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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
324/355

ACT289 目を閉じて、そして手を ⑥

 最初の訪れは日没後すぐだった。

 誰かが来て扉を叩いている。

 だが、それは台所の扉だった。

「自分が行ってくる」

 礼拝堂に大人達は腰をかけていた。寒さ避けにと毛布を膝に、皆入り口の方へ向かって座っていた。

「念の為、巫女頭殿も下に」

「ビミンといるわ」

「彼女も一緒にです、モルガーナ出入り口に尻を入れろ。誰も中に入れるなよ」

「旦那、モルガーナがケッて面してるぞ、ついでにビミンのねぇちゃんも反抗期か?」

「子供を守る方を優先しろ、戦うのはその時だ」

 礼拝堂から通路に出る。鎧戸を締め切っており灯りも落としてあるので闇だ。

 もちろん、ハーディンには見えるので問題はない。

 戸を叩く音は、規則正しく軽い。

 が、かえって不審だった。

 そもそも陽が落ちてから出歩き、教会に何の用事があるのか。

 台所の窓も閉じられ、外の様子はうかがえない。

「誰だ?」

「ザフトレンだ、巫女に話がある」

「話とは」

「巫女に伝えねばならんことがある」

「どんな話だ」

「巫女に伝える話だ、早く呼んでくれ」

「言えぬのなら明日の朝に、また、来い」

「何をいっているんだ、急ぎの話だ」

「では、ここで話せ」

「だから巫女に言う話だ」

「俺が懺悔を聞いてやる、話せ」

 扉の向こう、気配は黙った。

 それ以上食い下がるでもないが、立ち去るでもない。


(不思議なことに、古い神は約束ごとが重要でね。

 例えばだ、死ぬと灰になるけれど長生きだったり。

 たくさん食べるけど傷が早く治ったりね。

 それと同じように、神の視界に入ったらあっという間に、条件がつくのさ。

 例えばだ、招き入れなければ手も足もでない、まぁそんなお行儀のよいお作法なんて守られた試しはないけれど)


 気配は動かない。

 代わりに通路の窓が叩かれた。

「モントーヤの兄です。弟はこちらにいますか?」

 礼拝堂にいた年配の男が、息を飲んだ。

「どこの誰だい?知り合いか」

 コルベリウスの問いに、男は頷いた。

「兄です」

「兄にしちゃぁ声が若いな」

「そりゃ、そうです。兄はオクホールドに稼ぎに行って、その船が沈んじまって」

 ちょっと口を開いたまま、コルベリウスは顔を擦った。

 獣面が珍しくこわばっていた。

「止めてくれよおい、まさか」

「俺が子供の頃です」

 それから教会の窓や壁が次々と叩かれた。

 生者も死者も区別無く、訪ねては出てこいと声がかかる。

 改めて内側から押さえを置くと、皆礼拝堂に集まった。

「この程度なら、まだな」

「つーか、相手は馬鹿なのか」

「馬鹿なんだろう。死人まで駆り出されて誰が相手するよ」

「武器は行き渡っているな」

「誰が来ても答えるな」

 だが、暴力に訴えては来ない。

 予想ならば、ここで攻防が始まるはずなのだ。

 ただ、教会を囲む気配は増え続けていた。

 そして出てこいと口にするが、やがて静かになる。

 外の様子をうかがうべき、礼拝堂の天井近くにある色硝子を外して覗き見ることにした。その色硝子は梁の近くにある星の形をしており、拳ほどの大きさだ。鉄枠に填まっているだけなので、抜けば外が見れる。

 柱と梁の装飾を足場にしてとりつくと、ハーディンは覗き込んだ。

 敷地、小さな墓地にまで人影があった。

 何をするでもなく立ち尽くしている。

 どうしてだろうか。


(始まるね)


 地鳴りだ。

 パラパラと建物が揺れて漆喰が剥がれる。

 城塞が揺れている。


(まずは海神だ)


