと下ろした。

「ねぇあっちからくる怖い人に言って、私達は殺さないわ。それに戻りたくないの。ベルウルガの奥方には従わないわ。だから」

「そう言うことか」

 モルダレオは女達の顔を見回した。

 それに女達は嬉しそうに手をうちならし、笑い答えた。

 男達は、そっと女達から距離をとった。

「伝令をたてろ」

 モルダレオとエンリケは、暫しお互いに目を見交わした。

 虚実どうであれ、この女を称する何かの話は、殺すより先に必要かもしれない。

 もちろん、時間の浪費こそが狙いという場合もある。

 モルダレオは伝令に耳打ちすると、改めて女達に向かいあった。

 剣は鞘へと戻したが、首を落とせる構えは残す。

 それは相手にも伝わっているだろうが、女は微笑んだままだ。

「私達のお家には来てくれないのかしら?」

「冗談でものるわけがなかろう」

「まぁそうよね、でも少し疲れたわ。ヨハンナ、椅子を持ってきてちょうだい。いきなり腕を切り落とすとか。私じゃなかったら吸いとるところよ。あぁ、フラフラするわ」

 囲む女の一人にいう。

「私の名はロドミナよ。ラナーン(女郎花)のロドミナ。

 ツアガの傀儡に、トラトルまでの差配を申し付けられているの」

 そうして木の丸椅子をもってこさせると、門の前に腰を下ろした。

「我々の訪問は知っていたのか?」

「もちろん知らないわ。ただ、奥方が戻られたというのなら、東の檻は破られたわけでしょう?誰か来ない方がおかしいわ」

 様々な事を問いたい衝動がわくが、女の姿をとる魔物の性質は古今東西ろくな話がない。

 距離をとったまま、モルダレオは自分では化かされて終わりそうだと口を閉じた。

 そのせいかどうか、ロドミナは回りの女を門に寄せ距離をとらせる。そうして大丈夫だというしぐさをした。

「私達は殺さないの。それに今までも、望んだ相手を選んできたわ。だってニーカとリャドガが灰になった原因もおなじだしね。ねぇ獣の人」

 美しい髪に混じる管を揺らめかせながら、彼女はちょっと面白そうだいう表情で続けた。

「私達を東の人は、下神と呼ぶのよ」

 馬鹿らしいという表情の男に、彼女は吹き出した。

「はいはい、私達はこの世界の神に従うわ。ねぇ知ってる?

 この世の生まれでない女はたくさんいるのよ。けっこう貴方方が夜を共にした中にも、この世の女以外も混ざっていたかもしれないわ」

 それにモルダレオは口許を歪めた。

 エンリケも口許を思わず手で隠した。

 ここで同意したら敗けだ。

「優しい人の時は大丈夫だったのよ。まぁ奥方が来たのだから、もう優しい人はいないのね。ヘルガ、何か飲み物を持ってきてちょうだい。殿方も何か召し上がります?」

 何を言っているんだという表情に彼女は返した。

「怖い人が近づいているんですもの、接待しておかないと死んじゃうでしょう?」


 ***


 ミダスとロドミナには面識があった。

 だが、その変容には驚いており、本当に支配地域の小差配であるかはわからないと言われた。

 普通の人族の女にしては長身で、長髪に異物が混じっており、比喩表現ではなく、後頭部の一部に目らしきものが隠れていた。

 普通の女というには異様な姿であり、再生と治癒に優れているのか、モルダレオの斬撃に飛ばされた腕は見事に繋がっていた。

 もっとも本体は別で、擬態が人の形をとるのは獣人も同じだ。モルダレオの感じた妙な感覚は、その同形質に対する親近感だ。

 もちろんロドミナ曰く、それは錯覚との話だ。

 正直なのか全部が策略なのかわからないが、つまり、ロドミナは捕食対象を幻惑させる力があるらしい。

 どんな種族と対しても、敵愾心を和らげる能力がある。

 雄限定の。

 それを聞いてモルダレオを含めた男達は、ロドミナの回りから逃げた。

 憮然としたカーンだけが、門扉の話し合いの場に残されるという始末だ。

 もちろん、ロドミナ以外の女は下げられている。武器も何ももっていないと調べた後だ。だとしても護衛失格の上に、信頼関係は無くなった。

「お前ら、覚えてろよ」

「命のやり取り以外での危機じゃん、俺、腎虚でポックリとか嫌だしぃ」

 ヤンまでもが逃げ出したのを横目に、カーンが落ち着いていたのは、グリモアの悪霊が、この女を下神と認めたからだ。

 つまり、これも魔神に恭順を示した化け物であって、異物ではない。

「それで閣下は、見逃してくださるのかしら?お通りになる時に、巣を壊されると困りますの。それに私達の可愛いご飯も取り上げられると飢えてしまいます。代わりに、あの辺の体力のありそうな方を残してくださるのなら、いえ、そんな怒らないでくださいまし」