「何の音だ」

 強風が吹き付けるような音と地鳴り、揺れだ。

「入り口に物を積め、爺ぃは地下墓地の入り口を固めろ。大人はそこを背に控える。コルベリウスも下がれ。一人では対処するな、回りの者と離れるな」

 破壊音だ。

 揺れと風と破壊する衝撃が伝わっていくる。

 単純な火薬の爆発や砲弾の音ではない。

 聞いた事もない、何かが擦り潰れるような不快な響きだ。

 鳴き声のような、金属の軋むような音もする。

 その度に城塞の中にあるはずの教会が揺れた。

 ふわっと浮き上がるような感覚がくる。

 どうやら地面が波打ったようだ。

 そのすぐ後に破壊鎚が振るわれたような衝撃が次々と通りすぎる。

「何がおきているっ」

挿絵(By みてみん)

(海神がアッシュガルトの巣を攻撃している。主権を侵害されたから眷族と最初の攻撃をしているね。潰して地均しをしているのさ。良かったね、逃げて下に向かったら挽き肉だ。いや、何も残らないかなぁ)


「では、次はこっちにくるのか」


(海神は地面を移動出来ないよ、触手もここに伸ばすには少し足りない。)


「来るんだな」


 揺れと不安を誘う奇妙な鳴き声、響き渡る破壊の音。

「上は何も反応がねぇのか?」

「やっぱり、おかしいのさ。コゥ、彼奴ら、もう駄目なんだなぁ」

「爺ぃ、しっかりしろ」

「しっかりしとるわ、なぁ」


 正面の扉に何かがぶつかった。

 今までのおとないには無い、激しい打撃。


(ここを選んだ理由がわかる、兄さん?)


 城塞内は外からの攻撃を凌げるからか。

 だが、中も危険だ。

(建物は古いけど、基礎はとてもしっかりしている)

 壊れにくいからか?

(燃やしにくくて、入り口は多いけど、この礼拝堂は正面の扉だけだしね。それにね、ここもきちんと聖別された敷石が使われいるんだよ。)

 それはおかしい。

(あぁ神官が一人、死んだね。それに腹に種子をもった女もいた。でも、今は違う)

 違う?

(ほら)

 外扉が破壊され、礼拝堂の扉に何かが打ち当たる。

 ゴンゴンと響きをたてていたが、やがて静になった。

(この敷地は、小さな墓地と納骨堂があるよね)

 気配は居住部分へと入り込んだが、直ぐに静になった。

(ここにいる巫女は、善い信仰とたくさんの子供たちの母親として生きてきた。

 つまり、徳が高いのさ。

 彼女自身が考えているより、神が与えた魂の位階は、人そのものに下された制裁をうけても、とてもとても高いのさ。

 彼女はここにいて、毎日、御勤めを欠かさなかった。

 墓地を巡り、納骨堂で祈り、台所で子供と猫の世話をした。毎日、ここで祈り、鐘を鳴らした。)

 聖域か。

(彼女のお陰で、とれる手段が増えたんだよ。

 本当なら、下の隧道を考えていた。あそこは固い岩盤だ)

 だが、選ばずによかった。

 この地鳴りでは、下の地形はどうなっているかわからない。

 再び扉が叩かれた。


「ビミィーネン」


 モルガーナの毛皮に埋もれていた彼女は、はっと顔をあげた。

「いるんだろう?」

 男の声だ。

「すまなかった、遅くなって」

 彼女は立ち上がった。

「迎えに来たんだ」

 扉の向こうでそういうと男は滔々とまくしたてた。

「すべて、間違いだったんだ。

 誤解だ、これからは皆と一緒にいられる。

 すべて許してもらった。

 だから、安心して一緒に暮らそう。

 今までのことは、確かに悲しいことばかりだった。

 だが、それも終わりだ。

 皆、戻ってくる。

 全員一緒だ。

 辛い思いばかりさせて、本当にすまかった」

「ビミン、聞かなくていい」

 それに彼女は、乾いた微笑みを浮かべた。

「お父さん、お母さんは死んじゃったわ」

 その言葉に礼拝堂にいた者は息を飲んだ。

 この扉の向こうにいるものは、事もあろうに偽ってはならない者を騙ったのだ。

「そんな筈はない」

「それからお爺ちゃんは、お父さんの代わりに罰を受けてる。」

「そんな事はありえない」

「それからね、お父さんは死んでるの。覚えてる?」

「何をいっているんだ」

「お父さんはね、私を窓から投げ捨てた」

「馬鹿な、そんな酷いことをするわけがないだろう」

「いいえ、お父さんは私を助ける為に川に捨てた。私のお父さんは、心が弱い人だった、普通の」

「ビミィーネン」

「そしてね、お父さんは私をこう呼ぶの、ビミン、泣き虫ちゃんって。名前で呼ぶときはお説教の時だけよ。私のお父さんはね、お母さんと一緒にいるの。ねぇ、貴方は誰?」

 答えは扉に何かが突きたつ破壊の音だった。

「陳腐だわ」

 モルガーナがさっと彼女を尾で巻き取ると、地下へと力ずくで押し込んだ。

「武器をとれ」

 歪む扉が数度の打撃に軋み始める。

 鍛冶士の年寄り二人組は、憤怒の形相で戦鎚を構え、弟子の三人も身を大きくした。

 町の住人もそれぞれに得物を握りしめる。

「上が動かねぇといってもよぉ、普通に奴等で押し寄せられたらもたねぇよなぁ」

 コルベリウスの言葉に、皆、ハーディンを見る。

(普通ならね)

「普通じゃないようだ」

「どういう事でぇ」

 ハーディンも一晩の籠城の意味を色々考えていた。

「そもそも我々を追いかけてくるのは誰だ?」

 それにコルベリウスは耳後ろを掻きながら唸った。

 殴打されていた扉は再び沈黙している。

 他も武器を下ろすとため息をついた。

 そう本来、ここに来るのは憲兵だ。

 だが憲兵はいない。笑える。

 次に誰が規律?をただしにくるか?

 適当な下士官と連行する為の人員だ。

 だが、ハーディン・ブロウは期間限定だが統括直属隊だ。おまけに王家の親衛隊だ。

 誰が来ても話を聞く必要もない。

 では誰が来れば話を聞くか。

 第八の団長代理のあの女だ。

 では、あの女はハーディン・ブロウを相手にするか?

 来るとしたら、彼奴だ。

 ちょっとした屁理屈を捏ね回しに来るだろう。

「あぁなるほどねぇ~糞だなぁ」

 正面切って相対できる理由付けも度胸も無い。

 代理の代理が来て脅す?

 できそうもない。

 と、常識が残っていれば、違う脳細胞が残っていれば無理だ。

 それに居場所はわかっている。

「だから教会か」

 逃げてはいない。

「ここを壊そうとする人間はいない」

「確かになぁ、ここを破壊する人間様はいねぇわな」

 鍛冶士の年寄りが肩をすくめた。

「まぁそれでも武器庫を勝手に漁ろうとしたら、でけぇ花火があがるようにはしてきたぜぇ」

「親方、妙に時間かけて荷造りしてると思ったら、何しやがった」

「何っておめぇ、ちょっとしたお遊びよ、なぁ相棒」

「おうよ、お行儀よくしてたら何にもおこらねぇぜ、げへへへ」

「その悪人面でいうなや爺ぃどもが、おい、お前らは知ってるか」

「しらねぇっす、知ってても親方に聞いてほしぃっす」

 頑丈そうな体の年寄り二人は、まだまだ現役で動ける。弟子の小僧達の方が戦いには不安だ。

 だが、性根に不安は無い。

 ハーディンは、笑った。

 今日は滅多に笑わない男が、幾度も笑っている。


「ハーディン・ブロウ、話がある」


(良かったね、これで心残りが一つ減った)

「バットルーガンだ、現状を話し合いたい」

 どうしてきたんだと言う気持ちと、やはりと言う諦めがハーディンを微笑ませた。

 噂をすればだ。

 本物かどうかは別だが、これである程度現状が推し量れる。

 寄生の度合いと影響。

 変異体との差異や性質変化。

 偽物ならばどれ程の復元率か。ビミンの父親と違いバットルーガンは比較できる。

(本物かな?)