 ほんのりと蒸気した頬で、可愛らしく首を傾げているが、内容が内容だ。

 渋々戻ってきたジェレマイアが、何を言っていいのか戸惑っている。

 体力のありそうなと指差された兵士が、仲間から小突かれていたが本人が満更でもない様子が不味い。

 隊の女どもの顔が鬼のようだ。

 馬鹿らしい話から意識をそらす。

 敵対しない誓約をする。

 情報の提供。

 そしてこれから後の事についての話し合い。

 それらを取り交わし、無事話し合いで合意できれば、彼女達の知るエレッケン城への近道と、今の状況を教えると話を持ちかけられた。

 実に良い提案に思えたが、相手の利益が見えない。

 その事に関しても話し合いが必要で、かといって彼女達の住み処、サルーテに入るのは躊躇われた。

 シリスと同じやり口は面倒だった。

 そこで町の中を改めるミアーハ達を別にとり、カーン達は結局手前の廃村で足をとめる。そしてこの門扉の前にて吹きさらしの中会談をする事になった。

 もし、彼女達の言う近道が本当ならば、それはそれでこの足をとめる行為も無駄にならない。

 長い話になるかもしれないと、女達は吹きさらしの場所に石を積んで火をおこす。そうして古い長机を運び出すと、椅子を並べた。

 手際が良い上に、相当の剛力だ。

 やはり見た目とは真逆の女達だ。

 もともと女なのかも怪しいが、それでも朗らかにもてなしの準備をする。

「毒は入っていませんけれど、ここに住みたくなるような味付けに」

 と、町の女達の言葉を受けて、サーレルが供されようとする食物を確かめている。実に楽しそうな所を見るに、惑わされていないか心配だ。

「大丈夫ですわ、呪われていらっしゃる殿方は、恐ろしすぎて御免ですわ」

 と、笑顔の返しにジェレマイアが悲痛な表情になった。

 マズイマズイと小声で呟いているが、危機感は緩んでいる。

 女達が非常に危険な存在である事は確かだった。

「もちろん、貴方様のようなお方をおもてなしできれば、大変に光栄ではありますが」

「捕食できない男に用は無いか」

「主を間違える事はございませんゆえ」

 何卒、お見のがしをとロドミナは頭をたれた。

「故に、我らに問われる事、偽りなくお答えいたしとうございます」

「先に祭司に誓約し、偽りを述べぬことを誓え。答えられぬ事あらば沈黙を答えとしよ」

「慈悲深きお言葉、感謝いたします」

 公王の玉璽が押印された公文書のような強制力はない。だが、今のジェレマイアは神の祭司だ。契約は地の底の者との業深い繋がりである。

 人間の法律とは隔絶した拘束力だ。

「何をお知りになりたいのでしょうか?東が今どうなっているか、それともイアドに入った者の事でしょうか?」

 それにカーンは、ふっと空を見上げた。

 昼日中だというのに、薄曇りで雲の切れ間はない。

 春が訪れるはずだというのに、枯れて凍りついている。

 美しい景色が見たい。

 色づく自然、豊かな実りのある景色。

 花の咲く、色の深い美しい景色を。

 そんな感傷は一瞬で、思い出したかのように怒りが渦を巻く。

 怒りは色を奪い孤独を忘れさせた。

 何を知りたいのだろうか?

 答えに繋がる階段だ。

「隠し事を知りたい」

 それにロドミナはニッコリと笑顔を返した。


 ***


 ある日、セネス・イオレアは、水辺にて女を見つけた。

 その年は干ばつで、水辺といっても干からびた泥の沼だった。

 そこでセネスは、女を自分の館の地下に運び込んだ。

 彼の館には、地底湖から引いた水が貯められていたから。

 女は水に入ると元気を取り戻した。

 美しい鱗をまとった女で、セネスは一目で心を奪われていた。

 水の中を泳ぐ女に魅了されたセネスは、館の者に内緒にして彼女の世話をした。

 だが、そうそう秘密にできる話ではない。

 彼の奥方であるトスラトは、残り二人のセネスから聞き出していたの。

 意味がわからない?