 ハーディンは笑ったまま、答えた。

「では、回りのモノを後ろに下げろ」

「何いってんだよ、おい」

「様子を見る。扉は閉じて、俺は入れなくていい」

「嫌だね、なら、通路にここは住民とモルガーナでいい。俺たちも一緒だ」

「重要なのは、子供と巫女だ。お前達は彼らを逃す役目だ。」

「おめぇがいなきゃぁ先が不安なんだ」

「まぁ何とかなる。出たら塞げ」

 そこにぬっとモルガーナが頭を差し込んだ。

「ユルサナ..イ、コロス」

 グイグイと男を押し退けると扉に向かう。

「モルガーナっおい」

 筋肉が波打ち、体が膨れ上がる。そしてハーディンの顔を覗き混み首を捻る。

「アタシヲ、ナメンジャァネェヨ、ジジィドモハヒッコンデナ」

 牙が伸び興奮の為か涎が垂れる。

 それに肩を数度叩くと、ハーディンは息を吐いた。

「時間稼ぎと様子見だ。止めをさそうとするなよ。出たら閉じろ」

「状況によっちゃぁ引っ張り込むからな、下手に命なんざはるんじゃねぇぞ畜生め」

 礼拝堂は住居部分と通路で繋がっており、正面入り口に通路が繋がっており二重の扉のようになっている。

 今までは、直接の扉は開けていたが、それを閉じ改めてハーディンは外の気配を探った。

 閂を引き抜くと同時にモルガーナが体で扉を押さえた。

 だが、予想に反して押し入ってくる気配は無い。

 ハーディンは自分の得物である戦斧を片手に合図した。

 音をたてて扉が開く。

 そこには実に侘しい景色が広がっていた。


 ***


 空は雲が流れ飛び、星が見えない。

 地鳴りは続いており、不規則に足元が揺れては波打つ。

 野性動物の群れが移動しているかのような騒々しさだ。

 だが、ハーディンの目の前に広がる景色は、静かだ。

 緑を戻そうとする庭木に、子供達が世話をしていた花壇。

 しまい忘れた木桶が転がり、小さな墓地に飾られた花が吹き抜ける風に揺れている。

 納骨堂の煉瓦の壁を這う蔦も揺れ、時が流れていることを示していた。

 それでなければ、敷地に入りこんだ者達を彫像と勘違いしていただろう。

 街灯は消えているし、城塞の内町の灯りも絶えていた。

 その廃墟の様相は城にも当てはまっていた。

 城の灯りが見えない。

「少し、お願いしたいことがありましてね」

「何だ?」

 顔色が白い。

 匂いは奇妙だ。

 薄荷、石灰、ヒマシ油の匂い。

「モルガーナの部下が行方知れずなんで調書を取りたいんですよ。それから中のロッドベインの娘をね、ちょっとお借りしたいんですよ」

「何故だ」

「ロッドベインに似た男を見たっていう奴がいましてね」

「バーレィの孫を取り調べる権利はお前にはない。その見た奴を連れてこい。俺が調べる。それで他には何かあるか」

「モルガーナと、ロッドベインの娘を引き渡してください」

「必要がない、他に用が無いなら明日来い。お前も忙しいはずだ」

 それに表情を変えず、うすら笑いを浮かべた男は言った。

「困ったなぁ、わざわざ優しくいってやってるのに。これだから野蛮な奴等は困るんだよ。南の物乞い共は礼儀知らずの恩知らずばかりだ。育ちが悪い奴は身の程をしらなくて困る」