 では、こう言えばいいのかしら。

 私達は花なのよ。

 美しい花の部分に、青々とした茎や葉、そして地下に広がる根の部分。

 イオレアの支配者は、三つで一人の役割をしているの。

 美しい花の部分と茎や葉の部分の二人の男は、トスラトの忠実な僕だった。

 けれど妻に向ける愛情はなかった。

 トスラトはそれを受け入れていた。

 イオレアの支配する三つの民を従えるには、三つの性質を一つに持つ彼らの種族だけだから。

 愛情までを強制したくはなかったの。

 しかし、愛情とは別に、守らなければならない事がある。

 その女は、こちらの世界の生き物ではなかった。

 だから、どんなに手に入れたかろうとも、返してやらねばならない。

 異物は界を越えれば、消える定めだから。

 でも、物語にはよくあるでしょう。

 男は禁忌を犯して女を自分の物にした。

 それだけでも様々な問題があるというのに、支配者たる奥方を利用して、女をこちらの世界に混ぜてしまったの。

 どういう意味か?

 セネスは女を元の場所に返すからと、奥方に言って異界とこの世界を繋げた。

 ベルウルガのトスラトは、魔の満ちていた時代の大神の巫女だったのよ。

 それは素晴らしい呪術紋様を全身に刻んだお姿で、それはそれは神にとても近かった。

 そんな奥方は、異界の女を憐れんで、早く戻してやろうとしたの。

 ところが、セネスは異界の女が欲しいから、奥方の力と支配を奪うべく、彼女を儀式で生け贄にした。

 異界の門を開き定着させて彼女を縛った。

 彼女は異界の門から動けない。

 そうして異界とこの世界を繋げると、セネスはもう一人の奥方を門の向こうに投げ捨てた。

 隔たりを戻そうとする力に、身代わりとして己の妻を投げ捨てたのよ。

 こういう男っているわよね。

 自分で作った借金の身代わりにさせたり、自分の年老いた親の面倒をみさせておいて不義理をしているくせに、偉そうな男。まぁこれは余計な話をしてしまったわ。

 そう、奥方もセネスと同じ三つで一つの姿だから。残りは一つ。

 最後の一人となった時、やっと間違いに気がついた、残りのセネスが優しい人を連れてきたの。

 混乱したかしら。

 三人の奥方と三人のセネス。

 奥方は一人、異界に捨てられてしまった。

 もう一人は、異界とこの世界の門になってしまった。

 セネスの方は二人は裏切らず、守護者を呼び奥方を取り戻そうとしたけれど手遅れだった。

 そして異界の女に固執した男は、あぁおかしい。

 あれは異界の女が半分食べてしまったの。

 女はね、女の姿をしたソレはね、掟を守ろうとした奥方を信じていたの。情欲だけのセネスなぞ、相容れない塵だと思っていたのよ。

 けれど自分は戻れず、奥方は死にかけ、あぁもう終わりだと気がついた。

 この世界は終わるとね。

 女を一人さらっただけの話ではないの。

 問題はね、門と二つの異なる領域が癒着して穴が開いたということ。

 イオレアの生き物は滅んでもよいけれど、これで二つの界が消滅してしまう。

 だからね、異界の女は塵を食べたの。

 自分は戻れなくてもいいってね。

 食べて混ざることを選んだのよ。

 向こうに混ざってしまった奥方の代わりに、こちらで混ざることにしたのよ。

 守護者はね、セネスを憐れんだのではないのよ。

 奥方を憐れんだのよ。

 残った二人のセネスは、守護者によって門の番人となった。

 これでイオレアの支配は終わったの。

 ニーカとリャドガの二つの種族が灰になった。

 女に狂ったセネスを煽っていたの。イオレアの種族を憎んでいたのね。

 イアドに残っているのは、そのニーカとリャドガの生き残り。罰を受けているの。

 私達が何か分かったかしら?

 そう、私達はイオレアの種と異界の命が混ざった姿。

 門が繋がったままだから、この世界に異物が混じってしまった。けれど、もう、あちらに戻っても生きていけないの。

 さてイオレアの世が終わった。

 本当は、その時に斎が行われ、すべてが無くなるはずだった。けれど覚えているかしら、最後の一人の奥方はどうしたのか。

 彼女は何とか門を閉じて、この領域を保とうとした。

 彼女はね。

 殆どの力を門に移したの。そうして何とか均衡を保とうとした。その大仕事に隙ができた彼女を塵が襲った。

 守護者と残り二人のセネスが見つけた時には、彼女の殻を纏った半分のセネスは、何とか力を取り戻し、食べた女を追いかけようとした。

 これで誰が何の嘘をついているのか、分かったかしら?

 色々な事があったのよ。

 大神は魔とこの世を分けたの。

 守護者達の願いにより、贖罪の機会を得たの。

 そしてね、食われたセネスと奥方の殻は、東の山に封じられたの。

 残ったセネスは、一人が門を守り、一人が界を落ち着かせるために山を越えて守護者と旅だった。

 すべてを眠らせて、秘密にして、なかったことにして、忘れてしまう。

 卑怯者の嘘つきね。

 奥方はずっと待っている。

 偽りを正して終わりにしてくれる事を。

 滅ぼしてくれる事を。

 戻ってきた奥方が、どの奥方かわからない。

 だってそうでしょ。

 セネスも異界の女も、奥方も、混じってしまった。

 同じ煮込まれた汁の中から、元の魚や肉が取り出せるのかしら。

 それにね、眠りを壊したのも、門の守護を放棄したのも、そうね、優しい人を殺したのも、今の人間でしょう?

 あなた達が生きやすいように、私達は眠ってきたのに。

 それを呼び覚まして利用しようとしたり、暴いたりしたのは、人間ですもの。

 結局、ベルウルガの血は汚れているのよ。

 まぁ、その血が流れている私たちも、十分醜いわね。

 本来の奥方ならば、門を閉ざそうと力を尽くすでしょうね。

 でも欲深いセネスならば、門を壊そうとするかもしれない。

 そして異界の女ならば、セネスが滅ぶように、その血筋が滅ぶように願うでしょうね。

 セネスの死骸の場所?

 食べない限り、滅ばない。

 同じ株の生き物なのよ、元に戻るだけ。

 守護者と連れだって旅立っていたセネスが死んだ時、死骸を奪われるまえに、門の守護をしているセネスが食べた。

 だから、今のセネスが株を増やしていなければ、一人になったわね。

 あら、信じられない?

 今もツアガはセネスよ。

 だって、門があるのよ。

 奥方も生きているし、セネスも生きている。

 二人が望んでも勝手に死ぬことは大神が許さない。

 許される訳がないの。

 ただ、そろそろ限界が近いのよ。だから、新たに約束を結ばねばならい。

 わかっているでしょう?

 だから、その前に戻ってきた奥方は、すべてを飲み込んでしまおうとしている。

 正確には、奥方ではなく、混沌なる者って呼んだ方がいいかしら?

 そうそう、ニーカとリャドガが灰になったっていったけど、セネスが連れていったイオレアの生き残り達。

 あれだって結局は混ざっているのよ。

 私達のようにニーカやリャドガ、そしてイオレアの三つに異種なる肉が混じっているの。

 それは奥方のまじないであり、セネスの罪業の結果でもあるのよ。

 だから、死骸は慎重に扱わねばならないの。

 消えるようにしているのは、イオレアの悪い株に引き寄せられていくから。

 女児は奥方のように利用されないために、しっかりと魂を守らないといけない。

 そしてね、一番、困っているのは、こちらの混沌なる者と同じく、向こう側に投げ落とされた奥方よ。

 死を司るお方がね、蓋をしているけれど、向こう側から来ようとしているのよ。

 それはそうよね、一つの株なのだもの。

 元に戻ろうとするのはあたりまえ。でも、そうしたら、壊れてしまうから、本当に酷い話だわ。代わりにセネスが行けばよかったのよ。

 そんなに女が欲しいのなら、地獄に行って溶けてしまえばよかったのよね。

 そう本当に、だから男は皆、おとなしく飼われているべきなのよ。そうすればこんなことにはならないでしょう?

 あら、そんな嫌そうな顔をしないでくださいな。

 私だって、選びますよ。

 主は呪いと大神のお力がありますでしょ、私なんてあっという間に消えてしまいますもの。そんな食べたいだなんて。

 まるで見てきたようだと?

 それはあたりまえでしょう?

 私達は同じ苗から生まれ、同じ株の生き物ですもの。

 いくら混じったとしても、私達も同じ花ですもの。

 先の殿方にも言いましたけれど、この世に既に広がって、私達も同じく生きておりますのよ。

 眠らせていた者を目覚めさせたのは人間でしょう。ならば、皆、あるべき姿に戻っていくもの。

 優しい方は、分かっていらしたのよ。

 だから、憐れんでいた。

 あぁ、そうですわね。

 それが間違いでしたわね。

 新しい命や子供らに、生まれる前の罪咎を与えるのはいけませんわよね。

挿絵(By みてみん)

 でも、心に留めて欲しいの。

 罪を償えというのではなく、罪を隠して無かったことにしないで欲しいの。

 きっと思っているわ。

 私達も奥方も、そしてこの世に沈んだ異界の女もよ。

 愛を乞うている訳じゃないの、存在を消さないで欲しいのよ。

 だって私達は悪くないもの、ちがう?

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