 これは酷い。

 何が酷いかと言えば、バットルーガンの父親が言いそうな言葉だ。

 彼自身は上位階層出身でお育ちが良すぎて、このような悪態はつかない。

 お坊っちゃま過ぎて、この手の語彙が無いのだ。

「キサマ、コロス、コロス、オマエノセイデ」

 だが、これがバットルーガンそのものであると信じているモルガーナの怒りは振りきれた。

 仕方なく、飛びかかろうとする横っ面を殴り飛ばす。

「黙っていろ」

 反撃する余裕を消す殴打を受け、モルガーナがよろけた。

「話は終わったようだな」

「終わるわけがないだろ、なぁ女どもを寄越せ」

 一歩ハーディンが下がり、モルガーナを後ろに押す。

 すると不動だったモノ達が顔を向けた。

 人種は様々な町の者だ。

 上の兵隊ではない。

 地鳴りのなか、城の中でも同じようなやり取りが起きているのだろうかと考える。

 一歩ずつゆっくりと住人が歩み寄ってくる。

 たぶん、ハーディンは住民を殺さない。

 だが、ハーディンは不殺の誓いをした聖職者でもなんでもない。

 優先度の問題である。

 だから何も気取らせずにバットルーガンの首を狙った。

 強引に両手で扱う戦斧を左手で振り抜く。

 ざっくりと相手の首に食い込むも固い骨に阻まれて、切断には至らない。そして間をおかずに引き抜いた。

 当然の返り血は出ない。

 代わりに網状の異物が溢れた。

 それは肉が千切れるのを覆うように広がる。

 バットルーガンは頭を片手で支えると続けた。

「喰われたら死んじまうじゃぁないか、こっちに来い」

 振りきった斧を両手で返して、抵抗もしない相手の腹に振り下ろす。

「馬鹿だなぁ、死ななくてすむんだぞ。もう何も」

 断ち割るがこれも内臓のかわりに蔦が腹を覆う。

 よろけながら、薄笑いのまま続けた。

「増えないとな、増えないと、死んじまうだろ」

 斧を引き抜こうとすると蔦から広がる細い管が刃に絡まり、引き抜けない。

 近くに寄るとバットルーガンの口腔には沢山の赤黒い蚯蚓のようなものが蠢いているのが見えた。

 全身が既に喰われているようだ。

 火種を片手で探りながら、得物を引き合っていると、我慢できなかったモルガーナが横から打ち当てて来た。

 嫌な音をたてて得物が抜ける。

 だが、吹き飛ばされた男は通りまで転がり、押し寄せてこようとする住人の影に隠れた。

 興奮したモルガーナが前足で邪魔な住人の一人を思わず手にかけてしまう。

 止める間もないその行動に、彼女自身が我に返るも、その潰された頭部は脳漿のかわりに別のモノを撒き散らした。

 それは花のように開き、石榴のように弾けた。

 血は流れない。

 血は吸いとられたのか、肉の断面は白かった。

 それを合図に入り込んでいた者達が動き出した。

 ゆっくりと彼らに手を伸ばす。

「さて、数を減らすぞ」

 住人を殺害する事をバットルーガンが謀ったのかは疑問だ。

 通りに座り込む姿を目のはしにおきながら、ハーディンはどうしたものかと考える。

 検証するまでもなく、新たな寄生が行われていた。

 今回は人族の長命種ではなく、人間を含む哺乳類だ。そして獣人も含まれている。

 浄化焼却、移動制限と共に、寄生の構造を確かめねばならない。

 それと同時に、この地域全体の掌握を中央軍が行わなければならない。

 仲介する宿主がいなければ広がらないのかどうかも確認しなければならない。

 もちろん、子供と巫女を逃した上で、情報も持ち出せるかだ。

(あと、もう少しだ)

 何がもう少しなのだろうか。

(神の介入によって、思ったよりも手加減がはいっている。感じてるでしょ)

 確かに、本当ならもっと悲惨な場面になっていたはずだ。

 中に置いた子供の縁者と住人を戦わせる事になったかもしれない。

 だが、それは巫女の徳に助けられたのだろう。

 そして今もだ。

 数は多いが、殺しあいになれば自分とモルガーナで掃討できる。

 おまけに、住民の虐殺ではない。

 住民の死骸を纏った何かだ。

 バットルーガンでさえ、彼自身とは言えなかった。

 モルガーナは信じないだろうが、本当に、あの男は育ちが良すぎたのだ。

 物悲しい事にあの男の父親のクズっぷりを知っているだけに、それを模倣させる言動は憐れだ。

 ただ、どうやって死者の記憶を掘り起こせたかだ。

 不完全だが、住人に躊躇いや猜疑心を植え付ける事が可能な模倣だった。

 あの成り済ましをされた宿主が多く出現し、死者の区別がつかなければ容易に寄生が起こる。

「ワスレテイタ、キョウカンドノ、ワスレテイタ」

 モルガーナに露払いをさせ、火種から火を移そうとした所で、声がかかる。

 後ろ足で立ち上がると動きの遅い相手をまとめて前足で吹き飛ばしながら、モルガーナが言う。

「聞きたくないが、何だ」

 昔の呼び名を出されて、ハーディンは嫌そうに返した。

 何かしくじった時だけ、神妙にするのが彼女の癖だ。

 指導教官だった頃、備品を壊したり勝手に外出をしたり暴れた後に、さも反省していますと言う感じで報告してきたものだ。報告というより言い逃れか。

 大体は、後始末どころか、もうやらかしまくった後にだ。

「ヒヲツカウト、アツマル」

 勘弁してくれ。

 最初に言え。

 悪態が浮かぶが、ハーディンは火種をしまった。

 確かに地下に閉じ込められたモルガーナは火を使っていなかった。

「遅い」

 ぶっきらぼうに返す男に、モルガーナが済まなそうに見えると思ったのか耳を伏せた。

「アト」

 仕方なく労力を少なくすべく、斬首を狙う男に追い討ちがかかる。

「ブンレツスル」

「モルガーナ、お前はわざとかっ!」

 泣き別れした二つが、網目の赤黒い管を伸ばすと蠢いた。

 それは昆虫めいた足を突き出すと地面を這う。

 ぬるぬると蔦も伸び始め、楽しい姿に変化した。

 頭部だった小さい方をハーディンは踏み潰した。

 踏み潰して足裏を地面に擦り付ける。

「潰せば復活しないか」

 それに返事が無いのを考えると、最終的には燃やさないと駆逐できそうもなかった。


 ***


 結局、燃やすことになった。

 敷地に入れば動きが鈍り、全身を切り刻まれても増えるだけなので燃やす。

 様子を伺っていた鍛冶士の弟子が、持ち込んでいた油薬を撒いて始末を手伝う。

 そうすると城塞の住人の殆どかと思う人数を焼くことになった。

 焼いたものを敷地の外に押し出すのは逃げてきた住人も加わった。

 この町の者ではないハーディンは、あまり心を痛めずにすんだ。だが、住人にしてみれば、もしかしたら何も言わないが自分の家族かもしれない者を焼き殺して塵を捨てるように道に押し出すのだ。

 嫌な話だろう。

 バットルーガンは敷地には入らず、うすら笑いを浮かべたまま見ている。

 首も腹も塞がり、服が破れている以外何も人間ではない部分はわからなかった。

 何か呟いているようだが、聞き取ることができない。

 振り仰ぐ城の窓から光がチラチラと見えた。

 もしかしたら誰かが抗っているのだろうか。

 なぜ、追加の仲間を呼ばない?

(確かにね)

 向かってくる住人の殆どが男か年老いた者だ。

 奴等は集め、そして

(これは予想が良い意味で外れたねぇ)

 下に向かったのか?

 絶え間ない地鳴りと大気振動は続いていた。

 まるで火山が噴火しているような圧力波が城塞を揺らしている。


(どうも最初から変だと思ったけれど

 彼奴ら自滅の選択をしたようだ

 これは愉快だ

 まったく、笑えるねぇ

 彼女も助けてくれてるのかもしれないよ

 たぶん、これから彼女の方も

 食べようとする奴が押し寄せるからね

 兄さん

 海神は今、更に激怒しているよ

 上を見て

 さて下は子供だけだ。上は大人達で、兄さんはどうするか自由さ。

 誰も手を離してはいけない。

 失うのを恐れてはいけない。

 何が一番大切か、何を失うのか、きちんと選んでね)


 空?

 雲が流れていく。

 恐ろしいほどの流れだ。

 だが、闇に何かが見えた。

 鳥ではない。

 何かが空を飛んでいた。

 黒い影


挿絵(By みてみん)

「コルネリウス閉じろ、大人は礼拝堂で備えろ。入り口はモルガーナとエリジェス親方。建物が崩れ始めたら、説教台まで少しづつ下がるんだ」

「異変か!」

「俺が正面で守る。取りこぼしを始末しろ」

「何がどうなってるんだ」

「モルガーナ、最後まで子供を守れ。それ以外は殺せ」

 鬼気迫る形相の男に、モルガーナは吠え返した。

「建物がもつ限り中に入れるな」

 抵抗の素振りを無視して中に強引に押し込む。

 邪魔なモノ叩き潰しながら外にいた仲間をすべて中に押し込んだ。

「何が起きるんだ」

「海から、神が来る」

「何だそりゃぁ」

 空に黒い翼を生やしたモノがいた。

 海神の目だ。

 蝙蝠に似ていたが、一つ目のそれは、直感で海神の使いだとわかった。

 自滅を選んだ?

(我慢できずに、奴等は又、下に喰いに行ったんだよ。もう、人間の女は食いつくしたのにね。残ってるのは何だと思う?)

 おぞましい話だ。

 やがて筋を引いて光りが空にはしった。

 流れ星のように見えたが、それは違った。

 海に向けて空飛ぶモノが何かを吐き出したのだ。

 それは小さな燃える石だった。

 ひゅぅと間抜けな音をたてるとアッシュガルトの方向へと流れていく。

 そして雷鳴のような轟きと地鳴りが後を追う。

 何を見せられているのだろう、と、ハーディンはそれでも集まってくるモノを殺しながら思った。

 奇妙で不思議、そして何と恐ろしい事だ。

 異形はこの世の終わりを告げる神使のようだった。

 その時だ、宿主にされた住人が向きを変えた。

 のろのろと教会の敷地に入り込もうとしていた者達は、皆、城塞を囲む城壁を見た。城の壁ではない、一番外の外殻壁だ。

 最初は何を見ているのかと、ハーディンも目を凝らしたが、距離と高さに加えて灯りが全て消えていたので見えなかった。

 だが、アッシュガルトの方向が光る度に壁の天辺が蠢いているのがわかった。

 それはぐるりと囲む壁の縁のおおよそ南側を覆い尽くしていた。

 じっと目を凝らしている内に彼は背筋がゾワリと冷たくなった。

 理解すると共に、散々、備えろ耐えろという意味がわかったのだ。

 それは下のアッシュガルトに寄生していたモノだ。

 そう駆逐され押し戻されつつあるのだ。

 徐々に下から押し戻され、今、城塞まで狩りたてられている。

 街は叩き潰され、巣を破壊し、変異体と寄生生物は全て追い出された。害虫を駆除するように、追いたてられてここまで下がってきているのだ。

 その一番後ろが、あの壁の所だ。

 では、海からここまで何が押し寄せているのだろうか。

 凶暴な異形を追いたてているのは、どれ程の数か。

 終着点は何処だ?

 物量を想像しても意味がない。

 深呼吸をして、ハーディンは考える。

 最初は擬態をほどかない。

 持久力が下がるからだ。

 変異体と寄生生物は敷地に入ればある程度はさばける。

 だが、海神が問題だ。

 属性は神だ。

 神には何ら障害がない。

 深呼吸して気を沈める。

 朝になるまで、そして神が通りすぎるまで。

 それが終着点だ。


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